第一章 冒険の始まりと書いてチュートリアルと読む

とある駆け出しの始まり

「どうしよう、不格好じゃないかな……」

 誰もいない部屋で一人呟くのは二十歳にも満たない青年、茶色の髪は短く切られ髭も丁寧に剃られている。その青年は名をトーリアと言った、トーリアは新しく買ったばかりの自身の装備を点検しながらまた呟く。

「本当にこんな装備で魔獣と戦えるのかなぁ……無事冒険者になれたのはいいけどさ」


 冒険者、近年数を増やす魔獣に対抗するために自然と発足した団体。

 元は地域レベルの規模だったのがここ数百年ですっかり普及し、今では石を投げれば冒険者に当たるような時代だ。

 彼らは名声のため、あるいは富のため、あるいは生活のため、あるいは暇つぶしのために冒険者へとなる。

 時に儲かり時に大損をする不安定な職業ではあるが、その分需要は高かった。

 増加し続ける魔獣はおよそ一般人では太刀打ちできず、一つの魔獣の群れに村が滅ぼされたなんてこともここ数百年で数え切れないほどだ。


 魔獣、発生した時期は不明だがいつからか世界に存在していた獣。

 兎や狼、猿に虎に鷲に魚。姿形は千差万別で、生態系も普通の獣と何ら変わりない。

 明確なのはただ一つ、それらは人間に対して明確に『敵意』を持っているということだ。

 普通の狼であれば遠巻きにこちらを眺め、剣の一振りで追い払うことができる。

 しかし魔獣となると話は別だ、自身が絶命するまで人間へと襲い掛かりその血肉を喰らう。喰えば喰うほど魔獣は強くなっていき、やがて個人単位でなく集団から村、やがては一つの都市にまで脅威を及ぼすようになる。

 根絶やしにしてもどこからともなく沸き出てきて一向に数を減らせない、出自不明の魔獣を人々は恐れ、そして避けていた。


 魔獣退治に対して冒険者が頼られるのは何も冒険者でなければ魔獣に対して太刀打ちできないからではない、その理由が如何であれ、魔獣に自ら立ち向かう『勇気』のある者が冒険者を志すからだ。

 正体不明の獣に対して立ち向かえる勇気、それが冒険者に必要なただ一つのことがらだ。

 ……実際はそんなわけはないのだが、言葉の綾だと思ってほしい、無論ほかにも大事なことは沢山ある。

 単純な理由ながら誰もができる訳では無い理由、時には自身の身の丈を優に超す化け物と戦わなければならない時もある。

 そうした時に尻尾を巻いて逃げ出してしまうか、負けじと踏み出し立ち向かえるかの差は大きい。

 勇気とは万人が持つ武器でありながら、万人が扱えるものでは無い。

 冒険者とはそういう職業で、それこそがたった一つの必要なものなのだ。


「この村はリンドさんが居るからまだ平和だけど、あの人ひとりに任せてもいられないし……俺がやんなくっちゃ」

 彼が思い浮かべているのはこの村に常駐する冒険者で、村の危機を何度も救ってくれた英雄だ。

 長槍を華麗に扱う彼の姿に憧れて、トーリアは冒険者を志した。

 あれから毎日剣の鍛錬だって積んできた、一生懸命働いて登録料も払った、ゆくゆくは魔法の勉強だってしていきたい。

 トーリアの未来は不鮮明ながらも輝いていた、その輝きを肯定するかのように鞘から少しだけ抜いた長剣が陽光を反射する。

「俺も早くあの人みたいに強くならないとな……よし、いってきます!」

 トーリアは腰に提げた長剣を頼もしそうに、若干の不安を抱きながらその柄を撫でると家を出た。



 ***


 ギルドは村の中央にあるのだがトーリアの家は村のはずれにありギルドまでは少し遠く、片道で徒歩三十分ほどかかる。

 ここ『イエナスの村』は大きな都市と都市の間に存在するいわば中継地点のようなもので、宿場町として栄えていた。

 元はどの都市からも見向きされない孤立した村だったのだが近年『魔族』の動きの兆候が見られたということで各都市が連携、その結果丁度いい位置にあったイエナスの村が恩恵を得たというわけだ。

 トーリアが産まれた時には既にある程度栄えていたので、昔は小さく日々を生きるのに必死だったと言われてもピンと来ないが。

 今では通りには露店が立ち並び冒険者が行き交い活気に溢れている、村民もそれで居場所を無くすようなことも無く冒険者相手に様々な物を売り生計を立てている。


 冒険者は金払いがいい、特に装備と食料に関しては、酒もよく売れる。

 装備をケチれば戦闘においての生死につながり、食料をケチれば旅や野宿において不満が高まる。

 酒はもっと重要だ、常に命のやり取りをしていると言っても過言ではない彼らにとって娯楽は死活問題。

 酒を飲み飯を食い仲間と騒いで床に着く、刹那主義的だと思うかもしれないがそれは仕方のないことだろう。

 彼らのライフスタイルがそれ以外の娯楽を許せないのだ。もちろん中には自前で雑貨店を営んでいたり、教会に赴き子供たちに授業をする冒険者もいないわけではないが……そんなものはごく一部だ。

 種の繁栄より自分の明日。大半の冒険者はそんな心持ちで生きている、というよりも自分のことで手一杯と言った方が適切だろうか。

 いずれにせよ命をチップに金を稼ぐ彼らにとって、武器と飯と酒は自分が明日生きるために必要な物資なのだ。

 昨日の夜飲んだ仲間が翌日の夜には死体になって帰ってくる、そんな日々なら毎日を楽しく過ごさないと勿体ないだろう?


 冒険者はその身なりに反していつも貧乏だ、しかしそれは職業柄しかたないとも言えるだろう。

 そのおかげで街は経済が潤う、金が流通し魔獣が減り新しい土地を開拓できる。

 新しい土地の開拓が進めば魔獣との接触区域も広がる、現在住んでいる土地にだって魔獣は住みついているのだ、戦力はいくつあっても足りやしない。

 そのおかげで冒険者は懐が温まる、装備を買い飯を食い酒を飲み充足感に浸れる。

 彼らの充足感とはイコール散財と言ってもいい、彼らが金を使うことで街の経済が潤い循環する。


 そうしてこの世界は回っている。


 実際なところ彼らが身を削り戦い、刹那的な快楽に浸ることで回っている街もある。

 しかし中には冒険者など居なくとも回っている街もあった、村だって彼らの拠点にするためと開拓されることもあった。


 自分らの生活圏を他人に踏み荒らされ、不愉快と思う人間は少なくないのだろうか?

 答えは『どちらとも言えない』だ。


 村民も裕福な訳では無い、畑を耕し獣を狩るためには時間や肥料や種や技術が必要になってくる。

 モノを加工するのだってタダじゃない、鉄や炭は仕入れなきゃいけないし、鍛治道具にはメンテナンスが必要だ。

 本来ならば畑を耕し自分らの食料を確保していればよかった、しかし魔獣の繁殖のせいでそうもいかなくなった。

 畑は荒らされ狩人が襲われ、時には村自体に魔獣が襲いかかってくることもあった。

 自衛のために武器を取って戦うものの彼らはプロじゃない、刃こぼれした長剣では魔獣の皮すら断てないのだ。

 戦う力も勇気もない一般人、勇気と戦う力のある冒険者

 金はあるが物がない冒険者、金はないが物や技術がある一般人。

 人は弱い、協力するのは必然と言えば必然だ。

 いつしかこの共生関係は当たり前のものとなり、誰も気にもとめなくなっていった。


 そんなわけで今日も村民は冒険者に物を売る、自分の明日の生活のために。

 冒険者は村民から物を買う、明日の自分の命のために。


 ***


 そろそろ落ち着いてきた朝の陽射しを浴びながら二十分ほど、いつもより早足になっていたのか村の中心に辿り着く。

「おうトーリア! なんだその格好、そういやこの前冒険者になるっつってたか?」

「おはようございますおじさん! そうです、今日からです!」

「今日からだったか、頑張れよ! ほれ、これ持っていきな」

 そう言って八百屋のおじさんが手渡してくれたのは干しキノコだった。シワッシワに干からびているキノコはこの街の特産品でもあり、乾物にすると保存が効く上スープに入れれば味わいが増すと冒険者に人気の品だ。

「本当にいいんですか? ありがとうございます! それじゃあ行ってきます」

 手を振りながらおじさんと別れる、腰に提げたポーチに干しキノコを仕舞うとすぐに目的地についた、ついてしまった

 焦りと不安と期待と希望に逸る気持ちを鎮めようとするも、高鳴る胸の鼓動は抑えられない。

長々と考え事をしてしまった、もしかしたら俺は緊張しているのかもしれない。

「かもしれない、じゃないかもな」

じっとりと手汗が滲むかんかくに苦笑すると、悩みを吹っ切るかのように自身の頬を引っ叩く。

「……よし! 行くぞ!」


冒険者ギルドは誰も拒まない、その扉は夜半であろうとあけ放たれており、冒険へと乗り出す者の一切を拒まない。

 開け放たれている木製の扉を、掴んで、押して、くぐる。


 俺の冒険が今、始まる。

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