新人バーチャルユーチューバー白銀猫です

hakuou

第1話

 リレー形式で始まったデビュー配信。

 見る人もいないそれがモニターの1つから垂れ流されている。

 黒いウサギ耳が垂れている高校生くらいの女の子がコロコロと表情を変えているそんな絵は私には見えていない。

 聞こえてくるのは1つ前の順番の女性である。

 同期の配信の話を視聴者から振られた時のことを考えて流すだけ流してはいるが、正直それを聞いて悠長に構えていられるほどの余裕はなかった。

 スマホでタイマーでも欠けておこう、25分後くらいにしておこう。


 確認のためにもう1つのモニターに映しているタイムスケジュールを見て、絞るように心臓が締め付けられた。

 30分後、順番にして次。

 そして、そこが最後。

 私がトリだ。


 のど飴でも舐めて少し喉を労わっておく、商売道具を疎かに出来るほど私は人として面白い人間である訳ないから。

 他にもホットミルクなんかも用意してみた。

 けど、熱すぎて飲めなかった。

 緊張で落ち着かない、深呼吸をして吐き出した息は自分を全て吐き出してしまったみたいに重かった。


 整えた配信機材が机の上に散らばっている。

 私らしくない。

 PCのアクセサリーやコードで机の下は見えそうにない。

 また後で片付けておこう。


 何か心配になってきた、配信事故にならないようにソフト関連の準備もしておかないと。

 そう思い私はモニターに自身のガワを用意しておいた。


 会社から渡されたもので、それは銀髪に猫耳の付いたショートヘア。

 年齢は高校生くらいの女の子だった。

 公式からのキャラ紹介を見るに私なんかとは違って明るくて、元気でマイペースらしい。

 台本を作るのにそれだけじゃ足りないから、少しだけ周りから意見を参考にしてキャラ付けしてみた。

 らくしたがりで、やるべきことを後回しにしがちといった感じだろうか。

 そこら辺を織り込んでPR動画の台本を作ってみた。


 思い入れなんてそれくらいだが……これからこの子になるのだと思って少しだけ好きになった。

 Twitterで作った動画を出すことになっていたので、会社に渡した。

 声優のたまごなりに自負があったのだろうか、何度も彼女を見ながら想像して、最後のは特に手ごたえがあったかな。

 と思う。


 その動画を公開したアカウントは運営のものなので後から知ったが、デビューする3人の中で一番Twitterにあげた動画の再生数がよかったらしい。

 何度も何度も取り直したものだし、そりゃそうだとも思った。

 けど、そのクオリティのものを常に出さないといけないのかという期待に潰れかけた。


 きっと、みんな彼女を求めている。

 喉が渇いて、途端に水が欲しくなった。

 飲もうとしたホットミルクはまだ熱い。


 ふと、声が聞こえた。


『私なんて必要ないでしょ?』


 白銀猫しろがね ねこが喋ってきた。

 ガワが私の体の動きに合わせてゆらゆらと動いている。

 自己のアイデンティティなんて、声優のたまごであることくらいだ。

 プロじゃない。


『みんなが望んでいるのはあたし』


 あの人が言っていた、誰かが言っていた。

 そう言って大衆に逃げようとする、それも私だ。


『私は誰も求めてないにゃ』


 馬鹿にするように、鼻で笑うように彼女はそう吐いた。

 親からの仕送りがある訳でもない。

 連絡はいつ頃だろうか、もう取らなくなった。


 でも、ユーチューバーである以上中の人がいることは誰だってわかっている筈だ。

 ガワを通してその人の人間性を見ている。

 そうして、自己を正当化しようとする。

 けど、それを聞いて彼女はやっぱり言うのだ。


『でも、本心ではそれを見せてほしくないとも思っている』


 あるいはその人間性はそのキャラの一部だと思っているのかもしれないにゃ、なんて続けられると何も言えない。それだけこの業界では中の人、魂というものに敏感だ。


『あたしがなんで一番再生数伸びてたと思う?』


 上手かったからじゃないのかな、というと彼女は首を振った。


『一番周りに夢を見せられたから』


 もっともそのキャラを活かせていたから。

 独特な世界観に呑まれた。

 痛烈なギャップなんかもそれにあたる、高校生でビールの話をするようなそんなギャップもその当人が魅せるキャラだから。


『別に私は求めてないにゃ』


 白銀猫を求めてる。

 そして、私は誰かに褒められたかった。

 ちやほやされたかった。

 声優になれなかったから、ここで夢を見ようとした。


 pipipipipi──と、携帯のタイマーが鳴る音が耳に響いた。

 もう5分前らしい。

 暫く触れていなかったからスマホの画面は真っ黒になっていた。

 黒い画面に映る姿は私か、それともあたしか。



 ──あなたは誰? 



 声もでなかった、言葉も聞こえなかった。

 それは間違いなく私が心の中で呟いた言葉だった。


 置いてあったホットミルクは暖かい。


「皆さん初めまして、”新人バーチャルアイドル”の白銀猫にゃ!」


 

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