第18話 関谷くんがいないと……私……

「ダメだ……終わった……。やっぱり俺なんて友達ができたら捨てられる程度の存在でしかなかったんだ……」


 メンヘラエンジンは留まるところを知らなかった。


 三月さんにチャットを送ってから一時間。俺はベッドの上でうつ伏せになり、ひたすら涙を流していた。


 まさか既読無視されるダメージがここまででかいとは……。


 以前まで、こういった未読無視だったり、既読無視に関しては、「そんなのどうでもいいだろ。相手が忙しかったりするだけだろ」程度にしか思ってなかった俺だが、今ならハッキリと言えた。


 これは充分に人を病ませる力がある。


 特にそれが……す、好きな人……とかだった場合、本当にヤバい。


 このまま俺、溶けてしまうかも。


 なんてことをつらつらと考えている矢先だった。


 ――ブッブー!


「――!」


 LIMEの通知音。


 それを聞いた瞬間、目にもとまらぬ速さで画面を見る。


「み、三月さんっ……!」


 画面に映し出されていたのは、女神からのお声、いや、三月さんからのメッセージだ。


 なになに……?


『ごめんなさい、関谷くん! つい先ほどまで、小咲さんと電話していました。既読を付けてしまってから、何も返せていませんでしたよね?』


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 俺は寝ころんだまま、心の底から安堵の息を吐く。


 よかった……。俺、いらない子になったわけじゃなかったんだ……。


『大丈夫だよ。単純に忙しいだけかなって思ってた! 気にしないで!』


 安堵の勢いそのままに、強がりたっぷりの返信メッセージを送る。


 ほんとは全然大丈夫じゃないし、たぶん次既読無視とかされたら死ぬと思う。


 前に一回占いで「あなたの前世はうさぎでしょう」とか言われたことあるしな。うさぎって、寂しくなったらストレスで死ぬらしい。俺もそれだ。確実にそれだ。


『気にしていなかったのならよかったです。電話中もずっと気がかりで……。でも、小咲さんも楽しそうにお話してくれるから、いったん切るにも切れなくて……』


『うーん、こっちこそなんか心配かけさせてごめん』


『いえ、悪いのは私ですから。もし、自分が既読無視されたら、たぶん死んじゃうと思います。そんなことを関谷くんにしてしまったので、本当に罪悪感がすごいです……』


 え、奇遇! 俺もだよ!


 なんてことは送れるはずもなかった。


 もしかして、三月さんもメンヘラの気質が……?


 気になって、ちょっとだけ試すようなことをしてみた。


「………………」


『……? 関谷くん……?』


「………………」


『あれ、関谷くん? いますよね?』


「………………」


 俺が敢行したのは、ちょっとした既読無視だ。


 流れ的にここから既読無視するのも苦しいものがあったが、なんとなくやってみた。


 すべては三月さんがメンヘラかどうか試すためである。


 すると、だ。


 ――♪


「!?」


 いきなり三月さんからLIME電話がかかってきた。


 びっくりして、応答部分をタップする。


「あ、もしもし。み、三月さん?」


「せ、関谷くぅん! どうして既読無視するんですかぁ!」


 電話口からは三月さんの涙声が聞こえてきた。


 ……なるほど。これは……重症だ……!


「ごめんごめん! ちょっと今たまたま親に呼ばれてさ!」


「お、親御さん……ですか……? ほんと……です……?」


「ほんとほんと!」


「わ、私……関谷くんに無視されたら…………うぅ……」


 重症なのは俺も同じようだった。


 普通だったら面倒くさいとか思うところなのだろうが、心の底から可愛いしかない。


 普段では聞くことのできない甘えボイスが耳から入ってきて、その場でダメになってしまいそうだ。


「と、とにかく、俺が三月さんを無視するとかあり得ないから! 安心して?」


「……わかりました……。安心します……」


 素直に聞き入れてくれる三月さん。


 俺は安堵し、その場で、ふぅと一呼吸。


 そして、さっき聞こうとしていたこともついでに思い出した。


「あ、そうだ。なんとなく気になったんだけどさ、小咲さんとどんな会話してたの? 漫画の話とか?」


「はい。それ以外にもゲームのお話とかしました」


「え、ゲームってアインクラフト?」


「いえ、違います。私は少し苦手なんですが……小咲さん、ホラーゲームとかが好きみたいで、その話をしてました」


「ホラーゲームかぁ……」


 三月さんがホラゲー苦手なのは解釈一致だ。


 俺はその場でうんうん頷く。


「それで、その、今度休日にゲームショップへ行く約束もしました。色んなゲームを見て回ろう、と」


「え、そうなんだ!」


「はい。そこで私からも色々とおすすめのゲームとか、小咲さんに教えてあげるつもりです」


「ほうほう。なるほど、そこでアイクラも教える、と」


「できれば」


「おぉー、いいねいいね!」


 普通に自分のことのように嬉しかった。


 あれだけ恐れられていたクラスメイトから、友達ができたんだ。泣ける話である。


「あの、そこでなんですけど、関谷くん。一つお願いがあって……」


「ん、なに?」


「そのゲームショップ……ついてきてはくれないでしょうか……?」


「……え?」


「わ、わかりますっ! 言いたいことはすごくわかりますっ! 自分の友達なんだから、自分で仲を深めていかなければならないのはわかってるんですっ! ……けど、その、……私……なにか変なこと……しちゃいそうで……」


「変なこと?」


「は、はい……。緊張しすぎて……おかしなこと言っちゃったり……嫌われるような行動……とっちゃいそうで……。だからそれを……見張っていて欲しいと言いますか……」


「………………」


「も、もちろんお礼はしますっ! 私のできることだったら、その、何でもしますからっ! ……お願いです……関谷くんがいないと……不安で……」


 そんなこと言われたら、だろう。


 いや、もちろん三月さんにお願いされて拒否するつもりはない。


 けど、なんか電話越しで焦る彼女を想像したら面白くて、可愛くて、ついつい黙ってしまっていた。


「……うん。いいよ。俺でよければ全然ついてく」


「! ほ、ほんとですか!?」


「うん。でも、小咲さんは大丈夫? 俺がいて、嫌な思いとかしない?」


「あ、それは……大丈夫だと思います。小咲さん、関谷くんも呼ぶ? って冗談でしょうけど、言ってきましたから」


 なんかそれ、単純に冷やかしとかな気もしなくはないけど……。まあいいか。


「了解。じゃあ、その日楽しみにしとくね」


「はい! ありがとうございます!」


 この後、俺たちはさらに少しだけやり取りし、電話を終えた。


 遊ぶ日付は今週の日曜日。


 スッカスカのスケジュール帳に予定を書き込み、俺はニヤリとするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る