第13話 ありがとうございます
「せ……関谷……くん……」
教室から出た勢いそのままに、保健室に向かうため、森閑とした長い廊下を歩いている最中だった。
それまで黙り込み、俺に手を引かれて着いてきてくれていた三月さんが弱々しく声を発する。
「ん、なに?」
「……ごめんなさい……。私……迷惑ばっかり……かけて……」
彼女の言葉に、俺は歩きながら苦笑するしかなかった。
「そんなことないよ。あれ、俺が悪かったし」
「そ……そんな……」
「友達作りの計画だーとか、アインクラフト利用してーとか、いきなりすぎたよね。……なんか、一人で調子に乗ってたかも……」
「それこそ、そんなことないです……。関谷くんは私のために動いてくれていたのに……」
「ううん。こういうのって、人それぞれペースがあるはずだから」
「………………」
「だから、この件に関しては俺がバカすぎた。もうちょっとゆっくり考えていこ」
「……は、はい……」
そうだよ。
友達なんて、人の手伝いでとか、誰かに言われてとか、そういったことから作るようなもんじゃない。
偶然出会ったり、たまたま話が合ったりしてそれで作るものだ。
なのに、お見合いみたいに俺が第三者視点からセッティングを試みてる時点でどこかズレてる。
そんな当たり前なことにすぐ気付くべきだったんだけど、三月さんに話を通してみて、ようやく気付くとか、本当に調子に乗りすぎてた。
本当に何やってんだって感じだ。頭を冷やさないといけない。
「そ、それはわかったんですけど……」
「?」
「そ、その……っ。……関谷……くん……」
「どうかした?」
「……っ。い、いえ……なんでも……ないです……」
何でもない。
そう言われた割には何かありそうだったけど、三月さんがそう言うのだから、俺は深く考えなかった。
考えるべきことというか、ずっと頭にあったのは、お節介行為の反省についてだ。
だから、三月さんの手と繋がれた右手。それに関して、一つも気付くことがないまま、俺は保健室への廊下をひたすらに歩いた。
感じていたのは、弱々しくキュッと握り返された、彼女の手の感触だけだった。
〇
そうこうしているうちに、保健室に到着した。
入口の扉には、『保険医外出中』みたいな看板が立てかけられている。
「もしかしたら、保健室の先生いないかもだね」
「……で、ですね……」
「まあでも、そっちの方が都合がいいかな。先生がいたらいたで、本当に具合悪いのか疑われて追い返されそうだし」
どこか別のところに行こうっていっても、現代社会の先生には保健室に行くって言ってるしな。
心配されて後々保健室に来て、もしも俺たちがいなかったら、それはそれで話がややこしくなる。
「いいや。とりあえず入ろっか。鍵は閉まってないし、適当に中で腰掛けとこ」
「……はい……」
そういうわけで、俺たちは保健室へと入室。
予想通り中には誰もおらず、ツンと鼻を突く薬の香りがするだけだった。
「座れそうな場所は…………ここでいっか」
さすがに保険室の先生が使っていると思わしき椅子に座るのはマズい。だから、生徒用らしき椅子へと三月さんを座らせた。
俺は特に椅子へは座らず、彼女をわずかに見下ろすような形だ。
「……っ……」
「? 手、どうかした?」
「あっ……! い、いえ……なんでも……ないです……」
そう言って、サッと見つめていた手を隠す三月さん。
さっきから顔も赤いし、様子が変な様子ではある。
教室を出る時、まあまあ注目集めてしまったから、もしかするとそのことをずっと気にしているのかもしれない。
それも含めて悪いことをしたとつくづく思う。
クラスの連中も俺が三月さんをかばったということで、ある程度噂するんだろう。
自分の蒔いた種だとはいえ、面倒くさい状況にしてしまったもんだ……。
「ほんっとに申し訳ない。クラスの人たちのことだけど、しばらくしょうもない噂をまた立てられるかも。ごめん……」
「……私はそれに関しては別にいいんです……。けど、関谷くんに被害が出ないかが心配で……」
「あー、それは俺に関しても大丈夫。多少噂されても気にしないから、心配しないで」
「……そうですか……。なら、よかったです」
にこりと微笑み、安堵の表情を向けてくれる三月さん。
わかってはいたことだけど、改めて美人であることを突き付けられているようで、俺はドキリとしてしまった。
思わず焦って目を逸らしてしまう。
「それにしても……関谷くんはやっぱりすごいですね……」
「え……? す、すごい……?」
「はい。あんな大勢のクラスメイトの方々の中で、大きな声を上げられるんですから、すごいです」
「あぁ……あれは……」
よくよく考えたらかなり恥ずかしいことだ。
一瞬の思いから起こした行動だとはいえ、二度、三度とできるようなことじゃない。確かに凄いことしたよ、俺。
「私、正直な話ですけど、先生に注意されてる時、死んじゃいそうだったんです。恥ずかしすぎて」
「う、うん」
「けれど、関谷くんはああしてハッキリと……。……か、かっこよかった…………です……」
「……! あ、ありがと……」
耳まで赤くさせながら、途切れ途切れに言う三月さんを見て、俺もめちゃくちゃ恥ずかしくなった。
「そ、それに……そのあとは……て……手まで……つな……つな……///」
「っっっ!」
穴があったら入りたかった。
咄嗟の出来事だったし、三月さんもあんまり気にしてないかと思ってたんだけど、こうして面と向かって恥ずかしそうにされると、色々と耐え切れなくなる。
そういえばそうだよな。
俺、三月さんと遂に手を……。告白も……付き合うのもまだだというのに……。
「ご、ごめん! なんか色々やることなすことデリカシーないよね俺! もうほんと、一発ビンタでもしてください! お願いします!」
「へ……!? び、ビンタ……ですか……!?」
「う、うん! なんか、なんか、俺もうダメだから!」
「へっ……へぇぇ……!?」
その発言さえもドン引かれてるような気がするけど……。
「……わ、わかりました……。……じゃあ……目を閉じて……ください……」
「は、はい!」
言われた通り、俺は目を閉じた。
そして、ビンタの衝撃を待つ。
――が、
「……え……」
頬に触れられたのは確かに手だ。
だけど、それは激しいものではなく、優しい感触だった。
「み、三月……さん……?」
俺は思わず目を開ける。
すると、眼前には彼女の優しく微笑んだ顔があった。
「いつも……ありがとうございます……」
三月さんは俺にビンタするというわけでもなく、頬を撫でてくれていた。
その様子を見て、俺はそこに女神か何かがいるのかと、そう思ってしまったくらいだった。
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