Last Scene:豪腕唸り、彩華舞う。

***


 ディアボロカデット。青黒い肌と大きく黒い角を持った魔族だった。体の各部位に、黒い宝玉が埋め込まれている。その宝玉にはマナが凝縮されている。顔立ちは人間やエルフに近い造型をしているが、その表情が作りだす感情は似ても似つかない。破壊衝動にまみれ、命を蹂躙するほど恍惚にまみれるものだった。

ディアボロカデット:「カカカカカ……」

トリッシュ:「お縄に付け蛮族!」

――工場内、大きな釜4つを飛び越え、ディアボロカデットのいる空間へ踊りだす。トリッシュは強靭な肉体により、驚くべき跳躍を見せ、一足飛びで敵陣に躍り出た。それを合図にして、工場内で作業をしていた人々が蜘蛛の子を散らすように出口へ駆けだす。

 表口を警備していた蛮族、フーグルアサルターとフーグルマンサーは逃げ出す作業員たちを止めようとする。しかし、目の前に現れた冒険者と見比べ、どちらか大事か悩むまでもなかった。ディアボロカデットとトリッシュの間に飛び出し、武器を構える。

ディアボロカデット:「フッ……フハハハハハハ!」

――しかし、突然現れたトリッシュを前にして、ディアボロカデットは笑い声をあげた。その瞬間、玉座に座っていたはずのディアボロカデットの姿は消え、トリッシュの目の前に現れる。

トリッシュ:「うおっと?!」

――ディアボロカデットが腕を横へ薙ぎ払う。唸りを上げてトリッシュに襲い掛かる。咄嗟、天性の勘で上体を大きくそらし、トリッシュは避けた。

プリムラ:「後ろ!」

――しかし、さらにそこへ、駆け付けたフーグルアサルターの刃が襲う。バランスを崩していたトリッシュは、避ける術が無い。食らう――そう覚悟した瞬間。

ガーディ:「させませんよ!」

――後方から、真っすぐ走りこんできてガーディが間に割り込んだ。激しい打撃音とともに、フーグルアサルターの刃がはじき返される。工場内に金属音が響き渡った。作業員たちは悲鳴を上げる。フーグルアサルターは素早く切り返し、再びトリッシュへと斬りかかるものの、体制を立て直していたトリッシュは身を翻して距離を取った。

トリッシュ:「やるじゃん。助かったよガーディ。こっちも行くよ!」

地面を蹴った勢い、宙を切り裂く回し蹴りがフーグルアサルターを襲う。顔面が激しく揺らされ意識が飛びかけるフーグルサルター。しかしディアボロカデットの眼前、無様に倒れる訳にはいかない。トリッシュの二発目の蹴りは寸手の所、気合で避けていく。速度勝負はより苛烈となった。

 激しい肉弾戦が始まった。

 後方で構えていたプリムラ、そして敵の魔術師フーグルマンサーも、それぞれの魔法を使い、前線で激しく戦う相手に向かって放っていく。炎の塊、魔法の刃が飛び交った。

ディアボロカデット:「フン……」

――その時、ディアボロカデットの瞳が怪しく輝く。各部位に埋め込まれた黒い宝玉も鈍く光り、目の合ったトリッシュ、そしてプリムラからわずかに力が抜けた。

トリッシュ:「なに今の?!」

プリムラ:「魔人特有の能力です。おそらく、こちらの体力を奪う類の」

トリッシュ:「厄介な……!」

――長期戦は不利だ。本能的に判断したトリッシュは、ちょこまかと飛び回るフーグルアサルターにフェイントを駆け、その体勢を崩した。

トリッシュ:「そこだっ!」

フーグルアサルターが身を引いた所、肩を押してバランスを崩す。立て直そうとしたところへ足払いをかけた。宙に浮いたフーグルアサルター。トリッシュはすかさず胸ぐらを掴むと、身体ごと回転、勢いよくフーグルアサルターを投げ飛ばした。勢いよく大釜にあたり、破裂した給水管からは水飛沫があがる。

ガーディ:「加勢します! こいつは私に任せて。奴をお願いします!」

トリッシュは頷いた。転がったフーグルアサルターに、鈍重なメイスが振り下ろされた。フーグルアサルターの断末魔が聞こえる。トリッシュは振り向くことなく、ディアボロカデットへ向き直った。不敵な笑みを浮かべるディアボロカデットは、トリッシュに向かって指をクイッと曲げた。来るなら来い。そう言っているようだった。

 向き合った二人。そこへ、水を差すようにフーグルマンサーから魔法の刃が飛ぶ。いや、しかし、プリムラの火柱も負けてはいない。魔法を背後に、トリッシュとディアボロカデットは、刹那、お互いに飛び掛かる。

トリッシュ:「これで、最後!」

交錯する2人、トリッシュの飛び蹴り、ディアボロカデットの拳がぶつかり合う。だが当たった直後、トリッシュは身をよじってもう片方の足を振り上げた。

トリッシュ:「必殺、メテオなんちゃら!」

――かかと落としがディアボロカデットの頭頂部に突き刺さる。ディアボロカデットは地面に叩き落とされた。

プリムラ:「きまったー! トリッシュ最高ー!」

よろけるディアボロカデットは、手を付き、膝をつく。呻き声をあげる。怒りに歪んだ表情。呼応するように体中の黒い宝玉が怪しく光る。が、力なくその光は収まっていった。首を振り、トリッシュを睨む。

ガーディ:「決めて下さい!」

プリムラ:「いっけー!」

2人の声援があがる。そこへさらに、逃げるのも忘れた作業員、キリアスも拳を振り上げ、盛大な声援が管理棟内へ響き渡った。

トリッシュ:「観客の声には答える性格なんだ――」

ファイティングポーズを取る。そして地をなめるように拳を走らせ、龍が天高く昇るが如く振り上げた。ディアボロカデットの巨体が天高くうちあがる。

 ドシャッ。と、工場内に落下音が響いた。

 地面に落ちたディアボロカデットはピクリとも動かない。その様子に、いち早くプリムラが歓声をあげ飛び出した。


***


 TRPG、特に戦闘は、一個一個の動きにダイスの女神が付いてくる。命中にも判定をし、相手の回避の判定が行われ、そこで当たってようやくダメージがどれだけ出るかサイコロを振る。短くとも一回の攻撃に、三回はサイコロが振られる。プレイしている時間は長く感じるだろう。

 しかし、だからこそ、解像度の高いスローモーションの世界で、緊迫した一挙手一投足を選んでいく。そうして振り返れば、熱い攻防が繰り広げられているのだ。


1号:命中判定で18。ダメージは12点です。

GM:……素晴らしい。ディアボロカデットの残りHPはぴったり0です。お見事! ディアボロカデットを倒しました!

2号:やったー!


GM:無事にナイトアイの黒幕、ディアボロカデットを倒した2人。連れ去られていたキリアス君、そして作業に従事していた人々を助け、ガーディの依頼を十分以上に解決することとなりました。やる気のない衛士隊ですが、それでも一つの悪事を潰した2人に悪い顔はしません。しっかり評され、またガーディら、志ある新人衛士隊たちの影響力もわずかに大きくなります。

1号:やったね。

2号:でも、新人が勝手に手柄を取ると嫌な顔する人もいそうですね。腐っている衛士隊ですし。

GM:その通り。汚職にまみれた自治組織ですから、今後貴方達2人にちょっかいを掛けてくる偉くて悪い人もいるかもしれません。……ですが、いまは忘れて下さい。何せ、貴方達は多くの新人冒険者の未来を助け、そして無事に怪しい薬の流通を止めた功労者なのですから。

1号:はい!

2号:ところで、今回出てこなかったレッサーオーガはどうなるんでしょう?

GM:それに関しては、勢いついた衛士隊の新人たちに任せる形にしましょう。

2号:いえ、定期的にナイトアイを取りに来ると思うので、いまのうちに罠を張っておけば、捕まえてぼこぼこに出来るのではないかなと。

GM:ああ、良いですね。ではその一件もあって、お2人と新人衛士隊の株があがる。と言う所で本日の幕引きとさせて頂きます。


***


 ――ナイトアイの仲介人、レッサーオーガが戻って来たところを押さえ。無事に、ナイトアイの流通を完全に止めることとなった。エックスの協力もあり、中毒者は徐々に回復していっている。とは言え、身体に溜まった穢れが払える訳ではない。後遺症の残る冒険者たちは数知れず、安易に怪しい薬を使ってしまった代償は、残されているのであった。


ガーディ:「プリムラさんの提案のおかげで、迅速に捕まえることができました。本当に感謝いたします」

トリッシュ:「なかなか込み入った事件だったんだねー」

エックス:「最初に会った時には、君たちがこんなに腕の立つ冒険者だとは思わなかったよ」

プリムラ:「お。わかってもらえましたか、トリッシュのすごさ!」

トリッシュ:「プリムー、やめてよー」

エックス:「しかし、まさかあんな製造法だったとはね……ぼくの治療では、いささか手に余るよ」

トリッシュ:「あからさまに濁ってたじゃーん。よく飲めたよねー」

プリムラ:「ほんとほんと。瓶をひっくり返したら「だぽんっ」って垂れたじゃないですかー。あれは良くないってわかるもんです」


――また、トリッシュとプリムラは依頼の無い日に施療院の手伝いもするようになった。冒険者ギルドの裏手、魔術師ギルドでモナの薬を取り運ぶのだ。魔術師ギルドの厳格な雰囲気にもすっかり慣れてしまった。救出直後はしばし休学していたキリアスも、無事に復学したらしい。


キリアス:「おやおや、これはお二人ではないですか!」

トリッシュ:「元気ー? 調子はどう?」

キリアス:「はい! あんな薬に頼るのはいけない! と思って、次は魔道具の新しい可能性を探していますよ。半永久的に物を保存できる冷蔵庫の記述を見つけましてね。未知の言語も多いのですが、解析するのが楽しみです!」

プリムラ:「……すっかり元気そうですね」


――そして当然、2人は日々の稼ぎを求め、依頼をこなす日々に戻っていく。『豪腕のトリッシュ、彩華のプリムラ』小さな村から始まった2人の通り名が、この『グランゼール:挑戦者の旅立ち亭』に認知されながら……。


ヘンリー:「良くやってくれた! 腕っぷしの良い冒険者が現れて僕も嬉しいよ。ところで、新しい迷宮が見つかったんだが、君たちにどうだいと声が掛かっている。受けてはくれないか?」



ソード・ワールド2.5リプレイ

ゴーワン・サイカ①『夜の目を追う』 これにて終演――。


***


―― ゴーワン・サイカ②『鉄塊は思い出の味』へ続く。

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ゴーワン・サイカ①『夜の目を追う』 バディ/爽快活劇 ~SW2.5リプレイノベル~ 一塚 保 @itituka_tamotu

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