第15話

 骸骨の群れがアルス達めがけてゆっくりと歩き始めた。

 アルスは骸骨に向かって剣を振り、ウルフは飛びついて応戦している。

 ただ一人、ミリアは何もできずに立ち尽くしていた。

「ミリア! お前もなんとかしろ! 数が多いぞ!」

「だって! この骨って……」

「ただの骨だ! 何も考えるな!」

 アルス達を襲いかかっている骸骨の群れは、一ヶ月前は生存していた村の住民に間違いはなかった。しかし、一度与えられた死は生へと戻ることはない。躊躇っている間にも骸骨の群れはアルス達めがけて進軍を進めていた。

「ミリア! お前の魔法でこいつらを焼き払ってくれ!」

「でも!」

「でももだってもねぇ! いつまでも甘えたことを抜かすな!」

 なお攻撃を躊躇うミリアにウルフが檄を飛ばす。現実と、指示を飛ばす。

「……わかった! 二人とも、できるだけ離れて!」

 覚悟を決めたミリアは剣を抜き、目の前に構えた。


《meine Ohren sind sehr groß.》

《meine Augen sind sehr groß.》

《meine Hände sind sehr groß.》


 ミリアが呪文を唱えると、手にした剣が煌々と輝きだし、やがて剣は炎を纏った。

 呪文を唱える間、骸骨はゆっくりとミリアに近づき、取り囲む形となった。


「……ごめんね」

《Rotkäppchen Geschichte !!》


 ミリアは炎を纏った剣を横へ薙いだ。

 炎は十歩先の骸骨にまで到達し、辺りの骸骨はうめき声を上げた後、脆く崩れ去った。

 わずかに残っていた雑草に火の粉が飛び散り、かすかに燃えた後、これもまた消えた。


 先程の喧騒から一変して、不気味なほどの静寂が辺りを包み込んだ。

 ミリアは剣を落とし、膝をつき、静かに涙を落とした。


 不意に、手を叩く音が聞こえた。

「素晴らしいよミリア。君は昔からとても優秀で、僕のことを助けてくれたね」

「……どうして、こんなことをしたの」

「方法かい? 残念ながら企業秘密だ」

「ふざけないで!」

 神父は参ったように肩をすくめた。まるでおかしなことを言っているのはミリアだと言わんばかりに。

 座り込んだままうなだれるように、しかしミリアの目は目の前の男を捉えて離さない。

 アルスが口を開く。

「何が目的なんだ」

「……アルス、君も立派になった。シスターはもうここにはいないけど、きっと元気にやっているよ」

「話を逸らすな! 何故何も悪くない村の人たちを殺した!」

 アルスの内から沸々と怒りがこみ上げてくる。握る拳の力が強くなっているのがわかった。

「アルス、僕は皆を救済したんだ」

「何を」

 言っているんだ、という言葉を出す前に神父は続ける。

「君に昔言ったことを覚えているかな。生きとし生けるもの全てが持つ、運命の話を」

「……」

「神が作った運命という道標の話をした時、君はこう言った。『偽りの神が作る運命は偽りの道標だ』と。そうだよアルス、過去の君が言った通り、この世界は偽りでできているんだ。だからそんな偽りの運命から皆を解き放つために、こうやって魂の救済をしているんだ」

「……」

「君はその時嘘はつきたくないと言ったよね? 僕だって嘘はつきたくない。嘘つきは泥棒の始まりとも言うじゃないか」

「……だから」

「そう、だから殺した。この村の住民全員を。そしてこれから全世界の生物という生物の魂を救済する」

「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!」

 耐えかねたウルフが神父めがけて飛びついた。

 が、相当な重量であるはずのウルフの巨躯を神父は片手で薙ぎ払って見せた。

 ウルフはそのまま左へ飛び、瓦礫の中へと突っ込んでいった。

「僕一人ではとてもじゃないが時間が足りない。そこで君だ」

「僕がどうした」

半竜人族ハーフドラゴニアの君の力を、最大限に引き出す」

「何故、お前が半竜人族ハーフドラゴニアのことを……」

 アルスが半竜人族ハーフドラゴニアであることを知ったのは王都へ旅立った後のことである。村にいた神父がそのことを知るすべはなかった。

「何故って、そりゃあもちろん10年前に君達を拾った時から知っていたからさ」

「何!?」

 10年前、村に拾われたアルスとミリアは神父によって拾われ、修道院で育てられた。

「そうでなければ君達なんて拾わないさ」

「……最初から」

「拾った時はあまりに小さかったから半竜人族ハーフドラゴニアの力は弱いと思っていたけど、今なら《覚醒》できそうだね」

「覚醒……?」

 アルスの半竜人族ハーフドラゴニアとしての力は左腕にのみ解放を許されている。それ以上は制御できなくなるからと占星術師から禁止を言い渡されていた。

 神父は地面でうなだれるミリアを指差した。

「こうするのさ」

「ミリア! 避けろ!」

 ミリアは神父の指から放たれた光線で身体を撃ち抜かれた。

「君の運命は、僕のものだ」

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