人間性の崩壊(中)

 バチ達は大河内に連れられ、再び客間の和室へ戻る。部屋に戻ると和菓子とお茶が用意されていた。


「さあ、召し上がってくれ」

 大河内は言った。


「ありがとうございます」と、バチは大河内にお礼を言った後に続けて「先程のニュースは覚えているかい?」と、ザイとシヅクに尋ねる。


 雫は頷く。

「ええ、確か――昨日深夜にT大学に通う22歳の男性がボーガンで撃たれる事件が発生しました。

 たまたま通りかかった近隣住民からの110番通報を受け警察が駆けつけたところ、右太ももにボウガンの矢が貫通し倒れる男性を発見。男は病院へ救急搬送され、命に別状はないものの全治二か月の重傷との事です…………だったよね?」


「違う、その後だ」


 ザイは気付く。

「犬の変死体……」


「そうだ」

 バチは答えた。


 すると、上座に座る大河内が語り出した。

「ちょうど二週間前だ。夜中1時くらいだったか、外で大きな音の後に犬の叫び声が聞こえた。慌てて行きようにもこの足でな……外に出た時には大破した犬小屋だけで次郎の姿はなかった」


「連れ去られた後だったって事だな」

 ザイは神妙な面持ちで和菓子に手を伸ばす。


「いてっ!」


 その手をシヅクははたく。

「――で、変死体で見つかったと」



 タイミングを見計らったように玄関のチャイムがなる。家政婦に案内されバチ達の前に現れたのは刑事の早見誠二だった。


「バチさんに、ザイ久しぶり」


「早見、どうして?」


「バチさんに呼ばれましてね」


 そして、早見はメモを取り出し、淡々と読み上げる。


 10日前、近所のS児童公園で散歩中の女性が草むらの中に犬の変死体があると警察に通報。警察が駆けつけたところ、体に4本の矢が刺さった犬の死体を発見。さらに複数の傷跡が至る所にあり、腹部は刃物で切り裂かれていた。しかも、内臓は全て抜き取られていた。腹部を切り裂いたのは死んだ後と見なされ、他のどの傷も致命傷には至っておらず、時間をかけてじわじわと殺した。そのような傷ばかりであった。


 早見は犬が発見された時の状況を説明すると一枚の写真を大河内に見せた。


「お間違いないですか?」


 写真を見た直後、大河内は座卓に突っ伏し号泣する。


「あああああ、次郎。次郎……ああぁ」


 皆は黙ったまま大河内が落ち着くのを待った。



 大河内は子宝に恵まれなかった。妻との間に子供ができなかった大河内は犬を飼い、妻と一緒に子供のように可愛がっていた。そのが、ある日突然失踪し変死体となり発見されたのだ。大河内は深い悲しみに暮れた。


「大河内さん、少しは落ち着かれましたか?」

 バチは優しく話しかける。


「大丈夫だ。少し落ち着いたよ」


「早見さん、犯人の目星は?」


「犯人は松本守人34歳、現在我々(警察)は犯行の裏付けを取っています。周囲の話によると松本は最近、頻繁に夜中外出しているようですが、日中は姿を現しません。現在、家の前では私の同僚が張り込みを続けています」


「張り込みねー」

 ザイは座卓に頬杖をつきながら話を聞いている。


「時間がないな……今夜動こう」と、バチが言う。


「了解。準備にかかるね」

 シヅクは立ち上がった。


 シヅクに続くようにバチとザイ、そして早見も立ち上がり部屋を出ようとする。


「バチさん、やり過ぎるなよ」

 早見が忠告すると「俺はいつも平等且つ適正だよ」と、バチは言い返した。


 すると、座したままの大河内はバチだけを呼び止め「バチさんだけ、残ってくれないかな。まだ、依頼の続きがあるんだ」と、言う。


「先に行ってくれ」


 バチはその場に残り他の三人は家を出る。


 決行は今夜。それぞれが準備のため動き出す。



 その夜、松本の実家の玄関に灯りがつくと、黒い服に黒い鞄を持った守人が玄関の扉を開け外出しようとしていた。近くの車の中で待機する二人の刑事を気付かないまま守人は外へ出る。


 刑事が尾行のため車のエンジンを切った所に、50歳くらいの女性がその車の窓をノックする。突然の出来事に驚いたが、刑事は守人に注意を向けながら、車の窓を開ける。すると女性はひどい剣幕で怒鳴りだした。


「ちょっと、あなた達! 昨日からずっとここに車止めてるでしょ。近所迷惑なのよ」


「奥さん静かに、私達はこういう者です」


 刑事は慌てて警察手帳を女性に見せる。


「ま! そんな偽物まで用意して。あなた達不審者ね! 今、警察に通報するから大人しくしていなさい」


 女性は全く引く気配がない。


「だから、奥さん。私達は本物の……」


 この女性は、バチ達が雇ったバイトである。


 女性の大声に松本は車の方をチラッと見ると足早に反対方向に走り去ろうする。


「まずい!」

 助手席に座る警察官は車の扉を開け、松本を追おうとするが怒鳴る女性は外に出てきた警察官の服を鷲掴みにして離さない。


「逃がさないわよ! 不審者。誰かー、誰か来て! 不審者よ」


 運転席の警察官も慌てて外に出る。

「コラ、離しなさい。公務執行妨害で逮捕するぞ」


 そこへ警察官の恰好をした早見が駆けつける。

「どうされました?」


「この人達不審者なんです」


 早見はしれっとした顔で女性に答える。

「この人達は本物ですよ。私の同僚なんです」


「えっ、そうなの?」


「そうです。我々は、この近くであった事件の調査をしておりまして……」


「それは、失礼しました。オホホホホ」

 女性は足早に去って行く。


 女性と早見の演技により、張り込みの刑事二人は松本の行方を見失ってしまうのだった。



 一方、松本はいうと……駆け足で路地を二度・三度と曲がり「ふぅ」と呼吸を整え、ゆっくりと歩き出す。


「そんなに慌ててどうしたんだい?」

 

 松本が声のする方へ振り返ると、いかにもガラの悪そうな二人が背後に立っていた。バチとザイである。


 そして直後、松本の体に痛みとシビレが走る。

「アガガガが……」


 バチ達の方へ振り返った松本の後方から、シヅクが守人の体にスタンガンを当てたのだ。松本は白目を剥き倒れ込む。


「捕獲完了!」

 ザイは言う。


 一人が前方に身を隠し、もう一人が背後から声を掛け相手の気を引いた後、前方に隠れていた者が後方から不意をつくっといった鮮やかな手口であった。


「二人とも早く抱えて。人に見つかる前に車に乗せるわよ!」


「ああ」

「はいよー」


 翌日、松本守人に殺人未遂罪及び動物愛護法違反の容疑で正式に逮捕状が発布された。


 

 








 







 

 

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