第八報 大河内 守人

人間性の崩壊(上)

 今回の登場人物


 松本まつもと 守人もりと

 大河内おおこうち 一郎いちろう



 松本守人34歳、一般サラリーマンの家庭で生まれる。両親は人を守れる優しい人間になって欲しいと、名を守人もりとと名付けた。父の上場企業の会社員でそれなりに給料が良く、守人は特にお金に不自由しない家庭で育った。   


 市立の小・中学校を卒業後、偏差値が少々高めな私立大学に入学した。元々、内気な性格で友達は余り作る方ではない。大学入学当初の守人は団体行動が苦手で、どのサークルにも所属せず一人で家に帰る事が多かった。


 大学生活2年目20歳の夏、初めて好意を寄せる女性ができた。大学のクラスメイトでよく話しかけてくれる気さくな女性であった。守人は、彼女と少しでも長く一緒にいたいと同じサークルに入る決意をした。弓道サークルであった。


 元々文学系が得意な守人は、弓道サークルに入っても人並以下の実力でなかなか上達せず、サークルメンバーの一部には小馬鹿にされていた。それでも好意を寄せる彼女と時折会話できる事が、守人には幸せだった。それなりに居心地の良いサークルではあったが、一学年上の同サークルメンバーの日吉ひよしと言う男だけは好きになれなかった。


 日吉は常日頃から高圧的な態度で、守人を使いっぱしりにしていた。守人は気弱でそれを嫌とは言えなかった。

 そんな買い出しの帰り道、どこかの飼い猫だろうか……足元に一匹の猫がすりよってきた。その日たまたま、イライラしていた守人はふいにその猫を強く蹴り上げた。


「ギャッ」と苦し気な声を上げ、逃げていく猫を見て守人は少し優越感に浸る事が出来た。それからというもの守人は苛立ちが募るたびに動物を見つけては虐待するようになった。


 21歳の秋、勇気をだして片思いを続けて来た女性に告白した。返事は「NO」であった。なんと守人が好きにだった女性は日吉と付き合っていたのだ。それを知った直後、守人は頭の中で何かが弾けるのを感じた。


 守人は大学を中退した。


 守人は部屋に引き籠る。


「何故、あんな奴に奪われないといけない」

 守人は考えた。


「そうだ、俺は奪う側になればいい」

 


 それから三か月後……


「ここで本日のピックアップニュースです。昨日深夜にT大学に通う22歳の男性がボーガンで撃たれる事件が発生しました。

 たまたま通りかかった近隣住民からの110番通報を受け警察が駆けつけたところ、右太ももにボウガンの矢が貫通し倒れる男性を発見。男は病院へ救急搬送され、命に別状はないものの全治二か月の重傷との事です。

 尚、この付近においては連日、ボウガンの矢が刺さった鳩や猫などの死体が発見されたり、犬の変死体が見つかるなど被害が相次いでいる事から、警察は本事件と関連性があると見て慎重に捜査しています」



 昼間からザイは事務所の居間でゴロゴロしながらテレビを見ている。

「また、こんなニュースかよ。物騒な世の中だねー」

 

「怖いよね。T市って隣の市だよ! しかもこの付近だったら南に車で15分くらいの場所じゃない?」

 言葉とは裏腹にシヅクはまったりとお茶をすすっていた。



「話が早くて助かる」


 背後からふいに聞こえてきた声に驚き、シヅクは口に含んだお茶を「ブーッ」と吹き出した。

 

「うわ! 汚ねぇ。何すんだよシヅク!」


 シヅクが拭き出したお茶がザイの顔面にかかった。


「バチさん、いつからいたのよ! 先に声をかけてよ」

 

 いつの間にかシヅクの後ろには、バチが静かに立つ。


「仕事だ」

 バチはテレビを指差した。


「えっ、このニュース?」と、ザイは聞く。


「ああ」と、返事をするバチ。


「犯人を捜して捕まえるって事?」

 

 そのシヅクの問いに対して「犯人はもう調査済みだ」と、バチは答えた。


「なるほど、今回の被害男性の復讐か……差し詰め、親あたりからの依頼かな?」


 バチは首を横に振る。


「じゃあ、彼女とか?」


 バチは再度、首を振る。


「なによ!」

「なんだよ!」

 シヅクとザイが揃ってバチに言った。


「そのボウガンで刺された被害者は原告じゃない」


「えっ」

 シヅクとザイは顔を見合わせる。


「支度しろ、行くぞ」

 そう言うと、バチは早々に事務所を出て行く。


「支度しろって……どうせ、待ってくれないんでしょ」

 ブツブツ言いながらシヅクはバチの後を追う。


 バチは突然来ては依頼だけを伝えて、すぐ行動に移る事が多い。それを知っているザイとシヅクは基本的にいつでも動けるよう準備を整えている。この業界おいては至極当然ではあるのだが……


 そして、三人は原告(依頼者)の元へと向かう。

 

 築40年程の純日本家屋、車が4・5台は止められそうな広めの庭には、しばらく人が足を踏み入れてないようで雑草があちらこちらに生えている。ただ、玄関にほど近い一坪程の場所だけには雑草がほとんど生えず整地されていた。


 家政婦に案内され、三人は客間である本間八畳の和室に通される。一枚板でできた座卓の下座で高そうな座布団に座る。


「素敵、雪見障子だ。やっぱり和室は落ち着く」


「何だそれ?」


「ザイ知らないの? その障子の事。雪見障子って言って、下半分の障子がスライド式に上がるようになっていて外の景色が見えるのよ」


「へぇー」


「ザイは本当に無知ね」

 依頼人を待つ間、二人は暇をつぶすように何でもない話をしている。


「遊びに来たんじゃない。少し静かにしろ」

 バチはそんな二人を注意する。


「はーい」

「はいはい」


 しばらく待つと、杖を突く年配の男性が部屋に入り上座に座る。


「バチさん、わざわざすまないね」


「いえ、とんでもございません」


 ザイとシヅクは顔を見合わせた。


「知り合い?」

「さあ?」


 男の名前は大河内一郎 72歳。大河内は三年前、妻に先立たれ独りでこの家に住んでいる。少々の資産があり、日中は家政婦を雇い家事をしてもらいながら生活している。


「今、茶菓子を用意させている。もうしばらく待ってもらえるだろうか」

と、大河内は言う。


「お構いなく、それより本題を」

 バチは手を軽く上げ、大河内の好意を断った。


「では、本題に入ろう。ちょっとついて来てほしい」

 

 大河内は立ち上がると杖を突きながらゆっくりと廊下を歩き、バチ達もその後を付いてゆっくりと歩く。途中すれ違った家政婦は深々と頭を下げる。バチ達もまた頭を下げ、通り過ぎる。大河内はそのまま玄関前に出ると整地された地面付近を杖で差す。


「ここに私の愛犬の小屋があったんだよ」


「愛犬?」

 シヅクは聞き返す。


「名前は『次郎』私が一郎で愛犬が次郎だ。なかなかのネーミングセンスだろ?」


「えっ、ええ、そうですね(ベタな名前)」

 シヅクは愛想笑いで誤魔化した。 


 バチはその場でしゃがみ手を合わせると

「今回の被告はここで飼われていた犬だ」と答えた。


「犬?」

 再度シヅクが聞き返す。


「そうだ」と、バチが答える。


 今回は愛犬を殺された主からの依頼である。






 


 

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