スターブル(3)

 朱里は、『Uncut thread』に遅れて到着したザイと阿吽兄弟に、経緯いきさつと作戦を伝えた。


 阿吽兄弟とシヅクは『Uncut thread』に残る。

 高橋が「Uncut threadに対立組織が攻めて来た」と、スターブルのメンバーを順々に呼び出し、それを阿吽兄弟が待ち受け制裁を下していく。


 バチとザイ、さらに朱里が手薄になった『埠頭B第二倉庫』へ行き拓馬と斎藤を討つ手段に出る。


 三人は車を走らせ『埠頭B第二倉庫』付近に到着すると、倉庫から少し離れた場所に車を停め、しばしの間待機していた。

 

 高橋の作戦が始まってから二時間、そろそろ頃合いかと思い『埠頭B第二倉庫』前まで徒歩で近付く。

 倉庫前へ到着した三人は相手に気付かれないように辺りの様子を窺うが、予想通り『埠頭B第二倉庫』の前には見張りが二人立っていた。


「とりあえず、中にどれだけメンバーがいるのかわからないし、今見つかるのは得策じゃないと思う。裏に回ってみましょう」

 朱里に提案をのみ、二人は細心の注意を払いながら倉庫の裏手へ回る。


 裏口には非常用の扉があり、見張りはいなかった。三人はそっと扉に近寄る。ザイは音がしないようにそっと丸ノブを回すが、鍵が掛かっているようで開かない。

 

 バチは少し後ろに下がり倉庫上部を見上げる。


「ザイ、あそこはどうだ?」

 バチは二階の窓を指を差した。


「でも、確かに窓を割れば侵入できるけど、どうやってあがるのよ!」

 朱里が辺りを見渡すがハシゴのような物はない。


「これくらいなら、問題ないね」

 ザイは、設置されている室外機の上に飛び乗り、そこから雨避けの先端に手をかけると腕の力だけでその雨避けによじ登った。その後ザイは、近くに伸びるガスパイプと室外機のモールをうまく利用し、さらに上へ登り二階の窓に足をかける。


 右手で窓枠を掴みながらポケットに入れていたガムテープを左手で取り出し、口と左手を上手に使いガムテープを窓ガラスの鍵付近に何枚も貼っていく。

 ザイは何層かに張られたガムテープの箇所を殴りガラスを割った。


 ガームテープを左手で剥がすとそこにはポッカリと穴が開いており、ザイはその穴に手を入れ鍵を解除し、窓を開け侵入に成功する。


「うまくいったな」


「ねえ、バチさん。なんであの人あんなに身軽なのよ」

 

 ザイは朱里が驚くほど手際が良かった。


「ああ、元々プロだからな」

と、バチは言う。


 ザイはホームレスの経験があり、金に困ると空き巣やスリ、恐喝などあらゆる犯罪行為を行ってきた。そんなザイの転機は2年前、バチと会った時に遡る。だがそれは、また次の話としよう。


 ザイは倉庫内に侵入し、見つからないように裏口まで移動すると倉庫の中から鍵を開けた。


「いらっしゃーい」


 ザイの冗談を二人は無視し、中へ入って行く。


「おいおい、なんか言ってくれよ!」

 


 三人は裏口より入ってすぐに身を隠せそうなコンテナの影に隠れた。積み上げられたコンテナの隙間からザイが人数を確認。


「1…2…3……」

 バチ達が思ったよりも人数は少なく、倉庫内には5人しかいなかった。


「これなら、問題ない」

 バチはその様子を見て、堂々と前へと歩き出した。


「ちょ、ちょっと!」

 朱里は慌てて止めようとするが、バチはそのままをスターブルの男達の方へ歩いて行く。


「へへへ、俺もこっちの方が燃える」

 そして、ザイもバチの後に続く。


「誰だ、お前等!」


 威勢よく声を上げる男達。その声を聞き、表に立っていた二人の見張り役も建物内へ戻ってくる。


 バチは言う。


「それでは始めます」


 リーダー拓馬真32歳、あらゆる悪に手を染め、大人子供見境なしに被害を及ぼす。副リーダー斎藤宗28歳もまた同罪。


 一例をここに上げる。


 およそ10日前『スターブル』のメンバー10人程が某居酒屋チェーン店に来店。その者達は大声で叫んだり、他の客に対して恐喝まがいの暴言を浴びせるなどして店側から注意を受ける。その場にいたリーダー拓馬真はこれに逆ギレし、店長を呼び出すと仲間達と共に暴行を加え店内を破壊した。

 

 さらに勢いそのままにスタッフルームに入ると防犯カメラの録画デッキを破壊。その場に居合わせた店員スタッフをにも暴行を加え、全治三か月の重傷を負わせた。その店の店長は頭を鈍器のようなもので何度も強く殴られた跡があり、まだ意識が戻っていない。


「続いて……」


 バチが罪状を読み上げる最中に、見張り役の二人のガタイの良い男が、バチとザイの前に立ち塞がった。


「何ごちゃごちゃ言ってんだ⁉」


 言葉を返すようにバチは言う。

「人の話は最後まで聞きなさいと習わなかったのかい?」


「バチ、駄目だよ。ゴリラに日本語は通じないって」

 ザイは二人の男を煽るような言葉を発する。


「ふざけやがって!」


 二人の男はバチとザイにそれぞれ殴りかかる。


 ザイは男の拳をひらりと躱しその腕を取り脇固め、そして間髪入れず折る。


「うがぁぁ」


 さらにザイは、腕を押さえ地面にうずくまった男の顔面に蹴りを叩きこんだ。男は白目を剥き前のめりに倒れ込んだ。

 

「朱里ちゃん、こいつ縛っといて!」


「了解!」

と、朱里が返事をした矢先に横から「ゴッ」という強烈に鈍い音が聞こる。


 朱里がふと振り向くと、バチと戦っていた筈の男が血を流し、地面に横たわっていた。


(しまった。見逃した……)

 朱里は思う。


 門番二人が呆気なく倒されるのを見て、屈強そうな男一人と武器を持つ三人の男が前へ出る。


「おいおい、後ろの一人は傍観かよ。リーダーだけズルいよなぁ」

 ザイが後ろに待機する一人の男を挑発する。


「いや、リーダーは俺だ。アイツはウチの副リーダでな、頭は良いがこういうのは得意じゃないんだ」


 一番前を歩く男こそが、スターブル筆頭の拓馬真である。


 朱里は情報と写真を照らし合わせる。


「そいつが、リーダーの拓馬真よ。後ろが斎藤宗ね……で、右から望月、大井、友永。いずれもスターブルの幹部よ」


 その様子をジッと眺めていた斎藤宗が口を開く。

「さすがだな、『コート』に『復讐屋』さん」


 聞いたバチ達は少し驚く。


 バチ達は調査に当たり『スターブル』が多少、裏の稼業とのつながりがあるのは知っていた。だが所詮は半グレ集団、『コート』の名前までたどり着くなどはまずありえない。それほど、『コート』は名前を厳重に伏せる。つまり、スターブルのバックにバチ達の組織を知る何者かがいる。


「誰に聞いた?」

 バチは聞く。


「さあ、誰だったかな?」

 斎藤はニヤニヤしながら答える。


 ふと、朱里が思い出したように

「そう言えば、バチ。Uncut threadに行く前に少し気になる事があるって言ってたわね」と、言う。


「ああ」


「あれは何だったの?」


「内山って言っていたな……捕まえた奴」


 『職場』で朱里に拷問を受けた男の名前である。


「ええ、素直にいろいろ話してくれた良い子ね」


 バチはボソッと呟いた。

「選ばれた者は、凡人社会の法を無視する権利がある」


「なにそれ?」

 朱里はバチに聞き返す。


 ザイはビックリした顔でバチを見る。


「内山が言っていたんだ」


「バチそれって、アイツの……」


「ああ」


 朱里はますます意味が分からない。

「それって、ドストエフスキーでしょ? 『罪と罰』の……それが、どうしたのよ」


 ザイは信じられないような顔で額に手を当て俯く。

「俺とバチの知り合いがよく使っていた言葉なんだよ」


「ちょっと意味がわからないんだけど」

 朱里は困惑していた。


「そんな話どうでもいいんだよ。俺達を無視してんじゃねー!」

 シビレを切らした望月、大井、友永が手に持つ鉄パイプで、バチ達に襲い掛かってくる。


「ザイ、コイツ等任せてもいいか?」


「はいはい」

 ザイはバチの前に立つと、先頭を走ってきた望月のみぞおちに前蹴りを食らわせた。後続の二人はそれを見て足が止まる。


 バチはその横をスルリと抜け、拓馬の前に立つ。


「OK! サシでやろう」

 拓馬はファイティングポーズを取った。

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