未成年の悪(下)

 バチは首を横に振り、雫の言い分を却下する。

「それは出来ません。あなたには250万円払って貰わないといけない。それまで私共はあなたを殺せませんし、もし順三様が全てを受け入れた際に、あなたを殺させてあげないといけない」


 それでも雫はバチに反論する。

「あなた達ならもう知ってるでしょ。私はその後、裸にされクラスの皆に写メをバラまかれた。しかもその写真をネットに流すと脅迫され売春も強要された。刑務所の中でも同様に酷いいじめに合った。そして、出所してからも犯罪者として世間の中でいじめに合ってる」


 皆、静かに雫の言葉に耳を傾けている。


「もう生きてても良い事なんかないの。死なせてよ! それでそのオジサンも満足でしょ。どのみち職もない私には250万円なんてお金は払えないのよ。だからもう死なせてよ!」


 ザイがバチを説得する。

「バチ、もういいだろ。雫さんに無理やり仕返しさせるのは良くないんじゃないか? それこそいじめだろ?」


「それはできない」

 しかし、バチはザイの申し出をキッパリと断った。


「ふざけるなお前、雫さんは嫌がってるだろ?」


「ふざけてなどいない。罪と罰は平等でないといけない。執行は続行する」


 自分の意思を曲げないバチの態度に腹を立てたザイは

「この頭でっかちが、それなら俺はこの仕事降りる」

と言い、手に持っていたバケツを地面に投げつけ壊してしまう。


 するとバチはメモ帳を机に置き、ザイと順三の方へ歩き出した。

「私が雫様の代わりに依頼を遂行しましょう。ザイはメモを読んでくれ。」


 「えっ、ああ」

 ザイとバチは持ち場を入れ替わった。


 すると、今まで何も話さなかった順三が口を開いた。

「分かりました、バチさん。とりあえずこの手錠を取ってもらえませんか? 罰はしっかり受けますので」


「えっ、は?」

 突然の順三の発言にザイは驚いた。


 それを聞いたバチは「承知致しました」と言うと、順三を拘束していた手錠をあっさりと外した。


 すると手錠を外された順三は、雫の前でひざまずき土下座をし頭を下げた。


「すまなかった、君がこんなにひどい事を娘から受けていたなんて。娘がこれだけひどい事をしていたなんて……。知らなかったんだ。申し訳ない、娘が……娘が、ああぁ--」


 今までの態度が嘘かのように、娘のいじめの事実を受け入れた順三は土下座をしたまま滂沱ぼうだの涙を流した。


 順三を見下すような目で見るバチはさらに追い打ちの言葉を浴びせる。

「雫様の受けたいじめはが本番です。あなたはまだ半分も彼女の痛みを味わっていない」


 順三には、もはや抵抗する素振りはない。

「娘がした罪は私が甘んじて受けます。雫さん本当にすまなかった。いや、申し訳ありませんでした」と土下座のしたまま再び、地面にぺったりと頭を付ける。

 それを聞いた雫は順三の前でそっとしゃがみ、順三と目を合わせ話しかけた。


「もういいです。私もあなたの娘さんを殺し辛い目に合わせてしまった。それに私を……私の事を多少なりとも理解してくれた。少し救われた気がします。後はあなたが私を殺して終わりにしましょう。それで、私も楽になります」


「あああああああぁーー!」

 雫の言葉を聞いた順三は力を失くし泣き崩れた。


 バチは再び元の机の場所へ戻り、もらい泣きしているザイの横に並ぶと

「順三様、最後の質問です。あなたは雫氏をまだ殺したいとお考えですか?」と、質問する。


「いい……いいえ」 

 順三は声を詰まらせながら、小さくしゃがれた声で返事をした。


 バチはメモ帳を閉じた。


「雫氏並びに順三氏、双方に和解の意思があるとみなし和解案の提案を致します。双方に異論がなければ和解としたい所存でございますが、双方いかがでしょう?」

 

 異論を唱える者などいるはずもなく場は沈黙を続けた。聞こえてくるのはそれぞれがすすり泣く声だけだった。


 バチは穏やかな声で言う。

「和解成立という事で、これにて閉廷とさせて頂きます」



 こうして雫と順三の長年のわだかまりは終焉を迎えた。


 田原順三は1週間以内に指定の口座へ250万円を振り込むと約束し、ザイに連れられその場を後にした。もちろん、この事は誰にも口外しないと約束したうえで……。


 そして、雫はバチにゆだねられた。

「なんか、とてもすっきりした。もう殺すなり売り飛ばすなり好きにしていいわよ。どうせ250万なんかて大金払えないもん! 両親は離婚して父親は行方不明。母親だって入院中で、私には働くアテもなければ帰る所なんかないし……」

 

 バチは手に持っていた黒い袋を雫に渡した。

「何これ、もういいって! まだ思い出させる気?」

 雫はすっかり黒い袋に恐怖心を持ってしまったようだ。


「あと250ある。お前の依頼料の250はあらかじめ引かせてもらった」

「えっ」

 雫はバチの言葉を聞き、恐る恐る黒い袋を確認した。

「250って、250万?」


 袋に入っていた現金を見て驚く雫にバチは言った。

「あなたをいじめた残りの4人から口止め料として100万ずつ。そして、いじめを見て見ぬフリをしていた担任から100万円を振り込ませた。もちろん、相応の罰を受けてもらってね」


 雫は呆気に取られていた。

「アンタ達って抜け目ないわね。でも相応の罰って……考えただけでゾッとするんだけど」


 続けてバチは言う。

「人間はやり直せる。それを元手にすればいい。それでも死にたくなれば、自殺するなり誰かに頼むなり好きにしろ。俺達は快楽殺人者ではない。信念を曲げてまで殺しはしない」


「はいはい、分かりましたよ……ありがとうバチさん」

 バチはポケットから取り出した目隠しを雫につけた。

「すまないが今から目隠しをして出てもらう。ここは大事ななんでね」


「従いますよ。ちなみにバチさん、女性の助手なんか募集してない?」

と雫がバチに尋ねたが、バチは黙ったまま雫の耳にイヤーマフをかけた。

「ちょ、ちょっと-返事くらいしてくれてもいいのに」



 車に乗せられた雫はしばらく移動した後、解放された。それはバチ達にさらわれた場所のすぐ近くであった。


 後に雫はバチ達にお礼がしたくて、記憶していた車のナンバーを調べた。だが、乗っていた車はレンタカーで、名前も偽名で登録されていたためバチ達の所在を見つけ出す事ができなかった。




 貸家の古民家で、二人は仕事を終えビールで乾杯する。


「おい、バチ。お前は最初からこの絵図を描いてたのか?」


「……」


「なんとか言えよ!」


「罪と罰は平等でないといけない。死ぬより償える罪ある。だが一方で、ごうを背負っていく償いもあるのではないか? そして、その業も平等でないといけないのではと私は思っている」


「なるほどね-って、意味よくわかんないんだけど……」


「……」


「だからなんとか言えって!」              未成年の悪(終)

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