第十二話 「終わっても歩き始める」

 しばらくして、クラウスがラフな格好に着替えて客室にやって来た。


「いやあエバン、お待たせ。少し時間がかかってしまった……なんだいこの空気」


 ……考えるな、感じろ。


 絶対に今使うべきではない言葉が俺の脳裏に過ぎった。


 さっきのメアリとの会話が気まずい空気をさらにアップデートさせてしまった。メアリは相変わらず無表情だが、俺の顔はちょっと引きずった表情になっているかもしれない。


 クラウスが来てくれたおかげで少しは楽になりそうだ。


「じゃあ楽しいお茶会を始めようか。君、お茶の用意をしてくれるかい?」


「かしこまりました、旦那様」


 メアリが部屋から退出する。

 その際に俺の方を一瞬チラッと見た気がした。


 やっぱり、俺嫌われたのか? 能天気で思いやりがない奴だと思われてしまったのだろうか……。


 こうして俺とクラウスの話し合いが始まった。


「まずは、何から話そうかな?」


「……そうだな、まず俺の両親について聞きたい」


「じゃあそうしよう、と言っても話に聞いただけで全てが本当かどうかはわからないけどね。実際に面識はなかったし、私もその当初はまだ子供だったからね」


 ……当初は?


「ちょっと待ってくれ、クラウスって今いくつなんだ?」


「今年で29になるね、それがどうかしたかい?」


「…………いや、何でもない。続けてくれ」


 そこそこ童顔っすね。てっきり17歳前後かなと思ってました。


「――ラバン・ベイカー。王国から直接製作依頼を受けるほどの実力を持つ、凄腕の鍛治師。ここまでは流石に知っているよね?」


「ああ、逆にそれ以外は知らない」


 俺はラバンから自分の過去を語ってもらったことは一度もなかった。


「君のお父さんはね、かつて勇者とその仲間達と共に『紅の魔王』を討ち滅ぼした英雄の『輝剣の鍛治師』。『戦う鍛治師』とも呼ばれていたね」


 おっとっと? さっそく色々厨二チックな単語がずらずらと並んできたな。


「えっと、『紅の魔王』っていうのは…?」


「この世界には昔魔王が二人いたって事さ。その内の一人を倒してくれたってことだね」


 何それカッコイイ、本当に英雄じゃん。そんなヒーロールートの人生を歩んできたのか? すごいな俺の父。


 それはそうと魔王は一人であれよ、傍迷惑すぎるわ。

 それに一緒に倒したって鍛治師がそこに同行したのか?


「じゃあ『戦う鍛治師』って呼ばれていたのは何でだ?」


「そのままさ、本当に武器鍛治師が戦ってたんだよ。その頃は本当に戦争続きで、みんな自分の身を守るのに精一杯だった。十代後半でも戦場に駆り出されるほどにね。戦士不足でこのままでは友人である勇者達がやられてしまう。だったら俺も戦力になれれば負担は少なくしてやれる、みたいな感じじゃないかな」


 あり得る。ラバンならあり得てしまうな。


 お、メアリちゃんお茶ありがとう。ちょうど話が長くて集中が途切れていたところなんだ。


 できれば、もうちょっと俺を見る眼差しを優しくしてみようか。


「彼は魔剣士の家系だったからね、幼少期くらいに戦い方をある程度教えて貰っていたのかもしれない。スキルの補助無しで戦ってきたなんてすごいよね」


 そういえばそんなことも言っていたな。


 自分は魔剣士の家系に生まれたが、スキルが貰えず

落ちこぼれてしまったとかなんとか。

 剣術のスキル無しであれほど扱えるとは、今までどれだけの努力をしてきたのだろうか。


「彼らは死闘の末、『紅の魔王』の討つことができた。だがそれは、相討ちの形だった」


「相討ち?」


「勇者たちも魔王の攻撃によって倒されてしまった。その場で生き残ったのは二人。おそらく……」


 ラバンとミアだろうな。

 そうか、勇者達死んでしまったのか…。


「『輝剣の鍛治師』ラバン・ベイカー、『繋ぎの魔女』ミア・ヴァレンタイン両名は、魔王討伐後に姿を消し、行方がわからなくなってしまったんだ」


 なるほど、それで俺を産んだのか。

 まさか魔王倒して失踪、隠居生活とは思い切ったな。

 平和な、穏やかな暮らしをしたかったのかな……。

 でも割と王国の近くにいましたね。


「以上が私が知っている彼らの情報だよ。お気に召してくれたかな?」


「大体はわかった、ありがとう。……それで次の話なんだが、あのクソ悪魔達については何か知ってるか?」


 俺が次に聞きたいのはイーリッチ村を襲撃した魔王軍についての話だ。


 奴らは決して許してはならない。天誅を下す為にはまず、情報がいる。


「あのクソ悪魔達はおそらくもう一人の魔王、『黒の魔王』の手下達じゃないかな」


 出たな魔王。それも定番の黒色ときた。

 紅よりも黒の方がタチが悪そうだ。


 確かバールは昔ラバンと殺し合ったとか言っていた。

 ラバン達が戦争していたのは確か紅だけだったはず。

 となると、バールは何らかの理由で生き残り、紅から黒へ移転したということになるのか?


 うーむ、推測にしかならんな。


「襲撃した目的は、正直まだわかっていない。今わかるのは魔力純度の高いこの宝石が目当てだったということだけだ」


 クラウスはポケットの中からものすごい量の魔力が詰まった石を取り出した。


「なんだそれ?」


「偶然これに引き寄せられてしまったのか、それとも何か目的があったのか。このどっちかだろうね」


 ……この石のせいでみんな死んだのか。


 だったらこの手で今すぐにーー!


「まあどちらにせよ関係ない。こんな不吉なものは」


 バキッ!!!!


 クラウスがそう言うと、その石をとんでもない握力のある片手ですごい音を立てながら粉々に破壊した。


 部屋全体に綺麗だと思っていた色の魔力が、禍々しい色に変化しながら広がり、そして霧散した。


 ……そういえば元々壊す予定とか言ってましたね。


 でも、俺が言うのもなんだけどよかったのか?


「うん、壊しても特に影響なし! 団長からも許可はいただいてあったし何も問題はないね」


 …もし影響あったらどうしてくれたのかな?

 やるにしても唐突すぎるだろ。

 また魔王軍やらが攻めてきたりはしないよな?


「無事問題も解決できたし、次は君の今後の話をしよう」


 クラウスが何事もなかったかのような落ち着きでお茶を飲み、次の話題にシフトしようとする。


「君は今身寄りがいない、住む場所もない。これで私が言いたいことはわかったよね?」


 突然そんなことを言い出した。


 うん、わからないよ?


「私が君を引き取ってあげるということだよ!」


 うん、何で? 声のボリューム上げないでもらっていいっすか?

 確かに馬車でそんな事を盗み聞きしたかもしれないけども。


「君には私の養子になってもらい、私の遊び相手…ではなく剣の手合わせの相手になってほしいのだよ」


「何で俺なんだ? それくらいの理由なら俺じゃなくても…今遊び相手って言ったか?」


「もちろんそれだけではないさ、エバン」


 急にクラウスが真剣な顔になった。

 テンションの上げ下げ激しいなおい。


「君のことを、可哀想だと思ってしまったからだよ。あの村には家族を失ってしまった人はたくさんいる。でも、たった一人だけになってしまったのは君以外にはいなかった。ただそれだけだよ」


 ………そうか。


「で、どうだい? 私の養子になるかい?」


「どうせどこにも行く宛は無いんだ。それは喜んでなるよ。でもその前に一つ、頼み事をしてもいいか?」


「なんだい? 私にできることなら頼まれてみよう」


 俺はメアリの方を振り向く。

 メアリは無表情だが、頭の上に? を浮かべているように見えた。

 俺はもう一度クラウスの方を向き、言った。


「俺のお父さんの、英雄ラバン・ベイカーの立派なお墓を建てて欲しいんだ」


 俺は、失った。


 でも、終わったとしても諦めてはならない。


 ここからもう一度、立ち上がるんだ。

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