酔って可愛く愚痴る聖女をお持ち帰りしたら、勇者の称号をもらったんだが。なんで?

尾張のらねこ

酔って可愛く愚痴る聖女をお持ち帰りしたら、勇者の称号をもらったんだが。なんで?


話をすれば、こいつ可愛いな、と思うことは何度かあった。



たまに酒場に現れて、端の席でフードをかぶったまま独りで時折ぶつぶつ言いながら飲んでる女。

小柄なのに胸はそれなりにあったから、からかいついでに口説きに行く輩が出ないのが腑に落ちなくはあったが。

どんよりするような黒いオーラを常に身に纏っていて、誰も近寄ろうとはしていなかった。



俺も、たまたま混んでいて隣の卓しか空いてなかったときにそこに座らなかったら、関わりを持つことなんてなかっただろう。

鞄から手持ちのガラス玉がこぼれて、彼女のほうに転がっていったのも偶然だった。決して口説きの手口とかじゃない。


「すまんが、足元に転がっていったもの、拾ってもいいか?」

「……?」


物取りだの下着を覗き込んだりしたと思われても困るから声をかけてはみたが、反応が薄い。

存分に酔っているのか、俺の言葉がうまく理解できていないかのように。


代わりに、それまで見たことがなかったフードの下の顔がちらっと見えた。

若いというか、幼く見えるほどの顔立ち。瞳は酔いに潤んでいて、小さな鼻も口も整っていた。

美しい少女と言っていいだろう。いつも独りでいるからには貴族ではないだろうが、令嬢と見間違えられても不思議でもない。



なんでこんなところで飲んでて、そして無事なんだ?

そんな単純な疑問が湧く。


ここいらはきちんと教会も配置されている地区なので最低というわけではないが、治安が良いような場所ではなかった。

喧嘩は日常茶飯事、人殺しも年に数十件はある。死体が見つかっているのだけでな。

女性が酔ってフラフラと歩いていれば、路地裏に連れ込まれて不埒なことをされたり、そのまま消息を絶っても不思議ではない。


だがなぜか、彼女が酒場で独りで飲んでいることを、追求するほど不思議には思わなかった。

彼女はそういうものだと認識していたかのように。



一応声はかけたので、そのまま卓の下から素早く拾い上げる。

彼女はなにが気に入ったのか、きらきらした目で俺の指先にあるガラス玉を見つめていた。

透明度が高くて、ガラスだが結構固い。幸い、落として傷が入ったり割れたりもしていないようだ。


「安物だけど、欲しけりゃやるよ。かわりにすこし、愚痴につきあってくれ」

腕を伸ばすと、つられて上に向けた手のひらにガラス玉をそっと乗せる。


「え? あ、ありがとうございます……これが安物?」


ついでに店の親父に声をかけて、席を移った。トラブルの元なので混んでても店のほうから相席を頼んだりはしないが、自発的にする分には止められることもない。


「それ、宝石みたいに見えるだろ。透き通ってて球形の宝石なんて珍しいからお宝だと思うだろうが、隣国の遺跡ではよく出るガラスの球でな……」


見つけたときのことを思い出しながら語る俺を、ときおり相槌を打ちながら彼女は興味深そうに見ていた。




それ以来、酒場で会えば一緒に飲むようになった。そんなに頻度が多いわけじゃなく、週に1~2回くらいだったが。


異国の遺跡を巡った話をせがまれてしたり、彼女が仕事での愚痴を漏らすのを聞いて慰めたり。

愚痴は意外と多かった。上役というか相談役?の爺どもが孫娘扱いしてうるさいらしい。普段溜め込んでいるのか、細かいことばかりで聞いていて微笑ましかったが。



しばらくして友人関係と言っても差し支えないくらいに親しくなって、黒いオーラを撒き散らすのが減っても、なぜか回りから距離は置かれているのが不思議だった。

話をするのは、俺と彼女のふたりだけ。



「こんなに可愛いのにな」

「ふえっ!?」


飲んでいる間も頭を覆っているフードを取ることは決してなかったが、わりと視線を向けてくれることになったので、彼女の顔を拝む機会はそれなりにあった。

いまも楽しそうに微笑んでいた顔が、俺の発言で一瞬で真っ赤に染まる。


しまった。


ぽろっと漏れてしまった本音は、だがそれだけでは止まらなかった。


「必死に仕事に取り組んでるのにそれに値するほど報われてもおらず、でも愚痴をこぼしながら手は抜かないだろ?」

「まあ、そういうお仕事ですので……」

「それはお前の良いところだし、俺は好きだよ」


酔って口が軽かったことは否めない。


いや、言い訳をさせてもらえば、それ自体は女として好きだと言ったのではなかったんだ。

彼女に対して好意がなかったかというと自信はないが、そういう相手として見ていたつもりはなかった。


だがたぶん、彼女はそういう意味を含んでいることを察したんだろうと思う。

俺にもわかっていなかった本音を。



「私も、あなたとこうしている時間、大好きなんです」

卓の上で、俺と彼女の指が少しだけ触れた。さぐるようにしながら、遠慮がちに絡めてくる。


こいつ可愛いな、と思った俺は悪くないと思うだろ?

ちょろいな、と自分でも思うけど。



その晩、閉店まで飲んだあと、俺は彼女を自分の部屋に連れて帰った。

「お持ち帰り」だな。


ただ、彼女は意識もはっきりしていたし、ややおぼつかないながらも自分の足で歩いてもいた。

俺も酔っていて自制心は欠けていたが、無理に誘ったわけじゃない。泥酔した女を意識がないままに犯すような趣味は決してない。



俺も彼女も、大人だ。

男と女が夜に同じ部屋に帰って、そこから先どうなるかは、十分にわかっていた。


部屋に入るなり、待ちきれなかったように互いの体を抱きしめて、口づけをした。


俺からだけではなく、彼女のほうからも積極的に唇をあわせてくる。そして、舌も。

慣れているわけではなさそうだったが、遠慮もなかった。知識としてもっている行為を、はじめて実践するようなぎこちなさ。

いとおしく思えて強く抱きしめて、唇を離した。


狭いベッドへと導く。それなりのもので、寝心地は悪くないはずだった。

もっとも、彼女はあまり、そんなところにこだわってはいないように見えたが。


これから俺とする行為への、期待と不安。そして、すこしの欲情とおそれが表情に見て取れる。

安心させるように彼女の頭を撫でてやりながら、俺は彼女の身体へと触れていった。



「一緒に生きて欲しいって言ったら、重いか?」

「望んでもらえるのであれば、伴侶として生きたいです。私でも良ければ、ですけど」

結ばれる前に、愛の言葉に混じって将来の話をして、真面目に誓いを立てたりしても。


「途中で痛がっても、止めなくていいですから、絶対に最後までお願いします」

彼女が、そういうことをするのがはじめてで、ぎこちなく少しずつするはめになっても。


「身体のほうは大丈夫か?」

「もう一度だけ、して欲しいです」

そのままお互いの身体に翌朝まで溺れていたとしても、非難されるいわれもないはず……なんだが。



ことは、それだけでは済まなかった。






翌朝というか昼に「すこし戻らないといけません」とメモを残して彼女が姿を消し。


翌々日に教会の高位神官が突然やってきて、話がしたいと言われ聞かされた話は以下のような感じだった。

俺は最後まで一方的に聞いてるだけだったし、神官の発言だけになるが。



「殴り聖女って知っていますか?」


「当代の聖女、殴り聖女なんです。前衛で物理で殴るあれです。力こそパワー! みたいなノリです。教会の聖女はそもそも、ごく一部の例外を除いて殴り聖女なんですけど」

「もちろん回復とか結界とかも一流なんですけど、基本的には物理攻撃で物事を解決するというスタンスなんですね」


「それで、当代は歴代最強の殴り聖女って言われてるんですよね。そう、ご存知のあのお方です。単身ではこの国の最強ではないかとも言われています」

「あ、これ一応は対外秘なので、公言しないようにお願いしますね」



「当然ですが、戦闘の技術が高いというだけではありません。腕力も体力も尋常ではないです」

「普通に聖騎士と素手で殴りあって勝てますからね。あの小柄な体躯で、あの筋骨隆々とした彼らとです」


「愛の行為中に抱きつかれたら背骨折れたりしそうな女性と、そういうことしたいと思います?」

「いくらそそぎ込んでも終わらない無限の体力を持つ女性とでは?」



「誰しも思うはずです、

『そんな女をめとるなんて、どこの勇者だよ』と」


「枢機卿団は、満場一致であなたのことを勇者と認めました。反対などあると思いますか?」


「というか、なんで生きてるんですかあなた」



やかましいわ。





さらに次の日、俺は王都の中央にある教会本部に呼び出された。


きらびやかな高位神官の服を身につけて出てきた美しい聖女さまに、ぼうっとなって三度見くらいはしたが。

神気を纏った彼女は、けれども嬉しそうに俺を見て照れ笑いを浮かべた。中身は一緒のようで安心する。



以下も長くなるので、彼女の発言だけを抜粋させてもらうことにしよう。


俺の反応なんて、顔合わせが終わるやいなや膝の上に乗ってきて抱きついて甘えながら耳元でささやく彼女の姿に、ちょっと正気じゃなくて頷くだけだったし、必要ないだろう。

高価そうな服がたぶんしわになったんじゃないかと思うんだけど、俺のせいじゃないから。



「いろいろとごたごたしていたので会えなくてごめんなさい。あの夜以来ですね」


「現役聖女が婚姻の誓いをして純潔を失ったので、教会内部でちょっとだけ揉めまして」



「ええ。未婚姻の聖女が処女でなくなると、聖女の資格を失いますね。もっとも、意識のない間ですら無理やり襲おうとすると天罰が下るので、滅多にありません。恋をして自らを捧げようとした聖女がやらかした記録は残っていますが」



「先に結ばれる相手の妻になっていれば大丈夫です。前例も何度もあります」

「あの夜、口頭ですけど抱かれる前に結婚の誓いは神の前でおこないましたから。あなたにも了承してもらいましたよね」


「あ、覚えてるみたいですね。よかった。記憶がないとか言われたら泣いてしまいます」


「誓いですけど、神の使いたる聖女が意識すれば神前ということになるのです。わりと融通はききますよ。大丈夫だと思います」

「事前に先々代の聖女さまにも相談しましたが、にっこり笑って応援されましたね」


「そうですね。自分の気持ちは自覚していて、事前にそうなれる可能性を調べてはいました。相手がいなければ、思いもしなかったんですけど」



「ただ、こればかりは絶対大丈夫かと言われると確証はなかったですね。100に1つくらいはダメかもしれない、くらいですけど」


「いまのところ、三日目を迎えても加護が弱まったりする気配もないですし、そもそも神前で明確に了承も得ていますし、大丈夫だと思うんですけど」


「もしダメなら、次の聖女の選定を急ぐしかありません。聖女がいない期間があると国が滅びるというものでもありませんし、気にする必要はないのです」


「万が一にでも、罰を受けることになるならば逃げましょう。どこまででもお供します」


「いえこの国を見捨てたいわけでは決してないんですけど。でも、聖女でも自分の幸せを求めても良いと思いませんか。多少のリスクは許容されるべきです」


「もしかしたら聖女が今日、怪我や病気で死んでしまうかもしれないでしょう? でもそれに対処するのは国であって、私ではないと思いますよ。もう死んでますし」


「その考えが聖女失格だと言われてしまえば、それまでなんですけど。でも聖女である前に、女でありたいと思ってしまったのです」



「どうか末永くよろしくおねがいしますね、勇者様あなた




まさか聖女なんて伴侶を得るなんて思ってなかった俺は、だがまあ、概ね満足はしていた。

大袈裟な言い方をすれば、彼女と出会ったのは運命であったのだろう。


酒場で、常に独りでいた彼女。それに話しかけた俺。


まさか公務以外の聖女が常に身にまとう『人避け』が効かないのが聖女の伴侶たる者の第一の条件であるなんて、俺が知っているわけがないだろう?


ましてや第二の条件が、聖女に性的興奮を覚えて抱くことができるかだとか、処女膜を物理的に打ち破れるかどうかだとか。


役目自体は、聖女と共にあってそれを守り、可能なら子をもうけるくらいで、ゆるいものではある。勇者とは、名誉職のような称号であるらしい。


不満は特にない。それがどういう意味をもつのか知っている、教会の関係者に会うたびに、微妙な表情をされる以外は。



聖女の勇者ヒモになってしまった俺は、今日もお役目を果たすべきだろう。まずは彼女を抱きしめながら、そっと口づけをした。







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歴代最強として知られる豪腕聖女は、数多の戦いにおいて前線に立ち、常勝不敗であったと伝わる。

その傍らには、剣をいて聖女に寄り添う、伴侶である勇者の姿が常にあった。

なお、その剣が抜かれた際の記録は残っておらず、勇者の強さについては判然としない。

複数の枢機卿の日記に、「過不足なくあの聖女の夫であれる真の男である」と残るのみである。

子だくさんであり、娘の一人はのちに聖女となった。父と母のあいだに、母によく似た聖女姿で並んで立つ姿絵が教会に残されている。

勇者との出会いの際に貰ったガラス玉を、生涯宝石のように大事にし、子どもたちにも決して触らせなかったという。






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落としたガラス玉は透き通ったややラムネ瓶色をしたビー玉のイメージ。

この世界のガラス技術ではきれいな球体が作成できず超高級品だが、隣国の遺跡から大量に出るので綺麗だけど希少価値はなくせいぜい銀貨一枚(数千円)くらいの価値という設定。

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