11 夜明け

 はっと目を覚ました時には、遅かった。

「ああっ……」

 沙綺羅は目の前の惨状に、深い深いため息をついた。

「ミチルやタケシまで……あーっ、また難波江なみえに<ジェノサイド・クイーン>健在ね、とか言われちゃうんだ。あたし泣くぞ」

 闇のように黒い握り拳をトンネルの壁に打ち付ける。滅茶苦茶に痛い。


 「の馬鹿――っ!!」


 事件の後、沙綺羅は師匠に相談したのだ。

「……私は制約なしの放免ですか」

「お前は出来るだけのことをした。そうだろう?」

「はい。もう少しで殺されるところでした。なぜ言うことを聞いてくれているのか、私にもわからないんです」

「その怨霊の力はかなり強い。お前ごと封印したところで、抜け出ることも可能なのだろう。それでは意味がない」

「はあ」

「出逢うものすべて殺すというその怨霊を、渋谷のど真ん中とかに出たら大惨事確実の、そいつをお前が抑えていることは事実なのだ。話を聞く限り、お前が普通通り動けることが大事なようだしな。下手を打ってへそを曲げられても困る。まあ、がんばれ」

「師匠、他人事だと思って……」

「あと、その黒い手はどうなっているんだ? 感覚はあるのか?」

「ものを掴む感覚も、皮膚の感じも元の手と変わりありません。たぶん、のお詫びのつもりなんじゃないですか」

「怨霊のか? はは、だいぶ変わっているな、そいつは」

 ――というわけで、私は人柱にもならずに普通に仕事をしているわけだけれど。


 問題は。

 私が意識を失っている時――あやかは勝手に出てくるようなのだ。

 毎日の睡眠に関しては何とか『出てこない』と言質げんちを取ったものの。

 とどのつまりが、この目の前の地獄である。


 猫の声がした。アサツキだ。

 振り返ると、明畠がアサツキを抱えて立っていた。

「ああ、あなたは無事だったのね」

「おかげさまで。噂は聞いていましたし」

「見事な逃げっぷりだったわ。変なプライドで逃げられない人っていっぱいいるのよ」

「人を臆病の権化みたいに言わないでくださいよ。でもそのおかげで生きてますから」

「ねえ、転職する気ない?」

「は?」

「事件の詳細を下調べしてくれる人が欲しかったのよ。今回だって情報があればできる準備はあったはず。お給料、けっこう出せると思う」

「一歩間違えれば死ぬからですか」

 明畠はあたりを眺めながら言った。

「まあ……言いにくいけど、そういうこと」

「いいですよ」

「まあいろいろと考えてみて――へ? 今、なんて」

「お受けします。私でよければ」

「……決断速いのは好きだけど、ちょっと何考えてるのかわからないとこあるよね」

「それはお互い様だと思いますが」

「なるほど。採用」



 ちらほら駆けつけてきた警察がしゃべっている。気分が悪くなる者も少なくはない。

「これはひでえな」

「窓ガラスの破片で顔の皮を剥ぐなんて、どうみても正気の沙汰ではないですね」

「たぶんそうなんだろう。あそこで話している女がいるだろ」

「ああ、あのメガネの」

がいるってことは霊三れいさんがらみの事件ヤマなのさ。バスの横転事故で全員死亡――ぐらいで片がつくんじゃないか」

隠蔽いんぺいするってことですか」

「馬鹿。バケモンに手錠かけられないだろうが。そのまま報道したところで不安をあおるだけだ」

「そういえば、ここも心霊スポットですもんね。……ところで、霊三れいさんって何ですか?」

「知らんで聞いてたのか。霊障及び超常現象対策三課、だよ」

「じゃあバケモンがらみの部署が三つもあるってことに」

「一課は皇族専従、二課は裏外務省っていわれてる国外の担当。三課がまあ、俺らとも関係してくるところだな。国内のバケモン関連だ」

「知りませんでした」



 空が白むと鳥の声も聞こえ始めた。

 また、普段と変わらない一日が始まろうとしているのだ。

 トンネルの出口でパトカーが出入りするのを見ていた少年は、ふと笑みをこぼした。

「……あれは面白そうだね」





                    終







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黒手の巫女 AYAKAシ番外編 連野純也 @renno

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