5 乱闘

「話を戻しますが、トンネルの幽霊と神隠し――つまり失踪の多発とは関係がない?」

 明畠が割って入った。沙綺羅を招いたのは無駄だったということになる。もうそろそろトンネルを出てもいい時間。

「たぶんね。もし、神隠しがだった場合、路線バスをバス停でもないところで止めて降ろす――なんてリスクが高すぎるわね」

「なるほど、対向車がいつ通りがかるかわからない、しかも最近はドライブレコーダーをつけている車も多い」

「明畠さんはつけてます?」

「役所の車には。自家用車には、まだですね」

 キキーっと、急ブレーキがかかった。立っていたタケシとミチルはとっさに座席の背を掴んで危うく転ぶのを防いだ。

「なんだなんだ、いったい」

「さっきの続きだけど、トンネルには非常口をつけなきゃならないと法律で決まっている。中で事故が起きた時のためにね。その所にバスを止めれば外からは見られずに出入りできる」

「ちょっと待って下さいよ、運転手もグル?」

「当然。じゃなきゃ走っているバスをどうやって止めるの?」

「でも失踪が起こっている便の運転手は二人で――ー」

「簡単よ。

 パシュ、と昇降口のドアが開いた。

 男が二人、乗り込んでくる。背の高い、まさに腕力に自信ありそうなチンピラ風の男と、対照的に背は低いががっちりした男。

 こそこそと、運転手が逃げるようにバスを出て行った。

「ああ。悪いが――そこのガキ二人とお兄さんとお嬢さん、バスを降りてもらおうか」

 背の低い方の男が言った。様子をみていると、そちらの方が兄貴分らしい。

「こ、こんなとこで降ろしてどうしようっていうの」

 ミチルが半ば裏返った声で言った。

「悪いようにはしねえ」

 一瞬、静寂があたりを支配した。それを破ったのは、凛とした沙綺羅の声だった。

「今までの例では、身代金の要求はなかった。じゃあ、目的は何? ものでしょうね」

「つまり……人身売買?」

「今時ないでしょそれは。のマーケットはずいぶん繁盛しているらしいじゃない?」

 怯える明畠を横目に、沙綺羅は男たちに聞いた。まるでからかっているかのような明るさ。

 背の低い男――宝田は興味深そうに沙綺羅を眺めた。

「ただの拝み屋じゃなさそうだな、あんた。これからの自分たちがどうなるか、怖くないのか?」

「あなたちが怖い? 馬鹿言わないで。本物の恐怖も知らないあなたたちに、あわれみを感じているだけよ」

「何言ってんだこのアマ!!」

「待て、飯島!」

 背の高い方の男――飯島がつかみかかろうと、走り寄りながらリーチの長い両手を伸ばした。

 沙綺羅はすっと腰を落とし、半身に構える。開いた両手を自然に下ろしている。

 ふわりと沙綺羅の両手が動いた。

 飯島の腕が沙綺羅の腕に触れたと思った瞬間、大男の体は宙に浮いていた。

 まるで自分から飛んだかの様に弧を描いて、座席に頭から落ちる。しこたま頭を打って、飯島は気を失った。

「ちょっと狭すぎる。でもまあ、最近の暴力やくざは格が落ちたわ」

「教育がなってないのは謝罪するよ。合気かい。しかも師範級だな、こんな見事なたいは久しぶりに見たぜ」

 宝田はニヤリと唇をねじ曲げた。姿勢は低い。軽く開いた両拳は目の高さ――宝田は、恐らく柔道経験者。

「合気とやるのは初めてだ」



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