3-15

 途端にキューピットの目に生気が宿り、くるりと体の向きを右側に変える。そして、たちまち矢を引いて、木の影に潜んでいる暗い色合いの肌をした男、ゼピュロスに向かって矢を放った。矢は見事に当たると、おとこは狼のように『クロリス〜、クロリス〜』と叫びながら、目の前の半透明な布を纏った女、クロリスに襲いかかった。

 彼女は『ああ、やめて……』と抵抗しながらも瞬く間に■■■■■■■■■■■■■■る。


 キューピットは次に二人の隣にいる花柄のドレスで着飾った女性、フローラに矢を放った。

 妖艶に描かれた彼女は矢が当たると、急に頬を赤らめ、『ゼピュロス様、私もお願いします』とゼピュロスに向かって■■■■■■■■■ながら叫喚した。彼はニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、あっという間に二人の間を行き来し始める。


 キューピットは体を左側に向けると、三美神とその隣にいる赤い一枚布を身に付けたヘルメスに向かって矢を放った。

 矢が当たった少女たちは三人一緒に唇を重ね合わせ、互いの腰に手を回して密着する。その肉塊を青年が丸ごと包み込むように抱擁し、三人の■■■■■■■■■■■■■を■■■するように交互に■■■■た。

 彼女らの■■■■■■はハーモニーのように和音を作り、元紀たち、生者の耳をくすぐった。


 最後にキューピットは真下にいるヴィーナスに矢を放つと、自らの手で己の首元に矢を突き刺した。そして、見る見るヴィーナスの元に降り立っては、彼女の■■■■■■■■■■■■■始めた。愛と美の女神である彼女はヤンチャな子供を癒すかのように、彼の行い全てを恍惚とした表情で眺めた。


 瞬く間に絵の中は愛と欲情が入り乱れる現場に生まれ変わった。この官能的で艶かしい声に包まれた「プリマヴェーラ」に元紀は最初、卑猥だ、破廉恥だという感情を抱いた。だって、その……あれは、大切な人と二人でするんでしょ? なんで、こんなに大勢でやっているの? 

 けど、そんな疑問は自らの欲望を誤魔化すための木造城壁に過ぎなかった。彼女らのあげる■■■■■■■■が彼の管轄ではない領域を猛烈に刺激して、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■しまいそうだった。ああ、あそこに行きたい。今すぐあそこで何もかも解放したい。


 ふと、元紀は中央にいるヴィーナスと目が合った。■■をキューピットに■■されながら、彼女は全て受け入れるかのように、こちらへ来るよう手招きしている。

 元紀にとって、彼女はどちらかと言えばタイプではない。胸も小さいし、腹も妊婦のように出ているし、足も細くはない。しかし、それでも彼女に見惚れている自分がいる。その紅潮した頬や、時折漏れる■■■■■。彼女が■■■■たびに元紀の胸は大きく高鳴った。ああ、きっとこれがエロスというものなのだろう。幼い十五歳の少年はそう思った。


 少しだけなら、一瞬だけなら、あそこに行ってもいいじゃないか。あそこに行って、■■だけ、いや存分に堪能してから「七不思議探し」に戻ってもいいんじゃないか。

 そんな危険な思考は元紀だけでなくラムジーも誘導されていた。さあ、いよいよ向かおうじゃないか。記念すべき■■卒業式を取り行なおうではないか。


 二人が魅惑の世界へ一歩踏み出そうとしたその時、綾子が二人の手をとって無理やり歩き出した。彼女は二人の手を振り払えないほどがっちりと握りしめたまま「プリマヴェーラ」から離れて美術室の出口を目指す。

 しかし、その足取りもどこか重い。まるで、逆風の中を進んでいるみたいだった。それでも一歩ずつ着実に足を動かし、なんとか美術室から抜け出すと、綾子はピシャリと扉を閉めた。その顔は窺い知る事はできない。


 扉が閉められたことにより、甘美な雰囲気がなくなったからか、元紀とラムジーも平静を取り戻しつつあった。それと共に襲いかかってくる後悔の念。初春の空気が冷たく二人の体を冷ましてくれた。

 おかげで熱を持っていた■■も徐々に自陣へ撤退していく。まるでポルノビデオを見てるところを親にでも見られたような気分だった。いや、実際にはそれに似た状況なのだろう。隣に綾子がいることを忘れてすっかりインランの世界に釘付けだったのだから。


 先ほどまで少し距離が近くなったと思っていた元紀は自分の不始末に恥ずかしさを覚えつつ、なんて言い訳しようか言葉を探していた。しかし、適当な言葉が見つからない。

 悪いことだと思っているのに、出てくる言葉はどれも自分の気持ちを素直に表したものではなく、無限回の思考に陥ってしまった。もしかしたら言い訳できないことだと分かっているからかもしれない。であれば、彼女になんて声をかけたらいいのだろう。


「……別に、気にしてないから」


 ふと彼女が二人に背を向けてそう言った。


「まさか、あんな怪異だったとは、思わなかったけど、全然気にしてないから。そういうのも……、知らないわけじゃないし」


 それは彼女の精一杯の強がりだった。それを二人の未熟な男子は分からない。まだ女性の強がりと言うものを見たことがないから。けれども、もしかしたらそうかもしれない、とどこか遠いところで元紀は感じていた。


 そのまま三人は押し黙ってしまった。校舎はしんとしていて、ほのかに下の階から話し声のような雑音が聞こえてくる。もしかしたら骸骨たちがまた揉め事を起こしたのかもしれない。

 ほんの二時間も前のことなのに彼らと一緒に過ごしていた時間がずいぶん昔に感じられた。きっと作者がこれを書くのに時間がかかっているからに違いない。

 だってそうだろう。僕がこの物語の作者だったら、きっと疲れてしまう。こんなグロくて、エロいもの、自分を抑えられなくなるよ。まったく、なんてものを作ってくれたんだ。元紀はいるかいないかも分からない「作者」に愚痴をこぼした。




   6         



 三月一日水曜日午前一時三十分



 まだ体が熱い。初体験の時もこんなに体が熱くなるものだろうか。それとも、彼女らの術だからだろうか。未だに頭がぼーっとして、心臓が耳元でドクンドクンいっている。

 情欲と言うのはこんなにも己を見失わせるのか。なるほど。パンル三世も不三子の色仕掛けにハマるわけだ。あんなボディが目の前にあったら絶対イチコロだ。


 元紀はもう一度頬を手で叩くと、顔を上げた。目の前にはラムジーの大きな背中、その奥には個室トイレの扉がある。ここは三階の男子トイレ。三つあるうち一番奥にある個室の中に三人は身を寄せ合って立っていた(時々綾子の肩が彼の肩と触れてしまうが、なるべく気にしないようにする)。

 彼らは「プリマヴェーラ」が言っていたことを確認するために、「七不思議」の一つである「トイレのクミ子さん」を呼び出そうとしていたのである。


「二人とも、行くで」


 ラムジーは左右奥にいる元紀と綾子にそれぞれ目配せした。二人とも黙って頷く。二人を確認すると、ラムはゆっくり右拳をあげて扉の前に近づけた。そこで彼は少し停止する。無意識に拳が震えていることが後ろから見てもわかった。そして覚悟を決めると、三回扉を叩いた。あたりは静かでコンッコンッコンッというノック音だけが響く。


『はい』


 それは少女の声だった。とても小さくて、幼そうな声。しかし、三人の鼓動は今までにないくらい高鳴っていた。間違いなく自分たちと扉一枚を隔て彼女はいる。元紀は自分の心の奥が薬を調合する魔女の鍋みたいにグルグルとかき混ぜられている感覚がした。少女の声だけなのに、まだ姿すら見ていないのに、この圧迫感!


「クミ子さん、遊びましょ」


 ラムジーは伸ばさずに手短く言った。ちゃんと伸ばさなければいけないのではないだろうか。もし、彼女が悪い方の怪異だとしたら、「罰」を与えられるかも知れない。そんな、あらゆるもしもが元紀の頭を駆け巡った。


『いいわよ』


 ややあって声がすると、扉が勝手に開いた。鍵を閉めたはずなのに、いつの間にか開いている。そして、扉を開けた先には……

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