それはそれは愉快な提案だった

「お~よしよし、いい子だぞ一劉……今日も多きなのを出したな。偉いぞ」


 閻魔大王は一劉の面倒を見ていた。自分が育てると覚悟を決めた以上はオムツ1つ換えるのを嫌な顔をせずにする。

 ニコニコと微笑む姿は本当に日本の地獄を統率する人間なのかと思えるが、閻魔大王とはこんな感じである。


「吾が輩が子供の頃はこんな物が無かったが、最近は本当に進んでいるな」


 いったい何時の時代の話をしているんだと言われれば神話の時代で、現世の日本の最新の紙オムツに感心を示す。


「私達が生きていた頃っていったい何時の話をしているんですか」


「そうだな。数千年も前の話だ……あれから数千年も経過しているのか」


 補佐官のツッコミで感傷に浸る閻魔大王。

 数千年前、日本の死後の世界は混沌としており黄泉の国と呼ばれていて規律もなにも無かった。日本初の死人である閻魔大王はこのままではいけないと規律を作り統率をした。

 それからは今の地獄か天国のどちらかに行くか裁判制度が作られたりしたが、それはさておき閻魔大王の補佐官は真剣な顔で漫画を手にしていた。


「紫煙のお土産か。あいつは本当に娯楽が好きだな」


「閻魔大王……異世界転生しましょう」


「は?」


 あまりの突然の事に閻魔大王は口を大きく開いて固まった。

 なにかの企画の様な事を言っているのだろうがさっぱりで、なにが言いたいのがイマイチ分からない。


「異世界って、それはまずいだろう」


 取りあえず分かるところから答えよう。異世界転生の意味がよく分からないので分かるキーワードを拾う。

 異世界に転生すると言う意味合いなのだろうが、それは色々とまずいことだ。


「吾が輩達の存在は異世界では迷惑な存在だ」


 地球とは異なる地球人っぽい人が居て、剣と魔法の文明が栄えているファンタジーな世界。

 頑張って探せばそんな世界はあるのを知っているが、閻魔大王はその世界に干渉する事は否定的だ。


「今までの世界と宗教の歴史を知らぬとは言わせんぞ」


 異世界とは文字通り、異なる世界だ。

 その世界は聖書に語られている通りに世界は作られておらず、概念が似ていても異なる。天国、1つ取っても管理している神の様な存在が居なかったり逆に複数居たりし、全くこの世界と違う。

 そこに日本の地獄の代表である閻魔大王達が関与してしまう事は、いわば他所の国に別の宗教を持ち込むも同然の事。宗教が巻き起こした争いやいざこざは歴史が語っており、異世界に自分達の宗教や概念、考えを持ち込むわけにはいかない。

 その為、ギリシャや北欧、エジプトと言った他国の神々も異世界には関与は絶対にしないと誓約をしている。


「それは分かっています。異世界に私達が関与してはいけないのを……ですが、この世界に関与するのはありの筈です」


 紫煙の現世の視察土産である漫画を見せる。

 それが紫煙の何時もの現世土産だと言う事は分かる。なにを言っているのか理解できていない。


「漫画やアニメ、ゲームの世界に転生させましょう」


 補佐官がそれを言うと閻魔大王は理解に苦しむ。

 この男はいったいなにを言っているんだと、自分の補佐官はなにを突拍子もないことを言っているんだと。


「下位世界をご存知ですよね?」


「あ、ああ……」


 閻魔大王がいる世界とは別のパラレルワールドであり、閻魔大王がいる世界から神話みたいに余計な干渉をする事の出来、その逆が不可能な世界。それが下位世界。主にこの世界は閻魔大王達が居る世界で作られた創作物と同じような事が起きている。色々とざっくりと言えば並行世界である。


「その下位世界に早死にした人達を転生させるんですよ」


 この時はまだ200X年。牛丼が食べれなくなったぐらいの頃。

 今で言う異世界転生の概念が殆ど無く紫煙の買って帰ってきた漫画にその手の物は今は無い。


「何故そうなった」


 これがほんの十数年先の未来ならば、はいそうですかと頷けた。

 しかし、そうではないので何故そんな考えに至ったのか疑問をぶつける閻魔大王。


「一攫千金の為です」


「金の為、だと?」


「言い方が悪いのでしたら、こう言いましょう。チャンスを与えるのです」


 下位世界に転生させようと言う案が何処から生まれたのかと秦広王と紫煙との会話を話す補佐官。

 生まれるところ1つでも間違えれば一生が決まってしまうこの現代。現世に関与することは基本的に禁じられており、チャンスを手に入れる機会すら存在していない。


「チャンスを与える機会を与えるのはなにもない今の世の中では無理です!ならばいっそのことチャンスが有りまくりな下位世界の……漫画やゲームの世界に転生して貰おうと思います!はい、これ企画書!!」


 なにをやるのか具体的に言うと広辞苑ぐらいに分厚い企画書を提出する補佐官。

 さっきから言われっぱなしの閻魔大王は少しずつなにが言いたいのかを理解していく。


「待て待て、仏と言うか地蔵菩薩は転生先を選べないと言ったのを忘れたのか?」


 チャンスを与えることについては反対せず、それそのものが出来ないと否定的な閻魔大王。

 そんな事は補佐官も百も承知で、パラリと企画書のページを捲っていき見せつける。


「それは1からリセットの場合に限ります」


 仏もとい地蔵菩薩が子供を転生させる時、転生先は選べない。

 それが選べたら今ごろはどいつもこいつも金持ちや東京生まれに出来ていたのだが、それが出来ないから苦労をしている。しかし何事にも例外と言うものは存在しており、補佐官はそれを知っている。


 それは1からの場合。所謂、前世の記憶等を全て抹消して文字通り1から新しい生を謳歌しようとする時は新しい転生先を選べない。


「前世の記憶をそっくりそのまま持った場合は転生先を選べます。この事については事前に仏に確認を取っていますので間違いありません」


「だったら、現世に方に……いや、それだとダメか」


 前世の記憶を保ったまま転生先を選べるのならば現世でも問題はない。

 頭に一劉の勉強を見て貰おうと呼び出した自殺した学生が過ったため口を閉ざす閻魔大王。この世はあの世よりも険しく地獄で、恵まれた環境下でも苦しむ者が大勢増えてきた事を今、再認識する。


「しかし、大丈夫なのか?前世では漫画やゲームだった世界に転生させて、その、知識とか色々とあるだろう」


 この案はいい案だがと欠点と思えるところを突いてみる。

 この世界が漫画やゲームと同じことが起きていると知ればどうなるか?もしかしたら苦しむかもしれない。


「そこは事前に転生させますと言えばいいんです……原作の知識を利用することを危惧しているなら、ご心配には及びません。むしろそっちの方が私的には好都合なのです」


 しかし、それこそが補佐官の真の狙いだった。


「原作の知識を大いに利用してください。それを使って成り上がって幸せになってほしいのです」


 この世界が前世では漫画やゲームだった事に苦しむ人がいれば、その逆も居る。

 原作知識を利用する事によりその世界で起きる出来事イベントを上手く立ち回りすることが出来る。それだけでなく巨万の富を生み出す可能性や絶世の美男美女と付き合える可能性だってある。


 その事を考慮した上で、補佐官は異世界もとい2次元の世界に転生する事をすすめる。


「人生の主役は自分と言うが、まさか本当に主役になる日が来ようとは」


「なに言ってるんですか、これからですよこれから」


 人生の主人公は自分だが、その物語が日の目を浴びるかどうかはまた話が別である。

 例えアニメや漫画、ゲームと言った創作物の世界に転生したとしても上手くやっていけるかどうかは別である。


「閻魔大王、この案を飲んでいただけますか?」


「……ふむ」


 現世にチャンスが無いならば、別の世界でチャンスを手に入れればいい。

 それやある意味、現世を見限ると言った事である。現世が如何に地獄なのかを見てしまった為にその事については強く言えない。


「これはどういう基準でどの世界に転生させるのか?」


 パラリと企画書を捲り目を通していきながら、疑問を補佐官にぶつける。

 アニメやゲーム、漫画の世界と言っても様々な世界が、それこそ星の数ほどあるかもしれない。そんな中で1つだけ選んで転生をさせるのかとなると選ぶ側も大変である。


「そこはどんな世界に転生したいのかを聞きます……ただまぁ」


「なんだ?」


「タイトルにおっぱいとか巨乳とか付いている冗談抜きでガチのエロゲーの世界だったらちょっと考えます」


 下位世界にも色々とある。

 その中でも元がエロゲーの世界だって存在しない訳じゃない。■■teみたいに元がエロゲーだけど、ストーリーの良さでなんとかカバーしている物もあればエロ要素満載と言うかエロしかないエロゲーの世界だってある。

 流石に二十歳未満の子供をそんな感じの世界に転生させるのは人としていや、鬼としてやっていいことなのかと言う疑問は抱いている。


「最近のエロサイトは緩いからな」


 ※この頃は200X年で牛丼が食べれなくなった頃のお話です。


「まぁ、流石にそこまでの変態はいないであろう……」


「いや、どうでしょう。この国、基本的に変態の集まりですから」


 ちょっと先の未来で信長を女体化させたり、戦艦を女体化させたり、馬を女体化させたり本当になんでもやる。変態国家日本である。


「お前の案は面白いしやりたいと思う……だが、まだまだ改善しなければならない点が幾つかある」


「何処か不備がありましたか?」


「まず、転生先を選べるのならば誰に転生するかも選べる様にしておかなければならない。原作が東京で起きているのに、大阪に生まれたとあっては意味が無いだろう」


「まぁ、そうですね」


「それと本来の主人公や原作に出てくるキャラクターに転生してしまう事も考えなければならない」


 補佐官の企画の粗を指摘していく閻魔大王。

 何処の誰に転生するかの具体案が書かれていない事を指摘する。


「それにそのまま転生させるのもいけない、バトル物の世界になにもなしで転生させたら殺されてしまう。なにか武器や魔法の力を授けた方がいい」


 所謂、転生特典や原作キャラ憑依、転生について深く考えて語ってくれる閻魔大王。企画書に書いていない事を指摘してくる事に補佐官は内心ガッツポーズを取っている。

 閻魔大王は気になることや、ここはダメだろうと思ったところを指摘してくるだけでこの企画その物を否定していない。気になるところを聞いたり、変えなければならないところを変えたりと企画に夢中になってくれている。


「むぅ……粗が多いな」


「途中から私一人で考えましたから……申し訳ありません」


「いや、これはお前一人で抱えることが出来る企画ではない……」


 企画書を深く読みながら、メモ用紙に色々と書いていく閻魔大王。

 ここまで来ればもう後には引くことは出来ない。言うならば、今しかないと補佐官はあることを提案する。


「いっそのこと、十王全員で話し合って決めるのはどうでしょう?」


 十王、それは日本の地獄を統括する十人の裁判官。

 秦広王しんこうおう初江王しょこうおう宋帝王そうていおう五官王ごかんおう閻魔大王えんまだいおう変成王へんじょうおう泰山王たいざんおう平等王びょうどうおう都市王としおう五道転輪王ごどうてんりんおうの計十名であり日本の死後の世界を統率している者で1番偉いのは閻魔大王である。


「いっそのこともなにも、これは吾が輩の一存では決められない」


 そんな地獄のトップ達に会議の議題にして貰えればこちらのものだとなるが、そもそもで閻魔大王はここで終わらせるつもりは無かった。


「地獄の改革になるのだから、全員で決めなければならん」


 赤子は直ぐに転生、子供は時期が来れば転生と言うのが今までの地獄の在り方だ。

 しかし、これが可決されればその在り方は変わる。赤子は直ぐに転生するが、子供は別の世界に転生させる事になるかもしれない。そうなると今まで築き上げてきた地獄のシステムが変化する。

 地獄で働く鬼達にもそのシステムに順応して貰わなければならなく、そうなるとこの転生のシステムに不備があってはならない。


「では、会議の日取りを」


「そんなものは不必要だ」


「と言いますと?」


「今すぐに始める、円卓の準備をしろ!!」


「……はい、直ちに準備をしてきます」


 思い立ったが吉日とは言うがまさかここまでとはと驚く。

 予想以上に計画が進んでおり、少しだけ不安を抱きながらも円卓を用意し、十王及び十王の補佐官を呼び出して会議をはじめ、10時間と言う長考の末に1つの結論を出した。


「やるだけやってみるしかない」


 それはあまりにもシンプルな答えだった。

 今まで並行世界に転生させるなんて事をやったことが無いので、データが無い。転生させたらどうなるのかは誰にも分からない。その為に取りあえずはでの実験から始まることが決まり、そこから色々と試行錯誤していくこととなった。人を実験材料に使うことに対して、一部の十王は如何なものなのかと苦言はしたがそもそもで人が人を裁いている時点で、実験材料に使うなとは言いづらい。

 科学と同じでトライ&エラーが必要な事であり、転生は無理矢理や突然ではなく本人の意思を尊重して行うことが決まった。


             ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■



 そんなこんなで場面はちょこっと未来。

 閻魔大王の補佐官である鬼神は転生者の候補となる亡者達に当時の事を深々と語っている。


「あえて転生のシステムに粗を残していたのがよかったのでしょう」


 今で言う転生特典や転生先についてあれやこれやと書いてしまっていたら、それで良いと思ってしまうが改善の余地を探そうとしないし自分がやっていると思えない。自分の手でどうにかなる改善の余地があるシステムの方が動かしやすい。一見、閻魔大王が権利を握ってる様に見えてちゃっかりと補佐官は実権を握っている。

 今もこうして転生者の候補となる生徒達に教鞭を振るい当時の事を赤裸々に教えてくれるのもそのお陰だ。


「10時間に及ぶ会議の末にやるだけやってみようで話は纏まりました。そのお陰で異世界転生のシステムが何処よりも早く導入することに成功しました。最近、異世界に転生する物語が流行っていますけど、地獄うちの方が先なので、その辺りについては勘違いをしないでくださいよ。決してパクってはいません」


 あくまでも自分達の方が先なんだと主張をする補佐官。

 昔の事だけに熱く語っており、つい冷静さを欠いてしまった事に気付き顔を手で覆い隠す。


「失礼しました。ちょっと最近、異世界転生物のラノベが多いので地獄の方が先にやりはじめたんだと言いたくなってしまいました……」


 やっちまったなと少しだけ落ち込む補佐官。

 そんな補佐官の持っているマイクを爽やか系のイケメン顔の黒髪の天然パーマの二本角の鬼が取っていく。


「え~では、閻魔の補佐官に代わり泰山王の補佐官の僕こと赤鯱あかしゃちが話を進めますね。皆さん、一度しか言いませんからちゃんと耳を傾けてくださいね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生のすゝめ、異世界転生舐めんじゃねえぞ アルピ交通事務局 @arupikoutuujimukyoku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ