【短編版】隣の不良兄弟が癒やしを求めてくる件

野良猫

【短編版】隣の不良兄弟が癒やしを求めてくる件

氷浦美咲は高校卒業して進学することなく地元の企業の受付嬢に就職した。受付嬢になったが、正直いってそんなに華のある容姿ではない、と美咲は思っている。


 美咲は年齢イコール彼氏いない歴で、そもそも自分が男と二人で……などと想像したこともない。


 そんな彼女の住むアパートの部屋の隣は、なかなか騒がしい家族が住んでいた。その家は父子家庭で、父親と兄弟二人。男の園であった。


 そしてその兄弟はちょっと、というかだいぶヤンチャで、地元でもちょっと有名な不良高校生兄弟だった。苗字は市ヶ谷。兄は義満、弟は孝良という。巷では「よしよし兄弟」と呼ばれている。


 今、美咲の部屋にはそんな不良兄弟が上がりこんでいた。不良兄弟は美咲を挟むようにして座り、お互いが美咲に密着していた。


「ねえ美咲さん、おれの彼女になってくださいよ。おれ、美咲さんのことが好きなんだ」


 兄の義満は美咲の首筋にキスをしながら交際を迫る。それを見た弟の孝良も負けじと美咲に抱きつく。


「何言ってんだ兄貴。美咲さんはおれと付き合うんだよ。おれが美咲さんという癒やしを守るんだ」


 美咲は顔を真っ赤にし、思考停止に陥る。


 なぜこんなことになっているのか。なぜ自分なんかがこんなに求められるのか。二人の動作がいちいちくすぐったく、美咲をドキドキさせる。


「はあぁ」


 美咲は甘い吐息を漏らす。その様子を見た二人は唾をゴクリと飲み込み、更に美咲にすり寄る。傍から見るとまるで猫である。


「もぅ、なんで二人は私みたいな地味な女のこと……」


「自分のことそんなに卑下しないでください美咲さん。美咲さんは凄く魅力的ですよ?」


「うん、本当癒やしの存在です」


 二人のシュガーばりに甘いべた褒めをする。


 事の発端は一週間前に遡る。




 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 一週間前、美咲は残業を終え、遅めの帰路についていた。アパートに帰ると、隣の部屋の扉の前で二人組が傷だらけでボーッと座っていた。


 美咲はそれを見てギョッとして駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか!?」


 服はボロボロで所々に赤い染みがあり、顔はアザだらけだった。滅茶苦茶腫れていて最初は分からなかったが、よく見ると隣に住む不良兄弟だった。


 どうやら喧嘩の後だったようで、手酷くやられたようだ。美咲はこの手のタイプの男が苦手だった。正直このままそっと逃げようかとも考えたが、それ以上に美咲の良心が勝った。


「ねえ、親は?」


「……仕事。クソ親父、鍵閉めてやがる」


「兄貴腹減った。ファミレス行こーぜ」


「お、う……」


 兄の義満が倒れる。それを見た孝良も伝染して倒れる。


「も……無理だ……」


「ちょ、ちょっとー、人んちの前で倒れないでよー」


 美咲はどうしようかと考えたが、家の前でボロボロで倒れられたままでは正直迷惑だったので、傷の手当だけでもしようと薬箱を用意しに部屋に戻るのだった。




 ◆




 美咲はボロボロの上着を脱がせる。二人は中々に筋骨隆々で、いわゆるいいカラダだった。人によっては鼻血が出るのではないだろうか。それくらい綺麗に鍛えられた体だった。


 美咲は雑念を払い、二人の体を拭く。それに気付いた義満と孝良は抵抗しようとしたがあまりにも一生懸命に手当をしてくるので何も出来なかった。というのもあるが、実は他にも大きな理由があった。


 義満は「意外と胸デカい……着やせするタイプなのか……?」


 孝良は「なんつーいい香り……」


 二人はモロに口に出してしまっていた。それに気付いたのは顔を真っ赤にして口をパクパクする美咲を見てからだった。


 美咲は「何を言ってんだこのガキども」と思いつつも仕方ないとも思っていた。二人は高校生。思春期真っ只中だ。そういう思考になるのは仕方がない。目の前で口には出してほしくなかったが。そこらへんはやっぱり男一家なんだろうと思わずにはいられなかった。


「バカ言わないで動けるなら自分でやって?私、ご飯作るから。二人とも食べれないものとかある?」


 義満と孝良は顔を見合わせる。この人は何を言ってるんだろうかと、そう言わんばかりに。


「お腹空いてるんでしょ?家に親は居ないみたいだし、こんな時間に子どもが出歩いてちゃダメ」


 二人は気まずそうに頭を下げる。


「……あざす」


 ちゃんとお礼をしてくるあたり最低限の常識は持ち合わせているようだ。それでもこんな時間まで喧嘩してボロボロになる不良であることに変わりないのだが。


 美咲は豚肉と野菜を引っ張り出して二人分の野菜炒めを作る。十分ほどで出来上がり、美咲は外で転がる二人の前に置く。


「さ、食べて」


 二人は美咲の様子を窺いながらそーっと一口。その瞬間二人に雷が落ちた。(気がする。)


「め、めっちゃ旨い……!?」


「こ、これが女性の手料理……!」


 二人はがつがつとかきこむ。その様子を見て美咲はどんだけ不良やっててもやっぱり子どもなんだなと思うのだった。


 そんな二人を見ていて美咲はあることに気付いた。


「ねえ、家はいつ開くの?」


「……親父が帰ってくるのが朝だからそれまでは外でフラフラ」


「そ、それは駄目よ……補導されるよ?」


「あ、心配どうもです。おれたち補導くらいなら慣れてるんで」


「いや、そこ慣れちゃだめなとこだよ……」


 美咲はため息をつく。子どもが寝床がなくて外でふらふらと非行に走るのは大人として阻止しなければならないと美咲は思っている。思ってはいるが、だからといって女一人の部屋に男、しかも不良少年二人を上げるなんてことは考えられない。


 美咲は部屋に戻るとタンスを漁る。布団は自分用の一式しかないので、大きめのバスタオルを二枚取り出す。


「これ、気休めだけど使って」


 美咲はバスタオルを二人にかけるとさっさと部屋に戻っていった。


 そして翌朝、出勤しようと外に出ると、そこではバスタオルを被った二人が小さないびきをかいて寝ていた。足元には完食されて空いた皿。美咲は食器を片付けて出勤するのだった。




 ◆




 この日は定時で上がることが出来た美咲は久々に外食をしようと街に繰り出していた。コンビニのATMで金をおろして財布の中を潤わせた美咲は少し浮足立っていた。


 その結果美咲はガラの悪い男たちとぶつかってしまい、現在絶賛絡まれ中であった。


「す、すいませ……」


「いやいやぁ、あのさ、別に謝ってほしいわけじゃないのよ。ちょーっとおれたちと付き合ってくれればそれでいいのよ。あと慰謝料?」


 男たちは五人で美咲を囲む。美咲はこれから自分の身におこるであろうことが容易に想像できた。これだから不良は嫌いなんだ。美咲はきゅっと目を閉じる。その時美咲の肩を掴む男の手が緩むのを感じた。


 目をゆっくり開くと、目の前には二人の高校生の背中があった。義満と孝良のよしよし兄弟であった。


「昨日の夜はお世話になりました。とりあえずこいつらはおれらで抑えとくんで氷浦さんはゆっくり帰ってください」


「兄貴、こいつら氷浦さんにぶつかった上に肩掴んで怖がらせやがった。ぶっ殺していいか?」


「こらこら、せめて半殺しにしてあげろ。あと氷浦さんの前でぶっ殺すとか言うんじゃない。怖がってしまうだろ」


「いや兄貴も半殺しとか言ってんじゃん」


「お、お前らよしよし兄弟!?」


 二人はよしよし兄弟と言われた途端に表情が変わる。


「あ?」


 義満は目の前の男を殴り飛ばす。


「その呼び方嫌いなんだよ。孝良、半殺しじゃ生温い、ぶっ殺すぞ」


「あーあ、兄貴キレちゃった」


 孝良は美咲をトンっと押して手を振る。美咲は恐怖でその場を逃げ出し家に帰るのだった。


 せっかくいい気分だったのに水をさされたようで、美咲は不機嫌だった。


「だから不良は嫌いなのよ」


 だが不良は不良でも義満と孝良の二人についてはそこまで嫌いにはなれなかった。助けられたからかもしれないが、二人は不良しながらもどこか親近感が湧く空気を醸していた。


 助けてもらったお礼をしないわけにはいかないので、美咲はさっさとシャワーを浴びてご飯を作る。多分二人は今日も腹を空かせて帰ってくるだろうなどと考えながらハンバーグを作る。


「こういうの……ちょっと重いかな?」


 などと思ったりもしたが、昨日の二人の食べっぷりを思い出したらそんな考えは簡単に吹っ飛んだ。


 しばらくして二人が帰ってくる音がした。美咲は聞き耳を立てる。扉の向こうでは二人が悪態をついていた。


「あ!んにゃろう、まぁた鍵閉めてやがる。閉めるんなら合鍵よこせよな」


 孝良がドアノブをガチャガチャしながら文句を言う。二人が帰ってきたのを確認した美咲は意を決して外に出ることにした。


 ドアを少し開け、顔を覗かせる。そして義満と目があった。美咲は二人をちょいちょいと手招きする。


「ねえ、お腹空いてる?」




 ◆




 義満と孝良は美咲の部屋に上がっていた。二人にとって初めての女性の部屋。ソワソワが止まらない。


「な、なあ兄貴……」


「分かっている孝良……」


「「めっちゃいい匂いするな」」


 思春期め。美咲は恥ずかしくなり、部屋に上げたことを後悔する。温め直したハンバーグを二人の前に並べ、座るよう促す。


「これは?」


「今日助けてくれたお礼。ありがとね。私なんかのために……」


 二人は昨日ほどではないがボロボロだった。義満は口元を殴られたのか、唇が切れていた。美咲はそっと口元の血を拭う。突然触られた義満は顔を赤くする。


「ひ、氷浦さん!?」


「私のことは美咲でいいよ。そんな年上ってわけでもないし。……不良は嫌いだけどなんか君たち二人は嫌いになれないのよね」


 美咲は手を洗いに洗面所に姿を消す。その間義満は固まっていた。


「あ、兄貴……」


「なあ、孝良。美咲さんて、彼氏いると思うか?」


「いるんじゃない?あんなスタイル良くて優しくて綺麗な人、男がほっとかないよ……兄貴まさか!?」


 美咲は手を洗い終えてリビングに戻る。そして入口で二人の会話を、というか義満の一言を聞いて思わず姿を隠す。


「おれ、美咲さんのこと好きだわ」


「――――っ!?」


 義満の気持ちを聞いてしまった美咲はリビングに戻るのが気まずくなるのだった。そしてさらに衝撃の発言を聞いてしまった。


「やっぱ兄弟だな、兄貴。実はおれもなんだ……」


 孝良もだった。


 二人が食事を終え、美咲の部屋をあとにする。美咲は二人を見送り、玄関でしゃがみこんだ。


「義満くんと孝良くん……だっけ。まさか好意を持たれるとは……。多分思春期あるあるの勘違いだと思うけども……うぁー!明日からどんな顔で会えばいいのよー!」


 美咲としても好意を持たれることは悪い気はしない。むしろ嬉しい。今まで地味なキャラで全然男っ気のない人生だった。


「と、とりあえず!私は年上だし?余裕な姿でいよう!」




 ◆




 翌朝、家を出ると二人とばったり出くわした。美咲は笑顔で「おはよう」と挨拶して出勤していく。義満と孝良は美咲の背中をぽーっと見ていた。義満に至ってはそっと手を振っていた。


「なあ孝良、美咲さんのあの笑顔、なんであんなに綺麗なんだ?どんだけ喧嘩して荒れても美咲さんの顔見たらすげぇ癒やされるわ」


「おれもだわ」


 二人は美咲の笑顔を脳内に焼き付けながら学校にいくのだった。そして二人は学校であるトラブルに巻き込まれた。


「おらぁよしよし兄弟出てこいやぁ!」


「お礼参りに来てやったぞ!」


 二人は外で騒ぐ男たちを見てため息をつく。外で騒いでいたのは先日美咲にちょっかいかけて義満と孝良に返り討ちにされた五人組だった。


 他の人たちを巻き込みたくない義満と孝良は五人組を近くの公園に連れて行く。


「あそこまでコケにされてこっちもこのままってわけにはいかねぇのよ」


 男たちは鉄パイプを取り出した。道具が出てくるとは思わなかったので二人は少し動揺する。


「安心しろや、死なねぇ程度に殺してやる」


 義満と孝良は一歩踏み出し、目の前の男を殴り飛ばした。


「どっからでもこいや!」




 ◆




 夜、美咲は部屋で資料をまとめていた。資料をまとめ終え、パソコンを閉じて寝ようとしたその時、外でガタン、と大きな音がした。気になって外を覗いてみたら家の前で義満と孝良が血だらけで座り込んでいた。


「ちょ、大丈夫!?」


 美咲は部屋からタオルを持ってきて二人の顔を拭く。義満は美咲の顔を見て小さく微笑んだ。


「いやぁ、やっぱり美咲さんがいるだけで場が和みますね。本当に癒やしだ」


 そう言うと義満は美咲の手を引いて抱き寄せた。汗と血でベトベトだったが、不思議と温かかった。


「美咲さん、おれの彼女になってください。好きです。美咲さんといるとなんか癒やされる気がするんです」


「な、ななな何言ってるの!?疲れて気がおかしくなった!?」


 今度は背中にも温もりが出来た。見ると孝良がバックハグしてきていた。絵的には血まみれの不良二人にサンドイッチされたOL。


「え、え!?孝良くんも!?何なの!?」


「おれも美咲さんが好きです。兄貴じゃなくておれが美咲さんを守ります」


 美咲は恥ずかしさが限界点に達し、その場で「きゅう」と倒れてしまった。この日を境に不良兄弟は美咲に対してストレートに、ほんともうド直球に想いを伝えてくるようになった。



「おれの彼女になってください」


「美咲さんじゃないとダメなんです」


「美咲さんはおれらの癒やしです」


 二人は美咲に対して甘い言葉を投げかける。どうやら美咲は二人の中で癒やしの存在認定されているようで、何かに付けて美咲のそばにいようとしていた。


「何!?何なの!?急にこんなのって!」


 美咲は突然不良兄弟に想いを告げられて混乱する。非常に嬉しいことではあるが相手は高校生。しかも美咲が嫌いな不良。



 美咲はこの二人とどちらかを選ぶことになるのだがそれはまたどこかで。

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