第45話:郷里からの訃報

 ーー1943年3月1日時刻08:25天候快晴ーー


 ルングを出発した第十三艦隊は巡航30ノットで二日をかけて西太平洋はトーラク南東60km地点に到達し今はマナ島の近海を15ノットで航行している。


 快晴の空の下、蒼海に航跡を残しながら進む第十三艦隊の針路の先には一隻の巨艦とそれを守る小型艦で編成された艦隊が在った。


「あれが……装甲空母信濃しなのか……!」

「おお!? 今までの空母と形が全然違うな、飛行甲板が喫水線上から横に広がってんのか? それに飛行甲板の位置が高いな、よく転覆しないもんだ」

「ああ、大和同様、重量の有る蒼燐核動力炉を喫水線下に収める事で復原力を維持しているのだろう」

「重心を下に……おお! 起き上がりこぼしの赤ちゃん人形か!!」

「……」


 大和の防空指揮所で双眼鏡を覗きながら少し興奮気味に話しているのは正宗と戸高であった、戸高の発言は言い得て妙であるが、軍艦の性能を表す表現としてはあんまりであろう……。


 やがて双眼鏡無しでもその姿を明確に確認できる距離まで近づくとお互いの甲板作業員達が遠目に手を振り合っている。


 第十三艦隊の艦橋員や甲板員達は見た事の無い形状をしている巨大空母に釘付けとなり、信濃の飛行甲板で作業をしていた者達も2隻の巨大戦艦を見て感嘆している。


 第十三艦隊と信濃は互いに擦れ違う直前で推進機を停止し、1.2kmの距離を開けて投錨する。


 信濃の周囲には第三艦隊の水雷戦隊、軽巡仁淀によど、駆逐艦秋月あきづき照月てるづき涼月涼月初月はつづきが展開し、第十三艦隊の水雷戦隊と協力し対空対潜警戒を行っている。


 その上空を信濃から発艦したと思われる零戦五型10機が旋回し睨みを利かせており、厳重な警戒の中、信濃の舷側昇降機エレベータが見慣れた銀色の戦闘機、瑞雲2機を乗せてり上がって来る。


 零戦(全長15mメートル、翼幅11mメートルの)を主翼折り畳み無しで2機運用する事が可能(可能なだけで実際には折り畳むだろうが)な舷側昇降機エレベータは全長14mメートル、翼幅9mメートルの瑞雲だと余裕が見える。


「……なぁ八刀神、なんかあの空母、飛行甲板の下にもう一枚飛行甲板が見え無いか?」

「ああ、見えるな、舷側昇降機の構造からも多段空母なのだろうが、運用が難しそうだな……」  

「船体部分は大和に似てるな、と言うか大和の船体の上に飛行甲板を乗っけた様な作りか……手抜きじゃね?」

「大和の船体を空母用に再設計したらしいからな、だが戦艦と空母では外観は似ていても内部構造は全く違う筈だ」

「ま、そりゃそっか、けど大和の船体使ってるなら魚雷じゃ沈まねーんだろ? 装甲空母と銘打ってるなら飛行甲板も重装甲が施されてんだろうし、無敵じゃねぇか?」

「確かに航空火力に対しては高い優位性アドバンテージを発揮するだろうな、問題は恐らくだが、舷側への砲撃には弱いだろうと言った所か、航空母艦である信濃が砲撃戦に巻き込まれる事態はそうそう無いだろうがな」

「って事は実質無敵って事じゃねーか、いやぁ我が大日輪帝国海軍は安泰だねぇ!」


 双眼鏡を覗き込みながらお気楽な態勢で軽口を言う戸高と直立態勢で双眼鏡を見ながら生真面目な回答をする正宗、どうしてこの二人が友人なのか大和七不思議の一つである……。


 その正宗は戸高の最後の発言を受け双眼鏡を下ろすと肉眼で信濃を見据えながら口を開く。

 

「……どうだろうな、数隻の優れた艦船が有ったとて艦隊戦に勝てても戦争には勝てん、米国には圧倒的な工業力が有る、いくら局所戦闘で勝ち続けても物量で攻められては全てを守り切る事は不可能だからな……」

「戦術では勝てても戦略では負けるってか? その言葉間違っても十柄副長の前では言うなよー?」

「ふっ……お前に言われるとは心底心外だな」

「はっはっはっ! ちげーねーや!」


 二人の他愛の無い会話を他所に信濃から瑞雲2機が射出され飛び出し、1機が出雲に、もう1機は大和に機首を向け飛行する。


 その後それぞれ大和と出雲に着艦し鉄人に牽引され昇降機エレベータに乗せられて行く。  

 

 更に瑞雲3機が武蔵に向けて飛び立ったところで第十三艦隊の左翼側から次々と伊400型潜水艦4隻と伊300型1隻が浮上する。


 それに呼応するかの様に信濃飛行甲板上には見慣れない形状の航空機が迫り上がって来る。


 零戦に似てスマートな形状で有った瑞雲とは違い、重厚な作りの直線翼を持つその機体は、伊400型に搭載する垂直離着陸攻撃機『晴嵐せいらん』である。


 最大速度は満載時で時速800kmを叩き出し合計1000キロの爆薬搭載量ペイロードを持つ双発機であり、3人乗りで航行性能も良好だが、唯一の欠点は航続距離が1000kmと短い事であろう。


 とまれ、並んで射出装置カタパルトに設置された晴嵐はまず右側の機体が押し出され蒼空に飛び立つ、続いて左の機体も同様に押し出された。


 更に下段の飛行甲板からも2機の晴嵐が射出され合計4機の晴嵐が母艦となる伊400型潜水艦に向けて飛行する。


 それを3セット計12機を射出すると信濃の任務は終了である。


 そして第十三艦隊と潜水戦隊もここでお別れとなる、元々配備の遅れていた晴嵐の代わりに瑞雲で訓練する為に第十三艦隊に身を寄せていたのだから、晴嵐を受領した今、原隊である第六艦隊に戻るのは当然であった。


 つまりトーラクで休暇が約束されている第十三艦隊と違い、潜水戦隊には厳しい習熟訓練が待っているのだ。


 なので潜水戦隊が海中に潜航する折妬ましそうな目で第十三艦隊を見ていたのだが、当の第十三艦隊の者達は知る由も無い事だった……。



 ====空母しなの艦橋====



「艦長、晴嵐12機、全機無事着艦を完了した模様です、伊号301潜の原田司令より受領確認の連絡を頂きました」

「そうか、では本艦は予定通り宿根泊地に向かう、微速前進面舵!」

「はっ! 微速前進おーもかーじ!」


 巨大空母信濃の艦橋に在って凛々しく指示を出しているのは第二次ソロン海戦時、小沢提督の下で末席に加わっていた女性士官『柴村しばむら 雛菊ひなぎく』海軍中佐であった。


 その横に立つ長身細身の優男は誰有ろう、政宗達と共に江畑島海軍兵学校を卒業した『斑目まだらめ 貴一きいち』海軍少尉である。


「残念でしたね艦長、宿根からの航空機輸送任務が無ければトーラクに寄港して誠士郎……弟君にも会えましたものを……」

「……! その必要は無い、柴村家は古来より武人の家系、戦場に在っては家族の情など無用な感情だ……」

「これは……御無礼を」

「ふっ、構わんさ、ヤツに必要なのは私の様な冷徹な姉では無く貴官の様な友人だろう、若し会う機会有らばよろしく頼む」

「勿論です」


 それだけ言うと柴村雛菊は椅子の上で足と腕を組み視界の横に流れて行く第十三艦隊を鋭い眼光で見据える。


 ・

 ・

 ・


 航空機受領から数時間後、第十三艦隊はトーラク夏島沖へ停泊していた、大和と武蔵は甲板上に天幕を張りつつ補給艦から物資の補給を受けており、出雲は新造工作艦明石あかしにより大破した機銃座の修理を受けている。


 工作艦明石は全長320 mメートル、全幅79 mメートルの船体に6基の工作用クレーンアームを持ち、主機関に『ハ号艦本一式複合動力炉』を搭載する新世代型の艦船である、トーラク鎮守府が出雲と島風を手放す事を承諾したのは、この明石の存在有ればこそであった。


 明石の主機関である『複合動力炉』とは費用対効果を無視した造りの艦本式蒼燐核動力炉とは違い蒼燐核水晶の質を大幅に落とし蓄力機と組み合わせた物となる。 


 その為、蒼燐核動力炉搭載艦とは違い粒子消費量が供給量を上回る事が有り通常艦同様動力(燃料)切れを考慮した運用が必要となる、とは言え供給自体は常時行われているので本当の意味での動力(燃料)切れを起こす事は無いが……。


 そして蒼燐粒子の精製速度では蒼燐核動力炉搭載艦の足元にも及ばない複合動力炉であるが、待機時間中にトーラクの蓄力施設に粒子供給すれば問題無く、寧ろ出雲や島風と違い給力艦に頼らずとも直に港湾の蓄力施設に給力出来る為、運用効率は上がったと言える。


 実はこの複合動力炉の開発は艦本式蒼燐核動力炉と並行して行われており、元々は量産兵器用に景光が開発していた物であった。


 つまりかつて景光が皇族陸軍将校閑院宮かんいんのみや 正仁まさひとに宣った事(第二十六話:猛犬と古狸参照)は全くの妄言では無かった事になる。


 然しあの時点では蒼燐核動力炉や複合動力炉の量産は常識的に考えれば妄言と思われても仕方無かった、複合動力炉の量産が現実的となったのは八刀神財閥が出資して建造建設した工作船伊邪那美・・・・夢島工廠・・・・が稼働してからの事だからだ。


 その為、新型戦闘機は一式戦闘機(隼)が採用され、爆撃機は信頼性の高い九七式重爆撃機の改良案に留まり、戦車に至っては陸軍の要求数を揃えるのに10年は掛かると試算され景光の示した陸軍量産兵器案は全て却下されたのだ。


 だが、そうなる事を景光が予測出来なかったと言うのは彼の能力を考えれば聊か疑問であり、山本が怪しむ景光への疑惑を否定するには至らない。 


 とまれ、彼の開発した複合動力炉は高コストでは有るものの、それを搭載した兵器は性能も費用対効果も(一応)常識の範囲に収まる物となっており、新世代型の主力艦船への搭載が進みつつ有った、明石型工作艦は正式な軍艦とは言えないが、その先駆けである事は間違いない。



 ====戦艦やまと艦尾飛行甲板====



「オーライオーライ! ゆっくり降ろせー!!」 


 大和に横付けした補給艦からクレーンで吊るされたコンテナが飛行甲板上の大きな台車の上に降ろされる、それを鉄人に乗った作業員2名が昇降機エレベーターまで運んで行くと物資搬入口の荷下ろし場まで下降する。


 其処では資機材管理班の人員が所狭しと物資の仕分けを行っており、その場には幽霊騒ぎの時正宗と戸高に泣きついて来た3人娘と主任である吉野美奈子二等兵曹の姿もある。


「そのコンテナはそのまま奥へ、そっちのコンテナは搬出が終わったら補給艦に返すから手前に置いて! そこ、日用品と軍用品をごちゃ混ぜに置かないで! それはそっちへ、後それは……」


 吉野は分厚い目録を片手に丸メガネをキラリと光らせ事細かに指示を出している、その姿は学校で有れば『委員長』と呼ばれる事であろう。


 そんな作業員達を尻目に積み上げられた物資の箱の上では白銀色の仔猫が退屈そうに欠伸をしその場で丸くなる。


「あれ? 吉野さーん、この辺の箱全部、湯洛郵政公社からみたいですけど中身は手紙が詰まってるみたいです、如何しましょう?」

「えっ!? まさか……公社の連中トーラクここで止まってた郵便物を補給艦の物資に押し込んだわね……って去年の消印のも有るじゃないのっ!?」

「あー……私達ずっと前線ルングに居ましたからねぇ……」


 吉野達の眼前に積み上げられた木箱には『郵政公社』の焼き印が押され張り付けられた紙には『宛・第十三艦隊軍艦大和』と書かれておりその中身は全て郵便物であった。


 本来であれば郵便船でルング基地に届けられるべき物で有るが南方の情勢が不安定で有る為、湯洛郵政公社が安全を重視しトーラクここで止めていた様だ。


 実際、郵便船が敵潜水艦に発見されて撃沈されるケースは少なく無く、郵便船に駆逐艦の護衛を付ける訳にもいかない為、軍艦宛の郵便物が安全な基地で止まる事はよく有る事であった。

 

 そして戦時下に置いて人員が兵役に取られた郵政公社は常に人手不足で有り滞っていた軍艦あてさきが寄港すると知るや、補給艦に溜まった郵便物を押し付けると言うのもよく有る事なのであった……。


「はぁ……取り敢えず手紙それは後回しよ、荷捌きと仕分けが終わったら経理課に……って、そこ! 何勝手に持って行こうとしてるんですか!?」

「いやぁ、これウチの荷物だろ? 平賀科長が早く取って来いってうるさくてさぁ……」

「だからって勝手に持って行かないで下さい、その辺はまだ検品が終わってないんですからっ!」

「吉野さーん、糧食科の人達が食材を持って行ってるんですが良いんですか?」

「ーーっ!? 良い分け無いでしょ! ちょっと貴方達、勝手に持って行かないでっ!」

「だったら早くしてよ! こっちだって消費期限管理しながら備蓄庫の整理しなきゃならないんだから!」

「おーい班長、田辺と中川が搬入された鉄人勝手に使って荷捌きしてるけどあれ良いのか?」

「いやだから良い分け無いでしょっ!! 貴方も見てないで止めてよ副班長!!」


 喧々囂々けんけんごうごう混迷する荷捌き場は正に混沌カオスそのものであった、それを収めようと奔走する吉野であったが部下を含めて自由に動く為、その顔は段々と涙目になって行くのであった……。


 ・

 ・

 ・


 ーー数時間後ーー


 ====戦艦やまと主艦橋====


「資機材管理班、吉野二等兵曹入ります!」

「いらっしゃ……あれまぁ、どうしたの君ぃ、ぼろぼろじゃないーー」

「主艦橋員宛の郵便物を此処に置いておきます!」


 恵比寿の言葉を尻目にツカツカと東郷の下に歩み寄った吉野は少し乱暴に小包程の郵便物を台に置くと東郷を涙目で訴えかける様に見る。


「ど、どうした吉野ニ等兵曹? 何か有ったのかね?」

「……うぅ……ふぐぅ……何なんですかぁあの人達ぃ……検品前の物資は勝手に持って行くし班員も勝手に納入品使うし誰も私の補助フォローしてくれないし……もう……もう無理ですぅうううう!!」

「ちょ、ちょっと待ちたまえ、詳しく話を聞こうじゃ無いか……!?」


 吉野の泣きピエン顔に東郷はギョっとし僅かに狼狽える、その後何とか吉野を落ち着かせ荷捌き場で有った事を事細かに聞いて行く。


「……成程それは大変だったな、あい分かった、この件は早急に対策を考え実行すると約束する、人員の配置と君の補助体制も整えると約束しよう、艦長として人配が至らなかった事申し訳ない、私に免じて今しばらく長の任を続けてくれないかね?」

「……ぐずっ……わ、分かりました、もう少し頑張ってみます……」


 そう言うと吉野は鼻声のまま敬礼しその場を後にする。


「よしのん大丈夫かなぁ?」

「あの娘が気弱って訳じゃ無い筈だけど、海軍ってせっかちで押しが強いの多いのよねぇ」

「私だったら、何も言えずに蹲っちゃうかも……」


 通信班3人娘(広瀬、藤崎、如月)も吉野を心配している様だ。


「そういや彼女郵便物持って来てたねぇ、ちょっと拝見……」


 そう言いながら電探員の五反田が吉野の持って来た郵便物を物色し始める。


「お、僕の家族からも三通来てる♪ こっちの二通は村田君のやね、白峰主任は今おらんから後で渡そ、藤崎さんと如月さん、広瀬さん宛のも有るよぉ!」


 五反田はニコやかな笑顔で手紙を仕分け、名前を呼ばれた者がその周囲に集まる、皆数ヵ月ぶりの家族や友人の手紙にその表情は緩んでいる。


 因みに少佐以上の将校宛の手紙は軍用艦や軍用機で運ばれる為ここには無い。


「戸高少尉に二通来てます、八刀神大尉には、6通も来てますねぇ、ってこれ1通は速達ですやん!?」


 五反田の細い狐目が僅かに開かれ横長の綺麗な瞳が正宗宛の手紙を凝視する、この戦時下に置いて速達とは急を要する内容で有る場合が多く、それが最大数ヵ月放置されていた事実に気楽な雰囲気ではいられないのは当然の事であった。


「ーーっ!!」


 正宗も今までのやり取りを見ながら緩んでいた表情が固まり足早に五反田に近寄ると緊迫した表情で手紙を受け取り即座に速達の送り主と消印を確認する。


 ーー宛・大日輪帝国海軍九嶺鎮守府所属、八刀神正宗様ーー


 ーー差出人・平島県九嶺市ニ和町〇番〇号、草薙康彦ーー


 ーー1942年12月30日消印ーー


 差出人と消印の日付を見て正宗からサッと血の気が引いて行く……。


 康彦は決して筆まめな方では無い、と言うより筆不精と言って差し支えない、そも正宗は兵学校時代から合わせて康彦から出紙を貰った事など一度も無い。


 そんな康彦が速達で手紙を出して来る、それが只の年末の挨拶で有ろう筈が無い、よほどの非常事態である可能性が高いのだ。


「……八刀神少尉、暫くの間、外の空気を吸ってきたまえ」

「……ありがとうございます!」


 正宗の顔色を見て東郷が気を利かせる、正宗は優れない表情のまま敬礼すると足早に主艦橋を後にする。


 ・

 ・


 主艦橋から昇降機エレベーター降り艦橋前のデッキ(戦闘指揮所の真上)に出て来た正宗は逸る気持ちと嫌な予感を押さえながら手紙の封を破り恐る恐る手紙を開く。


【拝啓正宗君、筆不精な僕からの手紙にさぞ驚いている事だろう、遠く戦地に在る君にこの事を伝えなければならないのは心苦しいが家長の務めと思い筆を取っている。 美雪が亡くなった、戦死だ、煌華大陸の都市ハルビン近郊の村で抗日軍に襲撃され落命したらしい。 この事で真雪が酷く塞ぎ込んでいる、戦地で命を賭して戦っている正宗君の負担にはしたくは無いが、真雪を気に掛けてやって貰えると助かる。

九嶺の郷里から君の武運長久を祈る。 敬具】


「ーーっ!!? み、美雪姉みゆねぇが……死んだ……? そんな……あの美雪姉みゆねぇが……そんな……馬鹿な……っ!!」


 正宗の手紙を持つ手が震え言葉の語気を荒げて叫び思わずその場に茫然と立ち尽くす。


 蒼派絶影流免許皆伝の美雪が呆気なく死んだ、あの明るく優しかった姉同然の美雪が今はもういない……。


 現実感は無く、何かの間違いではと思う、だが他の5通の手紙を見てハっと気付いた様に差出人の欄を見ると予想通りどれも真雪からの物であった。


 一番古い消印は11月5日の物で有るが美雪の死を知ったであろう1月7日の消印からは1月21日、2月5日、2月22日と続いていた、すぐさま1月7日の消印の手紙を開ける、そこには予想通り乱れ滲んだ文字で最愛の姉を失った悲しみと正宗をも失う恐怖が綴られていた。


 その次の消印の手紙には文字は落ち着いていたが正宗からの返信が無い事に不安な様子が綴られ、次の手紙には不安と焦りが綴られていた、最後の手紙には何度も逢いたいと綴られており、その文面からも真雪の心労と憔悴が見て取れる……。


 消印の日付からも出した手紙の返信を待ち、待っても来ない返信に不安を募らせまた手紙を出す、そんな真雪の行動がありありと感じられる。


 大和が宿根泊地やトーラクに停泊していた時は出した手紙は遅くとも一週間で届き、正宗もマメに返信していた為、手紙を出せば半月以内には必ず返信が有った、だから真雪はその半月を心待ちに待っていたのだろう。


 美雪の戦死を知る前は返信が無くとも無事でいる筈と祈り信じていたのかも知れない、それも11月5日の消印から1月7日まで空いている事から伺える。


「くそっ!! 俺は……俺は何をやっているんだっ!! ……何をやってたんだ……」


 正宗は手すりを殴り苦悶の表情を浮かべその場に崩れ落ちる、この件に置いて正宗に何の落ち度も無い、手紙を木箱に詰め込んで輸送艦に押し込んだ郵政公社のやり方も落ち度と言えるほどの問題では無い。


 戦争なのだから、戦時中なのだから仕方がないのだ、寧ろちゃんと宛先に届いただけマシなのだ。


 だが正宗にとっては全てがどうでも良い事だった、真雪が泣いている時に何も出来なかった、その事が彼にとっては最も重要で有り自分自身を許せないただ一つの事実なのだ……。


 南の島の燦々と照り付ける太陽も頬を撫でる爽やかな風も蒼天も蒼海も、今の正宗の慰めには、ならないのであった……。




 



   

  ~~登場兵器解説~~



◆空母信濃 全長398 mメートル 艦幅81 mメートル 全幅87 mメートル 基本排水量14万㌧ 速力70ノット  艦載機搭載機数:80機(露天駐機40機含む)


 兵装:35㎜三連装速射機関砲 30基


 装甲:両舷装甲:200㎜~980㎜零式相転移装甲(最大厚防御区画54%)

(多段飛行甲板側舷:200㎜~300㎜)


 飛行甲板:200㎜~680㎜零式相転移装甲(最大厚防御区画99%)

(680mmは上部飛行甲板のみ下部は200mm)


 水線下装甲:200㎜~980㎜零式相転移装甲(最大厚防御区画95%)


 内殻防御:複合式空間内張防御機構 / 対水雷三層構造複合式空間機構


 主機関:ロ号艦本零式乙型蒼燐核動力炉 1基 


 副機関:ハ号艦本零式一型蒼燐蓄力炉 2基   


 推進機:零式一型蒼燐噴進機 4基 / 零式ニ型指向性側面蒼燐噴進機 10基       


 艦体維持管制装置:照式伊号端末・信乃しの


 概要:戦艦大和の船体をベースに設計された大型装甲空母、最大の特徴は左右に迫り出した飛行甲板とその下に存在する下部飛行甲板による多段空母である事だろう。


 基本運用は上部飛行甲板は発着艦に使用し下部飛行甲板は発艦のみ(一応全通甲板なので着艦も不可能では無いが……)を行う様に設計されている、つまり理屈の上では下段で発艦しつつ上段で着艦を行う『離着艦同時運用』も可能となっている(実際にそれを行うには全体的に非常に高度な練度が要求されるが……)


 また防御に置いては上部飛行甲板と下部飛行甲板前部20m(上部飛行甲板から突き出している付近)に680mm相転移装甲を、下部飛行甲板に200mm相転移装甲を施し、船体側舷及び艦底部分に関しては[やまと]と同等の装甲を持つが、多段飛行甲板側舷に関しては200mmから300mm装甲に留まり下部飛行甲板前後の閉鎖扉中央の鎧戸シャッターと側舷エレベーター用鎧戸シャッターは50mm程度の厚さしかない為、防御上の弱点となっている(但し波風程度では損傷しない強度を持つ)    


 その構造として上部飛行甲板に680mm相転移装甲が施されそれが左右に付き出している為安定性トップヘビーが懸念されているが、船体装甲の重量と質量の大きい蒼燐核動力炉や戦闘指揮所、艦隊司令所等を船体下部に収める事で解決している。


 艦体の大きさの割に格納搭載機数が少ないのは整備設備を充実させた事によるものであり信濃の設計思想が『攻撃空母』では無く『移動基地』で有る事が窺える、それを裏付ける様に信濃の司令設備は大和よりも充実していると言われる武蔵以上の設備を誇り、多種多様で強力な電探レーダーや通信設備を持つ、また余り注目されてはいないが実は他艦や他設備への給力能力も有している。

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