第43話:コメリアの闇・後編

 パァン!!


 突如スラムに乾いた音が響き渡る、その音に驚いた男達が周囲を見回すと路地の先に数人の男達の姿が見えた。


「《何だぁテメェ等、邪魔すんじゃ……!?》」

「《あ、兄貴……こいつ等……!!》」


 路地に現れた男達の服装を見てゴランズとその部下の表情が青くなる、彼らの着ているのはコメリア海軍の外套で有ったからだ。


 その軍人の一人である士官の青年が銃口を空に向けて構えている、銃を見た事もその発砲音を聞いた事も無いゴランズ達でも先程の音がその銃から発せられたものである事は直ぐに理解出来た。


「《な、何だよアンタ等ーー》」

「《ーーその少女を置いてとっとと失せろ薄汚いブラッキー(黒人の蔑称)共!》」

「《な、何だとぉ!? ふざけんなよクソピンキー(白人の蔑称)が、此処は俺達の縄張りだぞぉ!?》」


 若い海軍士官はまるで汚物でも見るかの様な表情で顔を顰めゴランズ達を睨み付けている、それに対し縄張りを荒らされたゴランズ達も殺気立ち一触即発の状況となっていた。


「《ふん、何が縄張りだ、野良犬が勝手に住み着いてるだけだろうが、ここで私達に何かしてみろ、この周辺で爆撃実験が行われる事になるぞ、そうなると誤爆・・でこのスラムが吹き飛ぶかも知れんなぁ? もっとも、今ここで蜂の巣にしてやっても良いが?》」


 若い海軍士官が嘲笑を浮かべながらそう言うと後ろに控えていた4人の海軍兵士が一斉にライフルをゴランズ達に向けて構える。

 

「《て、てめぇーーっ!!》」

「《あ、兄貴、やばいですぜ、こいつ等なら本当にやりかねねぇ、一度ボスに報告しましょう……!》」

「《う、ぐぅーー!》」

「《ふん、自分の卑しい立場を弁えたならさっさと失せろ屑どもが!》」 

「《……ペっ! 覚えてろよクソピンキー共がぁ! 行くぞぉお前等ぁ!!》」


 ゴランズは地面に唾を吐き捨て海軍士官達を睨み付けながらその場から立ち去って行く。


 後にはその様子を冷ややかに見送る5人の軍人と茫然とへたり込むアルだけが残された。 


「《君は……! ウルキア人……それもシャリアか? ……いや、それは今はどうでも良いか……この辺にエルテーシア・シオンと言うウルキア人が居る筈だが知らないか?》」 

「《ーーっ!? エルテーシアは私の母です……でも、どうして……? 貴方は誰ですか……?》」

「《ーーっ! そうか、なら君はマクガーレン少尉の従妹か……私は合衆国海軍人事管理局西海岸本部のケネス・セルミトン大尉だ》」

「《……人事管理局の……大尉さんが何で此処に……? クリスは無事なんですか? 無事なんですよね? 生きてますよねっ!?》」


 海軍人事局の士官がこんなスラムに訪ねて来る、その理由は一つしか無い、だがそれを知りながらも信じたく無いアルは必死に縋る様な声で両手を胸に当て問い掛ける、その姿はボロ衣を纏っていても清楚で美しく映え士官の背後に立つ兵士達は思わず目を見張る。


「《……残念ながらマクガーレン少尉は南太平洋戦線で日輪軍ジャップと交戦し戦死した、今日は通告官メッセンジャーとして死亡通知書と遺品を届けに来たんだ、彼女は勇敢に戦い多くの戦功を立てたエースパイロットだった、本当に残念だ……》」


 ケネス・セルミトンと名乗った海軍士官は本当に残念そうに言葉を紡ぎ最後に目を伏せる、先程まで人種差別を平然と口にしていた人物と同じとは思えなかった。


 そのセルミトンの言葉にアルは絶句し体を震わせながら膝から崩れる。


「《ーーっ!? おい、しっかりしろ! 》」

「《クリスが……死んだ……? ウソよ……そんな……》」


 膝が砂利の多い地面につく寸前でセルミトンに支えられたアルだが、その瞳に光は無く顔面蒼白となりブツブツと独り言を呟いでいる。


「《……すまないが、君のお母さんにもこの事を伝えなければならないんだ、家に案内して貰えるか?》」

「《……分かりました、付いて来て下さい……》」


 光の無い瞳で表情を失ったアルは帽子を被り白銀の髪を押し込むとゆっくりと歩き出す、セルミトンは部下に向き直り頷くとアルに付いてゆく、当然ゴランズ達が後を付けていないか周囲警戒は怠っていない。


 ・

 ・


 30分ほど歩いた後、アルは一件のあばら家の前で止まる、外壁は朽ちかけたベニヤ板とトタン板で張り合わされており屋根には石の重りを置いたビニールシートやトタン板で覆われている辛うじて家のていを保っている建物だが、それでもゲイリー地区の中ではまだマシな作りで有ろう……。


 近所の住人達は白人の軍人を忌々し気に見ている者や、状況を察し気の毒気にアルを見つめる者など様々であった。


 アルは数分間家の入口で立ち竦んでいたがセルミトンは急かす事はしなかった。


 やがて意を決した表情で入口を開け(と言ってもボロ布が釣るしてあるだけだが)家の中へと入って行き、セルミトンもそれに続き、兵士4名は外で待機する。


「《ただいま……》」 

「《あ、アルティーナ帰って来た!》」

「《お帰りアルティーナ、遅かったのね、心配してたのーー!》」


 アルが家の中に入ると8歳くらいの少年と30代後半の女性がベッドから上半身だけを起こし出迎えるが女性はセルミトンの姿を見て言葉に詰まり表情が強張る。


「《……嫌よ……そんな……帰って! 帰って下さい!! 聞きたくないっ!!》」

「《お母さん? どうしたの?》」

「《お母さん!!》」


 アルの母は全てを悟り耳を手で塞ぎ頭を振りながら取り乱し叫ぶ、アルはそんな母に駆け寄り泣きながら抱きしめ、弟は訳が分からず固まっている。


「《……申し訳ありませんが任務を果たさず帰還する訳にはまいりません、私は合衆国海軍人事管理局西海岸本部のケネス・セルミトン大尉です、本日此処にはクリスティーナ・マクガーレン少尉の戦死をお伝えに参りました……少尉は本当に勇敢にーー》」


「《ーーっ!! ああぁぁあああっ!! 嫌よ、クリス、そんな! 義兄さんコーラッド姉さんユーリシアに何て言えば良いのっ!! あぁああああああっ!!》」


 セルミトンが粛々と任務通りの言葉を発するがアルの母はその言葉を遮り取り乱す、そんな母をアルはずっと抱きしめている。


「《従姉クリスの身に起こった事は理解しましたから、遺品を置いて帰って下さい! お願いします……!》」


 母の姿に耐えられなくなったアルは絞り出すような声でそう懇願する、それを受けてセルミトンは2回頷き持っていた箱をそっと床に置き立ち去ろうとするが、ふとアルに目線を移す。


「《……君は、アルティーナと言ったか?》」

「《……そうですが?》」

「《歳は幾つだ?》」

「《……今年で13です》」

「《ふむ、シャリアなら・・・・・・年若くともマクガーレン少尉以上の能力・・を持っているのではないかね?》」


 そのセルミトン言葉にアルの母が強く反応し表情を強張らせ睨み付ける。


「《まさか……アルティーナまで連れて行くつもり!? ふざけないで!! 娘は絶対に渡さないわ! 出て行って! 出ていけっ!!》」

「《お母さん!》」

「《落ち着きたまえ、私は君達を救う提案をしているのだよ? マクガーレン少尉が亡くなり、そんな身体・・・・・で幼子と年若い少女を抱えこの場所で生きていけると思っているのかね?》」

「《ーーっ! それは……だからってアルティーナをーー》」

「《ゴミ拾いで親子三人が生きていけるかね? それともこの娘を娼館にでも行かせるかね?》」

「《ーーっ! そんな事させる訳がーー》」

「《ではどうやって日々の糧を得ようと言うのだね?》」

「《……っ!》」


 セルミトンに敵意を剥き出しにするアルの母で有ったが、淡々と被せられる言葉に遂には俯き黙り込んでしまう。


 暫くの沈黙の後、アルティーナが静かに口を開く。


「《……私の歳で軍に入れるんですか?》」

「《アルティーナっ!?》」

「《普通は無理だがね、私の推薦が有れば間違いなく入れるとも、その為の道筋・・は他でも無いマクガーレン少尉が示して・・・くれたからな……》」

「《……そうですか、でも、残念ながら動けない母と幼い弟をこんな所で二人きりに出来ません……》」


 アルは伏目がちにそういった後、宝石のような水色の瞳でセルミトンを見据える。


「《ふむ……(今までのやり取りで自分の価値に気付いたか、流石スラム育ちは強かだな、だがその機転は悪く無い)良いだろう君が軍の意向・・・・に沿うと約束出来るなら私も君の母親の治療と真面な住居を提供すると約束しよう、どうだね?》」

「《アルティーナ、絶対ダメよ! フランツとクリスに続いてお前まで亡くしたら私はーー!》」

「《お母さん、大丈夫よ、私は死なないわ、それに、これしか道は無いって……分かるでしょう?》」


 取り乱す母親を諭す様に抱きしめ優しく背中をさするアル、だが母に見せぬその表情には迷いと恐れが浮かんでいる、しかし一度目を閉じ決意を固めた表情に変わるとそっと母親から離れセルミトンに向き直る。


「《セルミトン大尉、私、アルティーナ・シオンは合衆国海軍への入隊を希望します!》」


 アルは真っ直ぐ立ち真っ直ぐな水色の瞳でハッキリとそう言い放つ、それにセルミトンは満足気な表情で頷いた。


「《うむ、その言葉確かに受け取った、三日後に迎えを寄越す、それまでに此処を引き払う準備をしてくれたまえ》」

「《分かりました!》」

「《……》」


 溌溂と返事をするアルと申し訳なさそうに項垂れる母親、その様子を黙って見ていた弟がそっとアルの裾を引っ張る。


「《アルティ、軍隊に入るの?》」

「《そうよテオ、そうすれば此処よりもっと良い所で暮らせるのよ》」

「《白いパンも食べられる?》」


 その弟の言葉に少し言葉に詰まるアルであったが、セルミトンが膝を折りテオの頭を撫でる。


「《勿論だ、白いパンが毎日食べられるし肉や野菜だって食べられるぞ、それに綺麗で清潔な服も着られるんだ》」

「《肉や野菜も!? やったー!! アルティ、ありがとう!》」


 セルミトンの言葉に無邪気に喜ぶテオだがアルは少し驚いていた、自分がウルキア人の中でも希少な存在である事は理解し、セルミトンがその能力・・を買ってくれている事は分かっていたが、そこまで・・・・してくれるとは思っていなかったのだ。


 精々郊外の共用施設で今まで通りの生活が出来る程度にしか期待していなかった、しかしハルミトンが弟に告げた内容はその期待を遥かに超えた破格の内容であった。


 それは確かに嬉しくも有ったが、セルミトンが自分に何を求めているのか分からなくなり不安でもあった。


 だが今更不安になっても仕方がない、賽は投げられたのだ、アルは家の外に向かうセルミトンを見送る為共に歩き出す。


「《そうそう、万が一の話だが、若し君に何か有った・・・・・としても、その後の君の家族の生活は保障されるから安心したまえ》」


 家の外に出て部下と合流したセルミトンが不意にそう発言する。


「《……疑問です、クリスが戦死しても何も保障してくれなかったのに私の時は保障してくれるんですか?》」

「《ああ、それは『志願』と『推薦』の違いだよ、志願兵は入隊時にそういう契約・・・・・・を交わしているからな、だが君には後顧の憂い無く任務に邁進して貰いたい、それ故の配慮・・だと思ってくれ……不服かね?》」

「《いえ、滅相もございません、御配慮に感謝します……》」

「《宜しい、では三日後に……》」


 そう言って口角を上げセルミトンは踵を返し帰路に付く、アルはその姿を暫く見送った後、軽く溜息を付きながら家に戻った。


 セルミトンの言った志願兵は戦死時の保障が無い、これは半分事実で半分嘘で有った、正確には『白人とその他・・・で契約内容が違う』のである。


 つまり白人の志願兵の契約には『戦死時の保障有り』と明記されその他の人種の契約には『戦死時の保障無し』と明記されているのだ。


 アルも何となくその事実には気付いてはいたが、契約でそうなっているなら何を言っても無駄で有るし白人に歯向かっても良い結果にならない事は骨身に染みて理解している。


 今回のアルへの待遇は一般の白人兵士以上のものだが、裏を返せば白人セルミトンの価値観で命の価値が決められていると言う事でもある、それに釈然としない気持ちを抱えても其れを飲み込み生きるしかない、現状のコメリア合衆国はそう言う国なので有った……。


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====ソルディエゴ海軍基地太平洋艦隊司令部====


「《海軍人事管理局のケネス・セルミトン大尉であります、入室しても宜しいでしょうか?》」


 インディアスからソルディエゴに戻って来たセルミトンがノックした部屋のドアのプレートには『太平洋艦隊司令長官執務室』と書かれていた、その部屋の主で有ろう人物から「《入れ》」と許可を得たセルミトンはドアを開け颯爽と部屋の中へと歩き出す。


 そこに執務机に座して鋭い眼光でセルミトンを見据える高級将校と高齢の温和そうな男性が立っていた、セルミトンはスーツ姿に杖を付く明らかに軍人では無さそうな老人を訝しげに一瞥するが即執務机の高級将校に向き直り敬礼する。


「《お呼びでしょうか、閣下!》」

「《うむ、遠路通告官メッセンジャーの任で疲れている所悪いのだが、君の報告書に有るシャリアの少女に付いてこちらのテスラ博士が興味を持たれてね》」


 そう言って横に立つスーツの老人に目線を送るのは合衆国海軍太平洋艦隊司令長官『ハルバード・キンメル』元帥である。


 その紹介を受け胸に手を当て礼をするのは海軍技術開発局顧問博士『ニコル・テスラ』であった。


 ソルディエゴ司令部に戻って来たセルミトンは人事管理局に戻ると直ぐにアルティーナの件を上司に報告した、すると予てより海軍技術開発局がシャリアのウルキア人協力者を欲していた為、担当官であるセルミトンが急遽長官室へ呼ばれる事になったのである。


「《貴方がテスラ博士でしたか! 失礼致しました!》」

「《いえいえお気になさらずに、それよりも、報告書に記載されていたシャリアのウルキア人が発見されたと言うのは本当なのですかな?》」


 テスラは落ち着いた雰囲気と口調でややゆっくりと喋る、軍人であるセルミトンからすると間延びしている様にも感じる、テスラの年齢と風貌もそれを助長させているのだろう。


「《はい、間違い有りません、白銀色シャインシルバーの頭髪に吸い込まれる様な水色の瞳の少女でした、技術開発局がシャリアを欲している事は知っていましたので破格の条件をに引き込む事に成功しております、満足に動けない母親と幼い弟の生活を軍で保障しましたので此方の要望通りに働いてくれるかと……》」

「《……それでは……人質では無いですかな? 私としては弱みに付け込むのでは無く、自発的な志願者が好ましいのですが……》」

「《博士、気持ちは分かるが難航・・している『フィルデルフィラ計画』に投じる一石として、シャリアが必要だと仰ったのは博士ですぞ? 只でさえ希少なウルキーなのだ、余り贅沢を言われても困りますな?》」


 セルミトンの言い方に表情を曇らせそのやり方に疑問を零すテスラであったが、それを聞きキンメルは呆れた様なジェスチャーの後、めんどくさそうな表情を隠さずテスラに苦言を呈す。


「《失礼ながら閣下の仰る通りです、それに人質とは聞き捨てなりません、件の親子の保護を求めて来たのは少女本人でありそれが軍に協力する条件でした、私はその希望を叶えたまでです、言わばこれは彼女も望んだ取引・・なのです》」

「《う……む、そういう事なら宜しいでしょう、その少女のシャリアとしての能力パワーに期待したい所ですな……》」

「《はっ! では到着後直ぐに『エルドリッジ』に配属させますか?》」


 そのセルミトンの問いかけにテスラはバツが悪そうに目線を逸らすとキンメルに助けを求める様に視線を送る。


「《……いや、エルドリッジは実験航海中にUボートと交戦し損傷したので暫く使えなくなった、そこで今後は航空機で実験・・を継続する事になったのだ、5日後ソルディエゴに入港予定の第六艦隊第51特務部隊には都合良く試験機運用艦が配備されている、その艦で実験機の運用を行うよう調整している、件のシャリアはその艦に配属させるよう手配してくれたまえ》」


「《第51……特務部隊……試験機運用艦……それは……》」


 キンメルの説明にセルミトンは目を見開く、彼の口から出た第51特務部隊の試験機運用艦とはつまりインディペンデンスの事で有り、それはアルティーナの従姉であるクリスティーナが乗っていた艦であったからだ、全くの偶然では有るだろうがセルミトンは運命か因縁を感じられずにはいられなかった。


「《どうしたね大尉、何か問題でも?》」

「《ーーっ! いえ、問題有りません、至急その様に手配致します!》」


 そう言って敬礼するとセルミトンは機敏に踵を返し退出する。


 セルミトンが立ち去った事を確認したテスラは不安気な表情でキンメルを見据え口を開く。


「《……エルドリッジの件・・・・・・・・、このまま隠し通せるとお思いですかな……?》」

「《……無論、数少ない・・・・生き残り・・・・が何を喚いた所で私の力で隠蔽して見せる、博士は気にせず実験の成功を目指して頂きたい》」

「《しかし……私は遺族に詫びねばならない! それを隠蔽するなど……》」

「《彼等はブラッゲルの・・・・・・Uボートと勇敢・・・・・・・に戦い・・・卑劣な・・・毒ガス兵器で・・・・・・散華した英雄ですぞ? それを覆す内容を公にし彼らの名誉を損なわせるおつもりか?》」

「《それは……! だが……しかし……!》」

「《博士、ダイスは既に投げられておるのです、私は忌々しい日輪軍ジャップのハロイ奇襲の責を問われて只でさえ立場が危ういのだ、これ以上の失態は絶対に表沙汰には出来んとお分かり頂けないだろうか? そして博士の研究の採用と費用は私の権力・・で得た物で有る事をお忘れなく、博士と私は一蓮托生なのですぞ?》」

「《勿論、理解しておりますよ閣下……》」

「《ならば宜しい、そうだな、今度エルドリッジで実験する時は乗組員全てをブラッキーやウルキーにすると言うのは如何ですかな? そうすれば失敗しても・・・・・人的被害・・・・はゼロだ、我ながら妙案だと思いませんかな博士?》」

「《……僭越ながら閣下、人道にもとる行いは必ず自分に跳ね返って来るものです、その様な考え方は止められた方が宜しいですぞ……》」


 人を道具か実験動物としてしか見ていないキンメルの発言にテスラは明らかな不快感を露わにしている、だがそんなテスラの言葉を意に介する様子も無くキンメルはふんぞり返り葉巻に火を着けた。


「《ふん、人道を優先していては戦争には勝てんよ、それにあの・・実験で多くの人間を殺した者が人道を語るかね?》」

「《ーーっ! 死なせたくて死なせたのでは無いっ!! あんな結果・・・・・になると分かっていたら……っ!! 出来る事なら実験を中止したいくらいなのだっ!!》」

「《……テスラ博士ーー》」

「《ーー分かっている!! 今更……今更中止など出来ない事くらい分かっているとも……っ》」

「《ならば結構、では直ぐに仕事に戻り成果を出して頂きたい、件のモルモット・・・・・を使って実験が成功する事を期待しておりますぞ?》」

「《……失礼するっ!》」


 テスラ博士は苦悶の表情を浮かべ、キンメルを睨み付けると絞り出すような声で言葉を吐き捨て部屋から退出する、それを確認したキンメルは眉間にしわを寄せると葉巻を力任せに灰皿に擦り付ける。


「《……ふん、偽善者がっ! 私のお陰でフィルデルフィラ計画を立ち上げる事が出来たのだろうがっ!! 大恩を忘れて綺麗事をぬかしおって! だが計画にあの老いぼれの力が必要なのは事実か……この計画を成功させなければキングとニミッツに全てを持っていかれかねん……。 くそっ! エリート軍人で有る私がこんな危ない橋を渡る羽目になるとは、それもこれも全ては忌々しいジャップ共のせいだ……っ!! だがこんな事で私は終わらんぞ、私はいずれ政界に進出し大統領になる男だ、極東の黄色い猿如きに足を掬われて堪るかっ!!》」


 キンメルから先程迄までの余裕は消え焦りと苛立ちの入り混じった表情で拳を握り締めて机を叩き叫ぶ、元々は高潔な軍人で有ったキンメルだが、翠玉湾奇襲の責を問われ蜜月の関係で有ったルーズベルト大統領の信頼を失ってからは権力に固執する亡者に変わり果てていた。


 だがキンメルに限らず今のコメリアには自身の保身の為に不都合な事実を隠蔽し、その穴埋めを白人以外の者達に押し付け、その命すら使い捨てにする白人至上主義者達は溢れ返っている。


 それが人口2億4千万のマンパワーによる工業力を誇り自由の国を謳う大国の真の姿で有り、根深く奥深くまで浸透している闇であった……。

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