第38話:灰色の三銃士

 出雲の激闘から数十分前、ニューカルドニア北300km、パヌアツ南西280km海域に米第六支援機動艦隊第51特務部隊の軽空母群が北西に向け航行していた。


 展開しているのはインディペンデンス級護衛空母6隻とボルチモア級重巡洋艦4隻、クリーブランド級軽巡洋艦4隻とフレッチャー級駆逐艦24隻である。


 第51特務部隊は哨戒艦隊からの要請を受け第一次攻撃隊を発艦中であった。


 その第一次攻撃隊の辿る運命を知る由も無い第51特務部隊の司令官『チャーリー・A・パウナル』少将は艦隊旗艦ボルチモア艦上より上機嫌で二次攻撃隊の発艦準備を指示していた。


 これで日輪艦隊を撃滅出来れば支援艦隊の1部隊では無く第七艦隊への転属も適うかも知れないと内心を隠さずほくそ笑んでいる。


 そんなパウナルの思惑と共に護衛空母の飛行甲板上には米最新鋭戦闘機と攻撃機が次々と並べられて行くが、その中に在って空母インディペンデンス格納庫内の一角は葬式の様に静まり返っていた。


 その雰囲気を醸し出しているのはXF4U格納区画で青い新型戦闘機を妬ましそうに睨む3名の男女である。


『《何だよこれ……結局アタシ等の出番無いじゃん……》』

『《……そうねベイゼル氏は2月末まで猶予が有るみたいに言ってたけれど、これを見ると……》』 


 手すりに腕と顎を乗せ恨めしそうに愚痴る短髪でボーイッシュな女性は『メリエール・ベルスタイン』細身だが引き締まった身体はかなり鍛えている事が窺える。


 そのメリエールの言葉に答えたのは手すりに後ろ向きで体を預け横目に青い機体を見据えるクリスであった。


『《ああ、先行量産型・・・・・とは言えこれだけの数が揃っていると言う事はかなり早い段階であっち・・・に決まっていたんだろうな……つまり利権絡みの出来レースだったって訳だ……》』


 そして壁に体を預け腕を組みながら斜に構え毒づく青年は『ディハイル・アルハーゲン』鋭い眼光に鍛え上げられた肉体は正に軍人か傭兵の風貌である。


 メリエールとディハイルはクリス同様二十代前後の若者で 彼等もまたクリスと同様XF4Uのテストパイロットでありラッシュアワー作戦の3日後に合流した、頭髪と目の色が灰色と水色である事から彼等もまたウルキア人で有ろう。


 そして彼女等が敵でも見るかの如く睨み付けている青い機体・・・・は米最新鋭主力戦闘機F6Fヘルキャットの先行量産型であった。


 F6Fヘルキャットは試作戦闘機XF6Fブラックスペクターの完成形であり、外見と性能スペックをそのまま受け継いでいる。


『《ーーっ!? 出来レースって、じゃあ何の為にフランツは……っ! ーーっごめんクリス……》』

『《大丈夫よメリー、彼も危険を承知で任務を受けたんだもの、それにコンペディションに敗れてもグレイファントムの性能と私達の技術は合衆国海軍にも認められている筈だわ、だからここ太平洋からお払い箱だと言うのならグレイファントムと一緒にヨーロッパに戻って家族の仇シヴァ党を討てば良いだけの事よ……》』

『《チャンプ・ヴォートとの専属パイロット契約と優先雇用契約・・・・・・を勝ち取れなかったのは残念では有るがな……》』

『《それは……そうね……》』


 元々クリス達がテストパイロットを務めているのは次期主力戦闘機候補であるXF4Uの性能を測る為に軍から課せられた任務として行っているからであり、勝つのがチャンプ・ヴォートグレイファントムでもグラウマンブラックスペクターでも彼女達にとって本来は関係無い事であるが、実はチャンプ・ヴォート社とクリス達『ウルキア系コメリア軍人』達との間には密約・・が有った。


 それはチャンプ・ヴォート社のXF4Uがグラウマン社のXF6Fにコンペディションで勝利し次期主力戦闘機の座を勝ち取った暁には開発チームに加わっているテストパイロットをチャンプ・ヴォート社の専属パイロットとして迎え入れ、その他の雇用の面でもウルキア人を優遇すると言う内容であった。


 その密約を信じその実現の為にクリス達ウルキア人テストパイロットは軍の規定を超える危険な性能実験にも協力して来た。


 その結果仲間を失う事故に見舞われてもクリス達はその遺志を継ぎ実績を積み重ねて来たのである。


 それは自分達の為だけでは無く、同胞達が再び強力なウルキア人ネットワークを構築する為の土台造りでもあった。


 それが出来レースで最初から負けが決まっていたとあってはクリス達が意気消沈するのも当然と言える。


『《例の約束・・・・も次期主力戦闘機の座も諦めるにはまだ早いぞ?》』


 突如声をかけて来たのはチャンプ・ヴォート社の主任技師のベイゼルであった、相変わらずビジネスマンの様なスーツ姿で技師と呼ぶには違和感の有る服装だ。


「《ーー! これはMr.ベイゼル、お見苦しい所を……!》」


 ベイセルの姿を見たクリス達は直ちに姿勢を正し敬礼した後両手を後ろで組み直立不動の姿勢を取る。


「《……まぁ、この状況・・・・では致し方あるまい、私にも思う所は有るからな》」


「《ハッ! ……それで、その、諦めるには早いとはどういう事でしょう?》」


 クリスは直立不動の姿勢のまま疑問を呈する、この状況どう考えても次期主力戦闘機はF6Fに決まったようなものだからである。


「《言ったままだよ、まだ勝負は着いていない》」

「《え? いやしかし……》」

「《どちらも先行量産をしてから決める、それが合衆国海軍の下した決定らしい》」

「《ーーっ! つまりXF4Uも先行量産される、と?》」

「《ああ、その通りだよ》」


 そのベイゼルの言葉にメリエールとディハイルの表情が明るくなるがベイゼルはそれを遮る様に言葉を続けた。


「《但し、先行量産機には可変翼の自動制御システムを搭載する事が条件だ》」

「《ーーっ!? し、しかしMr.ベイゼルそれはーー》」

「《無論理解しているだが不可能では無いとも考えている、フランツの残したデータと君の、君達の戦闘データをもっと多く集めれば、な?》」


 少し動揺するクリスの言葉を制したベイゼルは感情の無い瞳でクリスを見据え言い放つ。


「《戦闘データーの収集と蓄積は我々の任務であり望む所ですが……しかしあの・・制御システムは……》」

「《……フランツの事故は制御プログラムが不完全で有った為に誤作動を起こした事が原因だった、然し現在はマクガーレン少尉の戦闘データが揃って来ている、更に多くの駆動データを蓄積しあらゆる駆動制御をルーチン化出来れば誤作動を起こす事は無くなるだろう、つまり限界ギリギリ・・・・・・の駆動域データが欲しいのだよ、少尉、君ならこの意味と意義・・を理解してくれると信じているのだが?》」


「《ちょ、ちょっと待ってよ! グレイファントムは只でさえ特異ピーキーな機体なんだよ? それを実戦でギリギリの検証実験をしろって言うの!?》」

「《メリー止めなさい》」

「《でもクリスーー》」

「《ベルスタイン准尉!!》」

「《ーーっ!!》」

「《申し訳ございませんMr.ベイゼル、私の教育不足です……》」


「《いや構わんよ准尉の言いたい事は理解出来る、だがベルスタイン准尉、特異ピーキーな機体を堅実ステディな機体に仕上げるのが我々の仕事なのだよ、そしてそれは君達テストパイロットの協力が必要不可欠であり我々には余り猶予は無い、効率よく実績とデータ収集を行うにはこの方法しか無いのだよ、分かって貰えるかな?》」

「《ーーっ! ぅ……》」

「《ーー了解ですMr.ベイゼル、全力を尽くします……!》」

「《ああ、期待しているよマクガーレン少尉》」 


 ベイゼルの穏やかな口調と感情の無い視線を受け言葉に詰まるメリエールの代わりに答えたのはクリスであった。


 そのクリスの言葉を受けベイゼルは満足そうに微笑むとその場を立ち去って行った。


 その後ろではメリエールが自身の両頬を横に引っ張りベイゼルに向けて「いーっ」と歯を見せている。


「《実績とデータ収集か、それが簡単に出来るほど日輪軍ジャパニアは楽な相手では無いのだろう?》」

「《そうね、でもだからこそ試験飛行テストフライトでは得られないデータが取れる、ベイゼルもそう考えているのだわ》」

「《アイツ・・・にとっちゃアタシ等が死んでも代わり・・・はいくらでも居るもんね……》」

「《それは言い過ぎよメリー、少なくとも彼は私達の命を軽視している訳では無いわ、ただ職務に忠実に必要な事をしているだけ、そしてそれは私達も同じでしょう?》」


 そう言って愛機XF4U-3を見つめるクリスの脳裏には自身が墜として来た日輪軍機の姿が過ぎっていた。


 だがその事に迷いが有る分けでは無い、ベイゼルが会社の利益の為にFX4Uの開発に手段を選ばない様に、自分達も家族の仇を討つ為に、そして同胞の窮地を救うために手段は選ばなかった。


 危険を承知で自ら選んだ道だ、その結果最愛の人を失い同胞の恩人をその手に掛けた、今更迷いを持つ事は許されない、クリスの瞳には悲壮とも取れる決意が浮かんでいた。


 ・

 ・

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 数十分後、第二次攻撃隊の発艦を行う第51特務部隊の旗艦ボルチモアに『第一次攻撃隊壊滅』の報が入っていた。


 その報告にボルチモアの艦橋で優雅にコーヒーを飲んでいたパウナル少将はカップを床に落とし愕然とした。


「《どういう事だ!? F6Fが零戦ジークに完敗したというのかっ!?》」

「《そ、それが……撤退中の第一次攻撃隊からの報告では交戦したジークはF6Fと同等の速度を持ち一撃離脱戦法が取れなかったと言う事です……!》」

「《何だとホワッツ!? 新型だとでも言うのか……っ!!》」

「《司令、ここは『ジークキラー』の異名を持つグレイファントム隊を投入してみては如何でしょう?》」


 零戦ジークを圧倒する性能で有る筈のF6Fヘルキャットが一方的に敗北したと報告を受けたパウナルとその参謀達は驚きを隠せず狼狽えた、そこにボルチモアの艦長からクリス達の出撃が提案される。

 

「《グレイファントム……? ああ、試験運用艦インディペンデンスのウルキア人部隊か……》」

「《なるほど、試作機の、それもウルキア人なら喪失しても痛手は少ないですな、良い案かと!》」


 艦長の提案にパウナルが思案すると参謀の一人が歪んだ笑みを浮かべながら賛同する、その差別的な発言を咎める者も疑問に思う者もこの艦の艦橋には居ない様だ。 

 

「《ふ、ふむ、確かにな、よしその案を採用しよう、インディペンデンスにグレイファントム隊を出撃させるよう指示したまえ!》」

「《了解です!》」


 パウナルは眉間にしわを寄せ落ち着かない様子で指示を出すとギリギリと親指の爪を噛んでいる。


 そんなパウナルの思惑を他所に出撃の指示を受けたクリス達は即座にXF4U-3グレイファントムに乗り込み牽引車トーイングカーによってエレベーターまで運ばれる。


 クリス達が飛行甲板フライトデッキに上がった時には僚艦から多数のF6Fが上空に飛び立っており、インディペンデンスのカタパルトからもF6Fが射出されている所で有った。


 その後クリス達の機体も牽引されカタパルトに設置される。


「《いよいよ実戦かぁ……うぅ、緊張するなぁ……》」

「《大丈夫よメリー、機体性能ではジークよりXF4Uこちらの方が上なんだから、落ち着いて訓練通りやれば問題ないわ》」

「《そ、そうよね! よっし、いっちょやったるかぁ!》」

「《ディハイル、貴方は大丈夫?》」

「《ああ、問題無い》」

「《OK、グレイファントム隊より航空管制、いつでも行ける、オーバー》」

『《航空管制よりグレイファントム隊、本艦針路3.3.7速度40ノット北西の風やや強、進路クリアを確認、出撃を許可する、オーバー》』

「《ファントム・1、了解ラジャーXF4U-3一番機クリスティーナ・マクガーレン出る!!》」

「《ファントム・2、XF4U-3ニ番機メリエール・ベルスタイン行きまぁす!!》」


 先にカタパルトに設置されたクリス機が、続いてメリエール機が一気に前方に押し出され空へと舞い上がる。


 その後すぐにディハイル機も空へと上がり3機で三角編隊デルタフォースを組むと一気に加速し先行していたF6Fを追い抜き母艦インディペデンスの視界から消えて行った。





 ~~登場兵器解説~~



◆航空母艦インディペンデンス級:全長290 mメートル 全幅42 mメートル 速力60ノット 


 両舷装甲10mmコンポジットアーマー 


 水線下装甲無し 


 飛行甲板装甲20mmコンポジットアーマー  

   

 艦載機数30機+露店駐機10機 


 兵装 10㎝単装砲6基 35mm四連装機銃28基


 装備 中央エレベーター1基 側舷エレベーター1基 油圧カタパルト2基


 主機関 フォトンエンジン 4基


 推進機 2基


 同型艦:多数


 概要:本級は戦時急増空母であるカサブランカ級と並行して計画された『護衛空母計画B案』によって建造された小型で量産の利く空母であるが、カサブランカ級との違いは『小型と言えども妥協をしていない』点で有り速度と運用効率はカサブランカ級や旧式正規空母であるレンジャー級をも凌駕する優秀な航空母艦である。


 分類上は護衛空母となっているが、その性能は軽空母と呼ぶ方が相応しく海軍内で艦種変更案が出ているほどである。


 本級の一番艦ネームシップであるインディペンデンスは試作機運用艦として第六艦隊第51特務部隊に配属されているが、それはその高い運用能力を買われたからである。  

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