第27話:灰色の幻影

 1943年1月5日、時刻08:00天候快晴


 ガーナカタル島ルング基地の沖合2km地点で戦艦大和は停泊していた、飛行場の復旧は略終わり第十一艦隊の軽空母飛鷹と隼鷹が運んで来た基地航空隊の編成も順調に行われている。


 現在ルング基地には零戦ニ型が58機、九七式艦攻が42機配備されており徐々にその数を増やしてた。


 アンダーソン陥落後に多発した米国の空爆も電探網の復旧や制空制海権の確保によって今は全く行われておらず穏やかな時間が過ぎ去っていく。


「暇だなぁ……」

「言うな、俺達が暇なのは良い事だ……」


 そう呟くのはだらし無く操舵席にもたれ掛かる戸高と、その横の航海士席に座る正宗である。


「そりゃそうだけどよぉ、第一戦隊と第二戦隊に航空隊も哨戒任務やってんのに大和だけ此処に待機とかさぁ……」

「仕方ないだろう、ルング基地で建設中の畜力炉と電探網が完成する迄は大和が防衛艦隊司令部としての機能を担っているんだからな」

「はぁ、なら早く畜力炉と電探完成させて大和を開放して欲しいもんだぜ……んでトーラクに戻って観光してぇなぁ!」

「お前なぁ……」


 ・

 ・


「……あいつは相変わらずお気楽ね、そんなに暇なら通信こっちを手伝ってくれれば良いのに」

「あはは! 小鳥ちゃんきっつぅーい!」

「そうだよ、私達には操縦は出来ないんだから、こう言う時にはゆっくりして貰おうよ」

「明日香は甘いなぁ、そんなだからあのバカが付け上がるのよ」


 戸高の事を通信席に集まっている藤崎、広瀬、如月達が小声で何やら話している、初対面時の第一印象が最悪で有った為か藤崎の戸高に対する当たりは非常に厳しいものになっている様だ……。


 閑話休題……。


 現在大和はガーナカタル周辺に展開している艦隊の司令部として機能している、その為定期訓練以外では定位置に停泊し哨戒情報の集積と指示を行い、ある程度纏めてルング基地の井上に送っているのである。


 書類作業の多い井上が大和に乗艦すると不便で有る為、大和艦上に置ける艦隊指揮権は恵比寿に一部委任され、更にその任を東郷に委譲されている。


 非常にめんどくさいが、恵比寿では色々問題が発生するので井上の指示の下書類上・・・そうなっているのである。 



 ==ルング基地司令本部==



 木と土壁で造られた簡素な建物の一室で書類仕事に精を出している毅然とした姿勢の軍人、誰有ろう第四艦隊司令兼トーラク鎮守府司令兼ルング基地司令で在る『井上いのうえ 成将なりまさ』海軍中将である。


 その井上の執務室のドアからノックの音が聞こえて来る、井上が「入れ」と言うと、40代の士官が入って来る、髭は剃り残しが有り目の下にはくっきりと隈が浮かんでいるが、その表情は生き生きとしている。

  

「司令、三号から七号までの蓄力炉の稼働に成功しました!」

「おお、よくやった、これで生活動力にも蒼粒子を回せる様になるな」

「そうですね、皆喜びますよ、後は発電所と八号炉が完成すれば去年の8月以来頓挫していた『ルング市』建設計画も実行に移せます!」

「ああ、そうなればまた忙しくなる、今は貴様もゆっくりと休むと良い」

「はっ! ありがとうございます!」


 そう言って敬礼した士官は意気揚々と退室し、ドアを閉めた直後大きく伸びをし自室へと向かって行った。


「さて、ルング市建設計画の稟議書が届く前にこれ等・・・を片付けねばな……」 


 そう言うと井上は机に山積みされた書類を睨み付け軽く肩を回しペンを握り直した。



 ==ガーナカタル南東400km海域==



 快晴の青い空の下3機の航空機が三角隊形を成して飛行している、マキア島海軍飛行戦隊所属の『零式偵察機』である。

 

「今日も何も確認出来ませんね、こうも何も無いと嵐の前の静けさに思えて怖いですよ……」

「縁起でも無い事を言うな、本当になったら如何する……」

 

 零式偵察機内の後部座席の若い搭乗員が海図を片手に双眼鏡で周囲を監視しながら不安げに言葉を漏らすと操縦席の搭乗員が呆れ気味に咎める。


 零式偵察機は零式艦上戦闘機を複座にし、後部機銃を増設した機体で有り、最初から偵察機として設計されたプロペラ式の『零式水上偵察機』とは全く違う機体である。


 その為零戦の性能と偵察機としての能力を併せ持つ本機は陸上艦上問わず活躍している。


『一番機より各機へ、方位1.3.5に敵機と思しき編隊見ユ!』


「!!」


 突如僚機から入った無線に若い搭乗員は急いで報告の有った方角に双眼鏡を向ける。


「見えるか?」

「は、はい! 敵の大編隊が見えます、大型爆撃機です! 100……いや、200はいます!!」

「なっ!?」


『二番機より各機へ、上空より敵戦闘機接近! 数6!! ……あれはまさか! F4F野良猫か!?』

『何っ!? 空母が近くに居るのか?』

『いや、今あいつら増槽を捨てた、艦載機とは限らんぞ』

『くそ、アメ公共、零戦こっちの真似しやがったな!』

『止む負えん、全機増槽投棄、迎え撃つ! 観測員は速やかに無線にて基地に状況知らせっ!』


 言うが早いか一番機は鋭利な軌道を描き後の2機も其れに続く。


 零偵3機とF4F 6機は互いにトップスピードで猛然と接近する。


 刹那、互いの砲火が飛び交い零偵は一矢乱れぬ軌道で左下に避けると即座に体勢を立て直す。


 対するF4Fは1機の風防キャノピーが赤く染まり力無く墜ちて行くと残りの5機がバラバラに回避行動を取ってしまっていた。


 零偵の操縦士達は一航戦の撃墜王達程では無いが、其れでも開戦から戦い生き残って来た猛者で有る、隊列を無様に乱す隙を見逃す筈は無かった。


 零偵3機は其々獲物を定めると一気に襲い掛かる。


 数発の発砲音の後、F4F1機が推進機を撃ち抜かれ墜落。


 1機が風防キャノピーを撃ち抜かれ海面に激突。


 もう1機は畜力炉を撃ち抜かれ爆散した。


 倍の数で圧倒的に有利で有った筈が一瞬で劣勢になった残りの2機は慌てて踵を返し逃げ出す。


「仲間をやられて逃げ出すとは臆病者がっ!!」

「しょ、少尉! 我々の任務は偵察です、深追いは……」

「馬鹿者! 敵は墜とせる時に落とすものだ、見ろ、他の2機もやる気だぞ!」


 その言葉を裏付ける様に一番機と二番機が加速し逃げる敵機を追い詰めて行く。


「ちっ! 貴様のせいで出遅れたぞ!」


 僚機の後を追いかける三番機の操縦士が舌打ちをし悪態をつく、既に僚機は逃げるF4Fに照準を定めている様に見えた。


 次の瞬間、機銃の射撃音が響く、先を越された、そう三番機の操縦士が再び舌打ちをした瞬間、一番機の左翼が吹き飛び制御を失った一番機が錐揉みしながら落下し海面に激突して砕け散った。


「な、何だあれはっ!?」


 少し後方にいた三番機の搭乗員達には一番機を直上から擦れ違い様に狙い撃ち海面すれすれで上昇する灰色の米戦闘機の姿が見えていた。


 米航空機の新手で有る事は間違い無い、然しベテランの搭乗員である零偵の操縦士達も見覚えの無い機体で有った。


『くそっ! 新型か!』


「双発戦闘機!? それに今、翼が動いた!?」


 吐き捨てる様に叫ぶ二番機の操縦士、三番機の観測員は目を見開き固まっている。


 観測員の青年がもらした様に灰色の新型機は機尾に2基の推進機を備える双発機であり、急降下時に見えた機影は二等辺三角形の様であったが海面すれすれで上昇する時には主翼が真横に開いていたのである。


 その機体形状は独特で二枚の垂直尾翼を持ち胴体部が平たく造られており、主翼前方の固定翼部から胴体後部に掛けてそれ自体が揚力を発生させる揚力胴体リフティングボディとなっていた。


 機体下部には空気取り込み口エアインテークの様な機構が見て取れるが、どうやらエアスラスター機構で有る様だった。 


「ちぃ! 早い! おい、貴様も後部機銃の準備をしろ!!」

「は、はい!」


 逃れた2機のF4Fは新型機に加勢するでも無く其のまま飛び去って行く、零偵より一回り大きなその機体に零偵を上回る格闘性能が有る筈が無い、そう判断した零偵2機は格闘戦に持ち込む為に挟み撃ちを仕掛けた。


「よし、掛かった!」

『貰ったぁ!!』 


 狙い通りに挟み撃ちは成功し二番機の照準の真ん中に米新型機が捉えられる。


 しかし次の瞬間、米新型機は主翼を広げる・・・・・・と一瞬で二番機の視界から消えた。


『き、消えた!』

「う、後ろだぁ!!」

『っ!?』


 三番機の操縦士が叫ぶが遅かった、米新型機の放った銃撃で二番機は両翼を吹き飛ばされ残った胴体を回転させながら落下し海面に激突した。


「馬鹿なっ! あの図体で何て運動性能だ……!!」

「やっぱり……可変翼機……っ!?」


 三番機は何とか後ろを取ろうとするが、互角の運動性能に圧倒的な加速力で逆に後ろを取られてしまう。


「何て加速力だ! おい、何をしている、撃てぇ!!」 

「無理です、敵機が射線の下に……!」

「くそぉおおお!! これでどうだぁあああ!!」


 三番機は一気に機体を起こし後部機銃の射線を確保する。


「み、見えた! 当たれ、あたれぇええええ!!」


 米新型機を視界に捉えた観測員の青年は思い切りトリガーを引き機銃を乱射する、しかし米新型機が加速すると一瞬で視界から消える。


 その姿は零偵の彼等には見えなかった、当然である、一気に加速した米新型機は零偵の下に潜ったのだ。


 そして主翼を広げ一気に減速しながら機首を上に向けると其の先には無防備な腹を晒す零偵の姿が有った。


 刹那、乾いた射撃音と共に零偵の推進機が吹き飛んだ……。


「くそぉおおおおおおお!!」

「う、うわぁあああああ!!」


 推進力を失った三番機は失速しどんどん高度を落としていく。


「し、少尉、だ、脱出を!!」

「ふざけるなぁ! 『生きて虜囚の辱めを受けず』それが我ら帝国軍人の誇りだろうがぁあああ!!」

「い、いつの時代の軍人論ですかぁ!! は、早く脱出をぉ!!」

「死を恐れ誇りを失うとは、貴様それでも軍人かぁああああ!!」


 狭い機内で言い争う二人、そうしている間にも高度はどんどん落ちて行く。


「神皇陛下ぁ、ばんざぁあーーーい!!」

「くっ! オ、オイラは……オイラは生きて帰るんだぁああああ!!」


 そう叫ぶと青年は手元の頑丈な鉄の蓋をこじ開け、中のレバーを思い切り引く、すると風防が吹き飛び青年の体も座席ごと上に吹き飛んだ。


「き、貴様あああああ!! 恥を知れえええぇぇぇ……」


 墜ちて行く機体と共に操縦士の叫びも直ぐに青年には届かなくなる、青年が胸のあたりの紐を強く引くと落下傘パラシュートが開き体に強い重圧が掛かる。


「すみません少尉、オイラは死ねない、死ぬ訳にはいかないんだっ!」 


 悲痛な表情で言葉を絞り出す青年の視界に戦果を確認するかのような米新型機の姿が映る。


 その時、青年は米新型機の操縦士パイロットと目が合った、青年に緊張が走り生唾を呑むが、米新型機は二本の光跡を残し飛び去って行った……。 


 ・

 ・


「《こちらXF4U-3グレイファントム、情報に有った零戦ジーク3機を撃墜した、これより帰投する》」

『《インディペンデンスよりグレイファントム、了解した》』


 無線で交信する米新型戦闘機のパイロットは擦れ違う大爆撃機編隊を頭上に確認しながら帰路を進む。


 やがて眼下に米艦隊を確認すると高度を下げ、軽空母群に向けて針路を取るとその中の一隻から誘導灯が灯される。


「《こちらXF4U-3グレイファントム、誘導灯を確認した、是より着艦する》」

『《了解、こちらからも視認した》』


 米新型機グレイファントムは母艦の横を通り過ぎ後方に回ると誘導灯に従って更に高度と速度を落とし微塵も揺らぐ事無く舞い降りる様に着艦した。


 着艦したグレイファントムに数人の作業員が駆け寄るとキャノピーが開き中からパイロットが出て来る。


「《ようクリス、相変わらず綺麗な着艦だな、ワイヤー何か要らないんじゃ無いか?》」

「《そうね、出来無くは無いけれど、やりたくはないわ》」


 そう言ってステップを下りながら飛行帽を脱いだパイロットはまだ若く美しい女性であった、年の頃は二十歳前後に見える。


 頭髪は銀色ともとれる灰色で肩まで伸びている毛先を紐で縛っている、瞳は吸い込まれるような水色をしている、恐らくはウルキア人と思われた。

 

「《帰って来て早々で悪いがベイゼル技師が話したいそうだぜ、で、ジークとやり合ってみてどうだった?》」

「《そうね、運動性能は互角かしら、加速力と最高速では圧倒出来たわ、安定性は……僅かな操作にもきちんと答えてくれるのだけれど、だからこそこの子を乗りこなせるパイロットは限られて来るんじゃ無いかしら》」

「《やっぱその辺が課題かぁ、なにせ一号機じゃテストパイロットが……っとスマン》」

「《……気にしないで、試作機のテストパイロットを引き受けた時点で覚悟している事だもの》」

「《クリス……》」

「《じゃあもう行くわね、この子の事お願いねディック》」

「《あ、ああ! まかせとけ!》」


 そう言うとディックと呼ばれた青年は艦橋へと歩いて行くクリスの後姿を見つめながらバツが悪そうに鼻を掻きXF4U-3グレイファントムを見上げる。


 ・

 ・


「《Mr.ベイゼル、クリスティーナ・マクガーレン少尉です、お呼びだと伺ったのですが?》」


 クリスは艦内の士官室のドアをノックし声をかける。


「《ああ、入ってくれたまえ》」


 クリスがドアを開け中に入ると机に書類を広げた40代の男性が視界に入る、オールバックの金髪に灰色スーツを着たその男性は技師と言うよりビジネスマンの様であった。


「《まぁ掛けてくれ、零戦ジーク3機を撃墜した様だね、お手柄だ、何か問題は有ったかな?》」

「《性能面では全てに置いて零戦ジークを圧倒出来ました、ただ安定性を保つにはかなりの熟練度が必要だと思います》」


 ベイゼルに促され備え付けの椅子に座ったクリスは自分の感想を話す。


「《ふむ、やはりそこがネックになるか、主翼の開閉による運動性の制御、その負担はどうしても全てパイロットに掛かってしまう、かと言って自動制御システムを搭載すれば1号機の様な推進機の誤作動による事故を引き起こす要因になる、悩ましいな……》」


 そのベイゼルの言葉を受け、クリスは思わず胸のロケットペンダントを握り絞める、その表情は明らかな憂いを帯びている。


「《……フランツの事は本当に残念だ、だがだからこそグレイファントムを、XF4Uを完成させなければならない、あの機体が完成し量産されれば、欧州戦線を押し戻す事も可能な筈だ、空母の運用状況から試験を太平洋で行わなければならないのは不本意だがね……》」


 ベイゼルは立ち上がると内窓に歩み寄り、窓の外に見えるハンガーデッキへとエレベーターで降りて来るXF4U-3を見据える。


「《フランツも私も覚悟の上でテストパイロットに志願しました、そこに微塵の後悔も有りません、きっと彼も同じ気持ちだった筈です、ただ、同胞の恩人である日輪ジャパニアと戦わなければならないのは残念です……》」

「《ああ、東ルートで亡命したウルキア人の多くはジャップ……ジャパニアに救われていたんだったな、だが今や日輪ジャパニア合衆国ステイツの敵だ、折角実戦テストにまで漕ぎ着けた機体を敵を撃つ事を躊躇って墜とされる、等と言う事の無い様に頼むよ?》」


 そう言うとベイゼルは感情の無い視線をクリスに向ける、クリスはやや間を置いて立ち上がり意を決した表情でベイゼルを真っ直ぐ見つめ口を開く。


「《最初から覚悟は決まっています、父と母をシバ党に奪われ、命辛々コメリアに亡命した時から、奴等を倒す為なら何でもすると決めたのです、だから……不本意で有っても、躊躇いは有りません!》」


 ベイゼルに向けられたクリスの瞳に迷いは見られなかった、それに満足したのかベイゼルは口角を上げる。


「《大変結構、安心したよ、その調子であれ・・に負けぬ様頑張ってくれたまえ》」


 そう言うベイゼルの視線の先にはメカニックによって調整を受けている3機の黒い戦闘機が存在した。


 XF4Uと同じ双発の機体で有るが、こちらはガッチリと角ばったフォルムで有る。


「《グラウマン社のXF6Fブラックスペクターですか……》」

「《ああ、機動性、運動性、そして火力、全てにおいてXF4Uの方が上回っているが、操作性と性能ベクトルが軍の方針とマッチしていてね、このままでは次世代主力戦闘機の座はグラウマン社に決まってしまう、遅くとも2月末迄には結果を出さないと不味いね》」

「《では、私もこのまま『ラッシュアワー』作戦に……》」

「《そうして貰いたいのは山々だが、軍は編隊としての性能を見たいらしくてね、我々は4号機と5号機の到着を待つ事になりそうなんだよ……》」

「《いつ頃になりそうなのですか?》」

「《遅くとも三日後には到着予定だ、それまでは偵察機等の露払いに従事する事になるだろう……》」

「《了解です……》」


 そう言ってクリスは窓越しに見える整備中の愛機を見据える。


 ・

 ・

 

 ベイゼルの部屋を後にしたクリスはハンガーデッキに降りると愛機に向かっていた、その先に整備部品やコンテナに座りタバコやソーダの瓶を片手に談笑する3名の屈強な白人男性が居た。


 男達はクリスの姿を見つけると一様に下卑た笑いを浮かべる。


「《よぉヘイ嬢ちゃんガール! 同じテストパイロット同士こっち来て俺らと話そうぜぇ?》」

「《彼氏がおっ死んじまって御無沙汰なんだろう? 何なら俺らに試乗して行くかぁ?》」

「《俺らが嬢ちゃんに試乗しても良いけどなぁ?》」

「 「 「《ハハハハハ!!》」 」 」


 どうやらXF6Fのテストパイロットで有るらしい男達は下卑た笑みを浮かべ一斉に高笑いをする。


 周囲のメカニック達は不快そうに見るが口出しはして来ない。


「《ごめんなさい、私面食いなの、それに性能の悪い機体・・・・・・・に乗ると感が鈍るから遠慮しておくわ》」


 そう澄まし顔で言い放つとツカツカと愛機に向かって歩き出すクリス、然し男達に見えない位置まで行くと胸の前で両手を握り唇を噛み締める。


「《ちっ! 薄気味悪いウルキア人が……!》」

「《全くだ、行く当てのない難民を拾ってやった恩を忘れやがって!》」

「《奴らは同族以外は平然と裏切るからな、ウルキア人撲滅ってとこだけはヒドゥラーに賛成だな!》」


 男達のその言葉にクリスは目を見開きわなわなと拳を握り締め怒りに打ち震えるが、それを男達にぶつける事はせず黙って耐えていた。


 1933年1月にヒドゥラー率いる黒十字党ことシバ党がゲルマニア共和国の政権を掌握すると、同年ヒドゥラーは民族浄化と称してウルキア人の絶滅政策『ホロコースト』を実行に移した。


 これに伴いゲルマニアのウルキア人達は国内からの脱出を余儀なくされ多くのウルキア難民が欧州各国に押し寄せたが、各国の反応は極めて冷淡な物であり、多くの難民が追い返され悲惨な末路を辿った。


 当時の欧州では長年迫害されてきたウルキア人達が身を守る為に結束した人脈を使い商業コミュニティを構築し財産を築いていた。


 それは世界各国が不況に喘ぐ状況でも変わらず、相互補助と独自のネットワークを持つウルキア人達は社会的立場は低いが金銭的には裕福と言う特殊な存在となっていた。


 それは多くの失業者や破産者を出していた欧州の人民にとって耐え難い事であり、宗教観の違いも相まって嫉妬と逆恨みを買いウルキア人は蛇蝎の如く嫌われていたのである。


 止む無くウルキア難民は、大きく分けて自由の国と称される米国に縋る者と、龍海ロンハイ租界を頼る者に別れ其々流れ着く事になるのである。


 クリスも両親が収容所に送られ止む無く親戚達と共に船で米国を目指した、然し辿り着くまでに同胞を乗せた多くの船がシバ党によって沈められ生き残った僅かなウルキア人だけが米国の土を踏む事が出来たのである。


 然しホロコーストは無くともアパルトヘイト(有色人種隔離政策)が横行する米国では所謂『白人種』とは少し違うウルキア人も差別の対象となっていた。


 長年培ってきたネットワークも使えなくなり、新たに何かをするにも元手の無い彼らに出来る事は多くは無かった、食うに困ったウルキア人の多くは生きる為に軍に入隊する者が後を絶たなかったのである。


 クリスも同年代の難民仲間と共に15歳で入隊し、適性を見出され危険なテストパイロットに志願する事で少尉と言う地位を獲得する事が出来ていた。


 然し其れを得ても尚、差別は彼女達を苦しめていたのである……。


 ・

 ・   


 程なくして先程の3人が駆る3機の黒い戦闘機がエレベーターに乗せられ飛行甲板フライトデッキへと上がって行った。


 その様子を光沢の無い瞳で見据えるクリスが何を考えていたのか、其れを知る術は無い……。


 




 ~~登場兵器解説~~



◆XF4U試作戦闘機・グレイファントム


 最大速度:1120㌔   


 加速性能:10秒(0キロ~最大速到達時間) 


 防御性能:B 


 搭乗員:1名 


 武装:20mm機関砲×2 / 12㎜機銃×2


 動力:PWR2800-8XWフォトンエンジン


推進機:双発・PWR2800PS-4フォトンスラスター


 航続距離:2200km+1000km |(バッテリータンク)


 特性:艦上運用可 / 可変翼機動システム / エアスラスターシステム


 概要:コメリアのチャンプ・ヴォート社が開発した試作大型双発戦闘機、揚力胴体リフティングボディに可変翼機構と言う革新的な設計を用いている為、大型双発機で有るにも関わらず日輪国の零式艦上戦闘機と同等の運動性能を発揮する。


 然し其れ故に操縦が複雑化した為、試作一号機では可変翼の制御を自動で行う設計であったが、制御システムの誤作動で墜落しテストパイロットを失う事故を起こした為、2号機以降では手動制御となっている、その為パイロットに非常に高い技能が要求される様になってしまい、シンプルな性能を持つライバル機グラウマン社XF6Fに一歩遅れを取っている。


 


 

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