第19話:漆黒のインディスベンセイブル海峡~~戦艦大和、闇夜に咆哮ス

 1942年11月12日天候曇り、時刻22:12分。


 米空母ワスプを撃沈した大和は間置かず次の標的である護衛空母に照準を合わせていた、然しそれをさせまいと護衛の米重巡が大和の進路を塞がんと舵を切り砲撃を仕掛ける。


「前方距離4200、米重巡6隻より砲撃を受けています!」

「ふむ、回転式ガトリング砲を試してみるか、主砲一番二番は照準そのまま、回転式ガトリング砲前方左の巡洋艦に照準合わせっ!!」


「ヨーソロ! 主砲照準そのまま! 回転式ガトリング砲11時方向の巡洋艦に照準合わせっ!!」

 東郷と正宗の指示で今まで沈黙していた三番主砲塔部の巨大な回転式ガトリング砲が軽快な駆動音と共に起動し、大和前方から後部主砲で砲撃をして来る米重巡の内左端の艦に砲身を向ける。 


『主砲一番二番及び回転式ガトリング砲射撃準備良し!』

「艦長、射撃準備完了しました!」

「うむ、撃ち方始めっ!!」

「全門撃ち方うちぃかたぁ始めっ!!」

 正宗の号令のもとまず主砲が轟音を轟かせ射撃、直後回転式ガトリング砲の砲身が回転を始め、次々と砲弾を連射し同時に薬莢を放出する、大和に搭載された回転式ガトリング砲は20㎝砲を3門束ねた砲身を回転させながら射撃と冷却を繰り返し1分間に100発の射撃を可能とする、機関銃の如く放たれた砲弾の前に米重巡は瞬く間に爆炎に包まれ傾き沈黙する。


回転式ガトリング砲右に旋回、残りの重巡を薙ぎ払えっ!!」

 時田の指示で回転式ガトリング砲は射撃をしながらゆっくりと右に旋回、その射線上に在る米重巡を文字通り薙ぎ払い米重巡6隻は瞬く間に漆黒の海に藻屑と消えた……。


回転式ガトリング砲熱量許容限界、冷却完了まで360秒!』

 6分間600発の射撃を終えた回転式ガトリング砲は冷却材を投入され蒸気を発する、一方空母に射撃を浴びせた主砲班は困惑していた、回転式ガトリング砲が米重巡を殲滅していた時、主砲弾も米空母に数発の命中弾を出していた、しかし64㎝砲弾が命中した筈の米空母が沈むどころか爆炎一つ上げずに航行しその後忽然と姿を消したのである。


「どういう事だ? 直撃したのだろう?」

「はい、複数の観測員から2発乃至ないし3発は命中したと報告が有りました、しかし爆炎は確認出来ず敵艦は回避行動を取りレーダーから消え見失ったとの事です……」

「64㎝砲に耐えられる空母がいるとは思えないが……まさか!? 通常弾の信管が作動しない程装甲が薄いのか……!」

 砲術長時田の推測は的を射ていた、大和の放った砲弾は米護衛空母ガンビア・ベイに直撃したものの、装甲を持たない護衛空母の側舷では通常弾すら信管が作動せず突き抜けてしまっていたのであった。


 ただ、このガンビア・ベイがレーダーから消えたのは逃げ切った訳ではなく、其の後しばらくのち大和の主砲弾の突き抜けた衝撃により破損した船体が耐え切れなくなり二つに折れて沈没していたのであった。


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「《か、艦長! ガンビア・ベイとの通信が途絶しました! 護衛艦隊旗艦ミネアポリスとも通信が繋がりません!》」

「《くっ! ワスプとの通信はまだ繋がらんか?》」

「《……ダメです繋がりません!》」

「《くそっシット何が起こっているんだ、敵が巡洋戦艦だとしても我々も50ノットで航行しているのだぞ、何故こうも簡単に追い付かれた!》」

「《か、艦長! レーダーに感あり! 本艦5時方向、数は1、距離5200、相対速度20ノットで此方に接近中です!!》」

「《何だと!? 50ノットで航行している我々に20ノットで近づいている!? ……つまり敵は70ノットで航行していると言うのかっ!? ……進路変更、取り舵45で距離を取れ!》」

 米護衛空母キトカン・ベイ艦橋内で同艦艦長は困惑していた、突如僚艦ガンビア・ベイより【我日輪艦の攻撃受ク、艦体大破沈没の恐れあり】との通信が入り、その後通信が途絶、空母部隊を守っている筈の護衛艦隊の重巡とも連絡が付かず、それらを屠った可能性の有る敵大型艦が巡洋艦や駆逐艦ですら叩き出す事の出来ない速度で接近して来ているのである。 

 

「《……エンタープライズとの通信は?》」

「《繋がりはしますが、雨が上がったとは言え未だフォトン粒子が不安定で通信状態が極めて悪く正確な情報伝達は難しいです……》」

「《ちっ! ガーナカタル周辺特有の粒子乱流か、忌々しい……っ!》」

「《艦長、日輪軍は夜戦を得意としています、この距離では補足されてしまうのでは……?》」

「《だから距離を取っているのだ、奴の進路上5キロ圏外に逃れれば粒子乱流の影響でレーダー探知される事も無かろう、他の僚艦には悪いが我々は息を潜めてやり過ごさせて貰う……夜明けが復讐の時間だっ!!》」

「《……っ!? 敵艦発砲っ!!》」

「《なに……っ!?》」

 通信員の叫びにキトカン・ベイの艦長が目を剥いた次の瞬間、耳をつんざく轟音と共に爆炎が上がり艦が裂けた、キトカン・ベイは瞬く間に艦体が3つに折れると金属の引きちぎれる鈍い音と共に海中に没していった。


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「初弾命中!! 敵空母轟沈を確認!!」

「うむ、通常弾に切り替えたのは正解だな、それにしても新兵ばかりとは思えん見事な命中精度だ」

「さすがは『必中の時田砲術長』ですな!」

「いやいや、残念ながらそうじゃ無い、矢張り高精度の『砲安定装置』と『電探情報受信装置レーダーリンク・システム』の存在が大きいのさ、我々砲術屋が長年の知識と技術で成せる事を、新兵が易々とやってのける、全く、やってられんよ……」

 大和艦橋上部の射撃指揮所に在って溜息交じりにそう苦笑する時田だが、その表情は満足気でもあった。


 一方大和主艦橋でも破竹の快進撃に沸き立っていたが、その中に在って女性陣は微妙な表情であった。


「……人が大勢死んでるのに、なんで皆楽しそうなの? 何か……怖い……」

「そうだねぇ……でも、やらなきゃこっちがやられるんだし、戦争だからねぇ……」

「……うん、そうだよね……分かってる、分かってるんだけど……」

「私あんまり頭良くないから多分なんだけどさ、明日香ちゃんみたいな考え方も必要だと思うよ、だって私達、軍人である前に人間なんだもん」

 通信席で表情を曇らせ俯く如月 明日香と苦笑しながら明日香を慰める広瀬 彩音、彼女達の言い分は人間ひととしては正しいが軍人としては綺麗言で有る、しかし『大和男児雄々しく在り敵と見れば是を撃つべし』と教えられて来た男性と違い『大和撫子淑やかなる良妻賢母たれ』と教えられて来た女性達である、男性陣と同じ様に喜べと言うのは余りに酷であろう。


 そんな大和撫子達の心を余所にそののち大和は米護衛空母4隻を補足し是を撃沈せしめた、そしていよいよ米主力空母をその射程圏内に収めたのである。


「敵艦隊11時方向、距離9000で補足、大型艦4、中型艦8!」

「うーん夜間観測班からはそんな報告無いけどなぁ……じゃ無かった! ……有りません!」

「……ふむ、流石にその距離で目視は不可能だろう、電探射撃いけるか?」

「……砲術長より『やや困難では有るものの、試す価値は十分に有る』との事です」

 電探レーダー員の青年『田村たむら 俊樹としき』からの報告に素で応え十柄に睨まれ慌てて訂正する広瀬彩音、日常化した其のやり取りには反応せず冷静に指示を出す東郷と其れに応える正宗、そして司令席で放心する恵比寿にしがみ付いたまま泡を吹いている小渕と俯いたままぶつぶつと呟く竹下達『三爺』、大和主艦橋内は同施設内にも関わらずその空気は全く異なっていた。


「おや? 艦長、中型艦8隻が進路変更……いや反転、此方に向かってきます!」

「ふむ、主砲一番二番照準敵大型艦、回転式ガトリング砲は中型艦を狙え! 副砲は両舷共制圧射撃用意!」

 もう一人の電探レーダー員、細目の青年『五反田ごたんだ 邦彦くにひこ』が落ち着いた声で報告すると東郷は迅速に指示を出す、其れに従い大和の各砲塔は動きを見せその砲身を各々の獲物に向ける。


「敵中型艦、本艦12時方向距離8000、回転式ガトリング砲撃ちぃ方始めっ!! 続いて主砲一番二番目標本艦11時方向の大型艦、距離9000、撃てぇっ!!」

 時田の指示で回転式ガトリング砲が前方に向けて射撃を開始すると其れに続いて主砲も火を噴き凄まじい轟音と衝撃波が漆黒の海原をはしる。  


 直後、米主力空母サラトガ後方に6つの巨大な水柱が立ち上がり、対して大和前方には爆炎が連続して上がった。


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「《て、提督、サラトガが日輪艦の砲撃を受けています!!》」

「《何だとぉっ!? ワスプと連絡が付かんのは、つまりそう言う事かっ!! 糞日輪フ〇ッキンジャップめっ!!》」

「《……なっ!? て、提督、大変です!!》」

「《今度は何だっ!?》」

「《我々を守る為、独自の判断で日輪艦の迎撃に向かった重巡8隻が壊滅したとの報告が……っ!》」

「《んなっ!? ふ、ふざけ……》」

 エンタープライズ艦橋で報告を受けたハルゼーの顔が見る見る紅潮し目を見開き歯を剥き出しにして叫ぼうとしたその時、艦隊後方でこの距離からでも衝撃波を伴う爆発が起こり漆黒の水面みなもを赤く照らし出していた。


「《……っ!? 報告入りました……サラトガです……》」

「《敵は……何だ?》」

「《は? ……あの? 日輪艦……では?》」

「《馬鹿か貴様はっ!!! そんな事は分かっておる!! 俺が言っているのは50ノットで退避する我が艦隊に易々と追い付き重巡8隻を一瞬で葬った化け物は何だと聞いているっ!! よもやコンゴー級戦艦とは言うまいなっ?!》」

 艦橋内にハルゼーのヒステリックな怒号が響き渡り場の空気が凍り付く、艦隊参謀達は互いに顔を見合わせ目で訴えかける無言の擦り付け合いを繰り広げるが、当然答えられる者は誰も居なかった。


「《あ、あのぉ、すみません、戦艦ワシントンより通信が有りまして……そのぉ……敵は速力60ノット以上で、超至近距離からの砲撃にびくともしなかった化け物、との情報が……ひぃっ!?》」

 凍り付いた空気の中で一人の通信員が恐る恐る報告の為に口を開く、その報告にハルゼーは血走った目で通信員を睨み付け詰め寄る。


「《その報告は間違い無いのかっ!?》」

「《は……はひぃ!! 擦れ違い様に200メートルの距離から砲撃を浴びせたそうですが損傷した様子も速度も落とす事無く通り過ぎて行ったそうでありますぅっ!!》」

 悪魔の如き形相のハルゼーに詰め寄られた通信員は可愛そうなくらい涙目で、然し正確に情報を吐き出した、その通信員の言葉にハルゼーだけでなく周囲の参謀達も目を剥きざわつき始める。


「《馬鹿な……極東の黄色い猿が、そんな超戦艦を造れる筈が無い……っ!! 造れる筈が無いんだぁっ!!》」

「《……っ!! ホーネットより緊急通信! 砲撃を受けている様です!!》」

「 「 「 「っ!?」 」 」 」

 その通信員の言葉が終わり切るより早く艦隊後方から二度目の爆発音と衝撃波が伝わって来る。


「《ホ、ホーネットが……》」

「《……艦を面舵反転させろっ!! 前方のレキシントンにも伝えろ、早くっ!!!》」

 ハルゼーの怒号が艦橋内に響き、艦長と参謀は意見具申する間もなく言われるがままに動き出す、結果米第七艦隊の残存艦、空母エンタープライズとレキシントン、そして重巡2隻は大和の正面を横切る様にUターンを開始した。


「《戦艦の主砲旋回速度は早くても30秒は掛かる、ホーネットを沈めたのなら砲身は今左を向いている筈だ、其の隙をついて敵艦の脇を擦り抜け戦艦隊と合流する、70ノットの高速で小回りは効くまい、不確定要素は多いが是しか我々が生き延びる道は無いっ!!》」

 事現状に置いてハルゼーの判断と決断は間違ってはいなかった、然し誰が想像出来ただろうか、180度主砲旋回速度が僅か10秒の戦艦が存在する等……。


 エンタープライズは旋回を終え大和の右舷を通り抜けようとしていた、然しこの時既に大和の主砲は右舷に向けて旋回を終え、その砲身をエンタープライズに向けていた、それも4基全てが、であった。


 大和はエンタープライズを守ろうと割って入る米重巡を避ける為僅かに取り舵を取りつつ主砲はエンタープライズを捉え4基12門を一斉射する、刹那、ハルゼーの耳をつんざく轟音が響き渡るが、それはエンタープライズ後方に巨大な十数本の水柱が立ち上がった音であった。


 その時、大和の砲撃に驚いたレキシントンは大和の弾幕に飛び込む事を恐れて舵を戻す事無く更に右に旋回した、その結果取り舵を取っていた大和の正面に出てしまう……。


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「側面推進機逆噴射っ!! 総員安全帯シートベルト、安全フック装着! 耐衝撃体制っ!!」

「ダ、ダメだ、間に合わない、ぶつかるっ!!」

 衝突警報が艦内に響き渡る中、東郷が逆噴射の指示を出すが戸高には間に合わないと即座に分かっていた、若し戸高が大和と同様の操縦装置で1年程度訓練出来ていたら或いは回避運動が間に合ったかも知れない、然し少なくとも今の熟練度で大和の難解な操縦機構を使いこなす事は容易では無かった。


 座席に座っていた者は素早く安全帯シートベルトを装着し、立っていた者は最寄りの手すりに腰の安全フックを取り付け防御姿勢を取る、これ等は高速の艦船に搭乗する乗員が非常時の安全対策として事前に訓練を受けている動作である。


 そして大和は戸高の操縦で急速に減速するものの50ノット程の速度で米空母レキシントンの艦体中央に突っ込む形となって接触した。


 大和の艦首はレキシントンの艦体左舷に突き刺さり右舷から飛び出すと一番主砲手前で止まる、その衝撃でレキシントンの艦体は僅かにへの字に折れ曲がり金属を擦り合わせる不快な音が鳴り響く。


「う……ぐぅっ!! 皆無事か? 艦長と司令は……っ?」

「あ痛ったたたた……参ったねこりゃ……」

「あ゛うぅぅぅ……ベルトが体に食い込んで痛いよぅ……明日香ちゃん大丈夫?」

「私は……何とか……大丈夫……」

 正宗は手で頭を押さえかぶりを振りながら周囲を確認する、艦橋内はざわつき警報と通信機の呼び出し音が鳴り響いている、作戦行動中の軍艦は夜間艦橋照明を最低限にしている為薄暗く全体の状況を即座に把握する事は困難であった。


「……っ!? か、艦長!? 何て事だ、艦長と参謀及び副参謀共に負傷っ!! き、救護班を要請しろっ!」

 突如叫ぶ副長の十柄、その声に正宗が振り向くと艦長席で頭から血を流し意識を失っている東郷と、その前方の手すりの袂で倒れている小渕と竹下の姿が見て取れた。


 先ほどの衝突の際、恵比寿の座席にしがみ付き安全フックの使用を怠った小渕と竹下は前方に吹き飛ばされ手すりに叩きつけられ意識を失った、その時にあろう事か竹下の肘が東郷の頭に直撃していたのである。


「救護班が来るまでは私が応急手当を行います!」

 言うが早いか、航空管制席にいた藤崎 小鳥が素早く備え付けの救急セットを取り出し東郷の下に駆け寄る。


「十柄副長、ご指示をっ!」

 そう叫んだのは戸高の横に座る航海長の青年『西部にしべ まさる』海軍少尉である、温和な雰囲気の眼鏡の青年だ。


「……っ!? こ、後進だ、後進に決まっているだろう!! 言われなくとも其の位の事はやれっ!!」

「……後進ヨーソロ!!」

 十柄の罵声を浴びながら戸高は不貞腐れ顔でレバーを後進に引く、すると大和艦首下部両側舷から側面噴進機が片舷3基計6基が現れる、通常の艦はスライド式の外郭内に側面噴進機が収められているが、大和の指向性側面噴進機は球体で有り噴射口の裏側は980㎜相転移装甲で構築されている、可動式で前面(正しくは斜め前)や側面に方向を変えられる、非使用時には装甲部が外面を向き、防御上の弱点とならない様設計されている。


 またその動力は相転移装甲特有の『動力伝導機構』によって配線を用いる事無く蒼燐核動力炉から供給されている、とまれ6基の指向性側面噴進機は噴射口を前方(正しくは斜め前)に向けて逆噴射をかけ始めた。


「……駄目だっ! 敵の空母レキシントンが沈み始めているせいで艦首に重量が掛かっていてビクともしねぇっ!! このままじゃ道連れになっちまうぜ!!」

 操縦稈を握る戸高の表情にいつもの余裕は全く無い、その額や蟀谷からは汗が滴り落ちている。


「な、ならば前進だ! 引いて駄目なら押してみろっ!!」

「ヨーソロっ!!」

 そう言うと今度は力いっぱいレバーを押す戸高、大和の推進機が強い光を放ち最大出力で噴射する、すると大和は更に埋まりながらも徐々に前進を始める……敵の空母レキシントンごと……。


「駄目だ、コメ公の空母も付いて来ちまう!!」

「…副長、如何致しましょう?」

「ど、どうって……こんな状況、士官学校でも対処を習っていない、敵に突き刺さって動けんなどと……どうにも出来んだろう……!」

「艦長……じゃ無かった副長、敵小型艦艇多数を距離15000で補足しました、その数15、約55ノットで此方に急速接近中です!!」

「な……っ!? 周囲の哨戒駆逐艦を集結させたか……くそっ!」

「副長、ご指示を!」

「副長!」

 緊迫し逼迫ひっぱくしていく状況に十柄は顔面蒼白となり目を見開いたまま固まっていた、その呼吸は浅く荒く、唇は僅かに震えている。


「か、艦長の容態は……?」

「止血はしましたが意識はまだ戻っていません!」

 何とか声を絞り出した十柄は東郷の処置をしている藤崎を縋る様な目で見るが、返って来たのは無情な宣告で有った、追い詰められた十柄の呼吸は更に荒くなり過呼吸寸前であった。


「戦術長より副長へ、意見具申宜しいでしょうか?」

「……!? ……八刀神少尉か、言ってみろ……」

「はっ! 現在本艦は沈む敵艦の艦体に圧迫され抜け出せずにいます、ならばその圧迫している部分を主砲で砲撃し破壊すれば脱出が可能で有ると愚考します」 


「なっ!? この距離で主砲を撃つだと!? そんな危険な行為が認められると思うかっ!?」

 正宗は直立不動のまま十柄を真剣な眼差しで見据え進言するが、十柄は狼狽した表情のまま立ち上がりぎょろついた瞳で正宗を睨み付ける。


「……では、このまま沈み行く敵艦と共に海底に引き摺り込まれるのを座して待ちますか?」

「うっ……! そ、それは……だが……しかしっ!!」

「よく分からないんだけど、他に方法は無いんだよねぇ? なら、彼の言う通りにすれば良いんじゃないかなぁ……?」

 上官で有る十柄の睨みに一歩も引かず睨み返す正宗、緊迫した艦橋内に更に緊張が走るが、その空気を壊したのは緊張感に欠けた恵比寿の間延びした声であった。

 

「し、司令……! ……ちっ! 止むを得ん、だが、俺はそんな無謀な賭けに責任は持てん、やりたければ貴様が全責任・・・を負って指揮を執れ!」

 高圧的な態度で偉そうに宣っているが、完全に無責任な職務放棄である……。 


 しかし今はそんな事で言い争っている場合では無い、正宗は呆れ返った溜息を何とか呑み込み息を大きく吸い込むと射撃指揮所との通信機を握りしめる。


「艦橋より射撃指揮所へ! 二番主砲中砲のみ通常弾、弱装薬で装填! 目標一番主砲直上の敵艦側舷!! 発砲後両舷最大戦速前進!!」

「はぁ!? 前進だとぅ!?」

 張り上げた正宗の指示した内容に十柄は思わず素っ頓狂な声を発してしまった、十柄の中では当然の如く後進すると思っていたからである。


 然し正宗はそんな十柄に一瞥もくれず細かい指示を追加している。


『二番主砲中砲、通常弾、弱装薬で装填完了、仰角水平に固定、射撃準備完了!!』

 

「よし、総員衝撃に備えっ!! ……撃てぇっ!!」

 正宗が叫ぶと二番主砲中砲が火を吹き、米空母レキシントンの艦中央上部に突き刺さる刹那、大和正面に凄まじい爆炎が立ち上がりレキシントンの艦体を構築していた装甲や飛行甲板が粉々になり宙を舞う、そして目の眩む閃光が大和艦橋内外を照らす。


「今だ、両舷全速前進!!」

「へっ! 前が全然見えねぇが、全速前進ヨーソロ!」

 言うが早いか戸高が速力レバーを第二超戦速(70ノット)に倒し大和の4基の推進機が強い光を放ち爆炎の中へ力強く進み始める。


 大和は二つに折れ燃え沈むレキシントンの艦体を掻き分ける様に突き進み、悲鳴の様な金属音と爆音の中、自らの艦体や主砲に炎と煙を纏いながら崩れ行くレキシントンの中から飛び出す事に成功する。


「む、無茶苦茶だ……こんなの……な、何故後退しなかったっ!?」

「後退して敵駆逐艦隊に囲まれろと? 進路そのまま、電探、敵との距離は?」

 十柄は正宗を睨み付け糾弾しようとするが正宗の正論にぐうの音も出なくなり黙する事しか出来なかった、正宗はそんな十柄を一瞥するに留め指示を出す事に注力した、その態度が十柄の自尊心を傷つけた様で十柄は唇をわなわなと震わせ拳を握り締めるが、そもそも無責任に職務放棄したのは自身である……。


「敵艦隊、距離12000! 進路を南に変えて進行中!」

「……米空母レキシントンの残骸を西に躱して進行するつもりだな……」

「如何する? このまま引き離して海峡を抜けるって手も有るが?」

「それは……十柄副長、お望み通り立ち往生の危機は脱しました、此処から先は副長の職務と考えますが?」

「っ!? い、言われる迄も無い!! 海峡を抜けて逃げる等言語道断、帝国海軍に撤退の二文字は無い! 山本長官の御指示は敵艦隊の撹乱、殲滅である! その命を完遂するべく本艦は是より再度突入を慣行する! 面舵反転最大戦速、目障りな米駆逐艦ねずみ共に本艦の火力を思い知らせるのだっ!!」

 自身の立場を守る為に必死になる指揮官と言う者は往々にして大義名分を笠に着て無理難題を押し通そうとする、立場上仕方なかったとは言え、こんな男に乗員と艦の命運を委ねなければならない現状に正宗は酷く落胆したのであった……。






   ~~登場兵器解説~~




◆航空母艦[ヨークタウン]級:全長340メートル 全幅42メートル 速力50ノット 


 両舷装甲10mm~100mm(最大厚防御区画70%) 水線下装甲無し 飛行甲板装甲10mm~100mm  

   

 艦載機数70機+露店駐機27機 


 兵装 12㎝単装砲8基 35mm四連装機銃20基


 装備 航空機用エレベーター3基  ターナー式油圧カタパルト2基


 主機関 ヴィルコックス式フォトンエンジン 6基


 同型艦:[ヨークタウン][エンタープライズ][ホーネット]


 概要:1934年から建造が開始された合衆国海軍の正規空母、前級のレキシントン級とレンジャー級からの運用実績を元に建造された新鋭艦であり合衆国機動艦隊の中核を担う空母群であった。





◆航空母艦[レキシントン]級:全長320メートル 全幅40メートル 速力50ノット 


 両舷装甲10mm~125mm(最大厚防御区画70%) 水線下装甲無し 飛行甲板装甲10mm~100mm  

   

 艦載機数70機+露店駐機25機 


 兵装 12㎝単装砲6基 35mm四連装機銃20基


 装備 航空機用エレベーター2基  油圧カタパルト2基


 主機関 ヴィルコックス式フォトンエンジン 6基


 同型艦:[レキシントン][サラトガ]


 概要:1921年から建造が開始された合衆国海軍初の大型航空母艦、その為艦内設備やハンガー配置などに問題が有り幾度となく改修が施された、それらのデータは次級のヨークタウン級に引き継がれ同級の完成度を高める貢献をした。





◆航空母艦[レンジャー]級:全長300メートル 全幅38メートル 速力50ノット 


 両舷装甲10mm 水線下装甲無し 飛行甲板装甲50mm  

   

 艦載機数50機+露店駐機12機 


 兵装 12㎝単装砲4基 35mm四連装機銃16基


 装備 航空機用エレベーター2基  油圧カタパルト2基


 主機関 フォトンエンジン 6基


 同型艦:[レンジャー][ワスプ]


 概要:合衆国海軍初の空母ラングレーのデータを元に建造された試作空母、レンジャーとワスプは厳密には同型艦では無いが、改修を重ねた結果その性能と外観が似ていた為、準同型艦として扱われている。




◆航空母艦[カサブランカ]級:全長270メートル 全幅34メートル 速力50ノット 


 両舷装甲無し 水線下装甲無し 飛行甲板装甲20mm  

   

 艦載機数20機+露店駐機10機 


 兵装 10㎝単装砲2基 35mm四連装機銃10基


 装備 航空機用エレベーター1基  油圧カタパルト1基


 主機関 フォトンエンジン 4基


 同型艦:多数


 概要:翠玉湾攻撃を受けて米合衆国が開発した戦時急造艦、後に『週刊空母』と言われる程の建造速度で量産されるが、その性能は空母として最低限のものであった。


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