第17話:艦隊集結
第二次ソロン海戦における敗北によって同海域の制空権を完全に失った日輪海軍は苦境に立たされていた、米国に対する対応だけで無く、陸軍からの執拗な責め立てを受けていたからである。
元々ガ島飛行場の建設は海軍の大失態であるミッドラン海戦敗北によって損なわれた航空兵力を基地飛行場で補おうとした事が発端で有り、その重要な施設の防備を楽観的な見積もりで疎かにしたのも海軍であった。
陸軍からしてみれば、その尻拭いの為に貴重な対煌華戦力を抽出して送り込んだ兵力が、またも海軍の甘い見積もりによって窮地に立たされ、その増援に送り込もうとした兵力も悉く沈められた。
当然陸軍は怒髪天を衝かんばかりに激怒し、流石の永野もそれを躱す事は不可能であった、そうである、余りに日輪海軍の展望と戦術はお粗末で有ったのだ。
其れに気付けど時既に遅し、日輪海軍の誇る機動艦隊だが、空母翔鶴と瑞鶴は大破、熟練の航空機搭乗員の多くが失われ残っているのは真面な連隊行動も取れない練度の低い航空隊を搭載した軽空母のみ、それは日輪機動艦隊の事実上の壊滅を意味していた。
事現状に至り日輪海軍は苦肉の策として第一次ソロン海戦勝利の立役者であり『作戦の神様』と持て
まず八刀神 景光が『魚雷が効かぬ』と豪語する戦艦大和を擁する第十三艦隊を米機動艦隊並びに護衛艦隊主力に突撃させ撹乱誘引し、其の隙に大規模水雷戦隊が混乱した米海上戦力に対し夜戦雷撃を慣行之を撃滅せしめ後、主力打撃艦隊がルング飛行場に艦砲射撃を行う、そして米航空戦力を無力化した後、後発の輸送船団から陸海軍の増援を上陸させ米上陸部隊を殲滅しガ島及びツルギ島を奪還する、というモノであった。
1942年9月28日大雨の降る帝都皇京都庁内海軍本部にて連合艦隊司令長官山本五十八は書類の山に囲まれていた。
「失礼致します、
落ち着いた口調の伊藤によって机の上に増量された書類を見て山本は軽くため息を付くも作業の手を休める事無く書類に目を通し押印する動作を繰り返す、その様子を伊藤は黙って見ていた、だがその表情は硬く何やら思い詰めている様にも見える。
「厭な雨だねぇ……」
「……そうですね、時折雷も響き鬱陶く憂鬱ですな……」
「ホントにねぇ只でさえ
「……そうですね」
「……伊藤君、君はまだ
「……率直な意見を言わせて頂けるならば、新兵ばかりを乗せた新鋭艦を敵陣に突っ込ませる作戦等乗り気になれる筈が有りません……
書類作業を進めながら声をかけて来た山本に対し伊藤は明らかにもの言いた気に当たり障りのない会話をしていたが其れに気付かない山本では無い、伊藤の内心を付く山本の言葉に眉間に皺を寄せ内心を吐露した。
「君だって分かっているだろう? 今海軍は……いや我が国は苦境に立たされている、このまま南方が米国の手に落ちれば後はジリ貧だ、だからこそ手段は選んでおれんのだよ、八刀神博士の言葉を信じるならば大和はあらゆる砲撃に耐え魚雷も効かぬ
「八刀神博士の言葉を
「……ふぅ、矢張り君に隠し事は出来ないね、其の通りだよ、直に会ってみて感じたが矢張り彼は計り知れない、僅か10歳で蒼燐核動力炉
「……恨んで、おいでなのですか? 八刀神博士が[やまと]計画を割り込ませなければ長官の翔鶴型空母8隻からなる大機動艦隊構想は成っていました、そうであればミッドランの勝敗も……」
「……どうかな、自分でもね、分からないんだよ、僕自身
「長官……」
「ただ……私怨だけで無関係な若者を巻き込んでいるつもりは無いよ? 断じてね、彼はね、『最強の戦艦が有ればこの戦争に勝てる』と本気で思っている……と思っていた、最初はね……でも違った」
「違った、とは?」
「うん、大和を語る彼の眼を見た時、彼にとっては『勝ち負け何て如何でも良い』んだと感じたのさ、言葉では故郷や領土を守る為と宣っていたけど其れすらも自分の望みを叶える為の過程でしか無いと感じたんだよ、そう、日輪国が勝とうとも負けようとも、『自分の造った兵器が活躍すれば其れで良い』とね……」
「っ!? 長官、いくら何でも其れは……」
「
「っ!? ちょ、長官……っ!!」
その瞬間、穏やかであった山本の表情が鬼の形相に変わる、其れに呼応するかの様に落ちた雷光が山本を照らし鋭い眼光となって反射した……。
・
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1942年10月2日天候曇り時刻14:30、山本の思惑を知る由もない第十三艦隊は湯洛沖200km北西にて来る日に備え艦隊行動の訓練に励んでいた、第十三艦隊は『第十三独立打撃艦隊』と命名され戦艦大和を独立旗艦とし、第一戦隊に重巡出雲、駆逐艦島風、同第二戦隊に軽巡夕張と
しかし燃費を考慮する必要が無く常に最大速度で行動出来る大和、出雲、島風と違い、通常動力で且つ最大速度が50ノットしか出せない神風型4隻と55ノットの夕張では速度が合わず大和の足を文字通り引っ張っていた。
しかも神風型は多少改善して有るとは言え吹雪型以前の旧式艦で在り航続距離の関係で30ノット以上は出せなかったのである。
「やっぱり30ノットが限界みたいですね、それ以上だと航続距離的に厳しいみたいです」
大和艦橋内で第二戦隊旗艦夕張と交信していた通信員、如月 明日香が眉をへの字にしながら東郷に報告する。
「ふむ、矢張り厳しいか、状況によっては別行動を取らねばならんかも知れんな……恵比寿司令、その場合の行動規範を作成すべきだと思いますが?」
東郷が左後ろの席に座っている恵比寿に視線をやると其処には……。
「
「ありがとう彩音ちゃん、彩音ちゃんも食べるかい、満福堂の羊羹」
「おや、ずるいですよ恵比寿さん、彩音ちゃんこっちの煎餅もお食べ」
「こっちには御餅もあるよ」
「わぁ~ありがとー♪」
お茶くみをする広瀬と広瀬を孫の様に可愛がる恵比寿と艦隊参謀2人の姿が有った、この絵面だけ切り取ればまるで仲の良い祖父と孫の心温まる風景だが、此処は訓練とは言え作戦行動中の戦艦の艦橋内である……。
「……恵比寿司令、竹下参謀に小渕副参謀も、作戦行動中の艦橋要員を給仕に使うのは止めて頂いて宜しいですか? 広瀬上等海兵も早く席に戻りたまえ」
「ふぉふ? ふぁ~い!」
「そんな硬い事言わなくても良いじゃない、どうせ此処には敵何て居ないんだし、心にゆとりを持とうよ、もぐもぐ」
「そうそう、戦時下だからこそゆとりは大事だよ、ぼりぼり」
そう言って羊羹や煎餅を頬張り目じりを下げる恵比寿達に東郷は頭を押さえ溜息を付く。
「(……この人は2年前から全く変わっていないな……他の優秀な艦隊参謀は軒並み他艦隊に移動、代わりに参謀に付いたのは恵比寿司と旧知の似た者同士の元予備士官か……若年新兵に暢気な予備士官、最新鋭戦艦に配備する人員としては余りに御粗末過ぎる、そして艦隊行動を共にするにはあまりに性能差の有る艦隊編成、連合艦隊司令部は一体何を考えているのだ……)」
山本の思惑など知る由もない東郷であるが、[やまと]に対する人配や艦隊編成には明らかな不審を抱いていた、然しだからと言って一艦長に過ぎない東郷には如何にも出来はしない、不審に思いつつも命令には従わなければならないのが軍人である……。
「もぐもぐ……索敵訓練に航空隊の模擬戦と艦隊行動訓練、今日の工程はもう終わりだよね? ならちょっと早いけど湯洛に戻ろうよ、大和は快適だけどお風呂はやっぱり温泉に限るからねぇ、あはははは」
「おお、洛の湯ですな、我々もお供しますぞ!」
「……了解です、全艦取り舵反転、進路2.0.2、第二戦速(30ノット)!」
「取り舵反転、進路2.0.2、第二戦速ヨーソロ!」
工程が終わってもやるべき事はいくらでも有ったのだが上官の命令には従わなければならないのもまた軍人である、東郷は眉間に皺を寄せ盛大に溜息を付きたい気持ちを抑え指示を出した……。
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程無くして第十三艦隊は湯洛に到着した、前方には第二艦隊と第七艦隊が停泊している、第二艦隊は重巡摩耶を独立旗艦とし第一戦隊に戦艦扶桑、山城、伊勢、日向。
第二戦隊に重巡利根、筑摩。
第三戦隊に軽巡鬼怒と初春型駆逐艦初春、子ノ日、初霜を擁する打撃艦隊である。
第七艦隊は戦艦紀伊を旗艦とし僚艦に尾張。
同第二戦隊に重巡
同第三戦隊に軽巡
同第三戦隊に軽空母
「わぁ~すっごーい、大砲が浮かんでる!」
広瀬が無邪気に声を張り上げた視線の先に有ったのは戦艦扶桑と山城であった、彼女が驚くのも無理は無い扶桑型戦艦は日輪国が独自に作り上げた初の弩級戦艦で有ったが、その艦容は異様の一言に尽きた、何故なら扶桑は46㎝連装砲を10基搭載という無茶な設計を実現していたからだ。
全長310
まず艦体だが、中央が不自然に膨らみ其処に左右2基づつ計4基の主砲が前後に配置されている、そして艦体中心直列には前後3基づつ計6基の主砲が背負い式で備えられており、艦首と艦尾付近に追いやられるように副砲である15㎝単装砲各2門づつ計8門が半ば無理やり装備されている。
当然犠牲になるのは速度と装甲であり、表記こそ450㎜防御であるが実態は『最大厚防御区画20%』と言う実質装甲無しと言っても全く過言ではない設計であった、そして速度は改良に改良を重ね何とか35ノットになったものの、この世界の艦艇としては鈍足に過ぎた。
この見た目には強そうな扶桑の実情を知る者達からは『欠陥戦艦』『浮かぶ火薬庫』と揶揄されている、そして其れは紛れもない事実であった。
しかしながら物は使いようである、片舷8基16門の火力は非常に強力である事は事実であり、
とは言え、真面な運用がし辛いのもまた事実であり、故に次型で有る伊勢型は両舷主砲4基を撤廃し直列配置の6基12門とした、其れに伴って艦体も通常の木の葉型に戻し可も無く不可も無い艦に仕上がり、その技術力は後の世界ビッグセブンに数えられる長門型戦艦に受け継がれる事になる。
そしてその長門型戦艦の技術を受け継いで建造されたのが開戦直後に竣工した最強の超ド級戦艦紀伊と尾張であった、が、その僅か8ヵ月後に大和が竣工した為其の最強の座は一年と持たず奪われてしまい、後世の軍事評論家等に『主役になれなかった
それを悟ってか紀伊と尾張から大和を見る乗員達の表情は複雑で有った……。
とまれ、こうして日輪帝国海軍は着々とガ島飛行場、米軍で言う所の『アンダーソン飛行場』攻略の戦力を日輪の翠玉湾、ここ湯洛に集結出せつつあった。
然し、着実に戦力を集結させていたのは米国も同じで有った、近く日輪軍が反攻に出て来ると確信していた合衆国太平洋艦隊参謀長『レスター・ウィル・ニミッツ』は猛将ハルゼーと知将リーに命じて機動艦隊と打撃艦隊をガーナカタル近海に集結させていたのである。
1942年10月28日ルング沖、時刻17:50、此処に合衆国海軍の大艦隊が集結を完了しつつあった。
「《来たかワスプ! それにカサブランカ級護衛空母6隻も、これで我が第七機動艦隊とアンダーソンの基地航空隊を合わせればジャップ共を蹂躙出来るな! ぐぁはははははは!!》」
米第七艦隊旗艦エンタープライズの司令席で葉巻を銜えて踏反り返っているのは同艦隊司令である猛将[スティーブ・J・ハルゼー]中将である。
「《ええ、リー提督の第三艦隊にもサウスダコタ級6隻が全て揃った様ですし万全ですな》」
「《ふん、戦艦等いくら新戦術を見出した所で時代遅れの産物だ、数百キロ離れた場所から敵を蹂躙する事が戦艦に出来るかね? これからは航空戦力の時代だよ、ぐぁははははっ!!》」
ハルゼーは葉巻を掲げたまま高笑いを艦橋内に響かせる、然もあろうハルゼー艦隊の航空戦力は正規空母5隻に護衛空母6隻、その艦載機数実に630機を超える、この大戦力に笑いが止まらないのは当然である。
一方ハルゼーに時代遅れと揶揄された戦艦隊を擁する米第三艦隊はハルゼー艦隊から西に離れる事20km地点に停泊していた。
最新鋭戦艦であるサウスダコタ級6隻の揃い踏みは圧巻の一言で有った、時代遅れと揶揄されようとも其の存在感は矢張り海の王者で有った。
「《ふむ、インディアナの修理は間に合った様だね》」
「《ええ、オルデンドルフ提督がジャップに受けた汚名を晴らさんと息巻いておるようです》」
「《ああ、ジャパニアの駆逐艦1隻にしてやられたという
米第三艦隊旗艦サウスダコタの艦橋で僚艦を眺めながら穏やかな口調で喋る丸眼鏡の細身の紳士は同艦隊司令[ウィリアム・M・リー]中将である。
「《これでアンダーソン防衛艦隊であるキャラハン艦隊と豪州艦隊を合わせれば当方は200隻を超える大艦隊だね》」
「《はい、しかし……ニミッツ参謀長の采配を疑う訳では有りませんが正直ジャップ相手にここまでする必要が有るのか疑問です……》」
「《そうかな? ジャパニアを侮るのは危険だよ、かの国には
「《は、ははは、ご冗談を……》」
「《冗談で済めば良いんだけどね……
そう言いつつ沈みゆく水平線の夕日を眺めるリー提督の視線は恐らくはまだ見えぬ日輪艦隊に向けられたもので有るのかも知れない。
そしてこの
~~登場兵器解説~~
◆夕張型軽巡洋艦
全長170
側舷装甲:50㎜VH(最大厚防御区画40%)
水平装甲:20㎜VH(最大厚防御区画30%)
武装:試製20㎝50口径連装砲2基 / 試製速射25㎝単装砲2基 / 試製九二式四連装80㎝魚雷発射管1基 / 八七式爆雷投射機4基 / 28㎜連装機銃12基
主機関:ロ号艦本八〇式蒼燐蓄力炉4基
推進機:双発
概要:ワシントン軍縮条約下において比較的小型の艦体に重武装を施す日輪海軍の
◆扶桑型戦艦
全長310
側舷装甲:450㎜VH(最大厚防御区画20%)
水平装甲:180㎜VH(最大厚防御区画20%)
武装:46㎝45口径連装砲10基 / 20㎝45口径単装砲8基 / 28㎜連装機銃14基
主機関:ロ号艦本七五式蒼燐蓄力炉4基
推進機:4発
概要:日輪海軍独自設計で初の超ド級戦艦、その為火力を重視し過ぎた結果、速度と装甲が犠牲になり非常に扱い難い艦となってしまった、日輪海軍は何とか扶桑を使いこなそうと何度もドック入りをしては改装を重ねたが第六技研と景光の力を以てしても戦艦としての実戦配備に耐えられる様には改善出来なかった、景光曰く「泥舟はどう改造しても泥舟にしかならない」と匙を投げられたらしい。
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