第16話:嵐の予兆

 1942年9月26日早朝、天候快晴、戦艦大和は帝国海軍第十三艦隊へと編入され湯洛トーラク泊地に停泊中の本隊と合流する為に電探レーダー音探ソナー、航空隊を用い索敵を行いつつマリアナ沖を航行していた。


 この海域は日輪海軍の勢力圏内である為、本来ならここまで厳重な索敵は必要ないが、まだ実践経験の少ない搭乗員の練度向上の為に行っているのである。


「現在進路、方位1.3.8、第七戦速(55ノット)で航行中」

「対空、対水上電探感無し!」

「同じく……対潜ソナーも感無し……」

「航空索敵も異常を認めず!」

「ふむ、順調だな」

「はい艦長、このまま何もなければ10時間程で湯洛トーラクに到着出来ます、あの忌々しい・・・・女狐と狂人・・・・・も居なくなり本当に順調な航海ですよ……」

 宿根から出航して丸一日、順調に進む航海に艦橋内は油断こそしていないものの比較的落ち着いた雰囲気となっている、景光達第六技研の技術者は同月25日を以って大和からの下艦命令が下った。


 当然景光は断固として下艦を拒否したが、山崎が軍令部からの指示を無視すると今後の研究に支障を来たし兼ねない事や、同じ研究は建造中の大和型二番艦武蔵でも可能で有ると説得し、渋々ではあるが景光を納得させたのである。


「……ただ、アレ・・も一緒に持って行ってくれれば尚良かったのですがね……」

 そう言って十柄が睨み付けるのは戦術長席の正宗……の、隣に存在する日和であった。


お兄様・・・、お兄様は湯洛に行った事は有りますか?』

「いや無いな、観光案内本で見た程度だ」

「あ、それ知ってるーっ! 『月間旅路』だよね? 開戦前の秋号を最後に休刊になってるけど戦争終わればまた再開されるかな~?」

『月間旅路、ですか、是非読み取ってみたいですね!』

「うんうん! 挿絵の夕日や砂浜がすっごく綺麗だったんだよねぇ……もうすぐ本物が見れると思うとすっごく楽しみ~~♪」

 通信席から身を乗り出し通信機器の上で頬杖をつきながらウットリと話すのは『広瀬ひろせ 彩音あやね』海軍上等兵である、彼女は航空管制に回された藤崎小鳥の代わりに艦橋通信班に配属された17歳の少女である。


 とても明るく人懐っこい広瀬は多忙な正宗の代わりに日和の良き話し相手となり、日和の言語能力向上に多大な貢献をした、もっとも広瀬本人はただお喋り好きなだけでその自覚は無い。


『私も楽しみです、艦外監視透鏡装置の倍率を上げて置きます!』

「おおっ! なんかすごそう!」

「おい、広瀬、それに日和も、任務中だぞ少し静かに……」

「いい加減にしろ貴様等っ!! お喋りしたければ休憩時間に休息区画でやれっ!!」

「やばっ!?」

『申し訳御座いません副長、それにお兄様も……』

 正宗が注意を促そうとしたが、同時に十柄の堪忍袋の緒も切れた様で広瀬は通信機器の陰に隠れ日和は即座に謝罪する。


 因みに日和が正宗を『お兄様』と呼ぶのは、当初日和は『産みの親』で在る景光と同じ八刀神姓である正宗を『お父様』として混同してしまっていた(景光は周囲から八刀神博士と呼ばれていた為)故に正宗を『お父様』と呼んでいたが、それは早々に違うと否定され、ならば、と『叔父様』と呼んだ所、正宗は明らかに否定と取れる微妙な顔をした為、その顔を見た戸高が大爆笑しながら提示した折衷案が『お兄様』で有った。


「っ!? 艦長、水上電探に感あり! 方位1,8,8、距離5万2千、中型乃至ないし小型艦、数15、グォム基地艦隊の定線哨戒経路からは外れています!」

「ふむ、海防艦の動きにしては妙だな、だが駆逐艦隊の乱線哨戒の可能性もあり得る、この海域に米艦隊が侵入出来るとは思えん……指向性通信で哨戒中の瑞雲に連絡、敵味方識別を急げ、総員第ニ戦闘配備!」

「艦橋より達する! 総員第二戦闘配備、繰り返す、総員第二戦闘配備! これは訓練に非ず、繰り返す、これは訓練に非ず!」

「航空管制より哨戒中の各機へ、識別不明艦が本艦距離5万2千に展開中、指向性通信にて座標を送信する、至急確認されたし!」 

 東郷の指示により警報と艦内放送が鳴り響き、ある者は寝台ベッドから跳ね起き、ある者は食べかけの食事を口に押し込み機敏な動作で所定の位置へと移動を始める、程無くして主砲副砲を問わずあらゆる砲が小刻みに動き何時でも撃てる様に動作確認を行う。


 一方哨戒中の瑞雲2機は全速力で指向性通信で送信された座標に急行していた。


「どーだぁ上杉、見えるかぁ?」

『いえ、見えませんね、もう少し南東に流してみます』

了解りょーかい、んじゃ俺等は南西な、お蘭、きっちり測量しとけよ?」

「お任せください、信将様」

 僚機との無線通信を終え機体を駆るのは如何にも素行の悪そうな青年『織田おだ 信将のぶまさ』上等飛曹とその補佐をする美貌の青年『もり 蘭菊らんぎく』一等飛曹である。


「ん~? おい、あれじゃねぇか?」 

 そう言って織田が指さした先には海上に浮かぶ十数個の黒い影が見て取れた、織田が機体を傾け接近すると、予想通り十数隻の船団であった。


「軍艦もいますが、大半は輸送船と蓄力船タンカーの様ですね」

「おう、みてーだな、ありゃ長良型軽巡と旧式駆逐艦か? ってーと友軍つー事だな」

「はい、あの編成は恐らくラウバル輸送船団と其の護衛艦隊、第八艦隊の軽巡天龍てんりゅうか若しくは龍田たつた以下朝潮型駆逐艦4隻ですね、しかし何故こんな所に……ラウバル輸送船団は湯洛との往復の筈ですが……」

「ハッ! 知ったこっちゃねーよ、敵じゃねーなら用はねえ、大和と上杉に状況知らせとけ」

 そう吐き捨てると織田は機体を翻し母艦やまとに向け進路を取る。 

 

  .

  .

  .

 

「よっ! お疲れさん!」

「 「 「お疲れ様です」 」 」

「がははははっ!! 無事で何より、まぁ一杯やれ、ラムネだがなっ!!」

「おう! 有難く頂くぜ!」

 大和に帰還した織田達は休憩所で待機組の出迎えを受ける、織田は飛行帽とゴーグルを乱暴に外すと、横に控えていた蘭菊に押し付け武田から受け取ったラムネをラッパ飲みする、蘭菊はそれを嫌がる様子もなく丁寧に預かり、自身も飛行帽とゴーグルをを外し肩まで伸びた絹の様な黒髪と女性と見紛う美貌を露わにする。


「然し、あの位置にラウバル輸送船団が航行していたのは解せませんね……」

 織田と森の背後から言葉を発し歩み寄って来たのは貴公子然とした風貌の青年『上杉うえすぎ 謙治けんじ』上等飛曹とその補佐の紳士然とした青年『長尾ながお 虎雅とらまさ』一等飛曹である。


「ああ、ラウバル輸送船団は本来ラウバルと湯洛の往復航路が行動範囲の筈だからな」

「若しかしたら……ソロン反抗作戦の為に湯洛の備蓄を減らしたくないのかも……」

 戸高の疑問に気弱気に応えたのは立花であった、その立花を仇でも見るかの様に睨み付けている十代後半程の女性がいる、やまと航空隊の女性搭乗員で18歳の『斎藤さいとう 道子みちこ』一等飛曹である。


「だとしたら、其の事を間諜スパイかも知れない・・・・・・人間が知っているのは問題では?」

「ちょ、ちょっと斎藤さん!?」

 斎藤は明らかな敵意を纏う視線と声色を以って立花に言い放つ、その発言に慌てている気弱そうな少女は斎藤の補佐で17歳の女性搭乗員『塩谷しおや 麻美あさみ』一等飛曹である。


「いい加減にしないか斎藤、立花は家族の為に若干15歳で志願したんだぞ、家族の為に戦う者が裏切り者の筈がない、それはお前だってよく分かっている筈だろう……?」

「……っ!? ……斎藤、塩屋、哨戒任務に入る為失礼致します……」

 毛利に諭され、ばつの悪そうな表情を浮かべた後、敬礼し逃げる様に自分の機へと向かう斎藤と其れを慌てて追う塩屋、その斎藤の後ろ姿を見ながら毛利は軽くため息を付く。


「……斎藤は4月18日の本土強襲爆撃・・・・・・で母親と幼い妹を失っている、お前に対する当たりが強いのはそのせいだろう……あまり悪く思わんでやってくれ……」

「だ、大丈夫です……慣れてますから……」

 毛利の言葉に呟くような声で応える立花の表情は到底大丈夫な様には見えない、島津が慮るがその表情が晴れる事は無かった。


 毛利の言った本土強襲爆撃とは、後に『ドーリットル空襲』と呼ばれる米海軍の強襲作戦であり、空母ホーネットより発艦したB25爆撃機30機による日輪本土横断攻撃であった、港湾施設や軍事施設等への爆撃が行われたが、この時軍事施設と誤って民間の病院も爆撃され多数の民間人が犠牲となった、その中に斎藤の家族もいたのである。 


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 数時間後大和やまとは無事トーラクに到着し海防艦に先導され停泊位置へと移動している、速度が15ノットに抑えられ甲板に出る事を許された乗員達は南の島の海風を肌に受け、美しい島々と透き通る様な蒼海に目を奪われてる。


 そんな中、艦橋要員は甲板に出られない為、艦橋窓から外を見る事が許され広瀬を筆頭に窓にへばりついている。


「わぁ~♪ ここが湯洛かぁ挿絵のまんま綺麗だねぇ!!」

『確かに素晴らしいですね! 周囲を環礁に守られ点在する島々は攻略を困難とする地形、まさに天然の海洋要塞です!』

「……日和ちゃん……うん、まぁ……間違っては無いけど、綺麗な物を綺麗と感じる心も重要だよ?」

『そう……なのですか? 分かりました、私頑張ります!』

 きゃいきゃいとはしゃぐ若者達とは対照に冷ややかな表情で島を見据える正宗、それは艦長席に座す東郷も同じであった。


 周囲を飛び回る異様な数の哨戒機に魚群の如く海底に潜む潜水艦、そして何より停泊艦艇の数が異常であった、見えるだけでも戦艦紀伊と尾張を擁する第七艦隊に戦艦扶桑ふそう山城やましろ伊勢いせ日向ひゅうがを擁する第二艦隊、そして此処からは見えないが斎藤機の報告では全ての水雷戦隊を結集させたか如くの軽巡駆逐艦の展開……。


 これら全てがソロン反攻作戦が近い事が伺え、その規模がMIミッドラン作戦を超えるもので有る事は容易に想像出来た。


 故に東郷は無邪気に喜ぶ若者達を見て表情を曇らせる、これ程の規模の作戦、当然激しく厳しい戦いになるだろう、本来ならば親元にいて青春を謳歌している筈の若者達、軍人となった以上死地に向かう義務があり、向かわせる覚悟も決めている、だが其れを平然と受け入れられると言う事は全く別問題なのであった。


 そんな東郷の想いも知らず目を輝かせて燥ぐ若者達を乗せた大和は停泊位置に到着し錨を下す、其の位置は春島と夏島の中間であり、僚艦となる重巡出雲と駆逐艦島風が見える。


 着いて早々東郷は着任報告の為に護衛の正宗を伴って湯洛鎮守府の在る夏島へと向かう内火艇に乗っている、その視界には当然大和同様他の艦とは一線を画す艦容の出雲と島風が視界に入る。


「……あの巡洋艦、大和に似てますね」

「ああ、あれは重巡出雲だ、八刀神少尉の言う通り大和は出雲によく似ている、外観だけでなく内部もな……」

「……それは、つまり……」

「うむ、恐らく最初から『試製大和』として造られたのだろうな、私が出雲の艦長に選ばれた時点で大和の艦長に抜擢される事も決まっていたのだろう……だが、2隻とも艦長冥利に尽きる良いふねだ、其れについては博士に感謝しているよ」

「艦長……」

 景光の横暴を悟った正宗は眉間にしわを寄せ出雲を睨む、それを察した東郷は正宗を気遣ってか言葉を付け加えた、勿論東郷の言葉は本心である、造られた経緯がどうであれ出雲と大和が最高峰の性能を持つ軍艦で有る事は事実であるからだ。


 程無くして内火艇は夏島の桟橋に到着し東郷と正宗は『東洋の翠玉湾』と称されるトーラクの地に降り立った、日輪海軍によって整備された港は小規模で有るが一通りの設備は整っている、港の近くにはレンガ作りの湯洛鎮守府が見え、その奥には5000人規模の日本人街湯洛市(現地民にはロノアス市と呼ばれている)が存在する為この周辺だけ見れば余り日輪本土と代り映えはしない。


「お待ちしておりました艦長……いえ、東郷大佐!」

 そう言って出迎えて来た軍服の青年は出雲艦長佐藤少佐であった、その後ろには菅田大尉とその横には何故か10代前半の少女が軍服を着て立っている。


「おお! 佐藤君か、少佐になったのだったな、おめでとう! 菅田君も変わりないかね?」

「有難うございます、一日も早く東郷大佐の様な艦長になれるよう精進する毎日で在ります!」

「と言っても戦場にお呼びが掛からないから訓練漬けの毎日ですがね……」

「ははは! 軍人の職務の九割は訓練だ、腐らず精進したまえ!」

 元出雲艦長で有った東郷と佐藤達は約二年間を出雲で過ごした旧知の間柄であった、其の3人のやり取りを見てとても良好な関係であった事が伺える。


「そうだ、彼を紹介して置こう、我が艦の戦術長を任せている優秀な若者だ」

「お初にお目に掛かります、自分は戦艦大和戦術科長、八刀神 正宗少尉で在ります!」

「私は重巡洋艦出雲艦長、佐藤 武人だ以後宜しく頼む」

「その副官の菅田 将義だ、宜しくな! 」

「ハッ! 宜しく御願い致します!」

「……所で、だ……佐藤君、其方の御嬢さんは……?」

 若者達の挨拶が一通り終わったタイミングで東郷が先程から気になっていた疑問に切り込んだ、150㎝有るか無いかの身長にほんのり頬の赤い明らかにあどけなさを持つ幼い顔立ちの少女が軍服を着て海軍士官と共に立っているのである、気にならない筈が無かった。


「ああ、やっぱり気になりますよね……彼女は……」

「やっと気付いて頂けましたか!? 視界に入って無いかと不安で在りました! わた……自分は第十三艦隊第一戦隊旗下第十一水雷戦隊所属駆逐艦島風艦長代行・・・・柴村しばむら みさき海軍特尉・・・・で在ります、以後よろしくお願い致します!!」

 外見通りの高く可愛らしい声で溌溂はつらつと自己紹介をし満面の笑みを浮かべて敬礼をする其の姿は余りにも可愛らしく微笑ましい物で有ったが、東郷にとって聞き捨てならない単語を幾つか発していた。 


「……島風の……艦長代行? 海軍特尉……? 君が、かね? ……失礼だが、私には君が……その、小……あ、いや中等学校の…その、低学年に……見えるのだが……?」

 何時も冷静で威厳の有る東郷であったが、この時ばかりは歯切れ悪く言葉に詰まり言葉を選んでいた……その東郷の反応は当然であり佐藤は苦笑し菅田は乾いた笑いの後視線を逸らしている。


「御安心下さい! 多少・・身長は低いですが自分はれっきとした18歳の大人・・で在ります! そして女子海軍兵学校も首席で卒業しております故ご心配には及ばないで在ります!!」

 得意満面で両手をぱたぱたと動かし無い胸を張るその姿はどう見ても小学生にしか見えず、東郷が思わず佐藤を見ると、佐藤は肯定とばかりに神妙な面持ちで頷く。


「……そうか、其れは失礼した、僚艦として是から宜しく頼む」

「はい! 精一杯頑張るで在ります!!」

 そう溌溂と答え満面の笑みを浮かべる岬に東郷の口角も自然と上がっている、現在日輪海軍では海軍陸戦隊の増強が図られており、只でさえ不足気味の人員が更に不足していた、その為、名家の・・・新卒士官が軽艦艇の艦長代行と称した立場に着く事はそう驚く事でも無くなっていた。


 加えて海軍兵学校を首席で卒業出来たのであれば外見は関係無くその能力は期待出来ると言う事である、無論学力だけは優秀で実戦では使い物にならない者も居るが、それこそ外見等関係無い事である。


「失礼ですが柴村特尉、柴村 誠士郎をご存じでは有りませんか? 自分の兵学校の同期なのですが……」

「おおぅ! 誠士郎様で在りますか、勿論存じ上げているで在ります、ただ、わた……自分は分家の人間で在りますので余り面識は無いで在ります!」

「そうでしたか失礼致しました……」

「いえいえ、全然問題無いで在ります、寧ろ誠士郎様の御学友とお知り合いになれて光栄であります!」

 そう言って満面の笑みを浮かべる岬に正宗も自然と笑みがこぼれるのであった。


「さて、恵比寿司令は兎も角、井上司令をお待たせする訳にはいきません、そろそろ鎮守府へ向かうとしましょう」

「おお、そうだな、では行こうか」

 佐藤に促され東郷達は鎮守府へと歩みを進める、此処からだと多少距離は有るが車を使う程では無い為大抵の者は歩いて行くのが暗黙の了解で有った。


 ・

 ・

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「失礼致します、戦艦大和艦長、東郷大佐をお連れ致しました!」

 湯洛鎮守府内の司令執務室前に着いた佐藤が扉をノックし声を張り上げ返答を待つと「入れ」と返って来た為ドアを開け敬礼する。


 執務室内には執務机に座る眼光鋭い50代の男性と、小太りの温和そうな同じく50代の男性が立っていた、机に座っているのが第四艦隊提督で有りトーラク基地司令でもある『井上いのうえ 成将なりまさ』海軍中将で、小太りの男性が第十三艦隊司令の『恵比寿えびす 知良かずよし』海軍少将である。 


「失礼致します、戦艦大和艦長、東郷 創四朗只今着任致しました」

「うむ、久しぶりだな東郷大佐、息災な様で何よりだ、大和には慣れたかね?」

「はい、出雲の勝手・・が通じますので、思いの外扱い易いですな」

「うむ、大変結構、して、そちらの若者は?」

「はい、戦術長を任せている八刀神少尉です、新卒ですが、中々に皆を纏めてくれている優秀な士官です」 

 東郷が敬礼を解き正宗を紹介すると正宗は言葉は発せず敬礼のみを行う。


「ふむ、大和の人配事情は聞いている、そう言う事なら今から話す内容を聞かせても構わんな、恵比寿司令?」

「え? ええ、まぁ……そうですな……」

 井上の問い掛けに明らかに動揺する恵比寿の視線は不自然に泳ぎ、大して熱くも無いにも関わらず何度もハンカチで汗を拭っている、その恵比寿の様子に東郷の表情が厳しい物へと変わっていった。


「余り、良い話では無さそうですな……」

「ああ、日輪海軍にとっては悲願だが、貴艦隊にとっては良い話とは到底言えんな……」

「其れはつまり、ソロン反攻作戦でありますか?」

「ああ、正しくその通りだ、知っての通り先の海戦でソロン海域の制空権は完全に奪われ、ガ島に残された陸海軍の部隊は非常に厳しい状況に置かれている、救援の人員や物資を送ろうにも制空権の無い海域では低速の輸送船はことごとく撃沈される為、現在は第八艦隊の駆逐艦が夜間輸送を行っている始末だ……」

「っ!? そこまで、ですか……然し駆逐艦の積載量では……」

「うむ、大した量も重量の有る武装も送れはせん、かと言ってガ島の敵航空機を抑えられる航空兵力は今の我が軍には無い……」

「……っ!」

「……そこで軍令部からの指示を受けた連合艦隊司令部は大規模打撃艦隊による夜戦砲撃でルング飛行場の破壊、其れに伴う大規模上陸作戦を立案した、その作戦における第十三艦隊の任務は……米艦隊に対する強襲陽動、即ち囮だ……」

「っ!?」

 井上から発せられた其の言葉に東郷は眼を見開き体が硬直する、その脳裏には南の島に無邪気に燥ぐ若者達の姿が浮かび、その拳は血管が浮き上がる程握り締められていた。


 最新鋭の秘密兵器たる大和を使い捨てに等しい囮とする、その余りにも非常識で非情な作戦に東郷だけでなく岬や佐藤と正宗もまた目を見開き絶句していた……。

 

  

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