第10話:第二次ソロン海戦前編~~小沢機動艦隊、新生五航戦出撃

 1942年8月21日、早朝、トーラクから多数の日輪艦隊がソロンに向け出撃した、陸軍からの再三の要請を受け、海軍陸戦隊の増援をガ島に送る為の大規模な護衛艦隊である。


 第二艦隊第二戦隊:巡洋戦艦金剛こんごう榛名はるな比叡ひえい霧島きりしま 

 同第三戦隊:重巡利根とね筑摩ちくま 

 同第四戦隊:軽巡鬼怒きぬ以下初春型駆逐艦6隻

 第一戦隊の戦艦伊勢いせ日向ひゅうがは速度の面で本作戦から外された。


 第五艦隊第一戦隊:重巡|青葉、衣笠、加古、古鷹。 

 同第二戦隊:軽巡阿武隈あぶくま以下吹雪型駆逐艦4隻


 第九艦隊独立旗艦:重巡愛宕

 同第一戦隊:軽巡川内せんだい以下陽炎かげろう型駆逐艦4隻

 同第二戦隊:軽巡那珂なか以下陽炎かげろう型駆逐艦4隻

同第三戦隊、軽巡神通じんつう以下陽炎かげろう型駆逐艦4隻


 そして再編された日輪第三艦隊こと、小沢機動艦隊第一戦隊:空母翔鶴しょうかく瑞鶴ずいかく龍驤りゅうじょう

 同第三戦隊:軽巡北上きたがみ以下陽炎かげろう型駆逐艦6隻

 同第四戦隊、軽巡大井おおい以下陽炎かげろう型駆逐艦6隻

 第二戦隊の瑞鳳型3隻は練度不足の為、作戦から外された。


 この大艦隊を以て兵員輸送船10隻(海軍陸戦隊、約2万名が乗船)、物資輸送船20隻を護り、ガ島北西の上陸地点を目指すのである、また、ラウバルからも第八艦隊に護衛された陸軍増援部隊3万が合流予定であり、陸海軍基地航空隊も全面的に連携する事になっているかなり大規模な作戦であった。


 現在ガ島の米軍戦力は、重火器で武装した海兵隊5万、更に日輪軍から接収した資機材で『アンダーソン飛行場』を完成させ、航空機を運用している上、米機動艦隊の空母も数隻展開しており、ガ島の日輪軍は空襲と重火器の砲火に曝され、その戦力差の前に先の作戦で上陸した日輪陸軍2万は1万5千程に数を減らし、その後海軍が送り込んだ海軍陸戦隊5千名も既に半分以下にまで損耗していた。 


 日輪軍は『ルング飛行場(米軍に奪われた飛行場の日輪側の名称)』が米軍の手によって完成、運用されていた事は知っていたが、配備された航空機は精々80機程度で有ろうと考えていた、そして歩兵戦力も多くて3万程度と見積もっており、増援の兵力によって圧倒出来ると考えていたのである……。


 そして8月23日11:30天候曇り、日輪艦隊は二手に分かれ進軍する、ガ島北300キロ、マライア島北東より進軍する小沢機動艦隊とマライア島西から南下し、ツルギ、サヴァ島方面から上陸予定地点へと向かう輸送船団を護衛する、第二艦隊、第五艦隊、第九艦隊である。


 小沢機動艦隊の旗艦を務める空母瑞鶴と同一番艦翔鶴は全長320 全幅40 速力55ノット 航空機搭載機数は80機(露天駐機20機を含む)であり、速力で前主力空母4隻を5ノット上回る、最新鋭高速空母である。


「ふむ、では始めようか、目標ルング飛行場、第一次攻撃隊発艦せよ、日輪機動艦隊の力、再び連合軍の者共に刻み込むのだっ!!」

 小沢機動艦隊旗艦、空母瑞鶴より指示を飛ばすのは第三艦隊司令『小沢おざわ 与三郎よさぶろう』海軍中将である、小沢は気難しそうな小柄な50代の軍人である、その傍らには10代後半の女性を伴っていた、腰まで伸びた絹の様な黒髪を頭の後ろで束ねた凛々しいその女性は『柴村しばむら 雛菊ひなぎく』海軍少佐である。


「柴村少佐、君にとっては初陣だが緊張しているかね?」

「いえ、不思議と瀬戸内の水面みなもの如く気持ちは凪いでおります」

 その小沢の問い掛けに雛菊は、次々と飛び立つ零戦と九七艦攻を見据えながら毅然とした口調で答える。


「ふむ、流石は平京の名家、柴村家の子女だな、それに君の構築した運用法で我が艦隊の運用効率は飛躍的に向上した、南雲提督もきっとお喜びだろう……」

「そんな……! 私の案など、暗中模索された南雲閣下と小沢閣下の御尽力有ればこそです……」

「ふふふ、謙遜しなくとも良い、これからは君達若者の時代なのやも知れん、だがその為にもこの戦、勝たねばならんな……」

「はい……必ずや!」

 小沢と雛菊は飛び立った航空隊と、その先に存在するアンダーソン飛行場を鋭い眼光で見据える、小沢機動艦隊の役目はいわずもがな敵航空戦力の殲滅であるが、輸送船団から敵の目を逸らす目的も有った、つまり囮も兼ねているのである。


 日輪海軍は伊号潜からの報告で米軽空母が航空機輸送の為に往復している事は確認しており、米正規空母エンタープライズとホーネットの姿も確認していた、しかし連合艦隊司令部は今までの交戦記録から2隻の空母の艦載機は各50機程度に損耗しており、アンダーソンに展開する航空機は軽空母からの輸送で有れば80機足らずで有ろうと推測していたのである。


 対する日輪軍は、小沢艦隊の200機(正確には204機)とラウバル基地航空隊の戦闘機60機の合わせて260機であった。


 ラウバル基地には陸海航空隊合わせてまだ150機程の戦闘機が有るのだが、豪州基地航空隊の脅威を考えると、これ以上の抽出は不可能であった。


 その上ラウバル基地航空隊の60機は後発の第八艦隊と陸軍輸送船団の護衛である為、実際に米航空隊を相手取らなければいけないのは囮である小沢艦隊の200機のみであった。


 其れでも小沢提督には絶対の自信が有った、ミッドランは色々なミスと不運が重なり、精鋭の一航戦とニ航戦が殆ど飛び立つ事無く海の藻屑と消えた……。


 然し今回は違う、柴村雛菊の提案で運用効率は上がり、整備員の練度も飛躍的に向上している、慢心も無く常に警戒を厳とし、航空機部隊も一航戦とニ航戦の生き残りの一部と、三航戦の精鋭を引き抜いて再編させている。


 そのせいで瑞鳳型は練度不足に陥り留守番となってしまったが……結果として五航戦は旧一航戦に劣らない部隊に仕上がっているのである、数が同等なら負ける筈が無い、小沢提督はそう確信していた、それこそが慢心であると気付かずに……。


 連合艦隊司令部と小沢提督の見積もりは余りにも甘かった、実際の米航空戦力は、アンダーソン飛行場だけで250機は展開し、米空母もエンタープライズとホーネットに加え日輪軍が見落とした後方にレキシントンとサラトガも存在した、その上、日輪軍が損耗していると思い込んでいたエンタープライズとホーネットの艦載機も軽空母からの輸送によって補充されており、是によってガ島の米航空戦力は実に600機以上に膨れ上がっていたのである。


それを知らない五航戦と四航戦( 龍驤艦載機 )の第一次攻撃隊61機(零戦2型25機、九七式艦攻爆装隊35機、観測機1機 )は洋上で米迎撃部隊と遭遇する、F4Fワイルドキャット40機の大編隊であった。


「むっ!? あれは……野良猫(F4Fの日輪側の呼称)か?」

『ちっ! 無敵の零戦を前に真面にやり合って勝てないと踏んで数で押してきやがったか!』

『はん! 出し惜しみせずに全戦闘機の投入たぁ、コメ公は相変わらずやる事が大雑把だねぇ……第二波の事を全く考慮して無いのかぁ……?』

『なら此処で全機叩き落として後発に楽させてやりましょうや岩本隊長!』

『いや、ちょっと待て、あの後ろにも、もう一群居ないか?』

『はぁ!? 攻撃機も一緒に上がって来てるだけなんじゃねーか?』

『……迎撃部隊と一緒に攻撃機を上げる程……アメ公は馬鹿……なのか?』

「……っ!? 違う全部戦闘機だっ!! 艦攻隊は退避しろっ!! 連隊各機散開迎撃、運動性能を生かして立ち回れっ! 観測機は直ちに瑞鶴に状況を知らせっ!」

 無線から響く部下の声に日輪第一次攻撃隊の連隊長『岩本いわもと 鉄次てつじ』は眉間にしわを寄せて後方の敵機を睨んだ末に叫んだ。


 其れに対し当初困惑していた他の搭乗員達も敵との距離が近くなるにつれ表情が強張って行く。


 然もあろう、彼らの眼前には80機を超える敵機が迫ってきていたのだ、岩本は努めて冷静に状況を判断した、あれだけの大群に此方が固まっていては一網打尽にされる。


 援軍が来るまで持ち堪えるには零戦自慢の運動性能を生かすしかなかった、逃げると言う選択は有り得ない、攻撃機の運動性能では戦闘機の前に只の的である為自分達が踏み止まり守らなければならない。


 そして敵機を引き連れて帰艦などすれば母艦を危険に曝す事になる、開戦から多くの戦場を愛機で駆け廻り、多くの米軍機を落とし『撃墜王』と称された岩本は此処を最後の戦場と定め、操縦桿を親指で撫でると敵機を鋭い眼光で睨み付け鋭利な軌道を描きながら敵機に突っ込んで行った……。


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 第一次攻撃隊からの報告を受け取った瑞鶴は第二次攻撃隊発艦作業の真っ最中であった、敵戦闘機の数を聞かされた小沢は只々驚いていたが、雛菊は口に手を当て思案する仕草のまま青ざめていた。


「閣下、作戦の中止を、直ちに全軍撤退するべきです、現行の戦力では作戦遂行は不可能です!」

 思案の表情を意を決した表情に変えた雛菊は真っ直ぐ小沢を見据え進言する。


「撤退だと! 君の様な少女・・に戦いの何が分かると言うのだね!」

 そう言い放ったのは[草鹿くさか 竜之助たつのすけ]海軍大佐、南雲の副官であり、現第三艦隊参謀である、40代後半で太り気味の男性である。


「ふむ、作戦遂行が不可能と言う根拠はあるのかね?」

 小沢は草鹿を手で制し、雛菊に鋭い眼光を向ける。


「有ります、迎撃に上がって来た戦闘機が2群に分けて80機上がって来たとするならば最低でもまだ40機、最悪それ以上の数が存在するでしょう、それと同等数の攻撃機も……それに……」

「ふ、ふん、多少上回ったから何だと言うんだ、精鋭たる我が五航戦ならその程度の数の不利如何とでもなる!」

 草加が雛菊の言葉を遮り睨み付ける、すると小沢が再び草鹿を手で制し、今度は鋭い眼光を草鹿に向ける、すると草鹿は少し怯み一歩下がると直立不動になった。


「それに?」

「はい、敵部隊の展開の速さと進行方向から見るに、恐らく迎撃に上がって来たのはルング飛行場の基地航空隊と思われます、それはつまり……」

「米機動艦隊の数を合わせれば我が軍を100機以上上回る、か……」

「はい、然し其れだけで無く、基地航空隊の増大の速さから考えるに、機動艦隊の補充も行われていると思った方が良いかと……」  

「ふむ……君の話はよく分かった、確かに現時点で敵の戦力は情報とかなり食い違っている、このまま作戦を遂行するのはかなりの危険を伴うだろうな……」

「では……!」

「状況を知らせる為、トーラクへ連絡機を飛ばす、後は連合艦隊司令部の判断を待つしかない……」

「し、しかしそれではっ!」

「ああ、恐らく間に合わんだろう、だが、だからと言って本艦が無線を使えば敵に所在が即座に露呈するし、我々が勝手な判断で撤退すれば陸軍に甚大な被害が出る事になる、ならば無理でも遂行するしかあるまい、我々の任務である陽動・・をな?」

 小沢のその言葉に雛菊は押し黙る、現在各艦隊は無線封鎖をしている為、基地や別ルートの艦隊と連絡を取るには連絡機を送るしか無い。


 無論、艦隊間で連絡機を飛ばし撤退する事も可能であるが、それは海軍の失策で窮地に在る15000人の陸軍師団を見殺しにする事に他ならない、故に連合艦隊司令部の判断無くして撤退する事は許されないのである……。


「第二次攻撃隊はそのまま発艦、第三次攻撃隊は攻撃機のみを発艦させ、零戦は艦隊直援用として温存して置け、何としても敵防空網を潜り抜けルング飛行場を破壊するのだ!」

 瑞鶴艦橋内で小沢が矢継ぎ早に指示を飛ばすと飛行甲板と格納庫内は更に慌ただしくなり、作業員達は怒号に近い声で情報を伝え合い機敏に作業をこなして行く。

    

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 第三艦隊が第二次攻撃隊発艦準備をしている頃、日輪第一次攻撃隊は米迎撃部隊と激しい空戦を繰り広げていた。


 艦戦隊である岩本連隊は25対80の圧倒的不利を持ち前の操縦技術と零戦の運動性能を以て凌ぎ、艦攻隊も決死の覚悟で防空網を突破せんとしていたが、矢張り多勢に無勢の差は如何ともし難く、一機、また一機と落ちて行った……。


『だ、駄目だ隊長、ケツに着かれた、くそっ!くそぉーーーっ!! ぐぁーーっ!!』

「吉田っ! 貴様らよくもーーっ!!」

 部下を落とされた岩本は鋭利な軌道で愛機を操り、部下を落とした米軍機3機を最小限の射撃で射抜き瞬く間に撃墜する。


「増援が来るまで持ち堪えろ、1機でも多くの艦攻をルングまで往かせるんだっ!!」

『おうさ隊長、任せときな!俺たちゃ無敗の五航戦ってね!』

『どっちを見ても選り取り見取り、撃墜数稼げて嬉しいねぇ!』

 無線機から聞こえて来る部下達の軽口に口角を上げる岩本で有ったが、その鋭い眼光は敵機に向けられたままであった、岩本とその僚機は鬼気迫る軌道を描きながら次々と敵機を撃墜していく。


 九七式艦攻隊はこの時、20機程度にまでその数を減らしていたが、敵機の追撃を受けながらもアンダーソン飛行場を目視できる距離にまで到達していた。


「よし、あと少しだ、ルング飛行場さえ破壊出来れば、後は陸戦隊と陸軍が何とかしてくれる、行くぞっ、爆装投下用意っ!」

 九七式艦攻の操縦士の言葉に後部座席に座っていた搭乗員が「了解!」と応え右横に在るスイッチの蓋を開け手を掛ける、更にその後ろの搭乗員は後部機銃を構え、追撃の敵戦闘機に備えていた。


「突入角良し!」

「後方条件付きで良し!」

「行くぞっ!」

 敵基地の高射砲と敵戦闘機の機銃掃射の嵐の中、数機の味方機の機体が弾ける様に砕け錐揉みしながら落下し海面に激突する、しかし日輪軍機は怯む事無く敵滑走路を目指す、艦攻隊は僅かに右翼を下げると一気に高度を下げ滑走路に向けて突進する。


「爆装投下っ!」

 後部座席の搭乗員が叫ぶと、それを合図に操縦士が操縦桿を一気に右に倒し手前に引く、すると機体は垂直になりながらUターンを始める、刹那、滑走路上で次々と爆発が起こり、待機していた米戦闘機や車両等や人が爆風で吹き飛んでいく。


 然し、エルディウム防護板で覆われた滑走路は致命的なダメージは負っておらず、米作業員たちは冷静に消火作業に当たっていた、それを見た艦攻隊の隊長は思わず舌打ちをする。


「第一次攻撃隊、強襲に成功するも目標の破壊に至らず、再攻撃の要を認めるっ!」

 艦攻隊隊長機は瑞鶴に向けて再攻撃の要を打電する( 艦隊は無線封鎖をしているが受信は出来る )もっとも、艦隊の作戦方針としては第三次攻撃隊の出撃までは織り込み済みであり、既に第二次攻撃隊は発艦している、つまり艦攻隊からの打電はあくまで『状況報告』であり、『攻撃要請』では無い。

 

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「第一次攻撃隊より入電、滑走路は健在、再攻撃の要有り、との事です!」

 瑞鶴の通信兵より先程の打電の報告が上がる、瑞鶴の艦長が小沢を見るが、小沢は表情を変えず僅かに頷く。


「直援機より入電、本艦隊より南東90キロ地点で敵哨戒機を確認、撃墜したとの報告が有りました!」

「ふむ、撃墜したのだろう? なら問題無い……」

「いえ、寧ろある程度絞られてしまったかも知れません……」

 通信兵の報告をあまり重要視していない瑞鶴の艦長に対し柴村雛菊は眉を顰めて言葉を漏らす。


「ふむ、まぁ、どの道時間の問題だろう、敵の指揮官が無能で無ければな……第三次攻撃隊の発艦を急がせたまえ……」

 小沢は手を後ろに組み飛行甲板を眺めながら静かに指示を出すと瑞鶴の艦長はそれに敬礼で応え各部署に通達を出す。


 そして数十分後、雛菊の不安は的中してしまった、第三次攻撃隊の発艦完了直後、対空電探に大規模な敵航空機の反応が映し出され、直援機からも南東方面から敵編隊が小沢艦隊に向けて進行中との報告を受ける……。


「直援機より入電、敵の数は……っ!? す、推定180機ですっ!!」

「ひゃ、180機だとぅっ!?」

 通信兵の報告に裏返った素っ頓狂な声を張り上げたのは草鹿であったが、小沢と雛菊も目を見開いて驚いている。


「我が軍の攻撃を受けているルングから180機もの発進は出来無い筈、だとしたら米機動艦隊の艦載機……? しかし、180機だと全艦載機を一度に出撃させた事になる……そんなの時間的にも戦術的にも有り得ない……だとすると……っ!?」

「ふむ……恐らく敵機動部隊の空母は2隻では無かったと言う事か、ここまでだな、全艦、防空陣形を保ったまま取り舵反転せよ!! 現時刻を以て無線封鎖を解除する、連合艦隊司令部及び各艦隊に状況を知らせっ! 直援機全機発艦急げっ!!」 

 自身の推測に段々と表情が青ざめていく雛菊、その雛菊の言葉を肯定する様に言葉を続ける小沢は意を決した様に指示を飛ばす。


 日輪第三艦隊は隊列を崩す事無くその場で反転を開始するが、その最中、敵機が襲来し、飛び立って往った九七艦攻隊には目もくれず一直線に第三艦隊に向かって来ると直援機である零戦と交戦に入る。


 しかしこの時上空に展開していた零戦は僅か12機で有り、待機していた零戦を全機上げても25機であった、対する米海軍のF4Fワイルドキャットは80機以上存在し、その圧倒的な物量で日輪第三艦隊に襲い掛かって来たのである。


 そして其の遥か後方、米機動艦隊の飛行甲板上では残り半分、180機の第二次攻撃隊の発艦準備が着々と進められていた……。


 空母を護り輪陣形で展開していた日輪水雷戦隊は一斉に機銃や対空砲を射撃し弾幕を展開する。


 この世界の機銃や対空砲の弾速や射程、旋回速度は我々の世界のこの時代の物とは比べ物にならないが、それでも最大時速800キロ近い速度で飛翔するこの世界の航空機を狙って撃ち落とす事は人間の動体視力では中々難しい物が有る。


 その為、対空掃射は下手に狙うのでは無く、万遍なく弾幕を展開する事で対応しているのである。


 然し米軍機は果敢に弾幕を掻い潜り次々と爆弾や魚雷を投下していく、とは言えその命中率は日輪航空隊に比べ、お世辞にも高いとは言えなかった。


 それは米航空隊の練度の低さも有るが第三艦隊の防空統制が非常に優れているからでも有った。


 然し其れでも物量で押されれば限界はある、米軍機は護衛の軽巡や駆逐艦には目もくれず、執拗に空母だけを狙っていた。


 最初に被弾したのは瑞鶴と翔鶴の後方にいた龍驤であった、龍驤は右舷後方に魚雷を一発受け速度が落ち艦隊から脱落していく。


 それを見逃す米軍機では無く禿鷹の如く龍驤に群がり、爆弾3発が飛行甲板中央と後部に被弾、大破炎上した所に更に右舷中央に魚雷を2発受け、その爆圧で右側舷の装甲板と側舷機銃が宙を舞い海面に落ちる。


 この攻撃で龍驤は右に30度傾き、機関が停止し完全に沈黙、内部の弾薬庫に引火し大爆発を起こすと、やがて艦体が中央から二つに折れ海中に没して行った……。


 この時、零戦8機、九七艦攻12機にまで損耗した第一次攻撃隊が帰還して来る、しかし艦戦隊は弾を使い果たし、内3機は被弾していた、艦攻隊も6機が被弾していたが、米攻撃機に対して後部機銃で果敢に応戦を始めている。


「艦長、第一次攻撃隊が着艦許可を求めています!」

「この状況でかっ!? 無理だっ!!」

「し、しかし、艦戦隊は弾を使い果たし、艦攻隊は動力が持ちません……っ!!」

「……くっ止むを得ん、艦攻隊は翔鶴へ、艦戦隊は本艦が受け入れる、各自着艦作業急がせろっ!!」

 着艦を求める航空戦隊に対して瑞鶴の艦長が難色を示したのは当然であった、戦闘中の空母は回避行動を取る為に真っ直ぐ進む事は出来ない、只でさえ着艦は非常に神経を使う繊細な作業であり、敵機の攻撃に曝され動き回る空母に着艦すると言うのは正気の沙汰では無いのである。


 然しそれでも只動力切れを待って墜落するよりは遥かにマシである、翔鶴と瑞鶴の飛行甲板上では砲火飛び交う中、作業員と機体の牽引や重量物の運搬などを行う全高3程の小型作業モービル[鉄人]が待機し、航空隊を迎える準備を行っていた。


「よーし、来るぞっ! 着艦した無傷の機体は速やかに所定の位置へ移動し動力と弾薬を補充しろ、損傷機は移動後放置して良い、事は一刻を争う、各自いつも通りの事を速やかに行えっ!!」

 整備班長が部下に的確な指示を出すと一機目の零戦がふら付きながら高度を下げず瑞鶴に迫って来る、損傷した3機の内の一機であり、岩本以下無傷の5機は弾切れを悟られない様に敵機をけん制していた。


 損傷した零戦はふら付きながらも進路を合わせ、着艦フックと車輪を出し、甲板に激突したと思える程の乱暴な着艦で蛇行しながらも3本目の着艦ワイヤーを捉え停止する、[鉄人]と数人の作業員が即座に近づき、速やかに機体を右舷端艦橋前に移動させ、次の機体の着艦準備を整える。


 しかし2機目の損傷機が着艦した瞬間、瑞鶴が魚雷に対する回避行動をとった為、着艦途中の機体は飛行甲板から放り出され、力無く海面に激突する……。


 その後の4機は瑞鶴が必死に進路を維持した為、何とか着艦に成功したものの、7機目が着艦寸前で敵戦闘機の攻撃を受け被弾し、飛行甲板に激突し大破してしまう、大破した機体は飛行甲板左舷後方で無残な姿を晒していた……。


「こちら岩本だ、時間が無い、そのまま着艦するっ!」

 言うが早いか岩本機は高度を下げ1/3が大破機で遮られた飛行甲板に向けて進路を取る、敵機の攻撃が何度か機体を掠めるが友軍機の援護でそれを躱し、瑞鶴の飛行甲板と無残な残骸と化した僚機が迫って来る。


 岩本は機敏な動作で機体を制御し車輪と着艦フックを出すと機体を力強く飛行甲板に叩きつける、しかし岩本機は1本目と2本目の着艦ワイヤーには掛からなかった、いや掛けなかったのだ、一本目では艦が動けば大破機に突っ込む可能性が、2本目は大破機の下に在り、それに掛かれば反動で大破機が作業員を傷付ける可能性が有った、故に岩本は最初から全ての神経を3本目のワイヤーに絞ったのである。


 そして傍から見れば難無く、岩本からすれば全神経を集中させた着艦が無事完了する、最後の機体である岩本機はその場で補給と整備を受け、先に補給を済ませていた僚機は既に射出カタパルトに移動を開始していた。


 一時の休憩をとる岩本の視界には同じく艦攻隊の収容を終えたであろう翔鶴の姿が入っていた、敵の数はまだ多いが自分達と艦攻隊が迎撃に加われば海域離脱も不可能では無い。


 その為にも一刻も早く空に上がらねば成らない、そう空へと視界を移した瞬間、轟音が響き渡る、その音の先に視界を落とすと、先程まで無傷で有った筈の翔鶴が爆炎に包まれていた、その周囲に舞い上がり散らばるのは、無残に爆散した九七艦攻の破片、先程まで共に視線を超えて来た戦友達であった……。


 岩本はその光景に言葉を失い絶句するが、やがてわなわなと唇と震わせ拳を握りしめると、全ての砲声と爆音をかき消すが如く咆哮するのであった……。  






   ~~登場兵器解説~~



◆航空母艦翔鶴しょうかく型:全長320 全幅40 速力55ノット 


 両舷装甲10mm~30mm(最大厚防御区画50%) 水線下装甲無し 飛行甲板装甲10mm~70mm  

    

 艦載機数60機+露店駐機20機 


 兵装 12㎝連装高角砲4基 35mm三連装機銃22基


 装備 航空機用エレベーター2基  九七式油圧カタパルト2基


 主機関 ロ号艦本九七式蒼燐蓄力炉 6基


 概要:大日輪帝国艦政本部肝煎りの最新鋭航空母艦、従来の主力空母を速度面で圧倒し航空機運用能力を向上させる事に成功する、反面艦橋を最小限の大きさにした為、艦隊旗艦としての能力は低く、その役目を前々級の赤城に据え置く形となった、本来の建造計画では本級を8隻建造する予定であったが、『大和計画』に割り込まれた結果2隻に留まった経緯を持つ。




◆航空母艦龍驤りゅうじょう:全長300 全幅38 速力50ノット 


 両舷装甲10mm~25mm(最大厚防御区画50%) 水線下装甲無し 甲板装甲10mm~30mm  

    

 艦載機数30機+露店駐機14機 


 兵装 12㎝連装高角砲4基 35mm三連装機銃18基


 装備 航空機用エレベーター2基  八九式油圧カタパルト2基


 主機関 ロ号艦本八九式蒼燐蓄力炉 6基


 概要:ワシントン条約下の制限枠外の航空母艦を、と言う日輪海軍の要望で建造された中型の航空母艦、それが龍驤である、その為色々詰め込み過ぎた結果、復元性や運用性に難の在る艦となってしまい、様々な回収がなされたが結局問題の根本的な解決には至らなかった。



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