第8話:第一次ソロン海戦後編~~ゆきかぜ孤軍奮闘

 第八艦隊が水偵の援護のもと一方的な攻勢に出ていた頃、米艦隊の照明弾によってその姿を曝された日輪第九第一戦隊は魚雷を発射した後、退避行動の為に第七戦速(55ノット)全艦取り舵45度が戦隊指令より指示され、第九第一戦隊各艦は訓練通りの一糸乱れぬ艦隊運動を見せた。


 しかし所属艦隊の異なる軽巡夕張はこの動きに付いていけず、艦隊運動中であった駆逐艦谷風と衝突しそうになった、これに慌てた谷風は面舵を切ってしまった為に今度は雪風と衝突しそうになった。


「う、うわぁああっ! ぶ、ぶつかるっ! お、面舵、面舵いっぱぁーいっ!」

「いやいや、艦長は僕だから! 面舵は駄目、取り舵いっぱい急いで!!」

 慌てふためき叫ぶ山田を制する様に声を被せるたいら、彼の判断によって将棋倒しによる隊列の総崩れと言う最悪の事態は免れたものの雪風は隊列から大きく離れてしまう事になる。


 取り舵によって味方艦隊と真逆の進路に入ってしまった雪風の左舷を高速で谷風がすり抜ける、刹那谷風たにかぜの艦長とたいらは目が合った、申し訳なさそうな表情の谷風の艦長にたいらが眠たそうな表情で手を振ると谷風の艦長は雪風に向かって敬礼する。


 その谷風の後ろを夕張が追う形となっていた、雪風はそのまま艦隊の最後尾に戻るべく取り舵で転舵していたが、其処に大きな水柱が何本も立ち初め雪風の進路を塞ぐ。


「ちょっとぉ、あの水柱の大きさ、明らかに50㎝以上の火砲が混ざってるよねぇ? 我が軍の偵察情報はホント当てに出来無いなぁ……」

「50㎝以上の火砲……せ、戦艦って事ですか?」

「に、にげ……あ、いや、転身しましょう艦長!!」

 呆れ顔のたいら、不安げな子星、焦る山田、それらの全てを吹き飛ばしたのは超至近弾の水飛沫と衝撃であった、雪風は砲弾から逃れるべく止む無く面舵を取らざる得なくなり艦隊からは大きく離れてしまう。


 米艦隊は日輪艦隊の進行方向を読み照明弾を撃ち込むと執拗に砲撃を浴びせていた、日輪艦隊は煙幕と回避行動でなんとか被弾を避けるが、このままでは戦没艦が出るのも時間の問題と思われた。


「よし、このまま敵の裏側からこっそり逃げよう!」

 たいらが思い付いた様にポンっと左の掌を右拳で叩く。


「に、にげっ!? せ、せめて転身と……」

「はいはい、いいから~いいから~そのまま進路を東にとって~敵から離れたら北に向かおう~」

 たいらが山田を制し眠そうな顔のまま右拳を高々と上げると、艦橋員達も呆気にとられたまま「お、お~」と返した、しかし次の瞬間、雪風の左斜め前方距離2000メートルに米重巡洋艦が現れ、砲塔を旋回させ雪風に照準を合わせる。


「あ、終わった……」

 そうたいらが引きつりながら呟いた、この至近距離で重巡洋艦に狙われたら成す術は無い、この世界の重巡の28㎝砲の弾速は秒速900メートル近いからである、雪風の艦橋員達も死を覚悟した次の瞬間、米重巡から3本の大きな水柱と爆炎が上がり、それが収まる頃には米重巡の姿は何処にも無かった。


「……あれ? 若しかして、さっき撃った魚雷が、当たった?」

「そ、その様ですね……」

「よし、この幸運を生かしてさっさと暗闇に逃げ込もう! 進路そのまま、最大戦速~~!!」

 そう言ってたいらが進行方向を指し示しながら言うと、今度は艦橋員達も戸惑う事無く「おーっ!!」と応えた、しかし、少し進んだ暗闇の先でまた問題が発生する。


「か、艦長、本艦左舷10時方向距離2800メートルに艦影有り、数は巡洋艦1、駆逐艦2です!!」

 その通信兵の叫びと同時にたいらと山田が双眼鏡片手に艦橋窓にへばり付く。


「また敵さんかぁ、この距離じゃ向こうもこっちに気付いてるねぇ……」

「う、撃たれる前に此方から魚雷攻撃を……」

「その後袋叩きだねぇ、試して靖国の軍神になってみる?」

「……」

 たいらの言葉に息を呑む山田、靖国の軍神とは死して祖国の守り神となる事を意味するからである。 


「……後部三番主砲、7時方向に向けて射撃を開始して」

「7時方向って……っ!? 艦長、友軍を撃つ気ですかっ!」

 たいらの発言に詰め寄って抗議するのは事態を静観していた子星である。


「まさかぁ、この距離からその方向に撃っても味方に当たったりしないよ、だってその方向ってさっき僕らが居た位置だよ? 味方もとっくに移動してるでしょ?」

 そのたいらの言葉に小星は押し黙り、たいらの指示通り雪風の後部三番主砲が後方に向けて射撃を開始する、すると米艦隊は雪風を退避行動中の友軍と勘違いしたのか、特に警戒する様子も無く素通りして行ったのであった。


 その後、雪風は米艦隊の背後に回る事に成功し執拗に日輪艦隊に砲撃する米戦艦を左舷9時方向、距離3200メートルで確認する、それはサウスダコタ級2番艦、戦艦インディアナであった、全長320メートル、全幅46メートル、58㎝45口径三連装砲を3基、15㎝汎用連装砲を片舷4基(計8基)搭載し、最大速力は50ノット、側舷600mm複合装甲コンポジットアーマーを備える米海軍の新鋭戦艦で在った。


「……べ、米海軍もあんな新型戦艦を建造していたとは……」

「……それじゃあ、魚雷の残り4本、ここで使っちゃおう、速力第三戦速(35ノット)左舷ひだりげん、雷撃戦用意。 ……後、煙幕の準備もしといてね~」

「……っ!? か、艦長、お言葉ですが、我々は今単艦孤立しております……武勲も確かに大事ですが、こ、ここは……やり過ごした方が良いのでは……?」

 双眼鏡を覗きながら飄々と戦闘準備を指示するたいらに引きつった笑顔で進言する山田、そんな山田を一瞥するでも無く、たいらは双眼鏡を覗きながら言葉を発する。


「僕も出来ればそうしたいけどさぁ、あんなのほっといたら味方がどんどん沈められちゃうよ? 後多分、こっちの居場所もバレてるねぇ、向こうにも能力の高い見張り員がいるのか、それとも、性能の良い電探レーダーでもあるのかなぁ?」

「か、艦長、敵戦艦からと思われる電文が此方にっ! 内容の解読は不可能ですっ!」

 たいらの呟きが終わると同時に通信兵が叫ぶ、艦橋内にひりついた空気が漂うが、たいら双眼鏡を見ながら飄々と言葉を発する。


「んじゃ、方位0,2,2、魚雷管5番、6番発射、煙幕も展開しちゃって」

 たいらの指示で雪風から2本の魚雷が発射され、同時に煙幕を展開する、それと時を同じくして米戦艦の副砲から照明弾が放たれ、雪風の姿を照らし出す、すると米戦艦の副砲群は無機質な駆動音と共に砲身を雪風に向けると一斉に射撃を開始し、刹那雪風ゆきかぜの周囲に幾つもの水柱が上がる。

 

 雪風は自艦の展開した煙幕に紛れ米戦艦の砲撃を躱し暗闇に紛れようとするが、米戦艦の射撃は執拗に雪風を追いかけてくる。


「しつこいなぁ、これってやっぱり、敵さん良い電探レーダーを持ってるみたいだねぇ……」

「そんなっ!? ぎょ、魚雷はっ!? 魚雷はどうなった? まだ当たらないのか!?」

 眠た気に飄々と呟くたいらと慌てふためき通信兵と電探兵に詰め寄る山田、その様子を遠目に見ている子星の視線はやがてたいらに向けられる。


 その表情には困惑が見て取れた、ひめゆり出陣の他の多くの女性兵とは違い女子兵学校出の子星が雪風に配属されたのはたいらと同時期の6月上旬であった、その時から今日に至るまで子星のたいらに対する評価は『底辺の軍人、最低の男』と言うもので有った、それは配属時にたいらが子星に行った軟派まがいの行為や輸送任務中の数々の無責任且つ上級士官らしからぬ言動と行動を見てきた結果であった。


 しかし今、子星の中でその評価が揺らいでいた、最低の軍人と評したその男は正確に艦を操艦し、適正に判断を下している、子星の中のたいらはもっと醜く慌てふためいている筈であった、丁度今の山田の様に……。


「慌てない慌てない、敵さんの動きは僕の予想通り、って事はそろそろ……」

 双眼鏡を覗きながら、たいらが呟くと米戦艦右舷に大きな水柱が上がる、艦橋内に歓声が上がり、米戦艦からの砲撃が緩くなる。


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「《くそっガッデム!! ジャップ(日輪の英名、ジャパニアの蔑称)の分際で此方の動きを読んだというのかっ!? ダメコンはどうなっている? 被害状況を知らせろ!》」

 被雷し大騒ぎとなった戦艦インディアナの艦橋で叫ぶ50代の軍人は、米第四護衛艦隊司令官『ジェイソン・B・オルデンドルフ』海軍少将である。


「《魚雷は右舷第三区画と第十二区画に被雷、第三区画への被雷で2番主砲が停止、第十二区画への被雷でフォトンドライブの出力が20%ダウンしました、その影響でレーダーに影響が出た為、一時的に敵艦をロスト、現在は捕捉中です!》」

「《捕捉しているなら何故撃たんのだ!! 巡洋艦と駆逐艦も呼び戻せ!!》」 

「《し、しかしそれでは日輪艦隊を逃してしまい、輸送船団に危険が……》」

「《馬鹿か貴様はっ!! 忌々しくも今窮地に陥っているのは本艦なのだ、ツルギ方面に逃げたジャップ共はキャラハン艦隊に任せればよい!》」

「《提督、そのキャラハン艦隊より救援要請が……!》」

「《何だとホワッツ!? 重巡洋艦8隻からなるキャラハン艦隊が押されていると言うのかっ! ……まずは目障りなネズミを片付ける、救援はそれからだとキャラハンに伝えておけっ!! レーダーと主砲のデータリンクの構築はまだ終わらんのか!?》」

「《乱反射の影響で難航していたみたいですが、8キロ圏内で有れば使用可能との事です!》」

「《よーし、主砲旋回、レーダーリンク開始! 極東の蛮族共め、近代戦艦の戦術と言うものを見せてくれるっ!!》」

 そう言い放つとオルデンドルフは帽子を被り直し、その鋭い眼光を暗闇の先に潜んでいるであろうネズミゆきかぜに向ける。


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「艦長、本艦5時方向より敵巡洋艦乃至ないし駆逐艦と思しき小型の艦影が3、急速接近中です!」

「まぁ、そうなるよねぇ、んじゃ、帰り掛けの駄賃って事で、方位3.3.7魚雷管7番、8番、発射……」

  たいらが双眼鏡を覗きながら飄々と指示を出すと、雪風の魚雷発射管から最後の二本が発射された、その時たいらがハッと息を呑む。


「緊急回避取り舵っ! 急いでっ!!」

  たいらがそう叫ぶが早いか雪風の操舵員は機敏に反応し、舵と『側面推進機』をフル稼働させて左へ急速に転舵する、艦が軋み右に大きく傾いた次の瞬間、雪風の二番主砲の天板に何かが掠った音と共に雪風の右舷至近距離に凄まじい水柱が数本上がる、インディアナの58㎝砲弾であった。

 

「この暗闇で照明弾も使わずに初弾で当てて来た……っ!?」

「敵増援、更に接近中!」

「か、かかか艦長、ど、どどど如何するのです? な、ななな何か手があるんですよね? ね?」

「山田君、ちょっと黙って! 面舵いっぱい、最大戦速!」

 たいらは慌てふためく山田を押しのけ艦長席に着くと細かく操艦指示を出す、雪風はまるで敵の砲撃が見えているかの如く着弾寸前で進路を変え砲撃を躱している。


 その神掛かった回避は全てたいらの細かい指示によるものである、それを可能としているのは主砲口径から大まかに算出した装填速度と射撃タイミングを予測する理論値と、であった、然しそれは運否天賦と言う意味では無く、たいらの天性の資質と言うべきもので有り、『超感覚』と呼んで差支えないレベルであった。



 必死に逃げる雪風であったが、攻勢に出ている米戦艦インディアナもまた必死であった、戦艦にとって至近距離の駆逐艦は天敵であるからだ、最新鋭のインディアナであっても距離数キロでの単艦戦闘は考慮されていない、そもそも本来は護衛の巡洋艦や駆逐艦が存在する筈であったが、防衛網を潜り抜けられるとは思っておらず攻勢陣形を取り背後を手薄にした事が裏目に出てしまったのである。


「《くそっシット! レーダー射撃を使っているのだぞ、何故仕留められん!? ジャップの駆逐艦一隻に何を手こずっているのだ!》」

「《て、敵艦の動きが不規則な上に此方の攻撃を予測している様で……主砲2基では捉える事が困難だと……》」

「《……っ! ええいっ! 技術仕官! 副砲はレーダー射撃を使えんのか!?》」

「《……残念ながら本艦にはまだ未実装です、現在訓練中の5番艦・・・6番艦・・・には実装されているのですが……》」

「《ふざけるな!! 必要なのは今っ! 本艦にだっ!! ……忌々しいジャップ共をレーダー射撃で確実に仕留めたかったが……止むを得ん、副砲、照明弾放てっ!》」

 思い通りに行かない苛立ちを隠し切れず拳で椅子を叩くオルデンドルフ、そこに三番主砲の射撃角度が厳しくなったと報告を受けたオルデンドルフは射撃角度を取り戻す為に取り舵を命じた。


 それは対駆逐艦戦では尤も危険な行為であるが、2番主砲が使えない為、前方火力は半減している、レーダー射撃での戦果を諦め切れなかったオルデンドルフは3番主砲の火力維持を優先させたのである。


 そして射撃角度を取り戻したインディアナの3番主砲が再びレーダー上の日輪駆逐艦を捉えたその時、凄まじい轟音と共に巨大な水柱が2本インディアナの右舷から上がる。


「《くそったれっフ〇ック!! またかっ!! 被害状況知らせっ! ダメコンはどうなっている!?》」

「《右舷第八区画と第十六区画に被雷っ!! 第三、第四機関室に浸水、ドライブ出力40%にまで低下っ! 傾斜により砲撃不能っ!!》」

「《……ちぃっ! ……ここまでか、敵駆逐艦ジャップの追撃は巡洋艦に任せる、傾斜復旧を急げっ!! ……やってくれたな糞日輪フ〇ッキンジャップ……っ! この借り・・は必ず返す、必ずだっ!!》」

 傾斜する艦橋内で声を絞り出す様に叫び、漆黒の海を睨み付けるオルデンドルフの瞳には強い怒りと憎悪が見て取れた……。



「敵戦艦、完全に沈黙!」

 その通信兵の言葉に雪風の艦橋内で歓声が上がる、至近距離で戦艦と交戦する事は駆逐艦にとっては好機であり絶体絶命の窮地でも有ったからだ、実際たいらの操艦する雪風で無ければ最初の雷撃の後、撃沈されていた可能性が極めて高かったと思われる。


「んじゃ、とっとと照明弾の範囲からとんずら・・・・しよぉ~~」

「と、とんずら……せめて……離脱と……」

 たいらの気の抜けた言葉に突っ込みを入れる山田で有ったが、最初の勢いは全く無くなっていた、然もあろう無能と思っていたたいらの資質を目の当たりにし、逆に自身の無能ぶりを曝してしまったのである……。 


 その時、雪風の周囲に数本の水柱が上がる、米軽巡洋艦と駆逐艦からの発砲であった、米戦艦から離れつつあった雪風だが、回避行動をとっていた為、米軽巡艦隊に追いつかれてしまった様である。


「一難去ってまた一難? ホントいい加減にして欲しいよねぇ……全速離脱、煙幕展開、艦尾砲応戦、当てなくていいから兎に角撃ってけん制しといて~」

「艦長! 敵巡洋艦から探照灯照射を受けています!」

「だ、蛇行していては逃げ切れません、全速力で真っ直ぐ逃げましょう!」 

「うーん、この近距離で馬鹿正直に真っ直ぐ進んだら直撃受けちゃうよねぇ……煙幕は残ってる?」

「いえ、今ので使い切ってー-」

 たいらの問い掛けに子星が答えた次の瞬間、雪風の魚雷防護甲板が吹き飛び、魚雷発射管が宙を舞う、雪風は大破した甲板や魚雷管の部品を撒き散らしながら蛇行し三番主砲で応戦しながら逃げ続けるが、米艦隊は一定の距離を保ちながら執拗に攻撃を繰り返して来る。


「魚雷防護甲板に直撃弾っ!! 表層甲板貫通っ!! 後部魚雷発射管大破っ!!」

「第六区画にて火災発生っ!」

「……っ! 負傷者の救出を優先しつつ消火を、当該区画から人員の避難を確認後、第六区画を放棄、隔壁を完全閉鎖して!」

 たいらは矢継ぎ早に指示を出しつつ次の一手を脳内で張り巡らせていた、敵の攻撃を避けながら逃げていたのでは敵との距離は引き離せない、かと言って真っ直ぐ進めば良い的になるだけである。


 ならば反転して砲撃戦で軽巡を含む3隻の敵艦を撃沈する他無い、そうたいらが結論付け指示を出そうとした時であった、突如スコールが降り注ぎ始め、瞬く間に両軍から視界を奪っていったのである。


「これは……!?」

「おお~、天は僕等を見捨て無かった様だねぇ、よぉ~し今が好機、両舷全速いっぱぁ~~いっ!!」

 たいらがその人差し指をズビシっっと正面に向けて指し叫ぶと操舵員の青年は歯をむき出しにして口角を上げるとスロットルを思い切り前に倒し切る。


 すると雪風の機関駆動音と振動が跳ね上がり噴射ノズルの光量が増す、雪風の速力計は70ノットを指し示し豪雨の降り注ぐ漆黒の海原を爆走し米艦隊をあっという間に引き離すのであった。

 

 たいらが発した『全速一杯』とは、最大戦速の上、つまり艦の限界一杯の速度を出す、と言う意味である、当然燃費は垂れ流し状態で最悪であり、長時間使用すると推進機が破損したりする危険リスクの有る最後の手段である、当然運動性能は著しく低下する為、今回の様な状況下では軽々しく使える機能では無い。


 とまれ、絶体絶命の激戦を何とか生き残った雪風は事前に指定されていた合流地点に向かって進路を取り、たいらの計らいで艦内至る所でラムネが振る舞われ奇跡的生還に喜んでいた。


 魚雷管への直弾では負傷者は多数出たものの、奇跡的に死者は出なかった、魚雷を撃ち尽くした後兵員を退避させていた事が功を奏したのであった、この時、時刻は00:08、日付は変わっていた。



 明けて8月9日雪風を除く『殴り込み艦隊』は予定地点で合流し九八式水偵を回収した後、サヴァ島北から北西に進路を取りラウバル泊地に向けて航行中であった、本海戦における戦果を第八艦隊司令部は『重巡12隻撃沈、軽巡8隻撃沈、駆逐艦12隻撃沈』と認識していたが実際は『重巡9撃沈、1大破 軽巡6撃沈 駆逐艦9撃沈 戦艦1大破』で有った。


 対して此方の被害は『重巡摩耶中破(三番主砲塔大破) 軽巡夕張中破 駆逐艦谷風小破 駆逐艦雪風喪失(誤認、実際は生存中破)』であり、海戦自体は圧倒的勝利と言って差支えない内容であった。


 しかし肝心の敵輸送船は無傷である為、艦隊内で再攻撃か撤収かで意見が分かれたが、神重大佐が航空支援が無い上に米機動艦隊も健在である事を理由に撤収を強く推奨し、三川中将もそれに賛同した為再攻撃は行われず、後は昨晩上陸した2万の陸軍部隊に任せると言う結論に至ったのであった。



「艦長、前方4500メートルに艦影確認、数と規模から我が軍の艦隊と思われます!」

「おおっ! ようやく追いついたか、早く我が・・雪風の武勲を閣下三川中将に報告せねばっ!」

「……」

 鼻息荒く息巻く山田、それを冷ややかな目で見る子星、その目は戦闘前にたいらに向けていたあの眼差しである……。


「ふぁ~あ……流石に此処まで来れば大丈夫でしょ、まぁでもさっき沈めた・・・・・・潜水艦みたいなのがまだ居ないとも限らないからね、対空対潜警戒は厳のままでよろしく~」

 そう言って眠そうに大欠伸をかましたたいらは後ろ手に腕と足を組み弛緩しきった顔で目を閉じる。


「もう、艦長、寝るなら私室に行って寝て下さい!」

「あ~そうだねぇ、じゃあ、いこっか?」

 そう言ってのそっと艦長席から立ち上がったたいらは子星の肩に手を回し連れて行こうとする……。


「なっ!? なななな……」

「ん~? なな~? 7がどうしたの百合さん?♪」

「何するのよ、この変態ぃーーーーっ!!」

「ぶへらぁ~~~~!!」

 子星の黄色い叫びと共に炸裂する張り手は見事にたいらの左頬に直撃しそのままもんどり打って床に倒れる……。


「はぁはぁ……やっぱり貴方は、最低の底辺艦長よぉーーーーーーっ!!」

 日が昇りつつある暁の大海原に子星の叫びが響き渡り、艦橋員達の溜息をかき消すのだった……。






   ~~登場兵器解説~~



◆戦艦[インディアナ]

 全長320メートル 全幅46メートル 速力50ノット 180度主砲旋回速度25秒

 

 両舷装甲:100mm~600mmCA(最大厚防御区画74%)

 水平装甲:50mm~300mmCA(最大厚防御区画75%)

 水線下装甲:10mm~120mmCA(最大厚防御区画46%)


 兵装:58㎝45口径三連装砲3基(前部2基 後部1基) 15㎝汎用連装砲8基 30mm三連装速射機関砲30基 


 主機関:フォスター式フォトンエンジンMk-IV6基


 概要:コメリア合衆国が対日輪新鋭戦艦(紀伊型戦艦)として建造した[サウスダコタ]級戦艦の2番艦、夜間でも有視界と同等の砲命中を得られる『レーダーリンク射撃装置』を搭載する最新鋭戦艦で在るが、フォトンウェーブの乱反射の影響を強く受けてしまう点や副砲にはデータリンクが適用されていない等、課題も抱えている、尚、この世界には『ノースカロライナ』級は存在せず(設計段階で欠陥が露呈しサウスダコタ級に一新された)本級5番艦が『ワシントン』、6番艦が『ノースカロライナ』となっている。 



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