飼い猫と野良猫-2-
降り続く雨を眺めながら、白い野良猫は野良猫とはどのような生き物なのか思案していた。しかし、自分以外の猫をよく知らない白い野良猫は、一体野良猫がどのような生き物なのか全く分からないのである。飼い猫は、ニャーと鳴けばご飯が出てくる。広い外の世界を駆けまわることは出来ないが、好きな時に陽の光を浴び、眠気が体を包めば眠り、寒いと思えば飼い主の温もりを得ることが出来る。しかし、野良猫に飼い主などいないのだ。飼い主がいないということが一体どういうことなのか、白い野良猫は良く分からなかった。
「野良猫は、どのように生きているのですか?」
その問いかけに、今度は黒い野良猫が思案する。俺は、一体これまでどのように生きて来たのだろうかと、過去を振り返り始めるが、思い出すのはどれも薄汚れた日々ばかりで、この白く美しい野良猫に、その薄汚れた日々をどのように説明すればよいのか分からなかった。
朝日が昇り切った頃に目を覚まし、どこへ行くわけでもなく歩き、訳もなく空を見上げては鳴き、腹が減れば食べる物を探しに出かけ、漁り、そうしてまた当てもなく歩んできた黒い野良猫は、常に独りであった。それだけは確かであると、黒い野良猫は思った。寂しさと共に歩んできたのである。
「寝て、起きて、食べて、そうしてまた寝る。そうやって、生きることだけを考えて生きて来た。俺はずっと独りであったから、自分のことを誰かに話したことがない。だから、上手く説明することが出来なくてすまない」
「いいえ、なら、私とあなたは似た者同士なのかもしれません。私も、寝て、起きて、食べて、寝て生きてきましたから」
黒い野良猫は、白い野良猫と同じように降り続けている雨を土管の中から眺める。白い野良猫は、そんな黒い野良猫の横顔を盗み見る。その、余りにも物寂しい黒い野良猫の深い緑色をした瞳には、灰色の雲が映り込んでいた。
「こんな世界のどこに憧れを抱いていたんだ?」
「外の世界を駆けたかったのです」
「駆けるのが好きなのか?」
「はい。きっとそうなのだと思います」
「そうか。なら、お前の言う通り俺達は似た者同士なのかもしれない。俺も外を駆けるのが好きで、足が速いのが自慢なんだ」
白い野良猫も、黒い野良猫も、背中に心地の良いむず痒しさを感じ、にゃあと柔らかく鳴く。似た者同士だと思える相手とこうして雨宿りをするのは、白い野良猫はもちろんのこと、黒い野良猫も初めてのことであった。野良猫のいる土管を叩く冷たい雨はコツコツと足音を立てるようで、白い野良猫が「にゃあ」と鳴けば、黒い野良猫は答えるように「にゃあ」と鳴く。
「言葉が通じ合うというのが、これほど心地の良いことだとは思いませんでした」「理解し合えるということが、これほど安らぐことだと思わなかった」
「先ほどまでは、雨は酷く冷たいもので、外の世界は恐ろしい場所だと思えましたが、今は不思議と心地よく思います」
「いや、お前の言う通りこの世界は恐ろしい場所だ。ただ、この土管の中のような場所もあるというだけのことだ。それが今日分かったよ」
「ありがとう」
「ありがとう」
それから、白い野良猫と黒い野良猫は土管から一歩も出ることなく夜を迎える。依然として雨が降る中、ポツポツと話をしながら一夜を過ごし、夜に降る雨の冷たさを凌ぐように寄り添って眠りに就く。白い野良猫は眠りながら涙を流し、黒い野良猫は眠りながら呻き声を上げるのであった。
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