第34話 シンデレラの望み(2)
王族用の歓談席の中でも端に誘われ、腰を降ろした。クロヴィス殿下は隣に座り、私の腰を抱く。
親密さを見せるために必要だと事前には言われていたけれど、やはり恥ずかしい 顔に熱が集まってしまい顔を伏せそうになるが、クロヴィス殿下を見上げ耐える。
「それでいい」
「はい」
耳元で吐息を感じてしまうほど近さで囁かれ、それもなんとか耐えて微笑みで返した。
その甲斐もあって歓談席からは、貴族たちの驚嘆の表情がうかがえる。
あの狂犬が服従していると。
数分もしないうちに国王陛下と王妃殿下が会場入りし、全員で頭を垂れて出迎えた。
国王陛下らは歓談席の中央部まで歩みを進め、片手を掲げると演奏がピタリと止まった。
「もう気付いているかと思うが、今宵は珍しい招待客がいるようだ。クロヴィス、余にも紹介してくれるね?」
「はい」
国王夫妻の正面に立ち、私はクロヴィス殿下の隣でフレデリカ先生に叩きこまれたカーテシーを披露した。
「彼女は俺を支えてくれている令嬢です、陛下」
「マスカール伯爵家の長子ナディアでございます。社交界デビューを迎えられたこの日に、陛下および王妃殿下にご挨拶出来ること、恭悦至極でございます」
「ほう、君が籠の中で大切に育てられていた娘だね。頭をあげよ。して……何年もデビューさせなかった愛娘の晴れ舞台にマスカール伯爵はどこにいるのか」
全てを知っていて国王陛下はニヤリと口角をあげた。
茶番の始まりだ。
「私が……愛娘でございますか? そんなはずはありません……あの人たちにとって私は家族ではありませんから。来るはずがございません」
「おや、噂と随分違うようだ」
「私の母と現在正妻であるオルガ様の確執は陛下もご存じのはず。父の所業も昔と変わりませんわ……今回もクロヴィス殿下がお声をかけてくださらなければ、私はずっと屋敷の外へ一歩も出られないままだったでしょう」
会場にざわりと動揺が走った。
王族の歓談席は声が遠くまで聞こえるような特別な造りになっている。貴族たちの動揺は、私の声がきちんと届いている証拠だ。
「クロヴィスよ、お前の所見はどうだ?」
「俺の侍女として出仕するような立場になったあとも本邸にナディア嬢の私室はなく、彼女は平民が住むような一軒家でひとり住んでいたことが分かりました。そこにはメイドも侍女の姿もなかったと調べがついております」
「ほう。第二王子に忠義を尽くす娘に対して酷い扱いだ」
私自ら出ていったことだけれど、それを否定できる人はいない。
今回の狙いはお父様たちの化けの皮を剥いで、孤立させること。享受できるはずだった時間を、奪われた分だけ奪い返したかった。
私のいないところで散々私を利用して作り上げた、美しい偽り仮面を壊したかった。
嘘が苦手な私のための台本を作り、場所を整えてくれたクロヴィス殿下をはじめ、協力してくれる国王陛下と王妃殿下には感謝しかない。
「そのような状況では自ら数年も引きこもっていたわけではないな? ナディア嬢」
「はい、陛下……ですので義妹ジゼルにクロヴィス殿下の侍女のお話を頂いたとき、あの子は断ろうとしていました。それ幸いと、私が代わりに行くと名乗りをあげたのです。そうでもしないと、屋敷から出ることが叶わなかったでしょう」
「不思議だったのだ。どうして社交デビューする勇気がないのに、国で最も恐れられていると過言でもない息子に出仕する勇気があった理由に」
「陛下とクロヴィス殿下の申し出を利用する形になったこと、深くお詫び申し上げます」
「よい。この件はマスカール伯爵に責任がある。クロヴィス……好きにしなさい」
「はい」
国王陛下から見限られ、狂犬の餌になることが確定した。果たしお父様たちを助ける貴族は、どれだけいるだろうか。
私の小さな仕返しは達成された。
「それで、クロヴィスはまだ言いたいことがありそうな顔をしているな。申してみよ」
「ナディア嬢は姿だけではなく、心も美しい令嬢です。常に配慮を忘れず、この俺の気分を害するどころか快適な環境を整えてくれます。尚且つ俺を恐れません……こんな令嬢は初めて会いました」
「噛みついてばかりのクロヴィスが人を褒めるなんて、明日は空から矢でも降りそうだな! で、なんだ?」
クロヴィス殿下は国王陛下の前で跪き頭を垂れた。
「ナディア・マスカールをこの第二王子クロヴィスの妻に迎えたく、国王陛下にお許しくださいますよう願い申し上げます」
「――!?」
台本になかったクロヴィス殿下の行動に、私は彼の背中を見つめた。
婚約はこの夜会が終わってからだと聞いていたのに。驚きのあまり、私は見つめることしかできない。
国王陛下も聞かされていなかったようでわずかに瞠目し、そして響くような大きな声で笑った。
「これは愉快だ。待てができぬほど、この娘がすぐに欲しいと言うのか! この場でナディア嬢を頷かせればよかろう」
するとクロヴィス殿下は膝をついたまま私の方を向き、片手をすくいあげた。射貫くようなエメラルド色の瞳の奥には熱い揺らめきが見える。
自分の緊張する息遣いが耳に届くほど、会場は静寂に包まれ、まるで私と彼だけの世界になったような錯覚に陥る。
「ナディア、俺の唯一の癒し。どうか一生俺の側にいてくれ。代わりに俺の全てを捧げると誓おう」
シンプルだけれど、情熱的な求婚の言葉。こんなにも素敵な言葉をもらえたのに、私に返せる言葉がないのが悔しい。胸がいっぱいで、ありきたりな言葉しか見つからない。
「――はい。喜んで」
私の手の甲にクロヴィス殿下の口付けが落とされる。その瞬間、国王陛下がシャンパングラスを高々と掲げた。
「皆が第二王子クロヴィスとナディア・マスカールの婚約の証人だ。さぁ祝盃をあげよう! 乾杯!」
割れんばかりの歓声が会場を轟かせ、楽団が慶事の曲を奏で始めた。
立ち上がったクロヴィス殿下に肩を抱かれ、会場を見渡す。
未だに拍手が鳴り止まない会場から祝福が伝わってくる。こんなにも多くの人が私たちの婚約を認めてくれている。もう私は日陰者ではない。隠れるように、息をひそめるように生きなくて良いのだ。
零れ落ちそうな涙を堪え、隣の愛する人を見上げた。
「クロヴィス殿下、ありがとうございます。一生の思い出にします」
「そうか」
彼の口角が少し上がるのを見て、私は彼の肩にそっと頭を寄せ、喜びの余韻に浸った。
そのあとは歓談席に座りながら重鎮貴族と自己紹介をしていった。名前と顔を覚えるのが大変そうだわ。
会場の雰囲気が落ち着いた頃、夜会に慣れない私を配慮して――というのを口実に、国王陛下と王妃殿下、クロヴィス殿下に連れられ会場をあとにした。
そうして賑わいが聞こえない王宮の奥へと向かう。
「これからは俺たちだけで話を進めることもできるが、本当に同席でいいのかい?」
クロヴィス殿下が私をエスコートしながら、聞いてきた。
「はい。殿下たちに任せっきりで申し訳ないのですが、きちんと見届けたいのです」
「そうか。しっかり仕留めないとな」
そう言って彼は黒い笑みを浮かべた。獲物を狙う、野性的な笑み。
王宮の最も奥の部屋の扉が開かれると、連行されたマスカール伯爵親子が待っていた。
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