第33話 シンデレラの望み(1)
クロヴィス殿下に助けてもらった私は、王宮に着くなり急いでパーティの準備に取り掛かった。
王宮の侍女四名が私のために湯を用意し、化粧を施し、髪を整えてくれた。選んだドレスを着て、扉二枚分の鏡の前に立ち、私は自分の変わりように呆けてしまった。
肌は滑らかに白く、瞳はくっきりと明瞭に、唇は艶やか。髪もカーラーで巻かれ、初めての緩やかなウェーブに大人っぽさを感じ、なんだか自分じゃないように感じられてソワソワとしてしまう。
ドレスはクロヴィス殿下が初見で選んでくれた薄いラベンダーカラーのものだ。今日までに手直し、コルセットもしているため以前よりシルエットが綺麗になっている。
首元と耳にはクロヴィス殿下の瞳と同じ色のエメラルドのアクセサリーが存在感を示していた。
「これが……私……」
鏡の中には私の知る暗く、虐げられてきたナディア・マスカールはいなかった。
「ナディア様、とてもお綺麗ですわ」
「私どももつい気合が入ってしまいましたが、想像以上の出来栄えです」
侍女たちは頬を上気させ、私の姿を見て興奮気味に褒めたたえてくれた。彼女たちの表情から、お世辞には見えないし、この姿は彼女たちが作り上げたものだ。
「このような私が綺麗になれたのは、皆様のお陰です。ありがとうございます」
「そんなことございません。ナディア様の本来の美しさがあってこそですわ」
「染みひとつなく、化粧ノリのいい肌の秘訣が知りたいほどです」
「お体も普通の令嬢よりも引き締まっていて、ラインの美しいこと!」
肌は手作り美容クリームのお陰で、体型は家事で力仕事をしていたからだ。簡単に教えられない秘訣なので、曖昧に笑う。
「ですが……デビュタントが第二王子殿下のエスコートだなんて」
ひとりの侍女の発言で、他の侍女も表情を曇らせた。
「どうしてでしょうか?」
「だってデビュタントと言ったら令嬢憧れのイベントですわ。殿下がお相手では気を使い、楽しむどころではないかと……」
「ナディア様のような美しい令嬢を見たら、殿方は放っておきませんわ。でも殿下の婚約者となれば、ご縁ができる機会ももう……ナディア様に選ぶ権利がないなんて」
「それより殿下がナディア様の姿を見て、狂犬どころか狼にならないかと心配で!」
今回選ばれた侍女はクロヴィス殿下の素顔を知らない人たちのようだ。
彼女たちは一斉に私に身を寄せて手を握ってきた。
「気持ちを強くお持ちになって。私たちはナディア様のお味方ですわ!」
「ふふ、私は大丈夫ですわ。どのようなクロヴィス殿下の姿を見ても、受け入れるつもりですから」
「――!」
侍女たちは感極まり、涙を浮かべてしまった。
どうして私はこんなにも彼女たちに好意的に接せられるのか、分からず首を傾げた。
そのとき勢いよく控室の扉が開かれた。
入室者の姿を見て侍女たちは小さな悲鳴をあげた。
「遅い。いつまで待たせる」
「第二王子殿下! も、申し訳ございません!」
侍女たちは一斉に頭を垂れ、彼の命令で退室させられてしまった。
「全く……」
そうため息をついたクロヴィス殿下は私の側にきて、ジッと見つめたあと、口元を手で覆った。
「うん……綺麗だ。早く見たくてずっと待っていたのに、彼女たちは話時間が長すぎる」
「あ、ありがとうございます。とても侍女たちにはよくしてもらえました」
「そのようだな。俺に対しての発言はともかく、ナディアのことはすっかり気にったらしい」
侍女たちが私に対して好意的な理由を聞くと、実は彼女たちは私の前にクロヴィス殿下の侍女を途中辞退した令嬢だという。
だからこそ掃除などの理不尽な命令の件も知っていて、それを乗り越えて婚約者まで上り詰めた私の根性を尊敬しているらしい。
つまりクロヴィス殿下の妃候補でもあった訳で。私が婚約者として現れなければ、愛の有無は関係なく政略結婚もあったような相手。
けれど結果的に自分が選ばれずに済み、お陰で彼女たちは心置きなく意中の殿方と縁を結べる機会が到来したのだとか。
だから「助けられた」と私を救世主のように見ているとのこと。
「親の圧力で無理して出仕していたからか愚痴が凄くてな、彼女たちは妖精たちとの相性が悪かった。君には好意的だから、もう大丈夫だろう。掃除をする令嬢を蔑むことなく、きちんと成果を評価できる公平な令嬢だ。友人になりたいと思ったら、今後お茶でも誘ってやれ」
「友達……はい! ありがとうございます」
私には縁がないと思っていた友人ができるチャンスに、心躍った。
「さぁ時間だ。お姫様、お手を」
「はい。宜しくお願いします」
私はクロヴィス殿下に手を引かれ、パーティー会場へと向かった。
会場は王宮にあるいくつかのホールの中でも一番大きな会場が使われていた。白亜の空間に、彩鮮やかな花が咲いたようにそれぞれ趣向を凝らした装いの貴族が集まっていた。
前方には数段高くなったステージには王族用の歓談席があり、そのふもとではクラシックを奏でる楽団が演奏をしている。
二階部にある王族専用の隠しカーテンの隙間から見下ろし、感嘆のため息をついた。
これが夜会!
自然と背筋は伸び、気が引き締まった。
「来い」
既にここは緑の館以外の関係者が多く控えている場所。
クロヴィス殿下の声は不機嫌に聞こえるように低くなり、眼差しも周囲を睨みつけるように鋭い。息を潜ませ、緊張をはらんだ人たちの間を進む。
けれども威圧的な態度とは裏腹に、彼の歩調は私に合わせられたもの。
階段を降りて、入場用の扉が開かれると私たちの登場に気が付いた貴族たちのざわめきは静まり返り、視線がこちらに集中した。
それでも妖精たちとの特訓のお陰で、程よい緊張感で済んでいる。隣にはクロヴィス殿下、後ろにはアスラン卿ともう一人馴染みの騎士が控えている。
大丈夫。ここではひとりではない。
エスコートされながら、王族の歓談席へと歩みを進める。道を塞がないよう貴族たちは慌て場所を開け、真っすぐな一本道が出来上がった。
「あのクロヴィス殿下が、王女殿下以外のパートナーをお連れに?」
「どこの家の令嬢だろうか? 美しい」
「殿下の隣であれほど堂々とした佇まいとは……なんと」
驚きの表情と隠しきれない興味が混ざった視線。戻ったざわめきの中でも聞こえてくる囁き声。
良かった。他の人からも私は怯える子犬ではなく、きちんと令嬢に見えているらしい。
見た目で彼に迷惑をかけずにいると分かり、ホッとした。フレデリカ先生の言った通り自信が芽生えたおかげで、自然と視線も上がり、貴族たちの顔をしっかりと見れるまでになった。
ぐるっと見渡せば知らない顔ばかり。アスラン夫人やフレデリカ先生もいるはずなのだけれど、人が多くて見つけられない。
そして本来の予定ではデビュタントする令嬢の家族として参加するはずのマスカール伯爵親子の姿は確実にここにいない。
だから邪魔されずにできる。私の小さな仕返しを、あの親子に――
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