第2話 ヒロインの初登場



 誰かが忌々しそうに言う。


「お前なんか生まれなきゃよかった」


 誰かが憎しみを込めて言う。


「お前が生まれてきたせいで」


 少年に与えられるのは、いつも罵詈雑言や暴力だった。

 たった二人の仕打ち。去れど二人。

実の肉親に、そのような扱いを受けていたのだ。少年が世界をどのように見たのか。心中を察することすら出来ないだろう。

 遺伝子と血と運命で繋がった、たった二人の肉親。心理学のアタッチメント理論でいうところの安全基地の最有力候補だ。

 人は発達をする上で、冒険をする。困難を乗り越え、レベルを上げ、世間ずれしていく。

 その冒険のために、HPを回復する宿が必要だ。

 それが安全基地。

 それが安全ではないとしたら? あまつさえ最も時間を共有しなければならない人が、危害を加える者の代表だったら?


 もう一度言う。少年周りは敵だらけであった。

 そして、少年の不幸は二つあった。

 それは両親が最低最悪のクソ野郎であったこと。

 もう一つは異常なまでに整いすぎた顔・・・・・・・・・・・・をもって産まれてきたこと。

 それが何だ? むしろ両親に恵まれない代わりに顔が整っていて良かったじゃないか。

 敬愛すべき諸兄らはそう考えるだろう。

 女子にモテモテ、バレンタインデーなんてチョコを貰いすぎて処分に困る。そんなラノベ主人公よろしくな境遇羨ましいと。


 確かに俗にイケメンと呼ばれる者は往々にして特をする。

 少年だって女子にモテている。イケメンの恩恵にあやかっている。

 だがこういう言葉がある。「何事ほどほどに」と。


 男子からは斟酌を買い、まともに友達も作れず、「顔がいいだけで調子に乗りやがって」と陰口を叩かれる。

 それだけだったらいいのだが、たまにあからさまないじめも発生する。上履きを捨てられることは五回あった。学習した少年が上履きを持って帰らなければ、今ごろ優に二桁の被害件数になっていることだろう。

「手が滑った」とどういう滑りかたをしたのか知らないが、水をぶちまけられたり。

 平均より劣っている、と集団が決めた者をいじめるのが通常だが、少年の場合、突出しているのがいけなかった。

 出た釘は打たれる。右に向けば右の日本人の傾向として、上に向かう折れ線も、下に向かう折れ線もどっちも不都合なのだ。

 全ては何の変化のない、ただ平行な線を拠り所にする。

 それに少年は苦悩する。


 女子からだってそうだ。「かっこいい」それだけの言葉しか少年に与えられない。

 容姿とはすなわち仮面のようなものだ。それだけしか見られず、本人の意思を無視してキャーキャー騒ぐなんて迷惑極まりない。

 少年がいじめられることなど興味を示さず、自らの都合の良い偶像を押し付ける。

 だから少年はこう吐き捨てる。

「お前らの偶像アイドルになった覚えはねぇー」

と。


 そんな境遇で人格形成の重大な時期を過ごしていた少年がマトモになろう筈もなく。

 ひねくれってねじ曲がった性根になったのだった。


 ◇◇◇


 はい、終わり。突如として沸き上がった自分語りがしたいと言う衝動が巻き上がり、生まれた惨状。

 はい終わり。意味不明だし、文章適当だし、今考えたことを全てノートに書き写したら黒歴史確定になってしまうほどだ。

 そして俺の引き出しの奥にひっそりと死蔵されるんだ。


 ま、どうでもいい。

 いくら黒歴史確定の文言だとしても、俺の嘘偽りのない本心を赤裸々に語った。

 後悔はない!

 んで、何で俺がそんなことまでして現実逃避をしたかったと言えば、いつものあれだ。


「キャー!セカイ君。朝から見れるなんて運がいいい!」


「ほんとね! やっぱりすごくかっこいい!」


 桜が完全に散った川沿いの通学路。


 いい加減ブレザーを着た完全装備じゃ厚苦しさを覚え出す。陽は徐々に自己主張をし出し、時折肌を撫でる涼やかな風がとても気持ちいい。

 完璧な優雅な登校情景だ。二つのことがなければ。

 行き交う女子たちの黄色い声に、遠慮を知らない無責任な噂話。

 ま、男子は言うまでもないだろうな。

 殺気にも似た怒りの視線。それがほぼ全ての男子が注いで来るのだから、精神の弱いものならトラウマものだろう。


 例えるなら、葬式の中で大爆笑をしてしまったかのようなアウェイ感。何? 分かりにくい?

 なら、滑り滑ったコントを一人笑うような。

 なぜ笑うことに焦点を当てるのかって?

 そうしないと心が折れてしまうからだよ。


☆☆☆


 中高一貫の私立学校。その高校二年の教室で俺は机に突っ伏していた。


 完全に孤立しちゃっている現状。

 分かってはいる。妥協もしている。納得は……まぁしていないが。だが、やはりきついものはきつい。

 授業時間だけが唯一の救いだ。有象無象の注意が他に向くから。

 それ以外は常に、愛玩動物を眺めるような視線と、悪意と敵意に呑まれる。

 慣れているつもりだったが、な。

 そうこうしている内に四限目の授業が終わり、給食の時間となる。


「飯、食いにいくか」


 ゆうきのごとくひっそりと呟くが、体が思ったように動かない。

 早くこの場所から脱出して、人目のつかない所でゆっくりしたい。

 そんな欲求と、体の疲れがせめぎあい、逆に疲れるという悪循環。


「今日は飯、いっか。寝よ寝よ」


 そういえば、と。ゲームに熱中しすぎていて夜更かししてしまったのだと、今さらながら思い出す。

 らしくもなくセンチメンタルになったのも、寝不足のせいだ。脳が正常に働かなかったためだ。

 それすらも忘れてたなんて、よっぽど疲れてたんだな。

 寝不足を自覚したら、本格的に睡魔が襲ってきた。

 心地よい悪魔の囁きだ。意識を落としたら楽だぜ、と。

 否定することもない。昼休みも始まったばかりだし、一眠りするぐらいの時間は十分にある。

 逆にこの正常に働かない脳が何をしでかすか分からない。らしくもないことをしちゃったしな。

 じゃあおやすみ。

 心の中で呟き、さてメラトニンが仕事をする寸前で。


 ────あれ、なんか忘れてなかったか?


 なんだったかな。

 そう海馬に指令を出している途中で、

 がらがらどおん!

 教室の扉が乱暴に開けられたような音がした。

 にわかに騒ぎ出すクラスメイト。まるでアイドルがやって来たかのような騒ぎようだな、はっっはっは。


 …………待て、アイドル?

 確かこの学校には脳内お花畑のなんちゃってお嬢さまがいた筈だ。

 何を間違えたのか、「お嬢様」と「美少女」というだけで、神格化されちゃって本人の意思なんて考慮せず学校の偶像アイドルとなった哀れな被害者が。

 あーあ、思い出した。そうだったそうだった。すっかり忘れてしまっていた。


「セカイ君!? あなたねぇ、人との約束を反故にして、夢の中ってどう言うことよ!」


 ヒステリックに俺にビシッと人差し指を立て、騒ぎ立てる。

 一瞬にしてお通夜のように静まった教室を尻目に、怒れるお嬢さまはズカズカと俺の前まで来る。


「いや、ちょっとな。内なる自分との対面と言う、人類史に残る偉大な実験をしようとしていたのであって、決して寝ていたんじゃないぞ。三上」


 彼女の名前は三上咲。ひょんなことからお互いが同じような境遇だと知って、それ以降何かと構うようになった、女子だ。

 本質を見てくれる俺にとって唯一の女子友達だ。

 と、ともだち……いやまあ、暇なときはつるんでいるからな。だいたい友達の定義なんてあやふやで──おっと、脱線してしまった。

 まあ友達のような関係だ。

 俺は濃い黒の瞳を射抜くように見つめると、


「あ、あのだ、だからね」


 あからさまに赤くなった三上に、ほくそ笑んだ。


「あー、笑った! そんなんでごまかそうてして。ほんとセカイ君はヒネデレさんだね」

「だまらっしゃい。その不名誉な呼称で呼ぶな」


 誰がヒネデレだ。ひねくれているのは認めるし、個性だと割りきっているが、デレは無い!

 第一男のデレ要素なんてダレトクだ?


「とにかく、今日は一緒にお昼食べるって約束でしょ!?」


 右手に持っている包みをこれ見よがしに強調し、俺に近づける。

 か、勘弁してくれよ。

 こんなゴシップ雑誌のように下卑た思考回路しか持たない連中に、そんな話を聞かせたら誤解しちゃうだろうが。

「セカイ君と三上さんって付き合ってるんだ」とか言った具合に。

 実際ちらっと見ただけで、隅の方で円陣を組んで、何かを議論しあっている。

 結局は今さらか。普段から好き勝手言われてるんだから、変わらない。

 風評被害と誹謗中傷は任せろ……死にたい。

 流石に視線が気になってきた。


「んじゃ、とっとと行くか」


 俺は立ち上がり、三上の背中を押しながら扉を目指す。

 無言と奇異なものを見るような目が行き交う不思議な空間。

 一刻も早く出たかった。

 ボケーとしている三上の顔を恨めしげに見ながら、教室を出ると扉を閉める。

 数秒とせずに、ソプラノとアルトの絶叫が扉越しに響いた。

 なんなら扉と窓が声による衝撃でジリジリと震えていたぐらいだ。


 ほんとバカばっかだな。

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