第20話 小さな勇気と恋心

 バスイベントが終わった休日。

 私とおばあちゃんはソファー席で小さな声でコソコソ話していた。


「そうかい。ふたりは来てくれたんか」

「そうなんです。誘って良かったです」

「話し相手がおるだけで、精神が安定するからなあ。私も絵里香ちゃんが来てくれてから落ち着いたわ」

「そんなのは私も同じですよ。最近は毎日が本当に楽しいです」


 なぜ私たちが小さな声で話しているかというと……今日そのふたりがお店に来てくれているからだ。


 先日から小学校は夏休みに入った。

 典久くんと天音ちゃんは、スタンプラリーを回り仲良くなったようで、今日もお店に来てくれている。

 天音ちゃんも夏休みに入り、昼間出歩いても「あれ?」と見られることもないので気が楽なのだろう。

 典久くんは作業をしながら目を輝かせた。


「わあ、すごい。本当に宝石みたいになった」

「カッターで削ると良い感じになるのよ」

「すごーーい!」


 ふたりは今日【手作り石鹼キット】というのを使って、石鹼を作っている。

 このキットは、天音ちゃんが「絶対売れるから」と教えてくれたのでお店に仕入れたものだ。

 材料がすべて箱の中に入っていて、それを混ぜて? 固めて? 切り出すと透明で宝石のような石鹼が出来上がるのだ。

 

 私が子供のころは夏休みの自由研究に苦労したけれど、今はこういうキットを使って簡単に制作。

 それを学校に提出するようだ。なんて楽なんだろう!

 どこやら石鹼は典久くんの自由研究になるみたいで、ふたりで楽しそうに作っている。


 他にもキットの種類は多く、割りばしのような木が何本が入っていて、組み立てると小さな椅子になるもの。

 科学を使って水を持てる状態にできるもの。

 お人形さんを作るためのキットや、羊毛フェルトもあった。

 正直私のほうが楽しくて色々調べて仕入れて特設コーナーを作ったら、よく売れている。

 お店の基本はどうやら「旬に合わせる事」のようで、それは子どもたちと一緒にいることで分かる。

 やっぱり私お店をするの、大好き!


 ふたりを見守っていたら引き戸がカララ……と開いた。

 そこにはバスイベントに来ていた典久くんのお姉ちゃんが立っていた。

 斜めに顔を上げて、見下ろすような表情でふたりに向かって話しかける。


「典久、ここにいたんだー? てか、何つくってんの? やば、宝石とかキモくない?」

「……千夏ちなつ姉ちゃん、なんで来たんだよ」

「暇だったしー? 天音と遊んでるのが見えたから。ねえ、友達だもんねえ?」


 そう言って千夏ちゃんはふたりの前に座った。

 お店のベンチの前にも数人の子どもたちが居たが、千夏ちゃんを見て声をひそめている。

 千夏ちゃんは典久くんが作ったピンクの石鹼を手に持って笑った。


「ピンクの石鹼とか、典久ヤバくない? こんなの女子じゃん。あんた女なの? キッモ!!」

 はあ?! と私が動こうとするのと、典久くんが叫ぶのは同時だった。

「お姉ちゃん。それは違うよ!!」


 典久くんはまっすぐに千夏ちゃんを見て言った。

 

「なんだっていいじゃん! どうしてそういうことばっか言うんだよ。楽しく作ってるのに、どうしてわざわざバカにしにくるんだ!!」


 私とおばあちゃんはソファーに隠れて「いけいけ~」と応援する。

 千夏ちゃんは弟である典久くんをバカにするのに慣れきっていて、そんな言葉完全に軽く扱って、

「ムキになってバカじゃん? ピンクのランドセルの男なんていないじゃん。それだけの話だよ」

 と笑った。

 その言葉に天音ちゃんは、ずっと黙って下を向いていたが、顔を上げた。


「あのさ、関係ないよ。あんた、何も関係ない。あんたみたいに最低な人間でも私はバカにしない。だって同じレベルになっちゃうもん。関わりたくない。変だと思うなら、近づかないで。それでいい。私は私のままでいい。友達をバカにしないで」


 そう言い切った。

 千夏ちゃんは、はあ?! と叫んで、

「キモ。ムキになってキモ!!」

 と叫びながら店から出て行った。


 お店の外のベンチで一部始終を見ていた同じ学校の子たちは「おお~~」と小さな歓声を上げて拍手した。

 その中から一人の女の子が出てきて天音ちゃんに話しかけた。

「……かっこいい。やるじゃん」

「……里美。久しぶり。はあ、めっちゃ怖かったわ」

「いや、スカッとしたよ。あいつマジで最近調子乗ってるから。あ、この石鹼可愛い」

「でしょ? 一緒に作る?」

「うん!」

 

 もうひとり友達が参加して、三人で石鹼作りを再開した。

 それを見ながら私は思う。がんばれ子供たち。まだ自由は遠いけど、ひとりでも仲間がいれば、それだけで心の平和は保たれる。

 そう、私は私のままでいい。やっと最近、私もそう思えるようになってきた。

 おばあちゃんと「ちょっと落ち着くと良いですねえ」とソファーで丸まって話した。

 頑張ったね、天音ちゃん。





「え? 保城さんに告白された?」

「そうなんです。驚いてしまって……」


 バスイベントが終わり、二週間経った。

 今日はわが社でイベントの反省会が行われていたが、私は仕事が忙しくて出られなかった。

 でも佐伯さんと秋鹿あいかさんは参加していたようで、終了後にランチに誘われた。

 事前にレストランテ平井さんを調べていて、奥のソファー席まで予約していた。

 なんとなく平井さんは五島さんといく大切な店だったけど、予約してもらって断るのも悪く、ランチに出てきた。

 秋鹿さんは「めっちゃ売り上げよくてパパにボーナス貰ったあ」と嬉しそうに昼からワインを飲んでいる。

 そして食事をしながら佐伯さんがポツリ……と話し始めたのだ。


「実はイベントの後に、保城さんから連絡があり、告白されたんです」と。


 私は大興奮しながら、

「やったじゃないですか! だって佐伯さん保城さんのこと、気にされてましたよね?」

 と言うと、佐伯さんはグラスの淵を撫でながら、

「……そう、なんですけど。それは……わりと叶わないから好きだったところもあって……本当に好きと言われたら……俺なんて……としか思えなくて」

「悲しいほど分かってしまう自分がいます……」

 私は、ハアとため息をついた。


 実際私も五島さんのことが好きだけど……自分に自信がなさすぎて、五島さんが私を好きになると思えない。

 どう考えてもただのオタクだ。どこに好かれる要素があるのか、自分でも分からない。

 佐伯さんはパンを小さくちぎりながら、


「まったく、自信がないんですよね。彼女の隣にたつ、という」


 と俯いた。

 その横でワインを飲んでいた秋鹿さんが口を開いた。


「そんなこと言ってさあ~、佐伯っち、めちゃくちゃ保城さんにラブラブビーム送ってたじゃん、私知ってるよー?」


 佐伯っち……? ラブラブビーム……? その呼び方と話し方に笑ってしまう。

 佐伯さんは「いえ……はい……そうなんですけど」と口ごもった。

 秋鹿さんはワインを飲みながら続ける。


「好きって言われるなんて超奇跡じゃん。だから本人と! ビシッと話してきなよ!!」


 秋鹿さんらしい強い言葉だけど、その通りだと思う。

 本人と話すのは私も賛成だ。応援するように口を開く。


「私、保城さんとは同期で、二か月一緒に研修を受けたんですけど、派手な容姿とは裏腹に真面目な方で、都内のプランをすごく研究されてて、自分の足で何度も行って学んでました。そして、あの、五島さんも……声も大きいし、余計な一言言っちゃうんですけど……実は優しくてすてきな人なんです。外から見てるだけじゃ分からないことって多いと思います。だから一歩踏み込んでから、判断しても、遅くはないと思います」


 佐伯さんは頷いた。


「一回、ちゃんとお話してみようと思います。容姿にビビりすぎてました。お二人ともありがとうございます」 


 そう言って顔を上げた。

 少し離れた場所で話を聞いていたシェフは「あらまあ」という顔をして、私と佐伯さんの前にフィナンシェを出してくれた。


「また橘さんが五島さんのこと、惚気てる。もっと聞かせて~~~!」

「あっ、いえ、すいません!」


 私は五島さんのことが……戦略とかじゃなくて、好きだと思う。

 でも五島さんは分からない。でもこのまま近くに居られるならそれでいい……と少し思ってしまうのはズルいことだろうか。

 佐伯さんと保城さんが、うまく行くと良いなあ……と思いながら私はフィナンシェを食べた。

 相変わらずレストランテ平井さんのスイーツは、どれも美味しい!

 秋鹿さんは佐伯さんに延々説教しながら酔いつぶれて眠ってしまい、迎えに来た社長さんの車に乗せられて去って行った。

 あの自由さ、私は全然嫌いじゃない。

 

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