第17話 その光に憧れて

「1と3なら、3でしょうか」

「そうですね、3のほうが影の感じがいいですね」


 今日はポスターに使用する写真を撮影するためにスタジオに来た。

 写真担当は私と田中バスの佐伯さんだ。撮影しながらPCにどんどんUPされてくる写真を、どれが良いかチェックをしている。

 撮影ブースでは五島さんが指示を出しているのが見える。


「パターンAを四枚。あとクリアファイル用にパターンBを四枚お願いします。ラフを出してますので、そちらを参考にお願いします」

「五島さん、衣装はどうしますか」

「リットンさんのほうは赤メインで撮るそうです」

「五島さん、クリアファイルって何種でるんですか?」

「八種です。こちら資料です」

 

 テキパキしててすごい!

 お仕事ができる人って見ていて本当にカッコイイと思う。

 特に対外的に立ち回ってる姿をみるのは楽しい。


 モデルとして立っているのは保城ほしろさんという方で、うちの会社のバスガイドさんだ。

 元モデルさんで、ものすごく身長が高くてベリーショートでカッコイイ女性の方で、うちの会社にテレビや雑誌の取材が来るときは全部保城さんが担当している。

 実は私と保城さんは同期で、同じ時期に研修センターに行っていたので、少しだけ知り合いだ。

 保城さんはドラマとかで見たみたいに、どんどんポーズを変えて撮影していてすごく慣れている。

 

 着ているのはうちの会社で一番人気の都内バスツアーの時に、バスガイドさんが着ている制服だ。

 少し前はバスガイドは女性と決まっていて、かなり短いスカートを着ていた。

 だけど最近は女性だけがバスガイドをするのはおかしいし、性を前面に押し出した制服もおかしい……という話になり、ユニセックスなものに変更された。

 これが詰め襟で、学ランみたいで、肩にふさふさ? が付いていて、パンツは七分で革靴……軍服みたいでカッコイイのだ。

 前の分かりやすいミニスカートの制服より人気が出ていて好評だ。

 制服を着てポーズをとっている保城さんは、女の私から見てもめっちゃカッコイイ。

 私は惚れ惚れしながら言う。


「保城さん、やっぱりプロですね」

 横に座って画面を見ていた佐伯さんも頷いて口を開く。

「そうですね。僕、去年も保城さんのマスクを抜いたんですけど、保城さんはスッ……とマスクが抜けるんです」

「……あまり……関係なくないですか?」


 よく分からない回答に私は笑ってしまった。

 マスクというのは写真の要らない部分を画像ソフトで消す作業なんだけど……あんまり関係ない気がする。

 佐伯さんは「そうですかね」と苦笑しながらペンを回していたが……私はそのペンを見て気がついた。特徴的な飛行機のロゴ……。


 ……あのロゴがついたペン、Twitterで見たことがある。


 あのペンは某アニメのイベントで配っていたもの……のような気がする。

 Twitterで「ゲット出来なかったー!」と嘆いている人を見た。

 もしかして……と思って椅子にかけてあったリュックをちらりと見たら、小さくて地味だけど、そのアニメに出てくる飛行機のキーホルダーがついていた。

 なるほど。佐伯さんは私と同じ隠れオタクさんだ。少しだけ話しやすくなった(気分的に)。

 佐伯さんは静かに口を開く。


「……実は去年もこっそり撮影を見に来たんですけど……保城さんは本当にカッコイイですよね」


 その横顔は完全に保城さんに見惚れていて……あらら、ひょっとして……とこっそり思う。

 でも強い光を持つ人に憧れる気持ちはわかる。

 私も五島さんの強さに何より憧れている。

 撮影が終わって、保城さんがこっちにきた。


「おつかれさまです、佐伯さんと橘さん」


 保城さんが来ると佐伯さんはすぐに立ち上がって、一番奥の壁際の席に保城さんを座らせた。

 その行動をみて私は「お」と思った。

 さっきからスタジオはやたら暑くて、保城さんは汗をかいていた。

 佐伯さんが座っていた席が一番クーラーきいて涼しい。

 席を離れた佐伯さんは、保城さんに冷たいお茶を持ってきた。

 保城さんはそのお茶を飲んでほほ笑んだ。


「……ありがとうございます」

「いえ。おつかれさまでした。毎年大変ですね」

「いえいえ。去年のポスターもとても素晴らしい出来だったので、今年も楽しみにしてます」

「! ……ありがとうございます」


 ほう? 私はお邪魔虫なのでは……?

 私は自動的に保城さんの隣の席になったが「私もお茶買ってきますー」と席を離れた。

 そして少し離れた場所から見ていたら、私の席に佐伯さんが座った。おーー!

 人の恋路って見てると楽しいなあ。会社で最近私は五島さんとセットでオモチャにされてるけど、こういうのを見てると仕方ない気がしてくる。

 本人たちが幸せならそれで良い!




「ああ、疲れた。でもこれで素材は全部そろっただろ」

「そうですね。あとは私たちが頑張ります」


 撮影が終わり、私たちは直帰することになった。正直これも目当てにしている。

 堂々と一緒に早帰りできるのだ。


 五島さんは両手に食材を抱えて歩いている。

 さっき駅前で一緒に買い物をしたのだ。五島さんの買い物は私のような一人暮らし初心者には全く分からない買い方だった。

 どうして何のメモもなく買い物ができるのだろう。私はメモがないと何を買えばよいのか分からない。

 なんならメモがあっても買い忘れる。この前も醤油を買いに行ったのに、醤油を買い忘れて帰ってきた。

 メモに書いてあったのに! 五島さんは首を回しながら口を開いた。


「最近残業続きでストレスたまりすぎてるから、今日は料理する」

「楽しみです! 私はお仕事持ち帰ってきたので、ご飯食べたらお仕事します……」

「そうだぞ。今日だって後ろで田中バスの佐伯とずっとしゃべって遊んでただろ」

「チェック終わらせましたよ! でも実は五島さんがお仕事してるのをずっと見てました」

「……いや、そんなの会社でも見られるだろ」

「やっぱり対外的に立ち回ってる姿は、あんまり見られないじゃないですか」

「……なんだそれは。ていうか……なんか店の前に人だかりが出来てないか?」

 

 店の前に到着したら、なんだか小学生がたくさんいた。

 そしてみんな手にアイスを持っている。なんで?!

 すると奥の方でおばあちゃんがアイスを配っていた。

 五島さんは慌てて走り寄る。


「どうしたんだ」

「ああー尚人。丁度よかった!! なんかアイスの冷蔵庫が壊れちゃって! 見たらほれ、電源のところをネズミに食われとる」

「ひえっ……!!」


 私は青ざめた。ネズミ! 

 やっぱり店だからいるよね、怖い……実物をみたことがない!

 五島さんは荷物を部屋に入れて、冷蔵庫を確認した。


「……断線してるな。連絡したか」

「まずはアイスが溶けちゃうからな。みんなで食べてるんや」

「何してんだよ!!」


 五島さんは笑いながら奥のほうに消えた。

 おばあちゃんは「ほれ、絵里香ちゃんも。どうやら朝から断線してたみたいで、もうヤバいんや」と笑いながらアイスを渡してくれた。

 ガリガリくんは、半分シャーベットのようになっていて、棒が取れていた。

 でもまだ冷たくて……袋をあけて直に食べた。


「ん~~~! 美味しいです」

「な。もうこりゃアカン。再冷凍できんし、食べきった方が良い。おーい典久くんーー、アイス食べなーーー!」

「え?! なんで? タダなの?!」


 学校のグラウンドで遊んでいた典久くんとその友達たちは、冷蔵庫に群がり、ものすごい勢いでアイスを食べはじめた。

 私は荷物を置こうとソファーの方に行くと、そこに天音ちゃんがいた。

 おばあちゃんがそれに気が付いて、追加のアイスを私に渡しながら言う。


「断線しとるって、天音ちゃんが気が付いてくれたんよ。助かったわー」

 

 天音ちゃんは私を見てもじもじと言った。

「いつもついてる表の電気が消えてたから……」 

 私は横に座って鞄からまだ作りかけのチラシを出した。

「あのね、今度私が働いているバス会社で、イベントがあるの。もし良かったら遊びにきてね」

「……ありがとうございます」

 そう言って天音ちゃんはチラシを受け取ってくれた。

 色んな所に出かけるだけでも、気分転換になると思う。


 そしておばあちゃんが「もっと食べんと溶けるで!!」とどんどんアイスをくれるので、天音ちゃんも典久くんも一緒にアイスを食べ続けた。

 どうやらふたりは知り合いのようで、楽しそうにバスイベントのチラシを見始めた。

 一緒に来てくれた良いなあ……とこっそり思った。

 そこに五島さんが来た。


「ダメだ。修理は明後日以降だ。もう食うしかないな」

「ほな尚人も食べな」


 そう言って両手にアイスを渡されてた。

 そのビジュアルに天音ちゃんと一緒に噴き出して笑ってしまった。

 スーツ姿で両手にアイス持たされてて、なんだかカワイイんだけど!


 夕方が夜を連れてくる空を見ながら、私と五島さんは並んでベンチに座ってアイスを食べた。

 オレンジと紫が一番星を連れてくる。

 すっごく疲れてて、でも幸せで甘い時間。

 

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