第16話 ずっとこの毎日がいい

「よろしくお願いします!」

「では出しますね。シートベルトしましたか」

「はい!」


 後部座席で背を伸ばすと、助手席に座っている五島さんがルームミラー越しに私を見て口を開いた。


「子どもの遠足じゃねーんだから、はしゃぐな」

「はい!」


 私はシートベルトを握って頷いた。

 今日は私が初担当になったバスイベントの打ち合わせだ。

 うちの会社は四年目から、企画さん一緒にひとりで仕事をしないといけなくて……それが私は少し不安だった。と

 企画部はほとんどが男性だし、打ち合わせも多い。知らない人と話すのは苦手だし、責任も重くなって怖かったけど、五島さんが担当なら心強い。

 でも甘えすぎないように、しっかり頑張りたいと思う。

 ダメなヤツだと思われたくないもん!

 羽鳥さんは運転しながら口を開く。


「今日は六社来られるんで、結構長引くと思いますけど、大丈夫ですか」

「はい。WEB部の方には直帰すると伝えてあります」

「打ち合わせ終わったら結構遅くなると思うので、最寄りまで送りますよ」

「いえ、どこか駅で下ろして頂ければ大丈夫です」


 打ち合わせ先は都内から少し離れているので、結局都内まで戻る必要がある。

 羽鳥さんはホワワ~~と笑顔を作り、


「あ~~~五島さんと、セットで下ろしますね!」

 と言った。その瞬間、五島さんが運転席の羽鳥さんを睨んだ。

「堂々と俺をイジれるようになったなんて偉くなったなあ?!」

「ひえええ……すいません!! ……でも最近朝一緒に来られてますよ、ね?」

「羽鳥。それ以上ペラペラ話すと焼き鳥にするぞ。前をちゃんと見ろ」

「はい! いやあ~~最近五島さん、説教短めで、ほんと橘さんサマサマなんですよ」

「羽鳥~~~?? 口にガムテープが必要かあ?」


 五島さんは怒っているが、羽鳥さんは「はい、安全運転でいきます!」と背筋を伸ばして車を動かした。

 羽鳥さんの言葉に何だか嬉しくなってミラー越しに五島さんをチラリと見たら、いつも通りオデコを揉んでいて笑ってしまった。

 オデコを揉むのは五島さんの癖で、困った時いつも揉んでいる。

 

 実は私も感じているのだ。

 前は企画部の前を通るたびに五島さんの怒鳴り声が延々と聞こえてきてたけど、最近はそんなことがない。

 だからWEB部の子たちも、営業の女の子も、あまり怯えずに五島さんに話しかけているように見える。

 それは私効果! なんかではなく、やっぱり家にいるおばあちゃんに対する心配事が減ってメンタルが安定したのが大きいのかなと思っている。


 おばあちゃんが買ってしまっていた詐欺商品は、基本的に駅前で行っている催事場で売られていた。

 その催事場の仕切りは自治会長さんがしていて、誰も手を出せなかった。


 でも私が、おばあちゃんの所に入り浸ることにより、自治会長とお友達になったのだ。

 実は自治会長も昔は映画が好きだったようで、今ではたまにお店に遊びにきてくれるようになった。

 そしてうちのお店に詐欺がパンフレットを持って営業にくるんだけど……ものすごく話が上手なのだ。

 それに五島さんがいると来ないの! ちゃんと人を選んでつけこんでる!


 何度も話をして断るうちに来なくなり、詐欺が入りこむことが減った。

 そこはちょっと役に立てたかな、と思っている。まあ店にいるだけなんだけど。


 そしておばあちゃんは夏休みに行く長崎旅行のことしか考えてない。

 毎日楽しそうに「ここでこれ食べようか」とか「どれくらい暑いんやろな。ちょっといい日傘買わんとな」とか実用的なことにお金を使っている。

 それを見ている五島さんの瞳は優しくて、イライラすることが減ったのだと思う。

 私は別におばあちゃんと義務で一緒にいるのではなく、本当に一番話が合うオタク仲間なので、それが役にたつならこれほど嬉しいことはない。




「失礼します」


 打ち合わせが行われる田中バスさんに到着した。

 田中バスさんは中で宿泊できる巨大なバスをメインに扱っていて、バスの中に三家族ほどが眠れるホテルバスがメインだ。

 このバス、内装が本当にホテルみたいに素敵で! 私も一度泊まってみたいがとても人気があり、週末は三か月先まで予約がいっぱいだ。


 基本的なデザインは毎年同じなのだが、今年から参加する川越交通さんのデザイナー……秋鹿あいかさんがやる気満々で、バスを擬人化したイラストを載せたいのだと言っている。

 もう見るからにオタクさんで「ここは即売会会場だったかな?」と思うレベルだ。


 着ている服もアニメのTシャツだし、なんなら髪の毛は緑色のツインテール、そして爪には……なんだろう私が知らないロゴがプリントされている。

 どうやら社長の娘さんらしく、だからこそ許される公私混同。

 すごい……。

 私は自分の趣味が万人に受け入れられるものではないと知っているので、オフィシャルな場所で出さないが、こういう風にすべてオープンに出来たら……いや、人の見る目に耐えられないな。

 周りの人たちもそれほど驚いてなくて、アニメ好きはわりと人権を得てきてるなあと思う。

 秋鹿さんは目を輝かせて絵を描いた。

 

「田中バスのホテルバスちゃんは、ピシッとしたホテルマンっス!」

「……はい」


 田中バスの佐伯さんは静かに頷いた。

 佐伯さんは私と同じような静かな方で、社内デザイナーさんという感じがする。

 秋鹿さんは続ける。


「んで、日の出バスさんの東京観光バスは、スーパー元気なパリピちゃんガール!」

「はい」


 私は頷いた。

 秋鹿さんは楽しそうに語り続け、ポスターの紙面を決めていく。

 秋鹿さん以外のデザイナーはみんな私と同じように「言われたことをする」タイプの人間たちで「秋鹿さんが決めるならそれでいいですー」とお互いに担当箇所を決めて細かい詰めに入った。


 表に立って引っ張って行ってくれる人がいると作業が楽で助かってしまう。

 仕事で意見を通すのは、人と話し合う必要があるので基本的に大変だ。

 趣味で好き勝手なことをするのは逆で、正直技量より話し合いがメインだと思う。

 だから私は仕事では指示をよく読み、それに応えることに集中する。

 でも……、


「スタンプラリーとかしたら楽しくないです?! せっかくキャラ作るなら! 私一回会社のお金で高いスタンプ発注してみたかったんスよね~!」


 と秋鹿さんは楽しそうに提案した。

 ……分かる。スタンプってどうしてこんなに作りたくなるんだろう。

 私も高見さんの顔をSDキャラにしたスタンプを数個作った。

 私は小さく手をあげて口を開いた。


「……子どもさんも喜ぶと思うので、良いと思います」

「タッチー、良いこと言うね!!」


 タッチー……橘だからかな?

 私は口を押さえて少し笑った。

 打ち合わせはやっぱりかなり遅くまでかかったがイベント準備はやっぱり楽しい。




 打ち合わせが終わり、羽鳥さんは、私と五島さんを駅で降ろしてくれた。

 私は五島さんの横に走り寄る。


「秋鹿さん、すっごいオタクでしたね」

「社長の娘だから許される公私混同だな。あれは相当な根性がないと続けられないキャラだ」

「でもスタンプラリー、子どもは好きだと思います」

「まあ会場全体を移動してもらえるのは良いだろう」

「それでですね、アクキーも……すいません!」


 楽しくて五島さんの横に立とうとしたら、階段を踏み外してパンプスが脱げてしまった。

 私の腕を五島さんがクッ……と掴んでくれる。

 私は履きなおして、顔を上げた。


「すいません」

「落ち着け。飯、どこかで食って帰るか」

「あの、面倒じゃなければ、私はお家に帰って五島さんの作るご飯が食べたいです。昨日作られてたイカと大根の煮物、今日なんてすっごく美味しくなってそうで、楽しみにしてたんです」


 実は昨日五島さんが煮物を作っているのを見ていた。

 それを冷蔵庫に入れてるのを見て、明日食べたいなあ~~って思っていたのだ。

 五島さんは苦笑して私をみた。


「そんなのでいいのか」

「それが一番良いんです。五島さんの料理とお店が一番好きです」


 私がそう言うと五島さんは少し照れて、私の背中を支えるように電車に乗ってくれた。

 人が多い電車は苦手だけど、五島さんがいると安心する。

 私、ずっとずっとこの毎日がいい。

 

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