第6話 おばあちゃんと五島さん


「おばあちゃん。そんなに落ち込まないでください。大丈夫ですよ」

「今は簡単な工事で色んな生ビールを出せるんだって。もう聞いてたら楽しくなっちゃって」

「最近は瓶でも色んなビールがあって楽しいですよ。これはバス会社が出してるビールなんです」

「へえ、かわいいねえ」


 おばあちゃんは私が見せた画像をみて目を輝かせた。 

 バス旅行こそ、移動中にビールを楽しんでほしいというオーダーがあり、デザインを任されて私が作ったものだ。

 そういえばこの仕事も担当は五島さんで「どうしてこんなに作業に時間かかるんだ?! 頭にビール詰まってんのか?!」ってキレられた気がする。

 思い出して少し笑ってしまう。

 そして五島さんの姿が見えないのが、気になった。

 会社のボードには退社とあったけど……。


「五島さんは……?」

「美味しい魚屋まで買い物に行ってるわ。尚人は昔から料理が好きで、私の食事を全部作ってくれるんや。ストレス解消が料理みたいで、いつも冷蔵庫にストック飯がたんまりある」

「それは、ありがたいですね」

「たくさん作りたいのに私しかいなくてつまんないみたいだったから絵里香ちゃん来てくれて良かったよー」

「私のほうこそ、助かります!」


 話しながら最近仕入れたノート類を並べていく。

 小学校が近いので、学年のように棚を作ってノートを並べたらどうか……と提案したら、これがよく売れている。


 売り場に立った時に、お母さんたちが愚痴っているのを聞いて思いついたのだ。

 「うちの子三年生だけど、算数何マスだったか忘れちゃったわ~」と。

 私も知らなかったけど、小学生が使うノートは学年によって全然違う。

 だけど十二マスだったか十五マスだったか……なんて思い出せないのだ。

 だからちゃんと学年ごとに使う物を分かりやすく表にしてストックした。

 それだけでちゃんと売れるようになってうれしい!


 並べながら、五島さんが居ないなら……と私は口を開いた。


「あの五島さん、メンヘラさんと大変だったと聞きましたが……」

「そうなんよ。尚人はねえ、昔っから俺が正義、俺が言ってることが全部正しい、俺の言うことを聞けってうるさいのよ。でもね、なんだから知らないけど、わりとモテるんや」

「そうなんですか」

「一年くらい前に付き合っとった彼女は、なんかしらんが、どーーーしても尚人と結婚したかったみたいで、家の前……ほれ、あの正門の影の所に立って尚人が帰ってくるの待っててな。警察沙汰になったんよ」

「それはちょっと……困りますね」

「尚人はあれからずっと女嫌いや。いやあ、ばあちゃんもあれは怖かった」


 おばあちゃんは鉛筆を並べながら頷いた。

 実はニセの彼女にしてもらって飲み会から守ってもらったけど、周りに五島さんを好きな人とか居ないのかな……と少し気になったのだ。

 私は今日あったことをおばあちゃんに簡単に説明した。

 おばあちゃんは顔をしかめて口を開いた。


「あらあ。嘘やなくて、ほんとーに付き合ってほしいけど、行かなくて良いなら良かったなあ。社会人ってそんな状態でもお酒飲まなアカンの?」

「難しいですね。正直なことを言うと行きたくないのは私だけではないので、言い出せなくて困ってました」

 

 五島さんが去った後のWEB部は、大騒ぎだった。

 みんな、佐々野さんと向田さんがイチャつくために毎週末呼ばれることに疲れていた。

 五島さんがハッキリ言った後、向田さんは佐々野さんの所に向かい、なんとふたりは公式にお付き合いを始めることになったのだ。

 これで「向田さんの誘いだから」と行っていた女子は解放された。

 無料ご飯だったけど、苦手なお酒を飲まされるのは辛かったから助かってしまった。


 五島さんの事を色々聞かれるだろうと思ったが、今回のことで株を爆上げした五島さんと私のことに、誰も首をつっこんでこなかった。

 むしろ「ありがとうございます!!」と言われて笑ってしまう。


 それに……「お前は俺の彼女。他の男と酒飲むのは駄目」って言われた時、嘘なのに、めちゃくちゃドキドキしてしまった。

 そんなの言われたのはじめて。でも五島さんは言い慣れてたから……女性に慣れてるんだろうなあ。

 彼氏がいたことない私とは全然違う。

 でも……。


「五島さんのおかげで助かってしまいました。本当にうれしかったんです」

「そうか、あんなのでも役に立ったのがわかって安心したわ」


 おばあちゃんは五島さんを『あんなの』呼びしながらも、うれしそうにほほ笑んだ。

 そして店の奥……住居の方からクッキーの缶のようなものを持ってきた。

 おばあちゃんはそれをカコッと開けて中を見せてくれた。


「尚人には内緒な。これ、ばあちゃんの宝物入れなんよ。見て! 尚人が小学校六年生の時、家庭科の授業で作ったのよ。自分で絵柄を考えて刺繍するんや。何でもいいって話だったけど、尚人が作ったのは、ばあちゃんと尚人の絵でなあ」


 その布にはグレーの布に、糸が並んでいた。

 はじめてした刺繍だから、当然糸があっちへこっちへ行っているけれど、顔だと分かる。

 おばあちゃんは身長が小さくて髪の毛は紫色に染めていてふわふわしている。

 それがちゃんと表現されていて、横にはもうおばあちゃんより大きな五島さんが縫ってあった。

 途中で力尽きたのか、絵の上に『おれ』『ばあちゃん』と油性ペンで書いてある。


「かわいい! なんか……すごくうれしいですね」

「そうなんよ。高校になったら『捨てろ!』とか言うから、ここに隠したの。他にも、これは尚人が描いた絵なんよ。梅酒を毎年作るんやけど、そのボトルにね、尚人が絵を描いてくれたの」


 取り出したのは古びた画用紙だった。

 そこにはお酒のラベルが貼り付けてあり、おばあちゃんと五島さんだろうか……畑で梅を取っている絵が描いてあった。


「すごく上手ですね。日付も入ってるし、思い出になりますね」

「そうなんよ。この梅の木、裏にあって、今はばあちゃんがひとりで作ってるけど昔は尚人も手伝ってくれたの」

「来年は私も手伝います!」

「梅ジュース作ろう、それなら絵里香ちゃんも飲めるもんな。それでこれは尚人が買ってくれた虫メガネなんよ。私が新聞が読めないなーって言ってたら商店街で買ってきてくれたのよ。お小遣い使ってね。大切で使われへん。これはバンドエイド。ばあちゃんが転んだ時に尚人がくれたんよ」


 おばあちゃんは缶の中身をひとつひとつ説明してくれた。

 その全部に思い出が詰まっていて、おばあちゃんがものすごく五島さんを大切に思っているのが分かった。

 そして五島さんがおばあちゃんを大切に思っていることも……。

 私は虫メガネを撫でて口を開いた。


「五島さん、おばあちゃんのこと、すごく好きだから、やっぱり厳しいんですよ」


 おばあちゃんはパタンと缶を閉じてため息をついた。


「そんなのわかっとるわ。でも、最近はうるさすぎるわ~~~」

「でも、会社でもあんな感じですよ?」

「今度は会社の尚人の話教えてくれん?」

「五島さんは口うるさいんですけど、責任をちゃんと取られる方です。新人の子に仕事を任せてミスしてもちゃんと責任は取るんです。去年も新人くんに修学旅行のプレゼン任せて! 自分でやったほうが早いのにちゃんとフォローしてて全部準備して、組み立ても練習させて、頑張ってましたよ。でもまあ、新人くんは重圧に負けてプレゼン前日に逃げ出しましたけど」

「アカンがな!!」

「でも五島さんは悪くないですよ。突き飛ばして上手くいく人もいるし、いかない人もいる、それだけだと思います」

「そっかあ。なんかうれしいなあ。うちの娘と旦那さんは事故でぽっくりいってしまって、お父さんも早くに亡くなってなあ。私ひとりで尚人育ててきたんよ。だからこうして尚人のことを話せる人が居なかったの。だから絵里香ちゃんに話せてうれしいわ。尚人の話、したかったんよ」


 そういっておばあちゃんは大切そうに缶を撫でた。

 すると店と反対側の玄関から五島さんが帰ってきた音がした。

 おばあちゃんは本当に缶を秘密にしているようで、ササササと片付けて店に脱走した。

 数分して五島さんが店のほうに顔を出した。


「どうだ?」

「……はい。何も問題ないです。学年ごとに分けたノートが好評で、もう少し単価が高い商品も置きたいなと思って調べています」

「そうか、助かる。ばあちゃんは?」

「ジュースの補充してます」

「そうか」


 そう言って五島さんは店の前に出て行った。

 そして「生ビールのサーバー契約なんて勝手にするな!!」とブチ切れていて、おばあちゃんは「はいはい」とむくれている。

 私はそれを見ながらお互い素直じゃない似た者同士ね……と心の中で笑ってしまった。

 刺繍にラベルに虫メガネにバンドエイド。

 ……とても優しい人。

 もっと五島さんのことを知りたい。

 私は少しだけ、思った。


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