第6話 夏休み
「髪を切りましょ」
姉様が、私の肩より伸びた髪に鋏を入れた。前髪は目を隠すように少し長めに分厚く、後ろは肩上でパッツンと。元から栄養の足りなかった身体は細く小さく、子供のよくするこの長さに髪を整えると、どこから見ても子供にしか見えない。
「いい? 顔を出しては駄目よ。顔はいつも伏せていなさい。年を聞かれたら、十だと答えるの」
何故そうしなければならないかはわからなかったが、私がうなづくと姉様はフンワリと微笑んだ。
「あんたはいつまでも子供でいなさいね」
姉様みたいに綺麗な大人になりたいとは思ったが、到底なれる訳もない。身体は傷だらけだし、胸も尻も薄い。自分と同じ年齢ですでに姉様と同じように着飾って仕事をしている女子がいるのは知っていた。でも、姉様の側にいられるなら、子供のままがいい。
ずっとこのままで……。
たまに見る夢、最近は幸せにすら感じる。あの酷い父親は出てこないし、「姉様」と私が呼ぶ女性は私に凄く優しくしてくれるから。それに、家にしかなかった私の視点が、外に動くのも楽しかった。
たとえ、今いる場所が花街と呼ばれる男性に身体を提供する場所だとしても。
★★★
「髪、切ろうかな」
「え? 琴ちゃん髪の毛切ってしまうの? 長いのも絶対に似合いますのに」
「うーん、肩こえると落ち着かないんだよね」
肩に触れるくらいになった髪の毛を引っ張るようにして、どうするかなと考える。いつもは母親に適当に切ってもらっていた。もしくは千円カット。お金がもったいないというより、髪型の説明をするのが面倒だから。
今日見た夢のせいか、長くなりつつある髪の毛が気になってしょうがない。
「なら、私の行く美容院を紹介しますわ。あそこ、漫画のレパートリーも豊富なんですよ」
花ちゃんは「明日でいい?」とさっそく美容院に電話して予約をとってしまう。花ちゃんもついてきてくれるとのことで、長さだけ指定して髪型は花ちゃんに交渉してもらおうと決めた。花ちゃんは漫画が読めるし涼しいし、いくらでも待ってられるとご機嫌だ。
見た目はフワフワお嬢様な花ちゃんも、漫画オタクっぷりを隠そうとはしていない。最近では、道場の練習の後に勉強会と称して尚武君の部屋に集まるのだが、勉強をしているよりも尚武君の少年漫画を読み漁る方がメインと言っても間違いじゃないだろう。
それでも期末試験は上位に食い込んでいたから、勉強はバッチリしているに違いない。
夏休みに入り、花ちゃんと図書館で涼んでいた。名目は夏休みの宿題をやるだけど、いまだに問題集一ページも進んでいない。
「そうだ。花岡君、学校で合宿なんですって。他の学校とも練習試合とかするらしいんですの」
確かにそうらしい。
らしいというのは、花岡君が勝手にラインで近況報告をしてくるからだ。聞いてないし、聞く必要も感じないんだけどね。
『忙しくてなかなか遊べなくてごめんね』と送られてきた時には、『別に』としか返せなかった。本当に別にとしか思えないから。
「その後はおじいさまのうちに行くんですって。八月終わりの道場の合宿までには帰ってくるらしいけど」
花ちゃんはせつなさそうに大きくため息をつく。花岡君のどこがいいのかわからないけれど、花ちゃんは花岡君への想いを毎日募らせているらしい。そんな恋する花ちゃんは可愛らしいけれど、相手があの花岡君ではあまりすすめられたものでもない。
花岡君が個人のラインやたまに花ちゃんが席を立った時に、二人で会いたいとか言ってきたり、距離感が近すぎることとか、凄く困る。というか嫌だ。
いくら見た目は良くても、生理的に苦手な相手だから。
「ね、練習試合とか見学できるんですって。琴ちゃんお願い。一緒に行ってくれないかしら」
「えっ?! 」
無理、嫌だ……と喉元まででかかり、花ちゃんの真剣な表情に言葉を飲み込む。
「でもさ、あっちは男子校だよ。さすがに私達だけじゃ」
「大丈夫。今日の練習試合の学校は共学らしいから、女の子も応援にくるらしいし。ほら、和君とこは応援が男の子しかいないから、女の子に応援して欲しいんですって。琴ちゃんと二人で来てってお願いされたの。ね? 」
豊かなおっぱいの前で両手を組んで、大きな瞳をウルウルさせながらお願いされたら、そりゃうなづいてしまう。でも、何が悲しくて男の子苦手なのに男子校なんかに……。
「そうだわ、尚武君もいれば大丈夫かしら? 」
良いこと思い付いたとばかりに、花ちゃんはイソイソとスマホを取り出す。いつの間に尚武君とも番号交換したんだろう。
「あ、尚武君? 私、金沢花です。え? 番号? 和君に聞きましたの。あのですね……」
本人から番号ゲットした訳じゃないんだと、何故かホッとしてしまう。花ちゃんはいかに花岡君の練習試合が見たいかを切々と訴えている。いや、私は別に見たくないんだけど……。
巻き込まれ事故だ。
いつの間にか二人で見てみたいことになっている。
「え? 今学校にいますの? 園芸部の水やり? それお手伝いしますから、終わったら是非体育館に。もちろんですわ。土いじりでも何でも! ありがとうございます」
どうやら交渉成立したらしい。
でも土いじり?
花ちゃんの可愛らしいフリルのワンピース姿に目をやる。爪も綺麗にネイルされ、白いサンダルはとても土いじりに向くとは思えない。
ご機嫌の花ちゃんに急かされるように勉強道具を片付け、私達は図書館を後にした。峰学につくと、体操着姿の尚武君が校門の前に立っていた。
花ちゃんがにこやかに微笑み尚武君に手を振ると、尚武君はギョッとしたように花ちゃんを見た。
「おまえ、その格好で手伝うとかよく言えたな」
尚武君、君は正しいと思う。
「あら、普段着ですもの。汚れても大丈夫ですわ」
「もういいよ、体育館に案内すればいいのか? 」
「はい、お願いします」
尚武君は案内すると言いつつ、先を急ぐ花ちゃんの後ろからついて行く形となる。
「なんかごめんね、花ちゃんが無理言ったみたいで」
「別に。元から学校にいたし。あんたもバスケ見たかったんだろ」
「いや、全然」
即答する私に、尚武君はクシャリと表情を崩す。この笑顔好きだな……って、好感がもてるってだけだし! 特別な感情がある訳じゃないし!
「どうかしたか? 」
尚武君の笑顔を見てついキョドってしまった私を、尚武君は不思議そうに見下ろす。
「別に! 尚武君は園芸部? だっけ? 私は後でちゃんと手伝うからね」
「別にいいさ。今日絶対にやらないといけないことでもないし」
体育館につくと、すでに練習試合が始まっているようで、赤青ゼッケンで色分けされた男子達が走り回っていた。その中に花岡君の姿はない。中高一貫だからか、部活は中学生と高校生が合同らしい。
それで初めて会った日に、中三の花岡君が先輩に追いかけられていたのかと納得する。
「和君……和君、いた! いましたわ。ベンチにいます」
花ちゃんの花岡君レーダーは高性能らしく、素早く花岡君を見つけるとキャーキャー跳びはねながら手を振った。花岡君も気がついたようニッコリ笑って手を振り返してきた。
「じゃ、俺は」
「待ってください。二人だけじゃ恥ずかしいです」
花ちゃんが慌てて尚武君を引き留める為に尚武君の体操服をつかむと、尚武君はボリボリと頭をかきながらも留まってくれた。
「本当ごめんね」
私が手を合わせながら小さな声で言うと、尚武君は「全然」と小さな声で返してくれた。
本当、見た目はゴツくて強面なのに、性格は穏やかで優しい。それなのに道場の師範代を勤めるくらい強いとか、なんてなんて……素敵な人なんだろう。
初めて異性に好印象を抱いた瞬間だった。
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