消沈

 数日後。小依先輩恋愛騒動はいつの間にか収まっていた。

 しかし女子会の弊害か、それとも時間の問題だったのか。今度は別のトラブルがやってきた。


「最近は随分と顔色がいいじゃないか。波止場小依とよろしくやってるらしいし、随分いい思いをしてるな」

「そうか」


 眼前の男は舌打ちした。数人で徒党を組んでいる、いわば不良グループである。注目が去った、即ち露見可能性が減ったから来たのだろう。

 彼らの要求は1つだけだった。


「小依先輩と仲良くなりたい……ね」

「うまいこと1人に、監視カメラもなく、無防備な状態で呼び出してくれればいい。そうすりゃ悪いようにしねえって。なんせお前なんか構ってる場合じゃなくなるからな」


 彼らは身体目当てだろう。俺にやってきたことを鑑みれば、美人を前に血が上って直接的な手段に訴えても納得する。いかに万能の彼女でも、男子数人に囲まれれば厳しいはずだ。

 とはいえ、ここで小依先輩を売っても問題にはならない。多分俺の様子、文言、僅かな違いから違和感を抱くだろう。そういう人だ。つまり小依先輩を売っても実害はなく、少なくとも直近の危険回避には最適な手段になる。


「お前にやってもらうのは簡単だ。ちょーっと俺たちを……いや、待てよ? おい、立花と波止場は仲が良いらしいな?」

「そうか」

「予定変更だ、立花と会わせろ。機会だけお前は作ればいい。呼び出すなり何なり。やることは同じだ、簡単だろ?」


 唯依を脅してから、人質にして小依先輩を……ということだろう。俺に与えられた選択肢もまったく同じだ。対象が唯依に代わっただけ。

 どちらを売るか選べと言われれば、俺はこう答える。


「俺を巻き込むな」

「は? はぁー。お前さぁ。最近、調子乗りすぎ」


 あとで2人には要連絡だな。

 視界が揺れた。髪を引っ張られ、脛を思い切り蹴られた。骨は間違いなく折れてないが、叫びそうになった。どうにか声を堪えると、つまらなそうに引き上げていった。無駄なのを悟ったのだろう。小悪党の集団だ。絶対安全の状況以外では仕掛けないはず。


「……顔を合わせ辛いな」


 今日の話し相手は小依先輩だ。取り乱す光景が容易に想像できる。

 何よりも嫌なのが、事の経緯を洗い浚い言ったとする。彼女の心を烏滸がましくも勝手に想像すると、こんな感じだ。

 『……ごめんね、頼りないばかりに。許してくれるなら、もう1度チャンスが欲しい。厚かましいお願いだけど、受け入れてくれるかい?』

 自責と優しさに満ちた返事が来るに違いない。そんなものを言われたら、俺の汚れた心が死んでしまう。また、”そもそも頼らなかった、彼女に押し付けなかった。つまり自分で引き受けた理由”を言えば、間違いなく地雷を踏むことになる。


 逃げるか? 実際、知られなければすべて丸く収まる。体調不良と言えばそれ以上は問題なかろう。それで、歩き方が戻るまでは学校も休む。バレる可能性があると言えば親は納得するだろう。


「問題があるとすれば……俺が動けないってことか」


 弁慶の泣き所へのキックは致命的だった。俺は弁慶の何十倍も弱いので、折れてなくともヒビくらいは入ったんじゃないかと思う。動きたくても動けない。というか立てない。


「……困ったな」


 開けっ放しのドアの隙間から、夕日を受けて輝く銀髪が見えていた。

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