鬼が現れた

 当然だが、唯依は普通の女子高生。部活もあれば授業もある。呼んですぐ現れるとは思わなかったが、昼休みには来るだろうと思っていた。


「……ねえ瞬君、もちろん君が電話するのは見ていたわけだが」

「なら聞かないでください」

「じゃあどうしたんだろうね?」

「問題があれば連絡を寄越すでしょう。行きたくないならそう言います」

「つまり?」

「行けるけど腹が立つからすぐに行きたくはないということです」


 面倒くさい。あいつ緊急事態ってことがわかっているのか。

 小依先輩は息をついて立ち上がった。いい加減雑談のネタもなくなってきたころである。何せ朝から昼休みまでの4時間近く、ずっと喋っていたのだ。


「んー……どうしようか?」

「外にも出られませんからね」

「窓の外でも見るかい?」

「見たって何にもなりません。むしろ盗撮されるかも」

「それはまずいね」


 彼女はカーテンを閉じた。気にしすぎかもしれないが、用心に越したことはない。


「で、どうしましょう」

「食料はある。飲み水もある。ちょっと待ってね、監視カメラを確認する」

「カメラ?」

「盗まれたら困るからね。許可を得て5階の廊下には設置させてもらったよ」


 ほら、と言われてモニターを覗き込んだ。誰もいない。


「というわけで、お手洗いなんかも大丈夫。理論上、数日はこの部屋で耐えられるってわけだね」

「耐えたくないですが」

「まあね、娯楽がないと。と、いうわけで」


 彼女は引き出しを開けて、カードを取り出した。


「トランプで遊ぼう」

「頭脳戦で俺が勝てるわけないじゃないですか」

「んー……そうでもないと思うけどね」

「何故」

「運要素の強いゲームを選べばいいだけさ。ほらっ、君もカードを切って」


 掌に置かれたカードを適当にシャッフルして、いざ配ろうとすると奪われた。


「私がやるよ」

「はあ。雑な甘やかし方ですね」

「うるさいな」


 ともあれカードゲームで時間を潰した。

 大富豪、ババ抜き、その他色々やったが、小依先輩は前評判ほど強くはなかった。良くも悪くもない手の時は滅茶苦茶強いのだが、良い手の時は顔が緩むからやりやすい。悪い手の時は必死に考え込むから強気で行けば勝てる。

 要するにわかりやすいのだ。彼女は頬を膨らませた。


「普通に強いじゃないか」


 弱いとは言えず曖昧な笑みを浮かべていると、机の下から足で小突かれた。


「そういうの嫌い」

「わかりましたよ……じゃあ先輩が弱いから俺が強く見えるんです」


 心底不機嫌そうな表情になったものの、つつかれなかった。こっちが正解らしい。


「もう1回やろうか」

「もうすぐ唯依も来ますから。カードゲームなんてしてたら叱られます」

「そんなに君の幼馴染は怖いのかい?」

「正論で暴行を働いてくるような奴です」


 小依先輩は不思議そうな表情をした。その答えはもう間もなく、恐らく自然とわかるはずだ。

 荒々しいノックの音が聞こえた。優に10回は鳴っていた。

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