時を駆けなかった少女~タイムトラベルラブストーリー~

相ヶ瀬モネ

日常短編ほのぼの? タイムトラベルなラブストーリーです。

〈21世紀になる前の日本某所〉


 ゴシック様式とは、十二世紀前半にフランスで始まり、十六世紀に至るまで、ヨーロッパ各地で広く影響を与えた、建築・美術の様式美のことです。


 グロテスクとは、グロいなどと、気味が悪いという意味で、気軽に使われるカタカナ用語ですが、実は古代ローマ時代までさかのぼる、半身半獣の怪異や、植物文様を多様に組み合わせたグロテスク様式、つまり美術の様式が語源です。


 そしてゴスロリとは、『ゴシック・アンド・ロリータGothic and Lolita』もともとは、フランスのロココ文化のファッションを紀元に、日本で生まれ発展したロリータファッションというものに、イギリスの十九世紀のゴシックファッションを加え、派生した別流派的ファッションです。


 さっきから、なにを言ってるんだろう、わたしは?


 ロココの花、ポンパドゥール夫人のドレスを盗み出して、膝上でスカートを切り取り、黒く煮しめた、パニエを何重にも重ねたような、ヒラヒラとした黒い正装ドレス、そして、某ブランドに、よく言えばオマージュしたと、言い張って似せた、厚底でストラップのついた、ぴかぴか光る黒のエナメル、つま先もハイで、うしろもハイなヒールのブーツを履いたわたしは、畳の上に無理やり、フローリングマットを引いた部屋で、電車の中に突然現れた大量の紳士たちに向かって、彼らの言う“珍奇”な服装の説明をしていた。


 水色の縦ロールの髪の上には、黒いレースと薔薇の装飾がほどこされた、ベールつきのヘッドドレス。


 他人に無関心な政令指定都市&デザイン系の専門学校、と言う免罪符を持っているのを良いことに、そんな装いで、毎日を過ごすわたしは、ボロボロのアパートの一室で、いわゆる“ゴスロリ説明会”を、ようやく終えると溜息をついた。


 ここは、取り壊しておしゃれなオートロックマンションに建て替えようと、オーナーが思いながら、なかなか最後の数人が立ち退かず、お金はかけたくない。かと言って、野ざらしにするわけにもいかない!


 と、いとこのそのまたいとこの土地持ちの叔母さま、つまりただの他人が、わたしの悪評? を聞きつけて、てっぺんからつま先まで、ジロジロ値踏みしてから「おかしな子だけど、大人しいし、キチンとはしてそうね」という素敵な判断で、家賃を無料にする代わりに、ほとんど空き部屋になっている、ボロアパートの管理人のバイトを、させてくれることになった、わたしの住まいだ。


 わたしのコンセプトは、どこかアンニュイで、影のあるレディであることだけど、住まいはアンニュイどころか、シンデレラより酷いので、脳内で苦労知らずで、世間知らずな老舗の三代目の父親が、事業に失敗したために苦労している可哀想な、元ご令嬢という設定で、このボロアパートに住んでいる。


 そんな訳で、わたしは日々の学業に勤しむかたわら、いわゆるゴスロリの恰好で、ほうきを持って、ボロアパートの前を掃除したり、少ない住人から家賃を、受け取って回ったりしていた。


 そんな、とある日のことである。わたしは、籍を置いているグラフィックデザイン科の課題に必要な、B0(1030 mm× 1456mm)と言う、ひとりで運ぶには大き過ぎる木製パネル(通称、木パネ)を5枚購入して、電車に乗り込んでいた。


 あまりの荷物の大きさのせいか、ゴスロリファッションに身を包む、わたしの様子が異様だったせいか、多かった車両の人影は、隣の車両に瞬間移動した。


『ラッキー!』


 そう思ったのもつかの間、電車は急ブレーキと共に、停止して灯りが消え、真っ暗な車内で、倒れてきた木パネの下敷きになって、もがいていると、「ただいま、人身事故により……」などと、恐ろしげなアナウンスが響き、すぐ先に駅の明かりは見えていたが、この大荷物どうしようと困っていると、気がついたら大勢のスリーピースに、古い映画で見た、マフィアが被ってそうな帽子を、きっちり被った、いま目の前にいるサラリーマンの集団に、助けられていたのである。


 まだSuicaなんてなく、自動改札に定期か切符を入れるしかない上に、電車の混乱で切符を落とした人も数多く、少し様子のおかしいサラリーマンたちは、不思議そうに駅を見渡しながら、緊急措置として、開けっ放しになった改札を過ぎて……わたしにくっついて来た。


 どうも土地勘はないらしい。出張でここか、この近場まで来ていたんだろうか? 大人数だな。


「あ、ありがとうございました」

「重たそうですから、お家まで持ちましょう」

「えっ?! いや、そこまでは……」


 重たすぎる木パネの、もはや大きな木の板のかたまりは、一人のサラリーマンが持ってくれていた。礼を言う時間もなく、サラリーマンたちは、わたしをジロジロと囲んで見物している。


「ああ、知っています。裾はもっと長かったと、そう記憶しておりますが、確か英国の未亡人が、そのような服装をしていたと、わたしの曽祖父が、写真を見せながら申しておりました」

「ほう、洋行帰りの高畑くんが言うのであれば、相違ないだろう」

「それにしても、万博に出品するわが社の製品の実験は、大成功ですなぁ」

「しかし時代と共に、服飾と言うものは変わるものですね」

「温故知新と言うヤツですよ」


「なに言ってんの? 頭だいじょう……あ……」


 きっと、さっきの電車で、この人たち、頭打ったんだ! 駅の人に病院に連れて行ってもらわなきゃ!


 しかし、振り向いた地下鉄の入り口は、無情にもシャッターが下りていた。


 出張先の電車の事故で、泊まるところが見つからないのなら、最近流行りの漫画喫茶に行けば? とも思ったが、疲れ切ったわたしは、木パネを担いで帰るのが重く辛かった。


 それに木パネ担いで歩くなんて、レディなゴスロリじゃないし。何人いるんだろう、いち、に、さん、……まあ、大丈夫だろう、ボロアパートの空きは沢山ある。


 助けてもらったといえば、もらったし……一日くらい泊めてあげてもバレないはず……。


 そんなこんなで、ひと晩のつもりで連れて帰ったサラリーマンたちは、なにか長々と話し合ったあと、実は万博に向けて『時空を走る電車』を開発していた、過去のサラリーマンの集団だと、わたしに述べ、うたぐり深そうな顔のわたしは、彼らに先ほどのゴスロリうんちくと、現在の日本について、ざっくりと語り、冒頭の朝に話は戻る。


「あとは、新聞とテレビでも見てください。雑誌もその辺にありますから」


 そう言いつつ、わたしは課題も気になったが、とりあえず黒いナイトドレスに、ヒラヒラのヘアキャップを被って、空き部屋のカギを数個、彼らに渡してから、景品で当てたムーミン柄の布団に潜り込んだが、彼らは枕元で、まだなにやら話を続けていた。


「いつ帰るんですか? これからどうするんですか?」

「しばらく、いまの文化を見学してから帰ろう」

「よろしいですな、幸い出張扱いになりますので、経費は落ちます。領収書は忘れずに!」

「お金、どうするんですか……」

「水色少女が目を覚ましたら、銀行に行ってもらおう」

「最近の若いものは根性がない! 徹夜の一日や二日!」


「うるさい!! あっちの空き部屋へ行って!!」


 そんな訳で、次に目が覚めたとき、わたしは手渡された聖徳太子の万札の束を、福沢諭吉に替えるため、銀行に走るハメになっていた。


 旧札も使えるが、いちいち聖徳太子を出せば、いろいろと面倒になるという判断らしい。わたしの面倒は気にしないのか?! もうすぐ窓口しまっちゃう!!


 聖徳太子の厚みに、窓口のお姉さんには、不審な顔をされたが、ひいおばあちゃんに、御祝儀のために、新札に変えてきて欲しいと頼まれたと言うと、「自宅に置いておくのは危ないので、うちに定期預金をしないか、ぜひ聞いておいて欲しい」と、ニコニコしながら、ラップとティッシュをつけて、お姉さんは凄い厚みの聖徳太子を、これまた分厚い福沢諭吉の新札に取り替えてくれた。


「ひえっ! あれ……?」


 もうサラリーマンたちが、元の世界に帰ってくれていたら丸儲け、これは、全部わたしのものだ!


 ベルギー製のレースと布を購入してワンピースを作ろ……いや、マリー・アントワネットだってゴスロリに目覚めるに違いないと、海外のゴスロリファンにも評判の『ブルー・カーバンクルBlue Carbuncle』ブランドで、マネキンの頭の上に乗ったヘッドドレスから、足元のブーツまで買えるかも!


 わたしは期待で胸を弾ませながら、申し訳程度のドアノブを、そろーっと開けたが、残念なことにマフィアでサラリーマンな集団は、まだ部屋の中にいた。


『ちぇっ! ひょっとして、プロジェクトなんとかだろうか? どっきり? いやいや……』


 過去から来た(と、言い張る)彼らは、そのくらいの情熱で、自分たちの仕事と未来の生活に没頭していた。


 カッチリしたスリーピースのスーツと、マフィアみたいな帽子を被っていた彼らは、今時のサラリーマンの服装を、テレビドラマで学習したらしく、激安スーツ専門店のアキヤマに行って、一揃いのスーツを購入し、昼間は普通のサラリーマンに紛れ、いかにも営業職をしています! みたいな顔で街をうろついて、夜は研究なんだか工事なんだか、なんなんだか、まったく分からないことを、ジャケットだけ脱いで、ときには三日三晩、貫徹で没頭していた。


 さすが昭和の企業戦士だなと、変なところだけ感心したわたしは、家賃代わりに、廊下の掃除を頼むと、縦ロールをスプレーで固め、サファイア色のリップを塗って、お茶会に出かけた。


「変な恰好」


 一人だけ帽子を被っていなかった、いかにも新卒です! みたいな青年がわたしに、そう声をかける。


「そんな恰好、あなただけですよね? いまは、そういう時代なのかと思ったら、あなただけが、凄く変わっていますよね?」


 古いブラウン管のテレビから目を離して、彼はそう言った。


 うっ! 痛いところを突かれた。


「だって、この格好が、大好きなんだも――ん! それにこの辺りには住んでいないだけで、好きな人は気に入ったら、すっごくお金を払って揃えるのよ? 豪華なお茶会とかして! 今日なんて、高級車を買えるくらいの、すごいゴスロリドレスを着た人が、沢山集まるんだから!」


 嘘である。


 そんな豪華なゴスロリは、今頃、同じような豪華なゴスロリと、ホテルで三段重ねのケーキを用意して、ティー・パーティーをしているはずだ。(雑誌で見た。)


 お金のないわたしは、自分で裾が広がった、未亡人のお姫さまみたいな、フリフリの黒いワンピースを縫って、黒のレースをしみじみと縫いつけて、同じように夢だけは見ているゴスロリ女子だけで、喫茶英仏屋に行って、シフォンケーキセットを前に、何時間もベルキーのレースの歴史と、その発展についてなどと、分かったような、分からないような話をして、「手作りのドレスが、今度のハンドメイドマーケットで、何着か売れたらいいのにね」などと、店員の早く帰れ、そんな視線を気にしながら、ボソボソと話をしているのだ。


「それは儲かるんですか?」

「デザインとモノによるんじゃないかな? フランス製のアンティークレースとか、えっと付加価値? とかいうヤツ?」


 この子はアホの子なのかな? 彼はそう思っていたが、「すっごくお金を払って」と言うフレーズは耳に残った。


 それから、ほぼ一年が過ぎ、一体いつになったら、過去に戻るんだろう? やっぱり頭のオカシイ集団を、拾ってしまったんだろうか? そんなことをゴスロリちゃんが考えていたある日の朝、たばこの吸い殻の山を残し、新卒の彼は、ほかのサラリーマンたちと一緒に消え、たばこ臭くなったボロアパートは、ようやく最後の一人が立ち退いて、めでたくマンションとなり、マンションになっても相変わらず、ここに住んでいるゴスロリちゃんのところに、ある日、大きなトランクが届いた。


「こ、これは、憧れのブルー・カーバンクルBlue Carbuncleのワンピース!!」


 豪華で真っ黒なワンピースと一緒に入っていたパンフには、一通の手紙がはさまっていた。


「あ! あのときの!!」


 あのときの新卒は、わたしの情報でうまくやり、高級車くらい高いドレスも売っている、ゴスロリブランドを立ち上げて、大儲けをしていた……。


「わたしに金払え!!」


 送り主の住所に書いてあった、タワマンの最上階、インテリアはグロテスク様式で揃えられ、青いベルベットの絨毯が敷き詰められた一室で、イケオジで、元新卒だった見覚えのあるスリーピースの有名ファッションデザイナーが、怒鳴り込んだわたしを、三段重ねのアフタヌーンティーと、美味しい紅茶を用意して、笑顔で出迎えてくれた。


「ぜんぜんタイプじゃないんですケド、とっても趣味が合うから、しゃーなしで結婚したんです!」


 それから数年後、イケオジと結婚した水色頭のゴスロリちゃんの高飛車な発言に、ブルー・カーバンクルBlue Carbuncleの新作の取材に来ていた記者は、思わずひるんだが、実は押し切られて結婚していたイケオジは、高価なティーカップに入った紅茶を片手に苦笑いをしていた。


 なぜなら出会った頃、新卒のサラリーマンだった彼は、「すっごくお金を払って」と言うフレーズが、彼女を忘れられない理由だと、もとの時代に戻ってから、このブランドを成功させてからも、数年は考えていたが、ある日、それは逆で、彼女を忘れられなくて、この事業に乗り出していたことに、気づいていたから。


 ようは、初めから彼女と紳士は、ひとめ惚れをしていたのだが、水色頭のゴスロリちゃんは、とっても照れ屋さんだったし、常識人の元新卒は、年の差を気にして、自分からは、なにも言い出せなかったのである。


「彼女は僕のミューズなんです」


 イケオジの紳士になった元新卒がそう言うと、真っ黒な装いで、でも年不相応に少し幼い顔の、お人形より可愛い真っ黒なドレスの美少女は、真っ赤な顔で、バタバタと走って、どこかに消えた。


 ふたりが出会ってからもう十年、いや、二十年以上もたとうか、そんな時間が本人たちには関係なく流れているのは、ふたりだけの秘密。


『あなたに出会えたから、いつまでもどこまでも続く、永遠の恋を知っていた……』

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時を駆けなかった少女~タイムトラベルラブストーリー~ 相ヶ瀬モネ @momeaigase

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