第54話:石堂くん:恨みは無いよ。でも、おとといおいで

しばらくして、再び石堂くんが、ギターを教えてくれと言ってきた。

何だろうな、今さら。

文化祭のギターが結構好評だったからな。

ホレられたりして。

まさかね。

ギターの話だろう。

面白くとも何ともないが、退屈しのぎに行ってみるか。何かはずまないなあ……。


軽音楽室のドアを開ける。

躊躇ちゅうちょしなかった。

身体からだが勝手に行く。

ゴロッと重いドアを転がす金属タイヤの音が素早く面倒臭そうに響く。

以外に軽いッ。

いつもの楽器とCDと楽譜の部屋。

投げ置き、開けっ放し。

相変わらずゴミゴミ人の使った形跡。

それっぽいんだけど、なんかシケてるよなあ。

こんなにガキッぽくてチャチだったっけ……。

なんかイカせえ。

チラッと反射する二つのガラス。

お、相変わらず知的なメガネ。

石堂くんが、ギターを抱えてチャカチャカ音を出している。

難しい顔して首をかしげ〝こいつが言うこと聞かなくてよ〟ってな顔で座っている。

ブッときだしそうになった。

ギター持ってねえじゃん。持たされてるよ。

石堂くん、ふところえるんだよ。

私は、やれやれ……、な笑いをこらえながら、近づいた。

両手がジャケットのポケットに〝邪魔くせえ、疲れる〟と勝手に入る。

「なに?」

 私が放り投げるように聞くと、石堂くんは、ウッと意表をかれたように身構え、ソワソワした。

「あ……、この間の『Smoky』だけどさ、イントロがやっぱり難しくてさ……」

 まだイントロやってんの?。

 とっくにソロパートまで行ってるのかと思ってたよ。

 発する私。

「やってみて」

「え?」

 当たり前だろ。お前がやらなきゃ誰がやるんだよ。

 私はじっとしている。

「こうだったかな……」

 困ったように、オドオドげんを上から下へ、チャッ、チャッ、チャッと降ろす。

 こいつ、教えたこと、おぼえてねえな。

「そりゃ、表。裏だよ、裏。スカ」

「あ、そうか……」

 女のスカートめくるような中途半端にスケベな動きでげんを下から上へはじく。

「合ってる……?」

 上目使いで申し訳なさそうに聞く。

 じゅうぶん間違ってるよ。

 コードが違う。

「二つ目は上がる。G・シャープ・セブンス・マイナー」

「シャープ……?。えっと……、どうだったかなあ……」

 あたふた、しどろもどろ。指が迷子。

 時間がもったいね。

 この時間、昼寝なんだよ、私。

 サッサと背後にまわって、ガバッと指をつかんでネックの上に置いてやった。

 ドクンと石堂くんの身体からだね上がる。

 何やってんだよ。こっちはAV期待してきたんだよ、青春映画じゃ濡れないよ。

「違う。2拍と4拍。1拍と3拍は捨てる。頭の中でリズム取ってる?」

 石堂くんは唇をとがらせ、スネたように言う。

「そうだけど、俺、どうしても、1、2、3、ハイって、身体が……」

 石堂くんの白いうなじ

 細い毛がさわさわいて、耳朶みみたぶにパラつく。

 耳ねえ……。

 赤い。なんか、える……。

 こいつ、ドンくさいんだ……。

 耳、めちゃおっかな……。

 ヤレヤレと頭が垂れる。

「ちょっと手本見せてよ」

 働かすな!。

 私の手は、また疲れてポケットに戻った。

「石堂くん、CD買って練習しな。耳で覚えてさ。私、クリームの『サンシャイン・ラブ』コピーするのにCDプレーヤー3台こわして練習したんだ。それを右から左へ、って訳にはいかないよ。別の人探しな」

石堂くんは、丸裸にされたように、石ころのようにちぢこまる。

私は去った。

去りながら、石堂くんに「ざまあみろ」という気持ちは無かった。

ただ、オチンチン見れなかったなあ……、と思っただけである。

石堂くんは、確かに一回私を裏切った。

でも、そのことに対してうらみは無い。

思い出すことはあるけど……。

私は、石堂くんとセックスしたいと思わなかったから彼の気持ちを押し返した。

〝私を好きになって欲しい〟ではなく〝私を好きにならないのなら、私の方から要らない〟である。

それだけのことだ。

(つづく)

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