第4章 ロックに生きる!:そろそろ覚悟しないとねッ

第28話:失策:やっちまった。もう、戻れない。

朝、学校へ行くと、上履うわばきが無い。

入れ間違えたのか、縦、横、斜めと四方八方探すが、見当たらない。

朝の自由時間を上履きでねばっても仕方がないので、私は、取りあえず来客用玄関でスリッパを借りた。

教室へ向かう廊下、教室へ近づくにつれ、どうもすれ違う生徒の目がおかしい。

目が合うと、ばつが悪いようにソワソワと泳ぎ出す。

鼻毛でも出ているのかなあ、歯磨き粉の跡でもついているのかなあと鼻元口元を指の腹でさする。

たまらず手鏡で確かめるが、何も無い。

それでも、幾数いくすうの目はウヨウヨ泳いでいる。

私は、教室へ急ぐ。

「何かある……」と悪い予感で鼻息がどんどん荒くなっていくのを感じながら教室のドアを開けると、すべてが判明した。


 大海原おおうなばらの孤島になった私の机の上に、私の上履きが、発見者を求めるのをめた死を待つ漂泊者のようにぽつねんとさらされていた。


横から差し込む朝日がたたき付けている。

そして、なまりのような重い影を作る。

そのとがったコントラストが、目を切るように視界に突き刺さってくる。

物音がしない。

ヒソヒソ声だけが、空間を支配し、針を入れられたようにツキーンッと耳に刺さってくる。

みんなが私のことを斜めに話している。

人の目がウヨウヨとうごめき、蛆虫うじむしのように私の身体からだにへばり付く。

無言の威圧。

私は目を合わせられない。

そんな目で私を見るな!。

身体が熱い。

熱くてジンジンしびれる。

息が苦しい。

目の前が暗くなる。

私、どうしたら……。

今岡の次はとうとう私か……。


原因は浅倉のバカッ。あいつヘタだッ。

3年の水谷派の部員が教えてくれた。

浅倉は「私に辞められると困る」と言って、西野に直談判したそうだ。

そんなことしたら、私が西野の標的になるのは当然だろッ。

西野を利用しろって言ったんだよ。依頼してどうするんだよ、バカッ。

浅倉は、きまり悪そうに私と目を合わさない。

しかし、私も大っぴらに浅倉を責められない。

浅倉に裏工作していたことがバレると墓穴ぼけつを掘る羽目になる。

これ以上の被害は受けられない。

これは、私の落ち度。

浅倉のマヌケに頼んだのがバカだった。


しかし、きついな……。

これがイジメか……。


ネチョネチョと背中や脇の下からドロッとげついた脂臭あぶらくさい汗をかく。

鼻を握りつぶされたようで息ができなくなり、身体がだるい。

いつも誰かに見られている重さを感じる。

視線のやりの雨を浴びる。

みんな、島をつくって、私の有ること無いこと、ヒソヒソとまゆひそめて、汚物を触るようにうとんじて話している。

昨日まで何事もないように接していた人が、これまた何事もないように平然と無視をする。

うんこの大名行列。

私が廊下を歩くと、そこだけが、バイキンが通るように、みんな、触れまいとして身をかわすように避けていく。

プリントが前の席から配られてくる。

西野派の生徒が、わざと私を飛ばして後ろの席の生徒に渡す。

そして、一枚余ったと言って教師へ返す。

私は、もらってません、と前へ取りにいくしかない。

すると、みんなが私を見る。

教師は、ボーッとするな、と何も知らずに真面目に私を注意する。

わたしは仕方なく、すみません、と言う。

すると、やっぱりみんなが見る。

化学の授業。

実験室。班分け。

当然、はぐれ者だ。

居場所が無く、後ろの席で巨岩を背負わされているような拷問ごうもんの時間を、ひたすら早く終わるのを願いつつやり過ごす。

みんな、横目でチラチラ私を見ては無視を決め込む。

実験結果をレポートで出せ、と言われても出せない。

実験に参加していないんだから。

適当に教科書と資料を写して提出する。

すると、次の時間に、お前だけ内容が違う、と責められる。

私は謝るしかない。

その時も、私の視界には、うにょうにょと浮遊して私を取り囲み、ねばねばと身体にへばり付いて私の首をめつける人の目だけだ。

口や手による嫌がらせが終わると、今度は、噂。

有りもしない話を作って、校内中にき散らす。

「売春した」「妊娠した」「中絶した」。

バイキンから今度は娼婦というきらびやかな色がつく。

派手な色なだけに、校内のどこを歩いても注目の的だ。

本当の生理で体育を休んでも、中絶手術の後遺症だと言われる。

一番こたえたのが、私は父親の愛人の子で、今の母は血のつながらない元風俗嬢である、という噂だ。

これには参った。

腰から地面にくずれ落ちて泣きつぶれそうになった。

親の悪口はやめてくれよ。

親に罪は無い。

もう、一家そろって罪人扱いである。

メシを食う。

一人。

味なんてしない。

娘が学校で、こんな目にってるのも知らずに、セロリの牛肉巻きを作ってくれる母を思うと、鼻の奥がツーンと締め付けられ、涙が出る。

それでも一人き込む。

みんな、憐れみとさげすみの眼差しで見ている。

一通りイジメの洗礼が終わると、今度は見世物みせもの小屋の開店だ。

客は、皆、男子。

バレーの授業。

私にトスが上がる。と言うより、私にトスを上げる。

スパイクなんか打てない。

水族館のオットセイのように身体をクネクネ踊らせながら、相手コートにボールを押し込む。

はずかしめの拍手喝采。

またトスが上がる。

クルクル狂ったように私はフラフラ不様ぶざまにまわる。

気が狂いそう。

それでもトスは上がる。

力尽きるまでトスは上がる。

私の俎板まないたショウ。

灰色の人たち。

みんな、見てる。

私の息は切れる。

クラクラ酔っ払い。

みんな、笑う。

視線が痛い。

それでも私の肌は、悲しいかな、若く強く、あらゆる紫外線をね返すことができてしまう。

でも、一つだけ、私の肌を突き刺し、肉を引き裂き、心を焼きつぶす光がある。

石堂くんだ。

石堂くんが見てる。

石堂くんが憐れむように私を見てる。

私はコールタールの海を泳ぐ。

波をいても掻いてもドロドロ重く、先へは進まない。

陸へ上がれば真っ黒け。

黒炭くろずみのヌメヌメを落とせば真っぱだか

陰毛まで丸見え。

みんな、見ている。

私は急いで乳房と下を手でおおう。

一人コント。

みんなが笑う。

私はサルのように丸くなって背中を向ける。

すると、尻の穴が丸っさらし。

みんな、みんな、笑う。

みんなはいい。でも、石堂くん、貴方は見ないで。

私を見ないで!。見ないで!。

重い……。

どこで何をしようとも、目と目と目だ。

そのたびに息ができなくなり、背中に岩が一つ一つズドンズドン乗っけられ身体からだが潰されていく。

もう立てない。

「独り」ってこんなに苦しいのか……。

集団は楽だった。

決して積極的ではないにしても、取りあえず入っていた集団が、今となっては、無性にいとおしく思えてならない。

なんだかんだと理由をつけて「不本意ながら入ってやってます」と言ってツッパっていた私も、結局は、集団の庇護ひごのもとで甘い汁をすすっていたわけだ。


 甘かった……。


こんなに辛いとは……。

身体も心もけずられていき、先々の希望まで奪われていく。

死にたい。

でも怖くて死ねない。

どうする……?。

最後の最後にケンカするか?。

勝ち目は無い。

しかし、このままでは終われない。

悔しい……。

殺意さえ覚える。

せめて、この苦しみを、辱めを西野たちにも味あわせてやりたい。

しかし、どうやって……。

私、一人……、具体的な案なんて浮かばない。

このままやられ損かよ……。

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