第27話:イジメ理論:学会にでも発表しな

聞こえない……。

音がない?。

ちがうッ。デカすぎて耳がかれたんだ。

地鳴りのような、視界が割られる破壊音を立てて、机やイスが吹っ飛んだ。

ガシャガシャーンと雪崩なだれのように音が空から落ちてくる。

男子生徒のケンカだ。

突然始まった。

激しくつかみ合ってみ合って台風のように机やイスをぎ倒し、教室の真ん中にぽっかりとほこりだらけの薄汚うすよごれた土俵を作る。

その中央で、ミミズが不様ぶざまからみ合うように互いの力をせようとしながら相手をこわそうとする。

首をめ、拳を顔面に振り下ろし、そして、ひざを腹にえぐり込ませる。

床に黒い赤の液体がどろっと垂れ落ちる。

闘鶏とうけいを見るように面白がってヘラヘラ眺めている者。

恐怖に耐えられずその場を立ち去る者。

恐怖と興味を混じらせながら視線を固まらせて立ちすくんでいる者。

やがて、男性教師がうずの中に飛び込んできて、二人を止めた。

途端に、教室が青ざめて溜息をつき、なぎが訪れる。

みんな、パラパラ大人しく散らばっていく。

祭は終わった。

そして、台風一過いっか残骸ざんがい


私は、西野のことを考えていた。

何故、みんな、西野に恐怖し、従うのか?。

結局は痛みだ。

逆らえば、無視され、仲間はずれにされ、誹謗中傷の嫌がらせを受ける。

それでも逆らえば、最後には暴力である。

誰だって痛い思いをしたくない。

その考えが突きつめるところまでいくと、極論は死の恐怖だ。

でも、それだけだろうか?。

素手すでの女子だ。

3人組のうでぷしは強力かもしれないが、せいぜいリンチ止まりで死にはしない。

イジメの恐怖は肉体じゃない。

精神だ。

もっと具体的に言えば「恥」だ。

この間、体育館裏で西野におどされたとき、確かに私はまわりの目ばかりを気にしていた。

取り囲まれてせられているさまを誰かに見られてやしないか、翌日その噂を校内中に垂れ流しにされはしないか、そればかりを気にしていた。

身体からだれられて、痛みは感じなかった。

つまりは、みんなに「あいつ、殴られた。ケンカに負けた」と言われる羞恥心しゅうちしんだ。

もし、この世に私と西野しか居なくて、仮に、私が西野にボコボコにされても、痛いだろうけど、そんなに傷つかないと思う。

むしろ、もう一回挑戦してやろうとか、あるいは、このあと、この世でこの荒野を何とか一人で生きていかなければならないという個人的な一方通行の感情で一杯で、暴力に対する特別な感情は抱かないだろう。

ただ肉体的な傷が残るだけだ。

これが、他者がたくさん見ている世界でだったらどうだろう?。

なぜ私だけが痛い目にったかという、苦しさとくやしさと恥ずかしさで一杯になる。

一人損した感じ、つまりさらし者だ。

イジメの恐怖はこれだと思う。

しばらくの間、被害をこうむった傷をズルズル引きずって見せしめにされる苦痛だ。

の注目。

仮に、水谷と私が協力して戦って敗れたとしたら、さほどは傷つかないだろう。

仲間がいることが重要。

負の視線が分散されるからだ。

文字通り、痛みを分かち合うわけだ。

自尊心の傷つき。

これがデカい。

人間なんて見栄で生きてるってことか……。

じゃあ、どうすれば西野を押さえられるか?。


私は、運動場に出た。

昼休みで、みんな、サッカーやバスケに走りまわっている。

バタバタまわりにまわっている。

まるでグツグツと煮え立って、具を宙返りさせている鍋の中。

私は、その真ん中に立って、激しく旋回せんかいするうずまれる。

風が舞い、一直線に頭上の空を突き刺す。

秋の空は乾いている。

土埃つちぼこりくさい。

ワーワー喧騒けんそう凧糸たこいとのようにグルグル私に巻き付き、やがては全身をおおい、そして、世の中を遮断させる。

静かだ……。

私は考える。

だったら、西野にも恥をかせればいいんだ。

私と一緒に晒し者になってくれる者が私側に居ないのなら、相手側を傷つければいいんだ。

相手を晒し者にさせればいい。

西野たちは5人。

5対1では物理的にムリ。

でも、西野か八坂のどちらかに傷を負わせれば注目は集められる。

拳の一つをえぐり込ませるんだ。

そうすれば、私は、単に完敗したのではなく、一矢いっし報いた、抵抗した、そして、相手にダメージを与えたことになり、あいつらにも負の視線を向けさせることができる。

道づれだ。

これしかない。

一人でも相手を道づれにするんだ。

私の立ち止まった足は、再び、カラを吹かすエンジンのように動き始めた。

心臓がムダにバクバクしていた。

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