第3章 からまわり:策士、見事に策におぼれた

第23話:ゴーストタウン:デカダンスの失業者

曇天の海開き。

ぬるい……。

ゆらゆらシラケ鳥。

ベチャベチャくたびれた波。

ねずみ色の砂。

しっけた神主かんぬしの声。

誰も聞いちゃいない。

イヤイヤ立たされるチンケな水着姿の人々。

早く帰りたい。

テキ屋だけがピーヒャラ空騒ぎ。

キーンと無音の耳鳴りが顳顬こめかみにズキンズキンくる。

しぼんだダルマ。

みんな、倒れることもできずにゴロンゴロンと行くあてもなく床を転がる。

ついでに私のギターも転がる。

ビローンビローンと、しなだれた夕方の朝顔のように、げんく音が低空を浮遊する。

だるい……。

でも、だるいとは口に出せない。

だから、バラバラと弦をまさぐる。

すると、やっぱりだるい音。

 棒読み。

〈私を一人にしないで下さい〉

 ハイ、続けて。

〈もう、誰も邪魔する者はいない〉

 ハイ、続けて。

〈公爵さまッ〉

 八坂、浅倉の胸元へ。

 ハイ、続けて。

もう、誰も何も言わない。

痛みを感じることを忘れた。

天下が平定されたんだ。

みんな、自分の台詞せりふを言ってハイおわり。

自分の道具を片付けてハイおわり。

自分のセットを組み立ててハイおわり。

誰も強制しないし、誰も反対しない。

それぞれが自分のノルマをこなすだけ。

話し合いは存在しない。

正しいか正しくないかは西野が決める。

めでたい話。

誰が観るんだ、こんな芝居。

やってるこっちが感動できないものを。

まあ、西野は、観せるためにやってないんだけどね。

一人一人じっと顔を見つめる。

誰とも目が合わない。

夜空の無数の小惑星の軌道きどうのように、奇蹟的にかち合わない。

みんな、ただ、ひたすら文化祭が終わるのを待って太陽系の周りをぶつからないようにまわっているんだ。

私も廻る。ケガしないように。

自分の軌道を廻る。

ほんとにコントだ。

〝チャンチャンッ〟て音つけてくれ。

バンドは行けない、ギターは弾けない、部活は辞められない。

辞められない?。

辞めればいいじゃないか。

でも、辞められない。

水谷がいるから。

一人で頑張っている。

ドン・キホーテと呼ぶには余りに悲しい。

それでも水谷は、八坂の大根に稽古けいこをつける。

〝大根〟って言うのも役者に対して失礼だ。

役者以前の話だから。

みんな、水谷がやり続けるから辞めないのかな?。

水谷は自分のシナリオを投げ出したりはしない。

だとしたら、みんな、西野の落とし穴にまっているってことだ。

私もみんなも抜け出せるのに抜け出さない。

誰が一番先に抜け出すか待っているんだ。

みんな、後頭部に付けた目で、背後から他人のことを目ざとく見張っている。

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