第21話:恫喝:ビビってんじゃねえよ、自分

昼休み。

快晴の運動場からピーチクパーチクはしゃぐ声。

体育館裏。

日陰。

ヒンヤリ肌を刺す。

薄灰色うすはいいろき出しのコンクリート。

ニジッと砂利を踏む音。

口の中の弁当の食べカスがのどから鼻にムンッとせ上がる。

動けない……。

囲む5人。

私は、西野たちに呼び出された。

昨日のことだろう。

覚悟はしていた。

10本の足。

西野のは白いな。

妙に上品でいやがる。

「あんたねえ、ちょっとギターができるからって、生意気じゃないの?」

 川田が、まず切り込む。

 誰もニヤけていない。

 マジだな……。

 最後までいくかもしれない。

 私は、数分後ボコボコに青アザの付いた自分の姿を想像する。

「あんた、ここに呼ばれたの、どういう理由か分かってるんだろうね」

 西野が低く落した。

「……」

 身体がピクリともしない。

 背骨がねじられたようにうずいて足が鉄の棒のように固まっている。

「こっち、見なさいよ」

首が重い。

初めてまともに見上げる。

西野の目が、三白眼さんぱくがんになっている。

しゃくれた口が真一文字だ。

いつものように軽薄じゃない。

部活での、ヘラヘラ麻薬やってるようなトロンとした赤や緑のサイケデリックな空気ではなく、標的を定めたまっすぐな重い黒い空気だ。

やられるかもしれない……。

にらみ合う。

「睨んでんじゃないよ」

川田が、肩を押した。

上半身をのこぎりで一気に引っかれたようなビーンと電気みたいな衝撃が走った。

背筋が鋼鉄こうてつのように冷たく固まって伸びる。

腹の下がズンッと血で膨張ぼうちょうして破けそうになり、おしっこを漏らしそうになる。 少しちびってたかもしれない。

 これか……。

暴力の恐怖。みんな、黙って従って、やりたくもない今岡のイジメに参加するわけだ……。

「あんた、稽古けいこすっぽかして、どれだけの人に迷惑かけてると思ってんのよ」

西野がマジメに説教たれる。

テメエたちには言われたくない。

そんなこと、言われなくたって分かってるよ。

しかし、そんなこと通用しない。

西野は、その瞬間の感情で生きてる。

他人の立場なんていっさい目に入らない。

いい性格でいやがるんだ。

「何とか言いなさいよ!」

西野が声を張って突き付けた。

殴られる……。

どこに痛みが走るのか?。

身体からだ中の筋肉がズキンズキン病的に強張こわばる。

川田の、軸足じくあしる威圧の気配が、砂利を踏むガリガリッという音で迫ってくる。

ビンタか?。ボディか?。

もう間がない。

私は、刀を抜くのか?。

抜けば10本の刀が飛んでくるぞッ。

覚悟は有るのか?。

このあと、みんの前にさらし者だ。

耐えられるのか?。

どうするんだ、私。

やるか?、やられるか?。

決めろ!。

「すみません……」

 怖かった……。情けないくらい卑屈ひくつになっていた。

「おとなしくギター弾いてりゃいいのよッ」

西野が言い捨てる。

私はこぶしを握りしめた。

でも、振り上げられない。

足がガクガク言っている。

その足を、川田が、行きがけの駄賃だちんに、スコンとった。

エビがおびえ逃げるようにワナワナ不様ぶざまに腰を引いてしまった。

なんて見っともない!。

自分でも恥ずかしい。

ご機嫌な風を吹かせて去っていく西野。

誰かに見られていないか?。

そればっかりが気になって、目の玉だけが狂ったようにキョロキョロ見苦しくまわっていた。


その夜、眠れなかった。

最後まではやられなかった。

私は、助かったかもしれない。

でも、震え上がってたじゃないか。

ベッドにもぐると、西野の声が繰り返し頭の中を旋回せんかいする。

そのたびに悔しさで涙が出そうになる。

〝お前はギターを弾いていろ〟。

こぶしを挙げられなかった後悔。

腰を引いてしまった後悔。

あの、エビのようなみじめな自分。

エビ女……。

思い出すたびに怒りで鼓動こどうが高鳴り、身体からだ鬱血うっけつして、布団の中が熱で汗だくになる。

西野たちは、明日、私をビビらせたことを言いふらすのかな……?。

それとも、誰か見ていたかな……?。

どうして、何でもないほんの些細ささいな会話のように余裕で振舞えなかったのだろう?。

なぜ、前へ出ていかなかったのだろう?。

私は、やらなかった。

絶好のチャンスを逃したセンス無い間抜けなスポーツ選手。

散々だ。

悔しい。

眠れない。

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