第14話:統治統制:トップが無能だと……

翌日、池田のもとでヒロインの配役が行なわれた。

一応、立候補を取る。

煙たいくすんだ部屋。

みんなのく息が鼻にネバネバへばり付く。

誰も喋らない。

みんな、身体が斜めだ。

椅子に肩でもたれかかっている者。

壁に顔を押しつけて寄り掛かっている者。

地べたにへたり込んで首を落としている者。

誰かが指の腹でピタピタと床をたたいて不規則なメロディーをかなでている。

誰も手を挙げない。

最悪の出来レースが今から始まろうとしているんだ。

誰も参加したくない。

勝っても負けてもブチこわし。

「誰かいませんか?」

池田がおびえて声を張る。

誰も目を合わそうとしない。

川田が、2リットルのペットボトルの水をグビグビとあおる。

「推薦でもいいですよ」

無意味な池田の司会。

もう分かってるんだよ、みんな。

クッと西野が鼻で笑った。

ビクッとその鼻息に反応して数人の部員が身をすくめる。

あごがしゃくれる。

「カカカカカーッ」

と西野が高笑う。

みんな、一斉に申し訳なさそうに下を向く。

自分に火のが降り掛かるのが怖くて避けているのが申し訳ない。

「水谷さん、どうなの?」

池田が無責任に水谷にパスを渡す。

みんな、一斉に水谷を見る。

風向きが変わって、火の粉が水谷の方に。

避難できて良かったと、みんな、胸をで下ろす。

水谷の視線は泳ぐことなく、グッと遠くを見つめるように力強く固まっている。

みんな、水谷に、すべての苦しみを背負ってくれるようにおがむ。

水谷は、迷い無く、低く発する。

「ある程度、台詞せりふが入る人が代役になった方が」

あまりいい返しのパスとは言えない。

確かに理屈だが、融通が利かない。水谷らしい。

でも、この場合、部長の立場をもっとかした発言が……。

「文化祭までに台詞おぼえればいいんでしょう?」

八坂が水谷の理屈にすばやく食い付いた。

一斉に溜息がれる。

あまりに速い八坂の反応は、攻撃色をはらみ、

みんなを一気にちぢみ上がらせた。

「それはそうです」

水谷は冷静に答える。

「だったら誰だっていいじゃん」

西野が舌なめずりして笑う。

みんな、事態が間違いなく悪い方向へまっすぐに進んでいることを悟る。

「そうじゃないの?」

「……」

水谷は、やはり遠くをじっと見つめる。

止まるみんな。

塵埃ちりぼこりの舞う音。

静寂。

今度は長い。

池田も、もうパスを出すところが無い。

息がまる。

煙たい……。

モワーッと脂汗あぶらあせが目の前で蒸発する。

水泳あとのウヨウヨうごめく酸欠状態の更衣室のにおいだ。

もう、いいよ、八坂。

早く言え。

部員を目でめまわしながら首をヌッと出す八坂。

「私、立候補しちゃおっかなあ」

終わり!。

窓が割られ、一気に酸素が雪崩なだれ込んだ。

みんな、必死になって吸う。

なんて不味い空気だ。

もう、みんな、これ以上かかわって苦しみたくない。

池田が稽古けいこの号令を発する。

すると、みんな、火事のビルから脱出するように自分の居場所へと散らばった。

私もとりあえず避難する。

あいつらに関わりたくない。

知らん顔でギターをチューニングする。

速攻で、みんな、自分の仕事に逃げ込む。

でも、一人だけ逃げられない人間がいる。

水谷だ。演出しなければならない。

本気で演出するのか?。

八坂を。

アイドルがテレビでやるコントじゃねえぞ。

この私ですら一抹いちまつの不安がよぎる。

知りたい、水谷の心が。

事務的と割り切っているのか?。

何か策があるのか?。

そんな水谷は、何食わぬ顔をして台本を持って浅倉のもとへ向かう。

浅倉は、まったく何もなかったように水谷の演出の下で、新ヒロイン・八坂と照れくさそうに顔合わせをする。

しかし、あっけらかんとしているな……、こいつは。

こいつは、確信犯でシカトしているのか、ただ単に鈍感なのか、

何を考えているのかさっぱり分からない。

分かることは、こいつは、他の芝居なんてどうでもよくて、

私のギターのシーンだけを楽しみにしている。

テメエの男前の見せ場だけウマくいけば、文化祭の成功なんて関係ないのだ。

やたらとあのシーンの練習をやりたがる。

自分の世界にめでたく熱中していて、まわりがまったく見えていない。

言うなれば、天然の無責任だ。

いい性格ッ。

楽だろうな、きっと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る