最終話 シュルーナ

 ライブハウス。バランタイナ。


 本日のライブはナシ。そんな日は、夕方6時からバーとして経営している。オープンまで時間のある中、カウンター席には学校帰りの和奏が腰掛けていた。「ふぇえへへへ」と、気持ちの悪いにやけ顔で、スマホを眺めている。


「和奏ちゃん。毎日が楽しそうだね」


 隣にいた穂織が、微笑ましく言った。


「いやぁ……あたしたち始まったな、って思ってさあ」


「うんうん、わかります。完全にバズりましたね」


 心音も、自分のスマホを確認しながら言った。


 ライブが終わってからというもの、応援メールが止まらない。学校の下駄箱も机も、連日のようにファンレターでいっぱい。ツイートすれば、溢れんばかりの『いいね』にリプライ。嬉しくてたまらない和奏たちは、律儀にも全員に返信。その健気な神対応に、ファンの好感度もぐんぐんと上昇。


 現場にいた奴が、あの暴力的なライブの動画をアップしたらしい。スマホで撮影していたようだ。『炎上王子が、極道の下半身を執拗に攻めている件』で検索すると、見ることができる。


 内容が内容だけに賛否両論あったが、さすがに今回は、シュルーナを応援してくれる者も多かった。血まみれになりながらも、ライブを最後までやり通す彼女たちに感動してくれたらしい。


 とばっちりを受けたのは秋野道場だ。ちんちんを強襲するような武術を娘に教えるなど言語道断。青少年の育成に関わる組織の方々から、執拗に攻められているらしい。大炎上している。


 そんなわけで、とにもかくにも有名になった和奏たち。事務所には、仕事の依頼がバンバン舞い込んできているそうだ。


 ふと、店の扉が開いた。


「いらっしゃーい」と、言いながら、店に入ってくるのはエミル先生だった。


 ――ん? いらっしゃい?


「おはようございまーす。エミル先生も京さんに呼ばれたんですか?」


 心音がにこやかに尋ねる。


 和奏たちがここにいるのは、京史郎に呼び出されたからだ。業務連絡があるらしい。なぜか、事務所でなくここでミーティングをするとのこと。


「うんにゃ。今日からここで働くことになったの。京史郎くんが、口利きしてくれたおかげでね。ね? 暮坂さん」


 カウンターの向こうで、仕込みをしている暮坂が、静かに答える。


「はい。誰かさんたちのせいで、あまりイメージの良くないライブハウスになってしまいましたからね。腕の立つ女性が欲しかったんですよ」


「京史郎くんが、この店がシュルーナのメイン会場になるって言ってたよ。徐々にアジト化するって。ちなみに、あんたたちは店のメニューは食べ放題、飲み放題だから」


 会場のレンタル料金も含めて、京史郎が定額での契約を結んだらしい。


「まじっすか! じゃあ、かきあげ蕎麦! いっやあ、ライブするところもできたし、タダで飲み食いできるし、アイドル最高!」


 和奏に続いて、穂織も注文する。


「私は、アーモンドジュースがいいな。蜂蜜タップリで」


 テンション高く心音も続く。


「フルーツパフェ、ありましたよね!」


「はい。わかりました。――それではみなさん、営業時間外は厨房をお貸ししますので、自分で作ってくださいね。私は仕込みがありますし、エミルさんは清掃作業がありますので」


 暮坂が、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。


「ふぇええっ? セルフなのか? 蕎麦なんて茹でたことないよ」


「和奏先輩は、お母さんのお料理手伝ったりとかしないんですか?」


「和奏ちゃんのうちはね。男子厨房に入るべからずという、お父さんの教育方針があるのさ」


「ありゃりゃ。なんて時代錯誤なんでしょう。っていうか、男子じゃないですよね?」


「うーむ。穂織、作り方わかるか?」


「わかるよ。代わりに作ってあげるね」


「いや、教えてくれ。ちょっとやってみたい。ふふふ、売れっ子アイドルになったら東京に事務所を移転とかしそうだしな。そしたらひとり暮らしだ」


「えっ……ルームシェアじゃないのか?」


 なんだか、残念そうな穂織。


「それもいいな。けど、それでも料理ぐらいはできた方がいいよな?」


「じゃあ、私も手伝いまーす。お料理得意ですから、任せてください」


 賑やかしく料理を始めようとする和奏たち。すると、再び店の扉が開いた。店員気取りで声を飛ばす和奏。


「すんませーん。まだ開店前で――って…………………ん? んん? 社長っすか?」


「おう」


 入ってきたのはミイラ男だった。包帯からはみ出る抹茶色の髪のおかげで、かろうじて京史郎だと認識できた。肌色が見えるはずの部分は、顔面を含めて完全に包帯が巻かれていた。右足と左腕はギプスを嵌めている。松葉杖で、かろうじて歩けているといった感じだ。


「きゃあ! 京さん、どどどどうしたんですか!」


 いつものように突撃しようとする心音。穂織が彼女の後ろ襟を掴んで、ぐいと引き寄せる。


「ぐにゅがっ!」


「さすがに、そっとしておいてあげようね」


 痛々しそうな京史郎を眺めながら、和奏が尋ねる。


「だ、大丈夫すか? 一体誰がこんなことを」


「こいつ」


 京史郎が、親指を後方へと向ける。すると、遅れて姿を見せた。


 ――柄乃夜奈が。


 和奏は思わず身構えた。穂織も心音も、エミル先生も戦慄する。暮坂は、機嫌よさそうにおつまみの仕込みをしていた。京史郎が説明のために口を開く。


「ここに集まってもらったのは他でもねえ。これからしばらくの間、この店がうちのメイン会場になる。週一ぐらいでライブをやらせてもらうつもりだ」


「エミル先生から聞きました。……あたしらが気にしてるのは、そっちっす」


 和奏は、視線で夜奈を示す。


「こいつは、うちのニューフェイスだ。どうしてもアイドルをやりたいっていうから、仕方なくオーディションを受けさせてやった。不本意だが、採用することになった」


「お、おーでぃしょんって……最終試験で殺し合いでもしたんすか?」


「…………真面目にアイドルを目指している奴を笑うと、歌の神様がやってきて、木刀で叩きのめされるんだ。おまえらも気をつけろよ」


「あたしの時は、きてくれなかったっすけどね。歌の神様……」


「け、けど、その。大丈夫なんですか?」


 心音が心配そうに問う。すると、夜奈がようやく口を開いた。機嫌悪そうに。


「なんや? うちが芸事したらおかしいんか?」


「そそそ、そういうわけじゃなくて……。ほら、ちょっと前までいろいろありましたし……」


 穂織の背後に隠れてしまう心音。うん、夜奈の左手には相変わらず布で巻かれた棒があるし、怖いよね。


「夜奈。ここにいるお姫様たちは先輩だぞ。敬意を払え」


「なんで年下に気ぃ使わなあかんねん。うち、大学生やぞ?」


「芸能界には古臭いしきたりが残っていてな、勤続年数がモノを言うんだよ。それがルール。当たり前のこともできねえのなら、やめちまえ」


「ぬ、ぐ……。柄乃夜奈です。本日から、榊原芸能事務所の世話んなります。よろしゅうお願いします」


「よくできました」


「しばくぞ、京」


「あの、本気っすか? 本当に、彼女がシュルーナの新しいメンバーになるんですか?」


「なんや、文句ありますのん? 動画見せてもらいましたけどね。自分、和奏姉さんよりか、歌は上手いです。踊りも負けてません」


「ね、姉さん……っすか」


 京史郎はカウンター席へと腰掛ける。暮坂に向かってウイスキーを注文すると、それを片手に、事情を説明してくれる――。



「――ってなわけで、極道と縁切る代わりに、こいつを身請けすることになったんだ」


「そんなことがあったんすか。んじゃ、仲良くしないとですね」


「苦労して勝ち得たおまえらの成功を、こいつが横から入って甘い汁を吸うってのも虫がいい話だ。しばらくは、後輩としてこき使ってやれ」


「……なんでも言うてください。甘い世界やないってのは十分承知してますんで」


「堅苦しいというか、その言葉遣いじゃ仲良くなれないよ。敬語なんていいから、自然体で接してくれないかな?」


「そうだな。うちは社長にタメ口使う奴もいるし、気にすることねえよ」


「え? あ、う、うん。い、いろいろ教えてもらえると助かり――助かるわ」


 怖い人だが、たぶん素直になれないだけなのだと和奏は思った。極道の娘という立場と責務。父のために尽くさねばならないという使命感。


 けど、アイドルへの憧れがあった。それは彼女にとって恥ずべきことだと思ったから、少し臆病になっているのだ。本当は、もっと自然に、普通の学生らしく過ごして、夢を見たいのではないのだろうか。


 そんな彼女は、なんだか京史郎に似ていると思った。元極道で現社長。舐められてはいけない、強くなければならないという立場ゆえ、常に皮肉と嫌味と強がりばかりを述べていて、素直になれない。うん、ふたりともかわいいじゃないか。


「そうだ! 歓迎会を兼ねて、食事にしましょう。私、お料理得意なんですよ!」


「しかし、もうすぐ開店だろう? 暮坂さんに迷惑がかかるから、どこか別のレストランの方がいいんじゃないかな?」


「構いませんよ。私もシュルーナの後援者です。メンバーとは仲良くしたいですからね」


「んじゃ、今日は貸し切りにして、ぱーっとやりますか?」


 エミルが、楽しげに提案したその時。店の扉がバンと勢いよく開かれる。


「京史郎ォォォォッ!」


 ガラの悪い男衆が、ゾロゾロと入ってくる。


「もうしわけございませんが、六時からなんです」


 暮坂が説明するが、柄の悪い連中は無視する。彼らは店内を見回し、包帯まみれの京史郎を見つけると、笑みを浮かべた。


「京史郎? 京史郎……だよな? へへッ、怪我してるってのはマジだったのか」


 和奏は、半眼で京史郎を見やる。


「このコントも飽きましたけど、とりあえず聞いときますね。社長の知り合いっすか?」


「覚えがねえ。けど、極道時代の名残だろうな」


 会話を断ち切るように、チンピラが声を飛ばしてくる。


「芸能事務所をやってんだってなぁ、京史郎さんよう。――おお、綺麗どころばっかり揃えちまって、羨ましいぜ。何人かこっちに回してくれや」


 極道時代の名残と名付けられたそのグループは、にやにやと店内の女性陣を眺める。


「大怪我しているおまえが、ライブハウスに入ってくって情報があったもんでなぁ。くくっ。有名人はつらいねえ。ツイッターは怖いねえ。悪いが、恨みを晴らさせてもらうぜ」


 リーダー格の男が合図をすると、手下どもが一斉に京史郎を取り囲む。すると、京史郎は、気怠そうに言った。


「バ奏ぁ、任せた。俺ぁ病み上がりぃ」


「病み上がりっていうか、現在進行形で療養中っすよね」


 察した和奏は、拳と掌をパシッと付き合わせる。まあ、京史郎が松葉杖なのだから、今日は仕方がないだろう。


「和奏ちゃんがやるなら、私も手伝った方がいいのかな」


 言って穂織も立ち上がる。


「安心してください。京さんは私が守りますから」


「うちも手伝わさせていただきます。姉さんらばかりに働かせるわけにはいきませんし」


 夜奈は、布を剥がして木刀を露にする。


「ん。先生が、眺めてるだけってのも、バツが悪いね」


 エミル先生が、上着を脱いで軽く伸びをする。


「京史郎さん、なにか音楽をかけましょうか?」


 暮坂が問うた。京史郎は、和奏たちを眺めながらウイスキーを傾ける。


「そうだな。未来のオリコンチャート一位の曲を頼む」


 不良たちが一斉に襲いかかった。和奏たちが迎え撃つ。京史郎は、それを眺めながら、店内に流れる曲を、耳へと染みこませるのであった。


 本日最初の曲は、榊原芸能事務所の看板グループアイドルの名前を冠した曲。


 ――シュルーナ。


                        了

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女子高生ですが、アイドルになるためヤクザと徹底抗戦することにしました。お嬢様学校の炎上王子が忍者やサイコパスと一緒にアイドルを目指す。社長はリストラしたいみたいだけど今更出て行けと言ってももう遅い! 倉紙たかみ @takamitakami

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