第31話 ぼったくりをぼったくろう

 運命きたるや五月の十五日。ライブハウス『バランタイナ』は本日オープン。ならびに、地元のバンドマンを集めたスペシャルライブと相成った。ラインナップは上々。


 麻思馬市で、もっとも上手いグループとして名高い『ソウルフルメジャーズ』。独特の曲調と歌詞でコアなファンを集める『紅蓮怪菜』。


 聞けたらラッキー、路上ライブをメインに活動している隠れた実力者『弾き語り紅葉』。唯一の全国区『アッパーラッパリアン』は、麻思馬市が地元ということで、今回のオファーに応えてくれた。


 お笑い芸人の『スラッシュ&オバタリアン』も麻思馬出身。マイナーだが、県内の情報番組の常連だ。今回のライブのために、地元ネタを用意してくれた。


 そして、トリは知名度だけなら全国レベル。アイドルグループ『シュルーナ』は、本日がデビューライブである。

 

 日も落ち始めた時間。

 店には、続々と客が流れ込む。


 その光景を建物の陰から眺めているのは、秋野和奏と夏川穂織。


 インディーズな存在とはいえ、彼女たちも一応はアイドル。ロングコートにハンチング帽。色眼鏡とマスクで、顔のほとんどを覆い隠している和奏。


 対して穂織は、ぶかぶかのジャケットを羽織って、キャップを深々と被っている。なんだか、彼氏の服を借りているかのような、そんな生活感のあるかわいさを漂わせていた。


「はは、凄い人だねぇ」


 様子を見にきた理由はふたつ――。


 ひとつは、店前の雰囲気を見てみたかったという好奇心。客層は全体的に若め。カップル、友人同士。ひとりできている奴もいるか。オタクから不良っぽい奴まで。のほほんとしたお嬢ちゃんや、子供がいないのは、悪い噂が流れているからだろう。庶民の間では、このライブハウスが極道絡みではないかという話が、浸透しているのである。


「お年寄りもいるんだね」と、穂織がつぶやいた。


「……意外だな。もしかしたら、出演者の身内かも」


 和奏は、トレンチコートを着たサングラスのおじいさんを見やる。ハンチング帽を被っていて、サングラスとマスクで顔のほとんどを覆い隠していた。隙間からはもじゃもじゃの髭が違和感満載で伸びている。和奏の変装と似ている。きっとセンスが近いのだろう。


「……あれ、和奏ちゃんのお父さんじゃないかな?」


「は? んなわけねえだろ。うちの親父、あんなに髭を伸ばしてねえもん。そもそも、ライブにくるような親父じゃねえよ。――お、あっちにも爺さんがいる」


 和奏の視線の先には着物のおじいさん。眉間にちょこんと眼鏡。帽子を深々と被っている。こちらもマスクをしていた。


「なんで、さっきの爺さんも、こっちの爺さんも、顔を隠してるんだ? こういうライブにくるのが恥ずかしいのか?」


「和奏ちゃんの言うとおり、出演者の身内なんだよ。本人に見つかりたくないから、ああいう風に顔を隠してるのかも」


「うちの親父にゃ、絶対にありえねえイベントだな」


「……そうかな? あっちのおじいさんは、和奏ちゃんのお父さんだと思うんだけど」


 秋野大和がくるとしたら、和奏の晴れ舞台を木っ端微塵に打ち砕く以外の理由はない。もし、そんなことになれば厄介なことになる。柄乃組の襲撃だけでも厳しいのに、親父の相手までしなければならないのだ。さすがの和奏も、それだけは勘弁願いたい。


「――それよか、やっぱいるなぁ」


 少し店から離れたところ。路地の影にいる柄の悪い男たちを見やる。柄乃組の構成員だろう。ケツモチをしている暴走族なども、こういう荒事を引き受けることもある。いかにもそんな奴らだった。


 偵察にきたもうひとつの理由が、これら柄乃組の動きを確認すること。京史郎の読みどおりなら、ライブを妨害しにくる。その読みが、悲しくも当たったということになる。


 ――ちなみに、昨晩を最後に、京史郎からの連絡はない。



 店の中へと戻る和奏と穂織。廊下の隅で待機中の心音と合流。


「どうでした?」


 心音が尋ねると、穂織は苦笑しながら首を左右に振った。


「あからさまなのが何人かいるね」


「今頃、社長はどうしてんだろうなぁ……もう沈められちゃったのかな」


「縁起でもないです! 京さんは、きっと上手くやってくれています。……何をしているのかはわからないけど……とにかく! 私たちがピンチの時に、正面の扉が勢いよく開いて『待たせたな』って感じで登場してくれるんですよ!」


「白馬に乗ってか?」


「悪くないですね。白馬を用意する京さんの姿を思い浮かべると萌えます」


「はは、たしかに。――しかし、京史郎さんがいないと、思ったより心細いね」


 ステージに立つのはシュルーナの三人だけ。京史郎がいようがいまいが、演技に差し支えはない。だが、いざという時に頼れる人がいないのは、穂織の言うとおり心細かった。


「――おい、邪魔だ」


 和奏の尻に、ガツンと蹴りが入れられる。


「ってッ! な、なにすんだよ!」


「おまえらだろ、榊原のトコの厄介者は」


 現れたのは、革ジャンを纏った四人組だった。鶏みたいな頭をした奴や、白や赤や黄色のガンダムみたいな髪色の奴もいる。まとめて『ファンキーな奴ら』で、説明が付くだろう。


「俺はグレン。ソウルフルメジャーズのドラムをやってる。うちの兄貴の店が、柄乃さんとこの世話になってる関係で、出演させてもらってんだ」


 グレンとかいうファンキーな男は、ぎろりと和奏を睨む。


「おまえらがライブをメチャメチャにしようとしてるって話は聞いてる。真面目にやってる俺たちからすれば、面白くねえわけよ」


 極道の紹介で出演して、なにを真面目にやっているのだろうか。


「めちゃくちゃにしようとしてるのは、柄乃組の方じゃないっすか? あたしたち、ライブをやりにきただけだし」


 怯えることなく、強気に返す和奏。


「城島の残党が、柄乃さんのシマでビジネスやったら、ヤバいことぐらいわかんだろうが」


「だからなんすか?」


 和奏は、若干喧嘩腰に言い放つ。


「逆らうなよ。俺らにも、柄乃組にも。おとなしく消えろ。なんにも言わずに、ブッチすりゃ仕舞いだ。おまえらの抜けた穴は、俺たちの方で塞いどいてやるからよ」


「あたしたちは、事務所の命令でここにきてんだ。文句があるなら、社長に言ってくれ」


 この程度の相手なら、穂織も心音も脅えはしない。京史郎の方が十倍悪質だし、襲撃にくるチンピラどもの方がよっぽど凶悪だ。


「口だけは達者だな。いいぜ、外に出ろや。その面をボコボコにしてやるよ」


 グレンとか言う男は、裏口の方を親指で指し示す。だが、和奏は平然と言い返す。


「この場でかかってこいよ」


「……あ?」


「出禁になるのが嫌だから、人前じゃあ喧嘩できませんってか? そんな覚悟で、あたしたちの人生を潰そうとしてんじゃねえ。かかってこいよ。へっ、なんだったら、ステージでやるか? 盛り上がるぜ?」


「こ、このクソアマがッ!」


 だが、そこで邪魔が入る。パン! という、ひとつの柏手。廊下に響き渡るそれが、和奏たちの会話を止めた。


 拍手の主に視線が集まる。


「く、くくく暮坂さんっ?」と、狼狽するグレン。


「ここでの喧嘩は御法度ですよ。どちらに非があるかはわかりませんがご遠慮願えますか?」


「あ、いや……こ、こいつらが――」


「どちらに非があるかはわかりませんが……ご遠慮願えますか?」


 同じ言葉を繰り返し、威圧する暮坂。さすがは、極道の世界に身を置く女である。きっぱりとした物言いは、彼らにも十分響いたようで、ソウルフルメジャーズの面々は、視線を落として、すごすごと立ち去る。


「暮坂さん、ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げる和奏。


「揉め事を避けるのも、店主の仕事ですから」


 にこっと笑う暮坂。しかし、心は笑っていられないだろう。


「ただ、迷惑なのは同感です。京史郎さんが、これほど頑固だとは思いませんでした」


 早速、抑えきれなかった心の声を滑らせてきた。なので、和奏も皮肉で返す。


「金だけもらって、追い出す予定が散々でしたね」


「ふふっ、おっしゃるとおりです」


 約束は守る。ただし、心は穏やかではない。そう言いたいらしい。


「そこで、なんですが……私と取引しませんか?」


 暮坂の言葉に、穂織が疑いの目を向ける。


「取引か。なんだか好ましくない匂いがするね」


「このまま、京史郎さんに従っていても、ロクな事にならないでしょう。なので、あなたたちに十万円ずつお支払いいたします。学生には大金でしょう? ……本日はお引き取り願えないでしょうか?」


 顔を見合わせる和奏たち。けど、ここで心が揺れるようなシュルーナではない。そもそも金で転ぶような性格であれば、京史郎のような悪徳ブラック事務所になど入っていない。


「そういうことでしたら、うちの社長から伝言を預かってますよ」


 こういうことを言ってくるだろうと、京史郎も思っていたらしい。ゆえに、事前に言いつけられている。浅はかというよりも、むしろ彼女が優秀ゆえに、わかりやすかったのだろう。


「『キャンセルして欲しけりゃ三千万』だ、そうです。ビタ一文負けるなって」


 笑みを崩さない暮坂。しかし、その表情はどこか引きつっているようであった、


「バカみたい……。たった三十分のライブに三千万だなんて」


「うちの社長は、このライブのために百万積んだらしいじゃないですか。それだけの価値があると考えてるんですよ。で、暮坂さんなら、いくらの値を付けます――?」

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