第26話 せやかて京史郎!

 本日の練習は終わり。

 時刻は夜の七時。


「はー。疲れましたぁ」と、心音。


「ふふ、京史郎さんが見てたから、心音ちゃんはりきってたね」


 エミル先生が嬉しそうに褒める。

 汗を拭きながら、和奏は京史郎に言う。


「社長、グループ名も決まったことだし、記念にケーキでも買ってくださいよ」


 ここ最近、練習が終わると、応接室で賑やかに過ごすのが日課となっていたので提案する。


「記念日記念日って、女みたいことほざくな。気持ち悪い」


「女っすよ。コンビニのケーキでもいいっすから」


「稼いでから言え」


「私が奢ってあげるよ。レッスンがんばってるしね。その代わり、ライブのチケット一枚よろしくぅ」


 気前のいいエミル先生。けど、要求するチケットが一枚というのが悲しい。一緒に行く人はいないのだろうか。


「あたしが、パシってきますよ。何がいいっすか?」


「和奏ちゃんが行くなら私も行くよ」


 穂織が言うと、心音も続く。


「私も行きます。自分で見て選びたいですから」


「私は、チーズケーキがいいかな。頼める? お財布、事務所にあるから、預けるね」


「京さんは何がいいですか? メロンとか、イメージピッタリです!」


「エミルの奢りならなんでもいい」


「はあ? わたしが奢るのは、レッスンをがんばったこの子たちだけだよ。京史郎くんは大人なんだから自分で払いなさい」


「じゃ、いらねー」


 応接室へ移動する和奏たち。京史郎が事務所兼応接室の扉を開ける。すると、彼の動きがピタリと止まった。まるでフリーズしたパソコンのようだ。


「――京。邪魔しとるで」


 事務所には、和奏の知らない女性がいた。ポニーテールの着物の女性だ。ソファに腰掛け、事務所の資料を勝手に眺めている。背後には、巨漢のスキンヘッドが、威圧的に佇んでいた。


「……誰すか、この人たち」と、尋ねる和奏。


「社会のゴミ共だよ」


 明らかに雰囲気が只者ではない。京史郎の、元職場の関係者なのだろうと察する。


「この子らが、噂のアイドルかいな。たしかにべっぴんさんやなぁ」


「なにしにきたんだ? オーディションを受けにきたってんなら残念だ。ついさっき応募を締め切っちまった。次回は十年後か二十年後か。その頃には旬が過ぎてるだろうから、ま、来世でがんばってくれや」


「うちって、随時募集してませんでしたっけ?」


「黙れ、バ奏。俺があいつを死ぬほど嫌ってるのがバレるだろうが」


 京史郎は言葉を吐き捨てながら、ソファへとふんぞり返るように腰掛け、わざとらしく足を組んだ。夜奈は、読んでいた資料をテーブルに放り投げる。


「京……。女の子、帰したれや」


「おまえも女の子じゃねえのか? 俺たちは、これからケーキ屋さんに行って、おまえにはない青春を満喫しなきゃならねえんだよ」


「社長、さっき行くの嫌がってませんでしたっけ?」


「黙れ、バ奏。ゴキブリ二匹を追い出す口実に決まってんだろうが」


 背後にいたスキンヘッドが、重厚な声を向ける。


「京史郎。お嬢は、気を遣って言ってんだ。帰らせろ」


「すいませんねえ、伊南村さん。俺たちゃみんな、ガンジーの子孫なんですよ。暴力とは無縁の世界で生きていたいんで、お引き取り願えませんかね?」


「あんまり舐めたクチきいてると――」


「――ええわ、伊南村」


 夜奈が言った。すると、伊南村という大男は、おとなしく口を噤む。


「子供に聞かす話やないんけどな。しゃあない」


 溜息をついて、夜奈は続ける。


「京。ライブやめえ。んで、この町から出て行け」


 京史郎よりも先に、和奏が反応した。


「え……? ライブをやめろ……? ど、どういうことっすか?」


 問いに、京史郎が答えてくれる。


「……こいつらは昔の商売敵だ。俺が気に入らねえから、仕事にケチつけにきたんだよ」


「ケチもつけるわ。嬢ちゃんたちは聞いとらへんのか? こいつ、柄乃組のシマで、ライブしようとしとるんやで?


「ちょ、ちょっと! 京さん! なんでそんなところを選んだんですか?」


 慌てふためく心音。


「仕方ないだろ。他は全部断られちまったんだから」


「だからといって、極道と関わるような経営の仕方はマズいと思うけどね」


 穂織が言った。さらに、エミル先生がたたみかける。


「京史郎くん。さすがに、考えが足りなかったんじゃない?」


「……うっせえ。運営は俺の仕事だ。ライブハウスに関しちゃ、責任者の暮坂って奴と話がついてる。こいつらが、昔の因縁持ち出してきて、寝言ほざいてるだけだよ」


「あんたが、うちらのシマで好き放題しとったら、町の連中はどない思う? 柄乃が舐められるんや。おとんは、孤児やったうちを拾って、まんま食わして、ガッコ行かせてくれた。かわいいべべも着せてくれた。七五三もやってくれた。血の繋がりのないうちをここまで育て上げてくれたんや。おとんを乏しめるような行為は、うちが絶対に許さへん」


「美談だね。けど、柄乃の親父がそれを望んでいるかどうかは別じゃねえか? ――そこんとこどうなんすか、伊南村さぁん?」


「親父は放任主義だ。俺はお嬢に従うだけだ」


「若頭が子守とは、柄乃組も終わってるね」


「さっきから、堅気の分際で喧嘩売りすぎとちゃうか?」


 得物を手に、立ち上がろうとする夜奈。それを制するように伊南村が立ちはだかる。


「なんや、伊南村」


「お嬢がやったら、血の海になりますよ」


 伊南村が、京史郎の方を向く。同時に、ふたりの間にあるテーブルを蹴り上げた。重いはずのそれが、勢いよく京史郎へと飛んでいく。


 彼は、すかさず拳を振るって、思いっきり弾き飛ばした。壁に、ガゴンと叩きつけられるテーブル。普通なら骨折モノだろう。


「京さんを虐めちゃダメです!」


 心音は、ひょいとソファを乗り越え、スタンガンを構える。おお、最近の女子高生はそういうのを持ち歩いているのか。素手で解決する和奏と違って、女子力が高い。


 すると、エミルも動いた。京史郎のためというよりも、心音を守るためだろう。和奏も、やれやれと移動する。和奏の背後に隠れていた穂織も追随する。


「失せろ。女子供にゃ、関係ない話だ」


 正面の心音を睨み、一歩詰め寄る伊南村。エミルが、そんな彼の袖を掴んで進撃を食い止める。


「住む世界が違うんだからさ。京史郎くんと表でやってくれないかな?」


 サングラスの奥にある眼球が、ぎろりとエミルを睨む。次の瞬間、彼の豪腕が振るわれる。エミルは、それを軽やかに回避して、間合いを取る。


「っと! やめようよ。京史郎くんは連れて行っていいから――」


 言葉を飛ばしているうちに、伊南村がエミルに接近する。


 速い。と、和奏は思った。巨大な身体は、決して威圧するだけのモノはない。身体を鍛えているだけではなく、しっかりと使えるように仕上げてある。


「ちょッ!」


 エミルは元軍人。荒事に身を置いてきた彼女は、思わず身体が反応してしまったのだろう。伊南村の拳をかい潜り、顔面へのハイキックを食らわせる。サングラスが飛んだ。だが、彼はビクともしなかった。


「……極道に暴力を振るうってのは、どういう意味かわかってんだろうな?」


 足を掴まれるエミル。そのまま、宙吊りにされてしまう。彼女は、必死に抵抗した。もう片方の足で、伊南村の顔面を蹴り続ける。ものともせず、そのままの状態で彼は京史郎に向けて告げる。


「京史郎、素直になれ。周りが不幸になるぞ。おまえが詫び入れて町を出て行きゃ、丸く収まる話だ。――なあ、どうすんだ?」


 本職からの脅し。だが、京史郎は動かなかった。しれっとした表情で睨んでいた。


 伊南村ではなく――夜奈を。


「おい、京史郎。聞いてんのか? ああッ?」


 伊南村が、エミルに重い一撃を打ち込もうとする。


 ――瞬間、京史郎が動いた。


 弾丸のような動きで伊南村に接近。顔面めがけて右ストレートを撃ち放つ。だが、同じタイミング。ソファに腰掛けていたはず夜奈も、テレポートしたかのように間合いを詰めていた。


 京史郎の首元に、布棒を突きつけている。時が止まったかのように、誰もが動かなくなった。いや、動けなくなっていた。


「……京。甘なったな。性格も喧嘩も」


 夜奈が態度を弛緩させる。すると、布棒で伊南村の腕をトンと叩いた。


「帰るで、伊南村」


 伊南村がエミルを離す。彼女は歪な体勢で床へと転がった。


「いでっ……てててっ」


「今日のところは勘弁したる。けどな、このまま続けても、なんの得もあらへんで」


「へッ。泣き寝入りして、得られるものがあるのかよ?」


 強がってみせる京史郎。


 ふんと鼻を鳴らし、踵を返す夜奈。彼女に付き従うよう、伊南村も追随する。彼女は、背中を向けながら告げる。


「おどれ、ライブやるため、百万払ろたらしいな。暮坂もよう受け取ったわ」


「ひゃ、百ッ? ライブって、そんなにお金のかかるものなのかッ?」


 和奏の問いにはエミルが答えてくれた。


「い、いや、ブッキングで三十分だけでしょ? あ、ありえないわよ」


 京史郎は、興味なさそうに惚ける。


「なんのことだ?」


「しらばっくれるなや。ちゃんと調べはついとる。どういうつもりかしらんが、いくら金を積もうとあかんもんはあかん。ライブは絶対にやらせへん。それでもやるいうんやったら、うちが会場を血の海にしたる。――女性陣あんたらも身の振り方考えとくんやな。京に従ういうんなら、うちに喧嘩売っとるんと同じことやで――」


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