第25話 ありがとな。気に入ったよ

 事務所地下。レッスン室。


 スポーツの試合前のように、バインダーを持った京史郎監督。その前に、体育座りをして並ぶアイドル三名。そして、マネージャーのように佇むエミル先生。


「業務連絡だ。――ライブの日程が決まった」


「マジすか!」


 前のめりになって、喜び詰め寄る和奏。脳天をバインダーでチョップして撃退する。心音は、穂織と顔を見合わせて「わぁ」と、笑顔になった。


「五月の十五日だな。バランタイナって店でブッキングライブ。持ち時間は三十分だ」


 ブッキングライブというのは、複数のバンドが集まって順番にライブをやっていくスタイルである。今回の場合は、地域密着型のライブハウスを目指しているのか、地元のバンドマンを中心にしての公演だ。


 若干のジャンル違いはあるが、地域の和をもってひとつのイベントにするという目論見のようだ。


「大丈夫かなぁ。その日程だと、三週間もないよ」


 穂織がぼやくので、京史郎が言う。


「ゴールデンウィークがあんだろ。どれだけでも練習できるじゃねえか」


「ええっ! 私たち、休みないんですか!」


 心音の文句が飛んでくる。そんな彼女に京史郎が一喝。


「なんだ? 見習いの身分で、休みなんてあると思うのか?」


「休まなくてもいいですけどぉ……普通なら、合宿とか、旅行とか、撮影のためにビーチに行くとか、アイドルならではのイベントが待ってるものじゃないですかぁ」


「金はどうするんだよ。おまえら、一円も稼いでねえだろうが」


「むぐ……たしかに……京さんの仰るとおりです」


「けど、京史郎さんが、和奏ちゃんを半殺しにした動画、百万再生いったよ?」


 動画サイトは再生回数が多いほど、広告収入がある。ただし、低評価が多いと無効になるようだ。内容が悪質と判断されたのか、低評価だらけで実際の利益は見込めないらしい。


「――で、ライブに合わせて、宣伝していかなけりゃならねえんだが、そもそも、おまえらのグループ名を決めてなかったな」


「そういやそうっすね。ネットでも募集かけてましたけど」


「だな。『血祭り少女隊』『煉獄ワルキューレ』『ヘルバトラーズ』『極道の雌犬共』『懐トンプソン』『バイオレンスガールズ』『女番長連合』『鳥獣撫子』『ブラッドシンデレラ』とかだな。気にいったのあるか? 個人的には『極道の雌犬共』とかいいと思うんだが」


「京さんが言うなら、それでいいと――」


「よくないよくないよくない! どれも、平成の暴走族みてえじゃねえか!」


 心音が快諾しようとしているのを、全力で止める和奏。そこへ、穂織が冷静にアイデアを出す。


「アイドルなんだから、もっとかわいい名前にしよう。例えば……春の泡沫とか、そういうのはどうかな。結成したの四月だし。英語を絡めるのもいいかも。泡沫スプリングスとか」


「穂織……おまえ、案外中二病入ってんだな」と、京史郎のツッコミ。


「そうかな?」


「まあ、碌でもない候補ばかり聞いたあとだと、随分マシに聞こえるぜ?」と、和奏が頷くように言った。


「けど、泡沫だと、消えてなくなっちゃいそうです」


 グループ名を決めるというのは、かなり難しい。売れているバンドやアイドルグループを見ても、売れているからこそグループ名は栄えるのであって、最初から魅力的なグループ名というのは、なかなか見当たらないものである。


「じゃあ、心音ちゃんはどんなのがいいの?」


「京さんも含めたいから、京の都娘(きょうのみやこむすめ)ってのはどうです? 雅な雰囲気もありますし、京さんの名前も入ってます。一体感があります」


「それだと社長が逮捕されたら、改名しなきゃいけなくなるだろ? イメージ悪くなるし」


「俺が逮捕されたら、解散に決まってんだろうが」


「まずいっすね。あたしが訴えたら、今日にでも塀の中っすよ」


「そん時ゃ、おまえは墓の中だ」


「んじゃ、それぞれの名前を入れるかどうすか? 秋夏の心とか」


「心音ちゃんが死んだらどうするの?」


「死にませんよ!」


 わーわーきゃーきゃーと、楽しそうに会話を交錯させる女子高生たち。


「エミル。おまえ、なんかアイデアねえ?」


「京史郎くんのイメージで決めちゃったら?」


「イメージねえ……」


 腕を組んでしばらく考える。目の前には、喚き騒がしい女子高生たち。


「シュルー……いや、シュルーズ。シュルーネ。シュル。違うな……シュルーナだ」


「へ?」


 きょとんとした表情の和奏。京史郎が適当に落としたその言葉が、三人のかしまし娘どもの注意を引く。


「なんすか、それ」


「おまえら見てたら思いついた。よし、決まりだ。グループ名はシュルーナにする」


「ちょ、あたしたちのグループっすよ!」


「うるせえ。俺が社長だ。おまえらに決めさせてたら、ライブまでに決まらねえだろうが。文句があるなら、俺が黙るようなネーミングを考えてこいよ」



 その日の夜。和奏は、自室でデスクに向かっていた。手元には辞書。勉強をしているわけではない。社長に言われた宿題をやっているのだ。


 即ち、グループ名の考案。『シュルーナ』というネーミングは、語呂もいいしスマート。悪くないとは思っている。けど、もっといいものはないのかと、和奏は模索していた


 ふと、スマホからメロディ。穂織からのコール。画面をタップし応答する和奏。


「もしもし、和奏ちゃん。夜遅くにゴメン。寝てた?」


「起きてたよ。どうだ、おまえの方は、いいアイデアが浮かんだか?」


「はは……全然。結構難しいね」


「だな。社長のやつ、適当に決めやがって……」


「和奏ちゃん。私、気になって調べてみたんだ。シュルーナっていう、名前の意味」


「名前の意味?」


「たぶんだけど――」


 穂織が言う。京史郎が、和奏たちを見て決めたというのなら、おそらくシュルーナのシュルーは『口やかましい女』という英語から拾ったのだと思われる。あの時の和奏たちは、たしかにそのような感じだったし、普段から和奏たちは異様にやかましいと思う。


「けど『シュルー』だけだと語呂が寂しいから『シュルーナ』にしたのかもね。『ナ』をくっつけたのかは、きっと和奏ちゃんのイメージが強かったからじゃないかな」


「あたしが? ちょっと考えすぎじゃね?」


「だって、京史郎さんに、あそこまで遠慮なく言えるの、和奏ちゃんしかいないからね」


 それが本当なら、ちょっと嬉しい。社長が、真面目に考えてくれた名前である。そういえばあの人は、和奏の扱いは雑でも、仕事に関しては真剣だった。


「なんだか、シュルーナでもいいような気がしてきた。っていうかシュルーナがいいな」


「あはは、考えるの、面倒くさくなった?」


「……ああ、そうかもな」


 嘘だ。考えるのは嫌じゃなかった。照れくさいからそう言った。そして、京史郎に名前を任せることで、あんな奴でも一応社長なんだと思えるような気がしたからだ。

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