第9話 時代遅れのオーパーツ
翌日。ぶすっと、ふて腐れながら登校する和奏。
昨日は散々な目に遭った。穂織の介入で、なんとか登校できるぐらいの怪我で済んだが、あのまま続けていたら、早めの長い夏休みを迎えていたであろう。
「おはよう、和奏ちゃん」
校門の前で、昨晩の救世主様と出会う。
「ああ、おはよ。昨日はありがとな」
「その顔……大丈夫?」
「平気。こんなの日常茶飯事だからな。ま、身体も慣れてるのか、治りも早いよ」
顔には青痣。見栄えが良くないゆえに、ガーゼで隠してある。ちなみに、身体の方はもっと酷かったりする。
警察署に駆け込んで全身の青痣を見せれば、親父を児童虐待で逮捕してくれるかもしれない。――と、思うそこのあなた。世間はそう甘くはない。
うちの親父は、警察署の連中に訓練をつけていたりもするので、謎の信頼がある。この和奏ちゃんが怪我したぐらいでは『まあ、道場の跡取りだし、それぐらいの怪我はするよね』と、苦笑いして済まされるのである。
「やっぱり、アイドルの道はあきらめた方がいいんじゃないかな?」
「いーやーだ。ようやく前に進み始めたんだ」
「けど、両親のサインはどうするんだい? 許可がないと……」
「いいよ。あたしが親父の名前でサインする。バレたら、あたしが全部責任とる。京史郎にも親父にも迷惑かけない」
サインが偽造だとバレて困るのは京史郎とクソ親父だけである。このふたりが困ったところで、さほど罪悪感もない。
「ふたりを怒らせたら、今度こそ殺されちゃうかも」
「お、おお……」
さすがに、ふたりを同時に相手にしたら、和奏の存在そのものが消し飛ぶかもしれない。
「穂織の両親は、許可してくれたのか?」
「うん。うちは気にしないから」
「相手が京史郎でも?」
「和奏ちゃんと一緒だって言ったら、納得してくれたよ」
「おまえもだけど、親御さんも結構不思議ちゃんだよな……」
そんな話をしながら玄関に到着。下駄箱のふたをパカリと摘まみあげる和奏。
「――お、久しぶりだ」
「どうしたの?」
「時代遅れのオーパーツ」
ラブレターを指に挟んで、ピッと見せつける和奏。太古の昔、下駄箱や机に手紙を入れて気持ちを伝えるというのが流行ったらしい。
そんなロマンチックな手法をやってみたい、試してみたいという女子もいるわけで、そうなると乙女華の王子である和奏がターゲットになるのである。
「和奏ちゃん、相変わらずモテるね」
「回りくどいよなぁ。気持ちなんて直接言えばいいし、そもそもSNSがあるじゃねえか」
「ふふ。そういうことをしたいっていう乙女心がわからないと、アイドルにはなれないよ」
「ふぇ? そなの?」
「かわいいじゃないか? 和奏ちゃんが、誰かのために気持ちを文章にするような子だったら、私もときめいちゃうね」
なるほど、たしかに、和奏のために手紙を書いてくれたという行為はいじらしい。
「かわいい封筒だね」
見せた封筒を、手にとって眺める穂織。メロン柄の封筒。ご丁寧に蝋封がしてある。随分凝った装丁。『和奏先輩へ』と、女の子らしい特徴のある丸文字で表記されていた。
「なんて書いてあるのかな……おや?」
穂織の表情が曇る。すると彼女は、勝手に封を開けてしまったではないか。
「やめろって、書いた奴は、あたし以外に読まれたくない――」
穂織が、封筒をひっくり返す。すると、中からカミソリが出てきた。静かに落下し、カキンと床へバウンドする。
「へ……かみそり?」
「だね。持った時、ちょっと重かったんだ」
――漂う悪意。
穂織が気づいてくれなかったら、和奏は普通に指を突っ込んでいただろう。
和奏は、周囲を見渡した。愉快犯なら、この状況を眺めているのではないかと思った。けど、朝の下駄箱は人が多い。何人かは和奏を見ていたが、そもそもカミソリなんてものが落ちたのなら、視線を呼ぶのは自然だった。
「さすがに、この和奏ちゃんでも、気持ち悪くなるぜ」
「最近、恨まれるようなことあった?」
「京史郎か、京史郎のトコでぶちのめしたチンピラぐらいかな。あとは……親父だな」
だが、基本的にそれらは陰湿ではない。文句があれば直接殺しにくる気がする。
「和奏ちゃん、人気者だからね。妬んでる生徒がいるのかも」
「ここまでするか?」
乙女華の偏差値は高い。校則も厳しい。アホなことをするバカはいないと思うし、犯罪や虐めをする側のリスクも、理解できるはずなのだが……。
「あとで先生に言いにいこう」
穂織が提案してくれるが、あまり大事にしたくはなかった。
「そんなことをしたら、一限目の授業を中止して全校集会だ」
「いいね。英語の授業が潰れる」
「やだよ。潰れると、山ほど宿題を出されるんだぜ?」
言いながら、和奏は上履きを取り出した。
――その腕を、穂織がガシリと掴む。
「待って、和奏ちゃん。……上履きの中」
「中って……うわっ!」
上履きの中を覗き込む。するとそこには、大量のカミソリが、刃を上にして差し込まれているではないか。
「――さすがに、これは放っておけないんじゃないかな?」
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