エピローグ 桐野利秋の愛刀

時は流れた。歳三が懸念したとおり、新政府は武士の力を奪い続けた。廃刀令を出し、徴兵制を施き、国内の成人男子に、皆、軍隊に入るように法律で定めた。国内には武士たちの不満が蓄積し、各地で暴動が起こった。やがて、明治10年、最大の戦いが起きた。西南戦争であった。


西郷隆盛を盟主と仰ぎ、明治政府に抗議の旗を挙げた薩摩の武士たちであったが、時は、武士に味方をしてはくれなかった。彼らは敗戦を繰り返し、ついに最後の戦いを迎えたのだ。


城山。その日の朝、男は、真新しい着物と袴に身を包み、

「では、行ってくっ」

と、見送る者に告げた。今は『桐野利秋』と名を改めた、中村半次郎であった。


(今日が、おいん最期んいくさや。しっかりと見ちょってくれ。なあ、土方……!)


桐野は、おのれの最期の戦を、壮絶に戦った。太ももにも、腰にも、銃弾が貫通していた。右手や頭には敵の刀で受けた傷があり、目も半分見えていなかった。やがて、一発の銃弾が桐野の額を貫き、桐野はその場に倒れた。

「おいは……桐野利秋ぞ……!」

桐野は絶命した。そして、その日、西南戦争は終結した。


桐野の検死をした明治政府の医師は、

「左手の中指ちゅうし(なかゆび)と環指かんし(くすりゆび)が欠損しております。桐野利秋に間違いありません。ただ、右手は刀をつかんだままで固まっており、離せません」

と、司令官の山縣有朋に伝えた。医師は、桐野の顔は銃弾の衝撃ではっきりとは判別できかねるが、指の欠損と、香水の香りが、桐野のものであると言った。

「桐野が離さん刀たぁ、なんじゃ」

山縣が聞いた。

「その筋に詳しい者が申すには、『二代目和泉守兼定』、通称『之定』作の刀であろう、と」

医師は、聞いたままを伝えた。すると、山縣はふっと笑った。

「それなら、仕方ないじゃろう。その刀は、桐野の愛刀じゃ。『之定』はまことの武士だけが持つことを許された業物わざものと聞く。刀の方が、桐野から離れることを拒むのであろう。そのままにしちょくがよい」

「はぁ……」

医師が報告を終えて下がると、山縣は独り言をつぶやいた。

「かつて、松本軍医総監(松本良順)殿が申しちょったな。新選組の土方歳三が、『之定』を持っちょった、と。土方も、出自は農民ながら、武士の中の武士であったと。なぁ、半次郎よ。お前らは、似ちょるんじゃのぉ……」


その後、桐野が握っていた『之定』がどうなったのか、記録には残っていない。



            『御大名が返した刀』おわり




この話はフィクションです

方言は、変換ツールを使っているので実際の言葉と違うところがあります。どうかご了承ください



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

御大名が返した刀 葵トモエ @n8-y2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ